第4話

『基地』と呼ばれる施設内の運動場。

 俺はそこの一角に設置されているベンチに腰掛けていた。

 だが、ただ腰掛けているわけではない。__隣に女の子を据えているのだ。

 今までの俺なら絶対にあり得なかった。俺は女子と手を繋いだりしたことはおろか、まともに話したことすらなかった。


「ねぇ、座ってるだけで本当に大丈夫なの? 暇じゃない?」


 運動場を見ていた佑希だが、俺の方を向いて声を掛けてきた。

 先程はやや不貞腐れ気味だったが、今ではすっかりご機嫌な様子だ。正直言ってめんどくさい。


 今から俺とこの美少女がひたすらお話をする場面が続く。

 きっと長ったらしいと思われるので、俺が先に説明しておこう。今から彼らが話す内容の重要事項は以下の通りだ。これで比較的楽に読めるだろう。



・反乱のおかげで人間の数はわずか十万。

・反乱が起きた時、軍が真っ先に落とされた。

・↑はつまり、誰かが手引きしたのでは?

・俺たちは『共存派』。敵は『非共存派』と呼ばれる連中。

・人数比はおよそ六百万対五万。俺たちの圧倒的優勢に思える。

・だが敵には手練れが多い。数字ほど状況は良くない。




「暇なもんか。今この時があるということだけでも幸せさ」


 そして俺は自分のナルシズムを身体中で感じた。

 

「……変なの。ま、実際死んだようなものだったからね。そう感じるのも無理ないか」


 佑希は再び前を向く。


「そう。その通りさ」


 全くその通りでは無かったが、俺は適当にそう返した。

 女子と二人きりになれるなんて……。こんな瞬間をどれほど夢見たことか……。


 運動場では男たちが太陽の優しい光に照らされながら野球をしている。

 女子と二人きりというシチュエーションには当然敵わないが、あれはあれで楽しそうだ。

 めいっぱい身体を動かし、靴下の中まで砂が入った経験……。皆さんもないだろうか?


「楽しそうね。あなたも行ったら?」


「いや、俺はやめとくよ」


 佑希はこちらを向き、


「どうして? あ! もしかして……私と二人きりになりたいんでしょー?」


 ニヤつきながら言った。

 これには少しドキッとした。心臓が跳ね上がった。


「そ、そんなんじゃない。ただ、みんな幸せそうだなって」


 佑希が言ったことは図星もいいところだったが、俺はそう返した。本当のことを言う変態がどこにいる。


「へえ。あなたそんなこと考えるのね」


 佑希はそう言うと再び前を向く。


 俺はどんなことを考えている男だと思われているのだろうか。とりあえず話を変えたい。


「あの中には人間はいるのか?」


「いいえ。全員アンドロイドみたいよ」


「人間は一体どれだけいるんだ?」


「……ざっと十万人くらいね」


 佑希は前を向いたままだ。


 十万……。そのアンドロイドの反乱とやらで千分の一以下にまで人口が減ったのか。アンビリーバボーだ。


「その、アンドロイドの反乱なんかでそんなに人が減るもんなのか? 例えば、自衛隊とか軍隊みたいなのがいるだろう。そいつらは何をやってたんだ?」


「その軍が一番最初に落とされたのよ」


「軍が?」


 信じられない。インクレディブルだ。


「ええ。その当時、自衛隊にはたくさんの軍用アンドロイドがいてね。そのアンドロイドたちは実戦になった時に戦えるよう、訓練されていていたの」


「だが、その訓練で培った技術が、あの反乱で大きな脅威になったってわけか」


「そうね」


 なんてこった。つまり、俺たちが敵と呼ぶアンドロイドには元軍関係者もいるわけか。


「それだけじゃないわ」


 佑希はこちらを向く。


 なんだ? まだあるのか。


「奴らはそれとほぼ同時に、テレビ局とかラジオ局、いわゆる報道メディアの中枢とも言えるところを落としていったの」


「そうして民間の人たちに沢山の被害が出たわけか」


「そうよ。でもありえる? 軍とメディアが同時に襲われたのよ? そんなの偶然としてはかなり不自然でしょ?」


 確かにそうだ。……考えるに、すべて誰かが仕組んだことだってことなのか?


「私が考えるにね。これは誰かが仕組んだことかもしれないのよ」


 佑希は声に力を込めて、俺の方に迫りながら言った。


 ま、誰だってそう考えるか。


「んで? お前さんはその誰かとやらはどこにいると考えてるんだ?」


「何の根拠もないけど、『非共存派』の奴らの誰かじゃないかなって、なんとなく考えているわ」


 そして佑希は前を向いた。さっきからこいつは前を向いたりこっち見たり、忙しそうだな。


 それより新しい単語が出たな。早速聞いてみよう。


「その……『非共存派』ってのは? どういう奴らなんだ?」


 佑希はまたこちらを向き、


「反乱を起こしたアンドロイドの残党の奴らよ。今は五万くらいまでに数を減らしたわ。ちなみに私たちの方は『共存派』て呼ばれているわ」


 おいおい覚える事が多いな。いきなりこれじゃついていけない。


「それに対して俺たち__共存派は何体いるんだ?」


「約六百万よ」


 なんだ俺たちの圧倒的優勢じゃないか。それだと百対一よりも状況が良い。


「ただ、敵の生き残った五万のうち、大部分が軍に所属してたアンドロイドなの。だから、民間用だったアンドロイドが多い私たちは、その数をどうしてもゼロにすることができないのよ」


 そして佑希は前を向く。


 状況は数字が表しているのとは裏腹だということだ。


「しかし、そんなに減るまでよく続けたな」


「ええ。私は続いて欲しくなかった……。大好きだった人間はみんな奴らに殺された」


 佑希は寂しそうにそう答えた。俺が初めて見る表情だ。


__そうか、この子は、佑希はこうなる前はきっと幸せだったんだ。


 この時、佑希の切なそうな横顔と目が、俺の何かを動かした。佑希のそれは、俺に何かを訴えているように感じた。




 野球ボールが飛んで来た。

 向こうでグローブを持った男が「すいませーん。投げてもらえますかー?」と叫んでいる。


 __佑希はよほど以前の生活が愛おしいのだろう。この子の本当の笑顔を見てみたい。本当の幸せを感じて欲しい。


 そう思ってしまった俺は、居ても立っても居られなくなり、勢いよく立ち上がった。

 そしてムカつくくらい気持ちよさそうに転がっているボールを拾い上げた。

 少し遠くでボールの帰りを待つ男がいる。

 俺は彼のグローブにこのボールを届けようと、腕を振った。





 そしてなぜか、俺の手から放たれたボールは、イチローのそれをもはるかに超える、レーザービームのような速さで飛んでいった……。



 

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