第17話

 ナオは夕暮れの中、子供達がほとんど居なくなった公園の片隅にある、錆が所々に目立ちだしたブランコに乗って揺れていた。


 一人である。


 夕陽が沈む西の方角から子供達の笑い声が響いた、スクーターのエンジン音が近付いてきて、また遠ざかっていった。


 夕暮れといえど、まだまだ明るい7月の空、そんな公園に一人佇んで空に想いを馳せている。


 明日から夏休みだというのに素直に喜べない。


 例年の自分なら帰りの会が終わると同時に教室から駆け出して(廊下で一旦教師に叱られて)予め考えておいた夏休みのスケジュールを嬉々としてこなしていたはずなのに、自分はいったいどうしてしまったのだろう?


 うつむくそんなナオの横顔を暑く湿った風が撫でた。


 まとわりつくような嫌な風だったので、片目を閉じて風が止むのを待った。


 すぐに風は止んでナオはまた、空を眺めた。


 誰もいない公園で時間だけが過ぎていく。


 藍く、朱く染まり始めた空を見上げて、なぜかため息が溢れる。


 意識を空に集中しすぎたのか、急な物音に危うくブランコから転げ落ちそうになる。


 物音に次いで、声。


「隣、いい?」


 初めて聞いた今にも消え入りそうな、か細い声だった。


 いつの間にやってきたのか、隣にはナオと同い年くらいの少女が立っていた。


 長く腰まで伸びた黒髪、痩せっぽちな体つき、幼さが抜けきれない顔立ち、緊張が見てとれる薄茶色の瞳、そしてどこか悲しげで硬い表情。


 そこでふと、少女の問いかけを思い出しナオはすぐに答えた。


「ーーーーうん」


「ありがとう」


 そう言って少女は、ナオの隣の空いていたブランコに腰かけた。


 少女の重みで鎖がギリリと軋んだ。


「…………」


「…………」


「何してたの?」


「…………」


 少女の問い掛けにナオは答えが見つからない。


 何をしていたかと聞かれても、自分は特に何もしていない。だからといって『何もしていない』と答えるのはなんだか憚られた。


 だから、見たままになってしまうが、


「空を……見てたんだ」


「空、好きなの?」


「……うん」


 悪い事なんてしてないのに、好きなものを答えているだけなのに、なぜこんなにも胸がドキドキするのか訳が分からなかった。


「私も好きだよ、空」


「…………」


「…………」


 極度の緊張と焦りがナオの胃をねじ切るように締めあげる。


 両手を腹部に押し当て痛みに耐えながら、何とか言葉を紡ごうと試みる。


「あ……あっ……」


 だが、容赦なくナオの内臓は締めあげられるので言葉を紡ぐどころではない。


 こんな肝心なところでキメられない自分が情けなくて仕方がない。


 自分に腹が立って仕方がない。


 自分に問いかける。


 自分を鼓舞する。


 お前はこんな肝心な時にいったい何をやってるんだ、ずっと待ってたんだろ? あの子の事を、そして今、この瞬間を。言いたい事があるなら言え、早く言うんだ、今がその最高のチャンスだ、今を逃したらもうチャンスは無い、つーか、男じゃあない。この根性なし、意気地なし、お前はやっぱりまだまだクソガキだ。弱っちい、ヘナチョコ野郎だ。口先ばかりで何一つ自分じゃまともに出来ないどうしようもないくらいの出来損なーーーー


「あ……あの……」


「ん……?」


「明日……」


「…………」


「明日……どこ、行きたい?」


 問われた少女は少し笑って、



「ーーーー海多遊園地夢の世界


 明日から夏休み、2人の夏はまだ始まったばかりである。




              完

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空、縛、空、解、 清水花 @hanahana25

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