第2話
__目覚めるとベッドの上にいた。
だが、なぜかいつもと景色が違う。
「知らない、天井だ」
どこか聞き覚えのあるセリフを発した俺は起き上がる気力もなく、その見知らぬ天井を見つめていた。
少し目線を前にやると、窓が空いているのか、カーテンがなびいている。
ちなみにベッドの上と言っても、いかがわしい場所のベッドではない。もっと華やかさのない、病院に置いてありそうなベッドだ。
だから横に誰かも分からない女が寝てたなんてことはまずなかった。
俺は童貞だ。俺はこれからも貞操を守っていきたい。
目を覚ましたら俺の大切なものを奪われていたなんて、そんなのは絶対にごめんだ。
そしてなぜか昨日の記憶がない。
__何があった? 俺はどうしてこんなところにいるんだ?
酒でも飲んだのか? いや、それはない。
俺はまだ酒の味も理解できないお子様舌だ。そんな俺に限って記憶が飛ぶまで飲むなんてあるわけがない。
誰でもいい、俺に何があったのか分かる奴がどこかにいるはずだ。
俺は焦燥感を振り切るかのように、身体を起こす。
半分ほど身体を起こしたところで、なんとなく誰かの気配がしたので、ふっと目がそちらに向いた。
「おはよう。調子はどう?」
それはニコリと笑った。
__嘘だろ……。
俺の心臓の鼓動が速くなる。
目線の先にはテレビでも見たことがない、美少女たるものが座っていた。彼女は微笑み、俺に声をかけてくれた。
そのブロンドヘアの美少女は椅子に腰掛けて、その綺麗な髪を部屋のカーテンよりも美しくなびかせていた。
そして彼女は心配しているような、はたまた安心しているような……。その可愛らしい顔はそんな表情を見せていた。
__この子、可愛い!
本来は「ここはどこだ!?」や「この女、何者だ!?」という事を真っ先に頭に思い浮かべなければならないが、俺はそう思ってしまったので、とりあえずこの子をからかってみることにする。
「おい、お前……寝ている間に俺に何かしただろ?」
演技は得意だ。俺の顔にはまるで怒気と疑心という文句が顔に刻まれているように感じた。
「は?」
彼女は呆れた表情を見せた。しかも男だったらきっと誰でも傷つくくらいの迫力で。
「なんで私がアンタなんかとハメなきゃいけないわけ!?」
彼女は勢いよく立ち上がりながら叫んた。
このセリフはこちらも想定外だった。少しの間考えた末、思いついた返事は、
「こんな……下品な女に……」
「アンタから言ったんでしょ! そもそも泣いてんじゃないわよ! どうせ心のどこかじゃ喜んでるんでしょ!?」
「うわあああああん! 俺のっ、俺のが…………新品未使用が! 中古品に!」
「『うわあああああん』って小学生みたいな泣き方すな! これいつまで続けるつもりなの!?」
「一生」
俺はキリッと顔を決めて言ってみた。これを学校や職場でやってみようと思った方は思いとどまって欲しい。
「あぁもう何この人! 思ってたのと全然違う!」
彼女は頭を抱える。対して俺は、
「ならどう思ってたんだ?」
と聞いた。
「もう……どうでもいいでしょ……。それより、調子はどうなのよ?」
彼女は椅子に座る。
彼女は再び俺の容態を聞いてきたが、さっきの表情は無かった。……嫌われたかも。
そもそも人をからかうのは慣れていない。故に加減というものがいまいち分からない。
「まあ、良いか悪いかって言われたらかなり良いって答えるけど、まずあんたは誰なんだ?」
俺は話を本来あるべき方向に持っていった。
「私? ああ、自己紹介がまだだったわね。私の名前は『立花佑希(たちばなゆうき)』よ。ユウキって呼んでちょうだい。あなたの名前はもう知っているわ。柳希輔(やなぎきすけ)くん。よろしくね」
「嫌われたかも」という心配など無用だった。彼女はまた優しい笑顔を俺に見せてくれた。
__そうか。この美少女は佑希(ゆうき)って名前なのか。
そしてまだ分からないことがもう一つ、
「そうかよろしく。んで? ここはどこなんだ?」
「ちょっと! 名前の感想くらい聞かせてくれたっていいじゃない!」
そして彼女はまた立ち上がる。
そんなこと言われたって、「なんか男みたいな名前ですね」くらいなことしか本音の感想が出ない。
「ま、可愛い名前なんじゃない? んで? ここどこ?」
「そ、それだけ……? ま、いいわ。そんなもんよね所詮」
佑希はまた座った。
なんか不満そうにしているが俺は一体何て言ってやれば良かったのだろうか。やっぱり本音を言って欲しかったのだろうか……。
そしてここから長い長い説明シーンが続く。皆さんには、是非ともお付き合い願いたい。
「ここは……そうね。『基地』って言えば早いかしら」
彼女は顎に手を当て、首を傾げている。
「は? キチ?」
「そう。『基地』よ。まあ基地って言っても、研究所とか病院とか、まあ言葉通り軍事施設もあるわね」
冗談じゃない。研究所に病院に……軍事施設だと? そもそも、
「なんで俺がこんなところにいるんだ?」
俺がそう聞くと、佑希は「うーん」と発しながら腕を組み、難しい顔をしている。
どうしてあなたがそんな顔をする必要があるんだ。そうしたいのはこっちだ。
そして佑希は、
「少し長くなるわね……。 どこから話そうかしら……」
「どこからでもいい。時間が無いわけじゃないんだろ? 途中トイレ休憩入れてくれるんだったら、何時間かかってもいい」
生まれつきなのか、ただ水分を摂り過ぎているのかどうかは分からないが、俺はトイレにすごく近いと定評のある男だ。学校では休み時間になると毎時間トイレに直行する。
おかげで『トイレの主』というあだ名や、「アイツに会いたきゃトイレへ行け」とか言う文句が流行ったこともある。
だから俺にとってトイレ休憩があるかどうかは、何よりも優先される事項なのだ。
「んーとねぇ………、その………」
コイツは何か言いたそうだな。
なんだ?俺は何を言われてしまうんだ?
「あのね……その…………トイレ休憩ってのはあなたには心配する必要のないことなの」
「ほう。なら簡潔に話を終わらせてくれるってことだな?」
「ううん。そうじゃないの」
首を横に振りながら否定された。
__何なんだ? そうじゃないならなんだって言うんだ。
俺は文句が喉まで出かかったが、なんとか堪えた。まあべつに堪える必要はなかったのだろうが、その文句を出してしまえば、『いちいちめんどくさい奴』だと思われそうな気がしたのでそうすることにした。
「まずは結論から言うわ」
「おう」
俺が返事をした途端、彼女の目が変わった。
「柳希輔くん、あなたはもう人間じゃないのよ」
彼女はそう切り出したが、俺は自分が何を言われたのかを理解することができなかった。
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