第5話

 俺から放たれたそのボールは、グローブを持つその男の腕に直撃。見事に彼の腕は粉砕した。


「え?」


 俺は思わずそんな反応を見せる。

 そして次の瞬間、


「あーーーーーー!」


 佑希は立ち上がり、突然声を上げた。とてもうるさい。耳が痛い。


「何っ!?」


「いけない!」


「何がっ!?」


「忘れてたわ!」


「何をっ!?」


「ちょっと! 早くこっち来て座って!」


 佑希はそう言うと、腕を粉砕してしまった男に詫びを入れる暇も与えずに、俺の体をベンチへと引っ張った。

 向こうでは片腕を失った男が数人の男からどこかへ連れて行かれていた。


「何!? 何だいきなり!」


「肝心なことを言い忘れていたわ!」


 佑希は焦った表情で目も口もめいっぱい開かせている。


「何だそれ!? 聞かせてくれ!!」


「あのね! 私たちはアンドロイドだけど、ただのアンドロイドじゃないの!!」


「なんだって!? なら俺は一体どんなアンドロイドなんだっ!!?」


 俺たちは声を上げるように会話した。それは果たしてふざけていたのか、ただ驚いていたのか……俺にはどちらかはわからない。


「あなたと私はね! 『戦闘型アンドロイド』なの!!」


「なんだ!!? その『戦闘型アンドロイド』ってのは!!?」


「力とか身体の強度が大幅に向上された!! 戦闘に特化した個体のことよ!!」


 もううるさくなってきた。いい加減叫ぶのはやめよう。


「なんでそんな大事な事言い忘れるんだ? おかげで一人の男の腕が天に召されたぞ」


「あれはすぐに修理できるから大丈夫よ。ただ、言い忘れていたのは私の落ち度だわ。本当にごめんなさい」


 佑希は握り拳を膝に置き、シュンと頭を下げる。


 彼女の申し訳なさそうな顔をみると、こちらが申し訳なくなった。何故だろう……。やっぱり可愛いからか?


「ああ、それはもういい。ただ、なんで俺とお前はその『戦闘型アンドロイド』にされているんだ?」


 佑希は姿勢を元に戻し、


「奴らに対抗するためよ。向こうには元軍人の手練れが多数いるわ。それを埋めるために『戦闘能力の高い個体』を作ろうって話になったの」


「それは俺たちを含めて何人いるんだ?」


「五人」


 なんだそれは。そんな人数で何ができるんだ?


「たったのそれだけ? それって意味あるのか?」


「ええ。その中の一人が戦場にいれは、戦局はこっちの有利に展開するわよ」


 佑希は少しドヤ顔だ。


 聞いた瞬間は信じられなかった。だがさっきの俺の投げた球の球速を思い出すと、途端に信じられるようになった。やはり百聞は一見に如かずだ。


「とにかく、私たちはもうそういう存在なの」


「どうしても俺は戦場に行かなきゃならないのか?」


「そうよ」


 うん嫌だ。絶対に嫌だ。弾丸飛び交う戦場に行くなんて死んでもごめんだ。


「『嫌だ』って言ったら?」


「その時は私たちが助けたその命を返してもらうしかないわね」


 つまり、「戦わないなら植物人間に戻れ」って言いたいのな。よーく分かった。


「冗談よ」


 冗談かーい。


「ただ、動けるようになったからには、人間の方のあなたの身体の医療費、ざっと一億三千万、他の方法で働いて返してもらうわよ」


 彼女の表情は人を脅す時のそれと全く一緒に見えた。たぶん実際は違ったと思う。


「た、戦いますっ! 戦場行って、人類のために戦います!」


 当然そう答えるしかないだろ。そんな金、働いて返せるような額じゃない。


「ほんとに?」


 佑希は上目遣いで聞いてきた。それがまたたまらなく魅力的だ。


「ほ、ほんとだとも」


「よーし。なら決まりね」


 佑希は満足そうな笑みを浮かべている。


「決まり? 何が?」


「あなたの『特殊選抜隊』入隊に決まってるじゃない。あなた天然ボケ?」


 いや、それはこっちのセリフだ。


「その『特殊選抜隊』ってのが何なのか一度も聞いてないのだが?」


「え? うそ? 言ってなかった?? やだ……ごめんなさい、天然とか言っちゃって……」


__かわいい。


 不覚にもまたそう思ってしまった。


「い、いいよ別に……。早速説明よろしく」


 すると佑希は姿勢をまた正し、


「はい、分かりました。まあ『特殊選抜隊』っていうのはあなたや私みたいな戦闘型アンドロイドで構成された隊よ」


「つまり、俺を含めなければ四人が所属している隊ってことだな?」


「そうよ。そしてさっき入隊が決まったばかりのあなたが五人目ね」


「あの、決まったって口だけでか? その……書類とかに残さなくていいの?」


「いいわよそんなの。めんどくさいし」


 佑希の顔にはケッとした表情が。見たらみんなイラつくやつだ。そした良かった姿勢もいつのまにか崩れ、猫背気味になっている。


 やっとわかった。彼女、立花佑希はアバウトなのだ。天然ともとれるかもしれないが、俺はどちらかと言えばアバウトな性格だとみた。


 それにしてもやっぱり覚える単語が多い。俺たちみたいな『共存派』に俺たちの敵である『非共存派』、さらには『特殊選抜隊』。もう少しまとまって分かりやすい説明はしてくれないのだろうか。


 これでは読む人は誰も世界観というものについていけない。そりゃそうだ。当事者の俺ですら置いていかれているのだから。


「……わかった。まあとにかくその隊に入っていっちょ戦ってやればいいんだろ」


「いっちょどころじゃないけどね。やる気出てきたみたいじゃない?」


 佑希は嬉しそうに問いかける。


 やる気が出たか出てないかと聞かれたら、出てないと答えたい。

 だがそれ以上に、働きづめて一億三千万もの大金を返済していくのは絶対に嫌だ。


「おう! おかげさまでな!」


 俺は大嘘をついた。ちなみにこれが最初ではない。もう数え切れないくらい嘘をついてきている。


 すると佑希は「うん、なら交渉成立ね」と言いながら立ち上がり、


「『特殊選抜隊』へようこそ! よろしくね! 希輔!」


 そう言いながら俺に手を差し出した。





 そして俺はその白くて綺麗な、女の子らしい手をしっかりととって握った。



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