第4話 過去と未来への接続曲(後)
「知りたいことは未来じゃなくて、今なの」
「相変わらずノリというものがわかってないわねえ。そんなんじゃ、アーティストとして先行きが不安よ?」
軽口を叩く占い師。とはいっても、その声色に不満はない。なにか相談事がありそうなアリシアのために、空気を和らげようとしただけだ。
アリシアも、それをわかっているから、あえて無視する。
もっとも、この占い師が脱獄のことを知らないはずがなく、アリシアの相談事も大方想像がついているのだろうということが、しばらくの付き合いからわかる。あまりいい信頼ではないが、アリシア自身、この占い師に色々と世話になっているため、その辺は許容する。
奥から、膝にお茶を乗せたレプリールが出てくる。両手で車椅子を押しているが、一滴たりともお茶が零れる気配はない。
その所作に、軽い感動を覚えながら、アリシアはお茶を受け取り礼を言う。
それに、占い師も続く。
「ありがとう、レプリール。どう、あなたも聞いてく?」
「それは、私が聞いていてもいいことなの?」
「相談事みたいだし、女のアンタの方がアリシアに寄り添った意見を出せるんじゃないかしら」
そういうことならと、レプリールは占い師の横につく。肝心のアリシアに意見は求められなかったが、嫌ならばアリシアは嫌という。返答がないということは、そういうことだ。
「捕まってたはずの犯罪者が一人、脱走したたそうなの」
「まあ、怖い」
「――でね、その脱走した犯罪者っていうのが……その……昔魔女と組んでわたしを攫おうとした男らしいの」
「大変じゃない!」
まるで煽るように、合いの手をいれる占い師。明らかに、楽しんでいる。
が、これに一々腹を立てるようでは、そもそもここに相談へはこない。
アリシアは続ける。
「それで、お父さんから家から絶対出ないように言われたんだけど――」
「出てるわね」
「わざわざこんな所にまで来てね」
今度は両者から煽られる。
さすがに言葉が詰まったが、最後まで言ってしまわないとここに来た意味がない。
「そうなんだけどっ――、でもほら、わたしに関わることで……わたしの人生において重要っていうか、そんな感じの事件なのに、わたしがじっと家で解決するのを待っているっていうのはなんか嫌なの!」
感情的になり、目の前の机を叩こうとして、止めるアリシア。代わりに、履いているスカートをギュッと握った。
「わたしに……なにが出来ると思う?」
おおよそ、自分が思っていた通りの相談で、それへの答えは考えるまでもない。占い師は、顎髭をなでて、柔らかい声で言った。
「……大人しく、家にいることよ」
「――でもっ!」
そんなことはわかっているけれどと、吠える。が、占い師の答えは変わらない。
「アリシアのお父さんや同じ仕事をしている人達。きっと……そうね……きっとアンタの所の社長だって色々と動いてくれてるはず。その人達が、なんのためにそうしているのか、わからないアンタじゃないでしょう?」
それは正論だ。家を出た時のアリシアの決意を、完膚なきまでに叩きおるただの正論だ。
わかってはいる。
言うことをきいて、大人しく家にいることが正解だと。言いつけを破って怒られる怒られないの問題ではないということを。
アリシアは聡い。けれど、まだ十六歳の子供だ。いくら栄華をかざろうと、その身体にはわがままを大量に溜め込んだ子供だ。
まだ残っている切るべきカードも切れずに、アリシアは黙り込む。そんなアリシアの頭を、大きな手が包んだ。
「アンタに出来ることはなにもない。魔女が関わっているのなら、なおさらよ」
「知って――」
「噂程度だけどね、魔女がこの国にいるっていう。ただ自分を誘拐した犯人が逃げ出したってだけなら、昨日の今日でアンタは言いつけを破らない。きっと別の要因があった。それに、アンタから臭ってくるそれ……前にアタシが渡したやつでしょ?」
まだ残っていたのかと、慌てて身体中を嗅ぐアリシア。けれど、もはや染みついたそれはどうあっても本人ではわからない。
「――魔女に、会ったんでしょ?」
「うん……」
さすが有名な占い師だなと、感心を覚えながらも、アリシアは前日の夜の出来事を話した。
元から話すつもりだった、今回の脱走事件と魔女が関わっているかもしれないということと、自分の周りの人達が傷つくのは嫌だということを、改めて。
話を聞いた占い師は、特になにを考えるまでもなく、また話し始める。
アリシアが魔女のことはなにも言っていないにも関わらず、あれほど現状を言い当てた占い師だ。恐らく、出来事の触りを聞いただけでおおよその状況と言うべき答えは見つかったのだろう。
「可能性の話だけどね、脱走事件と魔女は関係してないんじゃないかしら」
「ほ、ほんとに?」
「ええ。アンタの話を聞く限りだけど、アンタが出会ったベルカントって魔女はまず、自分の欲求が第一で動いているわ。美しい――ね。アタシにはよくわからないけど、そう定義してる本人の価値観でのみ動いて、平然と倫理から外れた行動を取っている」
