第7話


「おはようございますー」


 午前九時四十分、ようやく三人目が揃った。

 隊員の一人、清水快(しみずかい)が平気な顔をしながら部屋に入ってきた。

 カイは俺と同じ元人間で、俺より二ヶ月先にアンドロイドになったらしい。

 容姿は美男子といった感じで、背が少し低い。


「『おはようございますー』ってカイ、お前何分遅刻したか分かってんのか?」


「わかってるよ。だいたい一時間くらいかな?」


 カイはヘラヘラしている。


「よーくわかってるじゃないか。ならお前はいつそれを改善するんだ?」


 カイは後頭部に手を置き、


「へへへ、ごめんごめん。朝はどうしてもやりたいことがあってね」


 コイツは絶対反省などしていない。

『へへへ』というふざけた笑いがそれを明確に示していた。

 ちなみに、コイツの『やりたいこと』というのは__


「射撃練習だろ? 別にやるなとは言わんが、どうしてお前はいつも連絡の一つや二つよこしてくれないんだ」


「うん。わかったよ。次はちゃんとする」


「これ言うの三回目だからな? ちゃんとしてくれよ頼むから……」


 入って一週間の俺がなぜ先輩の立場の人間に説教垂れなきゃいかんのだ。こんなの俺が想像していたのとは違う。


「もう、どうして入って一週間の子ができることをカイくんはできないの?」


 秋江さんは頰をわずかに膨らませている。


「すいません、秋江先輩……」


 カイは手を身体の前で重ね、申し訳なさそうな顔だ。


 あ! カイのやつ、秋江さんから下の名前でよばれていやがる!


「ま……まあ、別にサボって寝てるとか、そ、そういうわけじゃないし、連絡だけ、せめて連絡だけ気をつけてくれればそれでいいんだけどな」


 うわー……。ショックでどもってしまった。これは恥ずかしい。


「うんうん。柳くんの言う通りだよ。カイくん熱心だから、頑張ってるのは知ってるけど、連絡はちゃんとしようねっ!」


 秋江さんは両手握り拳を顔の近くにやり、可愛らしいガッツポーズをとった。


「はい! 分かりました!」とカイは威勢だけは良い返事をした。敬礼までしている。


__もういい。もう何も思わない……。別にいいさ、上の名前呼びでも。


 とりあえず話を変える。


「それで……佑希は今何をやっているんでしょう?」


 俺がそう聞くと、秋江さんは口元に人差し指を当てて首を傾げ、


「んー……分かんないなぁ……。朝部屋に寄ってノックしてみたんだけど__」


「返事が無かったんですか?」


「ううん。中から『誰もいないよー』って聞こえたから、そのままここに来たよ」


 彼女は首を横に振ってから詳細を答えた。


 さすがにこれには衝撃を受けた。


「……いや秋江さん。それは誰かが中にいるってことですよ」


「……え? ええーー!?」


 とても衝撃を受けているといった感じだ、彼女は。


 俺は一週間この人と一緒に過ごしてきたが、ここまで凄まじい出来事はこれが初だ。


「何やってるんですか……。ま、とりあえず俺が佑希の部屋に行ってきましょう」


「うん、ごめんね。柳く……希輔くん」


 下の名前で呼んでくれた……!


__秋江さん、ありがとうございます。


 最高の瞬間だった。


「んじゃ行ってきますので、誰か来た時はよろしくお願いしますね」


 俺はそう言い残し、超ハイテンションのまま、佑希の部屋へ向かった。




 そして何事もなく佑希の部屋の前に着いた。部屋のドアには《立花佑希》と書かれた札がかかっている。


「おい佑希! 何やってるんだ!? 部屋から出てこい!」


 俺はドアを叩きながら叫んだ。かかっている札が暴れている。


「誰もいないわよー」


 佑希の声だ。ふざけやがって。


「いや……それ通じるの秋江さんだけだから!」


「しょうがないわね! ちょっと待ってて!」


 何が『しょうがないわね』だ。偉そうにしやがって。


 ドアが開いた。


「何よ希輔。何の用?」


 コイツありえない。遅刻しといて「何の用?」だと。

 俺は怒りをなんとか沈め、


「お前、隊長だろ? なんで部屋に来ないんだ?」


「はぁ? 今日は午前中は無しで、午後から集合って言ったでしょー? 聞いてなかったの?」


 なぜか佑希は呆れ、首を傾げている。その表情は本来俺がしてやるべきものだ。


「いや、俺たちはそんなこと聞いてないんだけど」


「えー? 言ったと思うんだけどなぁ……」


 俺は言われた覚えはありません! それに、


「なんで秋江さんが部屋に来た時『いないよー』なんて言ったんだ?」


「あれはしょうがないわ。一人の時間を楽しみたかったの。アッキーが入ってくるとめんどくさそうだったから__」


 何が『一人の時間』だ。自分の部下への連絡もちゃんとしないくせに。

 それと『アッキー』というのは無論、秋江さんのことだ。


「……とにかく、『今日は午後からだった』っていうことだな?」


「そういうことよ。ごめんね、連絡してなくて」


 こんな適当な奴でも謝罪は一応する。だからまだ許せる。


「おう。だがこれっきりにしてくれ」


「まかせなさい!」


 佑希は渾身のドヤ顔を見せ、拳を胸に当てた。


 正直に言おう。

 期待度はゼロだ。

『特殊選抜隊』なんて言うから、どれだけ厳格な集団なのかと構えていたが、


「このざまか……。大丈夫なのか?」


 俺は入って一週間の間、ただぼーっと一日を過ごすだけの毎日を送ってきた。

 実際の戦闘はもちろん近接格闘術や射撃など、軍隊らしいことは一つもしていない。


__まさかこのまま戦わされるんじゃないのだろうか。


 そんな焦りと不安を心の中に据えつつ、俺は『部屋で待機しておく』という任務を日々こなしているのである。



 

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人間だった俺、寝て起きたらアンドロイドにされていたので人類のために戦います❗️ 石井蓮 @14121122

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