第3話
「俺が人間じゃない? どういうことだ?」
俺はやっと佑希が言ったことを理解することができた。
「そのまんまの意味よ。あなたはね、もう人間じゃないの」
「俺が人間じゃないなら何だ? ただの変態生物か? さっきのか!? さっきのアレを根に持ってんのか!?」
「そうよ」
なんてこった……。完全に嫌われているじゃないか。
「嘘よ」
嘘かーい。
「なら何なんだ俺は」
安心しきった俺は早速聞き直した。
「アンドロイドよ」
きっぱりと言われた。「そんなの当然でしょ」みたいなことを言われた気分だ。
彼女は姿勢を良くし、真剣な顔つきである。
「は?」
俺にできる反応はこれが精一杯だった。
だいたいコイツは一体何を言っているんだ。俺がアンドロイド? ふざけないでくれ。
なんで俺が少し前に新たな労働力として開発、生産されたアンドロイドだってことになってるんだ。
「あなただけじゃないわ。__私もよ」
もう訳の分からん。
つまりこいつが言うには、人間だった俺は目を覚ましたらアンドロイドになっていて、今隣にいるのは美少女型アンドロイドというわけなのか。
__こんな漫画みたいな話あってたまるか。
「まあ、私は生来のアンドロイドだけど、あなたの場合は、正確に言えば『アンドロイドにされた元人間』って言った方が正しいかしら」
佑希はなぜか誇らしそうに髪を手でなびかせる。
「アンドロイドにされた? 何で? 何の目的で?」
「だから今からそれを説明しようとしているのよ」
佑希は肩を落とし、やや怒り気味だ。
「ああ、頼む」
俺がそう言うと、彼女は姿勢を伸ばした。
「ええ、もちろんよ。まずは今日は何日か分かる?」
分かるに決まっているだろ。小学生じゃあるまいし。……まあ俺は高校生になっても「あれ? 今日は何日だっけ?」なんていう現象に引っかかったことはあるが。
「えっと、昨日は十七日だったから、十八日ってことで間違い無いよな?」
「なら、何年の何月かは?」
「……二一九七年九月だろ?」
なぜここまで聞く必要があるのだろうか。うざったいな。
佑希は良い姿勢のまま、
「うん。全問不正解ね」
彼女はまたもきっぱりと。なんなんださっきから……。そしてさっきからこの子の姿勢が気になってしまう……。
「なら今日は何年何月何日、地球が何回回った日なんだっ!?」
俺は『疑問』という物質を飛ばすように聞いた。だが実際に飛んだのは俺の唾液みたいなものだった。
「二二一三年、四月二十六日よ」
佑希は姿勢を少し崩しながら答えた。背中は丸まってはいないが伸びているとも言えない、絶妙な姿勢だ。……疲れているのか?
俺は声を出すことすらできなかった。どうして一晩寝ただけで十六年近く話が進んでいるんだ。
「実はあなたがさっき言った二一九七年九月十七日の夜に、大規模なアンドロイドの反乱が始まったのよ。その時に、あなたは瀕死の重傷を負ったの」
つまり、俺は「アンドロイドに殺されかけた」ってわけか。俺の家ではアンドロイドは一体も持っていなかった。
だがあの晩は確か、両親が帰るのが遅くなるかなんかの理由で隣の家からアンドロイドを借りていた。
それだけは覚えている。
だが、
「襲われた記憶がないんだが? あの日はいつものように……遊んで、ただ眠りについただけだ」
「反乱が起きたのは夜中よ。だからあなたは寝込みを襲われたってことね」
佑希は少し小馬鹿にしているような表情を浮かべた。
不覚っ……! 圧倒的不覚っ……! この俺がただの機械に__あのクソババアアンドロイドに寝首をかかれるとは……!
身体が燃えるように熱い。羞恥心という炎が、俺をこのまま焼き尽くしてしまいそうだ。俺は聞いてしまったことを後悔する。
「そ、それで……? 瀕死の重傷を負った俺はその後どうなったんだ?」
「偶然発見してくれた人がいて、安全な場所まで運んだんだけど、出血が多くて…………いわゆる植物人間の状態になっちゃったわ」
「そして十六年間生死をさまよって、晴れてアンドロイドってわけか。随分な結果じゃないか」
佑希は怪訝そうな顔をし、
「何その言い方……。まあ、いいわ。とにかく、人間のあなたの脳波的なものをアンドロイドの身体にコピーして、今のあなたがいるってことなのよ」
「コピーってことは、俺の本体はまだ残っているってことか」
「そうね。つまりあなたは二人いるってことよ」
ほう。この事実はあまり悪い気がしない。
自分が二人いるのは不気味だし、自分がアンドロイドという機械だというのもいささか抵抗がある。
だがそれでも気分はいいのだ。
俺もまだ厨二病だったってことなのだろうか。
「会いに行く? 人間のあなたに」
「ああ、もろち……」
俺は「もちろん」と言いかけたが、とある疑問が頭をよぎった。ちなみに「もろちん」だなんてはしたないことを言おうとしたわけではない。
「人間の方の俺は……どんな感じになってるんだ?」
「問題があるとしたら、やせて皮と骨だけになってるくらいよ」
それは大問題だ。そんな弱々しい俺なんて見たくない。誰だってそうだろう。自分がミイラになっているんだぞ? まあ「パシャっと誰かの顔を撮影すればゾンビみたく加工できる」なんてアプリが流行った時期が俺の周りにもあったが、これとそれは話が異である。
「……今回はやめとく」
「何よ、つれない奴ね。どんな状態だって……自分なのよ?」
佑希はムッとしている。
「それは分かっちゃいるけど、今は何か嫌だ」
「……会いたくなったらいつでも言ってよ?」
「おう。その時は頼むよ」
「ええ」
あらかた話は終わったようだ。
だからあれだ、
「もうそろそろこの部屋から出たいんだが? むさ苦しくなってきた」
「何それ!? それだと私がむさ苦しい女みたいじゃない……!」
彼女は目を見開き、半ば怒鳴るように言った。
「違ぇよ。とにかく外に出たくなっただけだ」
「……分かったわ。ならついて来て。体を動かせる場所あるわよ」
そう言うと彼女は表情を元に戻し、おもむろに立ち上がり、部屋の外へ向かった。
何か不貞腐れているようだったが、あいにく、そんなことをわざわざ気にしたくなるような気分じゃなかった。
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