クリスマスの日に

猫缶珈琲

本編

「さとるちゃん、クリスマスイブの夜さ。会わない?」


 高校最後の冬休みの帰り道の別れ際、幼馴染である和佳わかなぎさから言われた言葉。

 彼は少し悩んだものの申し出を断った。家族と一緒に過ごさなければいけないから。と。


 それから、冬休み初日から悶々とした時間を過ごし、悶々とした日を過ごした。本当に断っても良かったのだろうか。勿体無い事をしたのではないかと。そして、気がつくとクリスマスイブになっていた。


 この日、日中は中学の連中3人と遊ぶ約束を交わしていた。

 彼は朝食を取るためリビングに向かうと、テレビが付いておりニュースを垂れ流していた。


 内容はこの近辺で起きている連続殺人事件についてであった。犯行時間は夜で、凶器は包丁ないしは鋭利な刃物だと言う事、足立あだちという家から始まり一昨日は江藤えとうという家が襲われたと報道していた。


 母さんに「おはよう」と挨拶をし、イスに腰掛けると「物騒ねぇ」と返って来た。


「そうだね」


 素っ気ない返事を返すと朝食を食べ、身支度を済ませ玄関に向かった。


「今日は速く帰って来るのよー」

「分かってるって」


 家を出て、友達にメールを送りスマホをカバンに仕舞う。


「おや、小野おのくんじゃないか」


 駅に着いた時、クラスの委員長に声をかけられた。


「珍しいじゃん、委員長が俺に声かけるなんて」


 普段は用事がある時でもない限り、言葉を交わしたことがなかった。

 そのため彼は呼び止められた事に内心驚き、動揺していた。


「ちょっとした気まぐれだよ。どう? 冬休みは楽しいかい?」

「課題が無ければ、最高だね」

「ふふ、そう。そうか。でも君はもう関係ないんじゃないかな」


 彼は笑いらしからぬ事を言う。


「は? どうしたよ。急に意味不明な事言い出して」

「失言をした。単純に、君は課題をしなくとも関係ないんじゃないかな。と言いたかっただよ。最後の日なのだから、楽しんで来いよ」


 確かに、彼は課題の提出をよく超過しては、幼馴染のなぎさの手を借りる事が多かった。故に彼の課題にも関わらず、彼よりなぎさの方が関係があると取れるような内容であった。

 事実ではあったが少しムッとしていた。


「確かに平成最後だけどよ、なんか今日のお前変じゃないか? ・・・・・・いや、イブだから浮かれてるのか」

「浮かれている? ・・・・・・そうだな。浮かれているのかもしれないな。実は今日が楽しみで仕方がなかった」


 そう言われさとるは目を丸くした後、笑った。


「またまたそんな事言ってさ。委員長も子供っぽい所ちゃんとあるじゃん」


 一服置き「なら、委員長も楽しんでこいよ」と続け彼は改札口をくぐった。電車に乗り目的地に集合場所に向かい友達と合流するし最後の1人を待とうとした。が、2人しかこの場に居ないにも関わらず、彼らは歩き始めようとし呼び止める。