まあ、魔女はだいたいそうなんだけど。と、一旦区切る。
「魔女について、詳しいの?」
「…………嫌な記憶よ。今はいいでしょ」
いつも、自分の話はしたがらない占い師だ。アリシアの質問を片手で払い、分析を続ける。
「自分の絶対的な価値観に基づいて、感情でのみ動く。そういうタイプね、そいつ。そんな奴が、すぐにそんな回りくどい手段を取るとは思えない」
「あっ……そうだ……」
ようやくアリシアは気がつく。
魔女から逃げ出して、家に帰った時既に父は身支度をほぼ済ませた状態だった。
つまり、いくら情報の伝達が早くとも、アリシアがベルカントに襲われていた頃には事件は起きていたということになる。
ベルカントの人物像以前に、時間帯が合わない。
そして当然、聡いアリシアよりも恐らくずっと聡い占い師がそんなことに気がつかないわけはなく――。
「……あら、探偵ごっこはもう終わり?」
「もうっ!! アタシ真剣なのにっ!!」
ここまで来ると、初めのあの説教でさえ、ただ遊ばれていただけのように思えてくる。
ともあれ、魔女と脱走事件に恐らく関連はない。つまり、脱走したナルベルを追っている父達には魔女の危害が及ぶ可能性は低い、ということだ。
「よかった……」
大きく、息を吐くアリシア。そして、我に返る。
「全然よくない!!!」
ただ単純に、アリシアを襲う危機が二つになったというだけだ。なにも解決していないし、ただ問題が大きくなっただけだ。
そして、そんな状況でノコノコと外を出歩いた自分の考えの至らなさを痛感する。
こうなってくると、家に帰るのも怖い。
占い師とレプリールの住むこの屋敷に、匿って貰うというのが今出来る一番いい手ではあるが、それを自分から言い出せる豪胆さは、アリシアにはない。
とそこへ、いつの間に消えていたのか、レプリールが戻ってきた。
「客間を一つ、整えておいたわ」
「さすがね、レプリール。あとはアリシア次第よ」
先読みに長けた二人は、行動が非常に早い。
なんだかひたすらに自分の無力さを味合わされた気分になり、アリシアはがっくりと肩を落とす。
「ええ……でも……どうしよう……」
占い師達の了解を得たも同然のこの状況だが、頭に浮かぶのは父の姿だ。
アリシアは父であるアッカの言いつけを破って出歩いた身であり、そしてアッカはこの占い師のことをあまり快く思っていない。
説明もなくここに住まえば、きっと大変なことになるだうし、説明しても自分が守ると言って聞かないだろう。
魔女のことを話せばなんとかなるかもしれないが、それは父を無用な危機に晒すことになるかもしれない。いや、アリシアが狙われた時点で、それは時間の問題かもしれないが……。
というかそもそも、だからといってこの二人を巻き込んでもいいというわけではないが……。
考えれば考えるほど、挟み込まれてなにも出来なくなってくる。
と、そこへ――
「アリシア!!!!」
壊れてしまうのではないかというほどの衝撃で、扉が開かれる。そこに立っていたのは、アリシアの養父であるアッカだった。
「家にいないと思ったらこんな所に!! 」
「えっ、あっ、おとうさっ――」
「帰るぞ!!」
アリシアに有無を言わせず、占い師にもレプリールにも目を向けることなく、娘の手を掴んで出ていく父。誰が見ても、大激怒のお父さんである。
「一応、客間はそのままにしておく?」
「ええ、そうね。お願い」
その様子に介入することを諦めた二人は、軽い空気でそんなやり取りを交わす。
結局、何一つ自体は解決されないまま、相談は呆気ない終わりを迎えた。
二つの危機、そして家についたら始まるであろう父の大説教。様々な憂いに、アリシアは気絶しないようにするだけで精一杯だった。
「恐ろしいほど嘘を吐くはね、あなたって」
いつも通り、二人きりになった占い屋敷で二人は言葉を交わす。それは、誰も覗き見ることは出来ない、仮面を取った二人の素顔。
「あの子を昔襲ったっていう男、そいつを逃がしたのはあなたじゃない」
「ただの遊び心よ。大変なことにはならない――と思っていたけれど、他の魔女とは、ほんとに予想外ね。これからどうなるのかしら」
「……今のあなたの顔、彼女が見たらどう思うかしら」
「あら、アリシアのことを心配してるのは本心よ? 何もかもの記憶がまっさらになって、別人になってもおかしくはないはずなのに、あの子はあのこのまま成長している……。面白いわよね。だから、楽しまなくっちゃ」
「あなたの悪趣味もいいけど、目的も忘れないでちょうだいね」
不敵に笑う占い師。
かねてより、悪逆こそを楽しみ続けたその性根は、本当の願いを自覚してもなお変わらない。
思惑が入り交じるドルムトの国で、この先何が起こるのか。
この二人以外で、知るものはいない。
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