【都市伝説】ひとりでに髪が短くなる人形?

RAY

ひとりでに髪が短くなる人形?


「髪が短くなる人形……?」


 ヘアサロンのソファで、パーマ用のヘアカーラーをぶら下げて週刊誌を眺めていたあたしは、思わず吹き出しそうになった。


 夏の暑い時期、女性週刊誌には怪談や都市伝説のたぐいがお約束のように掲載される。飽きもせず特集が組まれるのは、女、とりわけ主婦がこの手の話を好むからだろう。かく言うわたしもそんな主婦の一人だ。


 ただ、最近はどこかで聞いたような話ばかり。新味が全く感じらず、「あっ、そう」で終わってしまう。ある意味、ストレスが溜まる。もっと読者のことを考えて斬新ざんしんな話を載せてもらいたい。


「でも……これはないわ」


 あたしは苦笑いを浮かべながら、首を何度も左右に振った。

 ピンクのヘアカーラーが、遊園地の回転ブランコのように顔のまわりを回る。


 

 家族でスキーに出掛けたときのこと。四歳の娘が、古めかしい、茶色い髪の人形が落ちているのを見つけた。「置いていくのは可哀想」。娘がそう言い張ったため人形を家へ持ち帰ることにした。


 しかし、三ヶ月が経ったある日、私は異変に気づく。

 腰まであったはずの人形の髪が肩までになっていた。娘に確認したが、人形の髪を切ったことなどないとのこと。

 半信半疑でしばらく様子を見ていたところ、いつの間にか耳が見えるぐらいのベリーショートになっていた。

 恐ろしくなった私は人形を近くの寺へ持ち込み、供養してもらった。


 その後、再びスキー場を訪れ人形のことを聞いて回った。

 すると、昔からリフト乗り場で働いている男性が人形に心当たりがあり、その経緯いきさつを話してくれた。


 二十年ほど前、両親と三人でスキー場を訪れた少女がいた。彼女はお気に入りの人形をいつも肌身離さず持ち歩き、ゲレンデでも人形を背中のリュックに入れて滑っていた。

 そんな中、天候が急変し、両親とはぐれた少女は立入禁止区域に迷い込む。そして、急斜面を滑落して帰らぬ人となった。

 警察が事故現場を捜索したところ、少女の遺体はリュックサックを背負った状態で発見された。しかし、人形の姿はどこにもなかった。


 少女の魂が乗り移った人形は、今も独りどこかを彷徨さまよっているのだろう。



「読者を馬鹿にしてるでしょ!? こんな子供だまし載せて!」


「サヨちゃん、どうしたの? 怖い顔して」


 声を荒らげるあたしに、ヘアサロンの店長オーナー・ミユキが声を掛ける。

 ミユキは小中高と同じ学校に通っていた幼馴染おさななじみ。美容師の専門学校へ通い十年ほど東京のヘアサロンで働いた後、地元に戻って開業した。そろそろ一周年を迎えるが、得意客も付いて経営は順調のようだ。

 小奇麗こぎれいでこじんまりとした店内には、席が二つと待合いを兼ねたソファが三つ。予約の多い週末はヘルプの美容師が来るが、普段はミユキ一人ですべてをまかなっている。


 ミユキは、カットが済んだ客を店の外まで見送り、その足であたしの様子を見に来た。鏡の前では、首からヘアケープを掛けた、もう一人の客がカットを待っている。


「見た? 今週の女性エイトの都市伝説特集。無茶苦茶じゃん」


「さっき目を通したけど、そんなに酷かった?」


 ミユキはあたしのヘアカーラーを確認しながら受け答えをする。


「酷いなんてもんじゃないっしょ? 怖くもないし作り話感ありあり。家族に何の被害も及んでいないのに母親がもう一度スキー場へ行く? お金も勿体もったいないし呪われたら目も当てられないじゃん。サスペンス劇場の主人公にでもなったつもりかって」


 あたしが溜め込んでいた何かを吐き出すように言い放つと、ミユキは穏やかな表情で「うんうん」と頷く。

 昔から嫌なことがあるといつもミユキに聞いてもらった。すると、不思議なことに胸のあたりのモヤモヤが消えていくような気がした。


 ミユキはあたしと話しながら、もう一人の客をチラ見する。

 座っているあたしからは後ろ姿しか見えないが、ミユキの位置からは鏡に映った顔が見えるのだろう。しっかり目配りをしているのがわかる。


「一番バカバカしかったのは、髪が長くなるんじゃなくて短くなるところ。ひとりでに髪が伸びるのは人形が生きてるみたいで怖い。でも、短くなるのってギャグじゃん。二十年経って人形の髪が劣化しただけでしょ? それに、死んだ子の魂が乗り移ったとして、髪が短くなる必然性がないっての。人形が夜中に自分の髪を切ってる姿を想像したら吹いたし――」


 不意に、入口のカウンターにある電話が鳴る。


「ちょっとごめんね」


 ミユキは足早に電話の方へ向かうと、あたしに背を向けるように話し始めた。壁に貼られたカレンダーを確認していることから予約の電話のようだ。


 あたしはバッグの中から紅茶のペットボトルを取り出した。力説したせいか、ひどくのどが乾いた。


「バカバカしくなんかない」


 ペットボトルに口をつけた瞬間、声が聞えた――イスに座っている、もう一人の客の方から。

 どうやら、あたしがミユキに話したことに対して言っているようだ。


 狭い店だから話が聞えるのは仕方がない。大きな声を出したあたしも配慮に欠けるところがあった。

 しかし、他人の話に割り込んできて、頭ごなしに否定する行為は許されるものではない。思わずカチンときた。


「あんたね、他人ひとの話に――」


 あたしが立ち上がった、そのときだった。


 ギギギッという鈍い音とともに、彼女の顔がクルリとこちらを向く。首から上だけが時計回りに百八十度回転した。


「季節によって髪を短くするのは当たり前」


 紙のように白い顔をした彼女は、瞬き一つすることなく無表情な声で言った。

 ただ、その口は腹話術師のように全く動いていない。


 言葉を失ったあたしは、口をポカンと開けてその場で固まった。

 再び鈍い音がして顔が動き始める。三百六十度回転したは何もなかったように鏡の方を向く。


「サヨちゃん、ごめんね。話が途中になっちゃって」


 電話を終えたミユキが戻ってきた。

 あたしは全身の力が抜けたようにヘナヘナとソファに座り込んだ。


「どうしたの? 真っ青な顔して」


 心配そうに見つめるミユキを後目に、あたしはペットボトルの紅茶を喉の奥へ流し込んだ。そして、肩まで伸びた、セミロングの茶色の髪をしげしげと見つめた。


「ミユキ、早くカットしてあげて。たぶん……ベリーショートだよ」



 RAY

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