「ちょっと待てよ。加藤かとうの奴来てないじゃん」

「あれ? 言ってなかったけ。あいつ親戚が死んじまったそうで今日葬式だと」


 聞いていなかった。だが、深く考えずに「次からちゃんと言えよー」と返し笑いながら街に繰り出した。


 野郎3人でイブの日。字面にすると悲壮感が漂ってくるが買い物をし、カラオケに行き、ゲーセンに行き。とても楽しい時間を過ごした。

 夕方彼らは別れ、それぞれ帰路についた。彼は電車に乗り上機嫌で駅を出ると、1つの小さな鞄を持ったなぎさの姿が目に入る。


「どうしたよ」

「あ、さとるちゃん」


 声をかけると彼女は駆け寄ってくる。


「えへへ、会いに来ちゃった。今から、一緒に何処か行かない?」


 なぎさには彼らと遊びに出かける事は伝えてあった。そしてこの反応は待ち伏せしていたのだろう。


「前にも言ったし知ってるだろ。俺んちは家族で過ごすんだって。なんなら、なぎさもうちくるか?」

「ダメ!」


 即答された。


「んだよ」

「・・・・・・ごめん」


 悄気げながら彼女は謝る。


「何かあるのか?」


 彼は何処か様子が可笑しいなぎさに問いかけるが、明確な答えは返って来なかった。


「でも、多分だけどダメなの」

「いっみわかんねぇ。そういや委員長も何かおかしかったし、イブってそういう日なのかね」

「か、彼と会ったの?」


 急に声のトーンが低くなり、さとるはびっくりしながら肯定する。


「そっか・・・・・・やっぱり」


 と、呟くと「ごめんね。用事思い出した」と言い残して、なぎさは走って行ってしまった。


「本当に意味が分からん」


 家に向けて歩を向け、友達になぎさの様子がおかしい。とメールを送るものの、『のろけかよ』から始まり茶化す内容のメールが返って来た。


「そういうのじゃないんだよなぁ」


 玄関先に着きメールを送信すると、ドアを開け家の中に入る。


「ただいまー・・・・・・ってなんだよ」


 家は真っ暗で明かりが一切ついておらず、一種のサプライズか何かで家に入ると明かりがつき何かが起きる。と彼は考えていたがどうやら的外れだったらしい。

 すると、外でドスン。と何かが置かれるような音がした。


「変な日だな」


 呟きながら靴を脱ぐと、靴下が何かで濡れ神妙な顔をする。


「水でもこぼしたのかよ」


 そして、一歩踏み出すと柔らかい何かを踏み、彼は何かの水が広がる廊下に転けた。


「いってぇ。たく・・・・・・ん?」


 何処と無く水に違和感を覚える。

 これ、ただの水なのか? と。


 ガタン。と何かが落ちる音がし、彼は音がした方に目線を送る。

 薄暗く良くは見えないが、1人の人影が見え安堵のため息をついた。


「誰だ? 母さんか? 父さんか? 兄貴か? 誰でもいいけど、いい加減電気つけてくんね?」


 話かけるも返事はなく、カツ。カツ。と言う音と共にゆっくりと近づいて来る。

 音の正体はすぐに足音だと分かったが、おかしい。裸足やスリッパではこの様な音は出ない。

 そして、薄っすらと見えるシルエットも女性の物ではなく男性の物。更に父親と兄と比べると小柄という印象を受ける。


「・・・・・・お前誰だ」


 思わずそう口に出していた。

 月明かりが差し掛かり、彼女を少しばかり照らす。

 すると手には血が付着したナイフが握られており、顔はお面のような物で覆われていた。


 彼は思わず尻もちをつき、後ずさりする。

 水の正体も踏んだ柔らかい何かも、何故明かりが付いていないのかも理解しながら声を出し助けを呼ぼうとするがうまく声が出ない。

 立ち上がり、ドアを開けようとするも開かなかった。鍵を掛けた記憶はないしそもそも中だ。


「なんでだよ!!」


──そうだ。スマホで助けを。


 と思いいたり、スマホを取り出そうとするが手が震え旨く鞄の口が開けない。

 そうこうしているうちに犯人が、近づいて来ていた。

 声を発する事もなく、息が乱れた様子もない。

 彼は歪み薄っすらと見える視界で、包丁が振り上げられた事を理解し、恐怖で目から涙がこぼれ落ちた。


「なぁ、最後の日は十分に楽しめたかい?」










 ◯×県、×△町の連続殺人事件の続報です。

 昨日未明、◯×県、×△町の小野さん宅で死体が発見され、警察が駆けつけた所一家全員の死体が──。


 1人の男性がテレビを消し、ナイフをテーブルの上に置く。


「次は"か"。何時にしようかな」


 すると急に呼び鈴がなり、男性は返事しながら今日は来訪する客はいない。とかんがえつつ、ナイフを仕舞うと玄関に向かう。

 覗き穴を覗き相手を確認すると、笑顔でドアを開いた。


「急にどうしたんだい? まさか、僕との関係考え直してくれたとかかい? 告白受け入れてくれるとか?」


 「あ、とりあえず中に入って」と、続け家に招き入れようとするが彼女は首を横に振り断ってこういった。


北浦きたうらくん。次は貴男の"番"だから来たんだよ?」


 そう言って彼女は、鞄から乾いた血が付着した包丁を取り出す。


「・・・・・・え?」

「アレを現実で実行するとは思ってなかった。昨日止めようとしたけど、既に遅かった。でも、もう大丈夫。最後は私だから。彼が寂しくないように、いっぱい。いっぱい・・・・・・連れて行かないとね」

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