第6話

 二二一三年五月三日、俺はいつもより少し遅く目が覚める。

 だが焦ったりはしない。それにはとある理由があるからだ。

 俺はおもむろに起き上がり、洗面所で顔を洗い、歯を磨き、見てても何も面白いことがない朝の身支度を始める。





 さあここで唐突な質問コーナー!! イェーイパチパチ!

 ここではこの物語のアンドロイドの設定について、詳しく質問に答えていくよ!



 質問一「アンドロイドは睡眠をとるのですか?」


 回答一「はい、とります。ただこれは身体の疲れを取るという目的ではありません。頭の中に溜まった情報を処理するためです」



 質問ニ「アンドロイドは物を食べますか?」


 回答ニ「食べません。アンドロイドは食べ物から摂る栄養ではなく、バッテリーで動きます。バッテリーは一度フル充電すれば最低でも一週間はもちます。なお、水は飲みます。身体の冷却水として使うためです。その冷却水は人間でいう汗として分泌されます」



 質問三「性欲はありますか?」


 回答三「あります」



 質問四「さっき顔を洗ったり歯を磨いたりしてましたが?」


 回答四「はい。アンドロイドの目や口の中、そしてケツの穴の中などは、粘膜のような質感となっており、その表面からは分泌液のようなものが出ています。その分泌液は長い間放っておくと、衛生上よろしくないことになりますので、人間と同様に歯を磨いたり、顔を洗ったりする習慣が推奨されているのです」



 質問五「アンドロイドに感覚はあるのですか?」


 回答五「あります。五感すべてが再現されています」



 質問六「アンドロイドはどんな構造なのですか?」


 回答六「筋肉、骨、脳、神経、その他器官が全て人工物でできています。私のような戦闘型個体はそれらに改良が施されています」



 以上、質問コーナーでした!!パチパチ!!




 そんな一人芝居を頭の中で繰り広げている間に、俺は朝やるべきことを全て済ませ、部屋から出る。

 ちなみにこの部屋は特殊選抜隊に入ったその日に俺に与えられた、『基地』の施設内の部屋だ。


 そして俺はとある場所へと向かう。

『基地』の中は意外にも綺麗で明るく、見た感じのイメージとしては『大学』や『高校』といった方が近いだろうか。


 この施設の人たち(正確にはアンドロイド)とはだいぶ打ち解けた。

 一ヶ月くらいかかるものだと思っていたが、意外と早かった。ここの人たちはやけに人がいい。


「おう! 希輔か! おはよう!」

「おはようございます!」


「おっ! 希輔じゃん。もうここの生活には慣れたか?」

「ええ! おかげさまで!」


「あ! 希輔くん! あなた入って早々頑張ってるみたいね。みんながあなたのこと褒めているわよ!」

「恐縮です!」


 とまあこんな風に気前よく道行く人の挨拶を返していく。自分でも分かるほど気持ちの良い挨拶の返しがすっかり評判となり、今や俺はすっかり『基地』の人気者である。


 そうこうしているうちに着いた。『特殊選抜隊待機室』だ。この部屋は文字通り、俺たち特殊選抜隊が『待機』するための部屋だ。


 俺は「……おはようございまーす」と挨拶しながら先ほどの気前の良さは嘘かと思うほど、低いテンションでドアを開けた。


 目の前にはいい感じに広く、小綺麗な空間が広がっていた。

 ドアを右側の壁の後ろにあるものと例えると、前にはスクリーンとホワイトボード。

 部屋の右と左の壁にはロッカーと銃を飾ってあるガンラック。

 そして中央には五人座るのには丁度良い広さのテーブルとそれを囲う椅子たち。

 そしてそれらを天井の照明が優しく照らしていた。


「あ、おはよう。柳くん。今日は少し遅かったね」


 そう言って椅子に座ったままではあるが、俺を出迎えてくれたのは特殊選抜隊の一人、田中秋江(たなかあきえ)だ。

 彼女は『黒茶長髪おっとり系お姉さん美人』といった感じで、とても優しい性格の持ち主だ。__結婚したい。


「ええ。今日は少し寝坊してしまって……」


「えー? 入って一週間でそんなんじゃダメでしょー?」


 だがそんな彼女には、いくつか欠点がある。


「すいません。でもそれより秋江さん、なんで下だけ部屋着のままなんです?」


「え?」


 彼女は視線を下にやる。反応が楽しみだ。


「あ……ああ! いけない! スボン着替えるの忘れちゃった!」


 彼女はバッと立ち上がり、手を軽く頰に当てている。そして勢いよく立ち上がったせいで椅子は床に倒れてしまった。


 それにしてもこの焦り様……。思わず笑いが出る。


 そしてみなさんもお分りいただけただろう。彼女はド天然なのだ。

 天然キャラ枠は佑希が埋めたものだと思っていた。

 だが、秋江さんのそれは佑希のそれをはるかに上回る天然さだ。

 上は黒いコンバットシャツ、下はパジャマという格好悪い服装でこの部屋に来るという程度のことは日常茶飯事だ。


「ごめん、柳くん! すぐ着替えてくるから、遅刻したことにはしないで!」


 秋江さんは今にも泣き出しそうな表情で両手を合わせている。


「ええ。もちろんそうしますよ。そんなに急がずにゆっくり着替えてきてください」


 俺はにこやかに笑った。……紳士だなぁ。


「うん! じゃあ行ってくるね!」


 そして彼女はそう言うと、手を顔の横で振り、自分の部屋へと走って行った。


 さて、彼女がさっき口にした『遅刻』と言うワードを聞いて、何か引っかかることはないだろうか?

 俺たち特殊選抜隊は、有事の際にすばやく対処できるよう、その日ごとに決められた時間、全員この部屋での待機しておくことを義務付けられている。


 現在時刻は午前八時二十五分。

 定刻まであと五分と迫ったこの状況で、部屋で律儀に待機しているのは、__俺一人のみだ。


 俺がこの特殊選抜隊に入隊してから今日で一週間。

 一日たりとも全員が時間内に揃ったことはない。

 俺が寝坊しても焦らなかった理由はそれだ。


 時刻は午前八時二十九分。ここで秋江さんが着替えから戻ってくる。

 だが今度は指定されたコンバットパンツではなく、ジーンズパンツを履いてきていたため、もう一度部屋に戻る。


 そして午前八時半。結局集まったのは俺一人だけだった……。

 広い部屋に人__アンドロイド一人。




 どうして皆ここまで時間にルーズになれるのか。……今度教えてもらいたいものだ。

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