最終話 どうも、私でした。
なにもかもが燃え、すり減り、消えていく。周りの全てをただ黒々とした感情と共にあふれる炎で包み込みながら――。
私を起点とした炎は、私の内側にあるものを全て使い切らない限り収まることはないでしょう。だからこうして、私は意識を保てています。
私はしっかりと自分認識しながら、なにもかもが終わっていくのを待つだけ。――ああ、でも、もうどうでもいいです。偉そうなことを言っておいて、結局救えなかったんですから。間違えたままに、私はここで消える――。
「なにやってんのよ、アンタ」
まるで私を引っ張り上げるようなその声は、とても聞き慣れたものでした。なによりもおぞましくて、誰よりも近くにあったその声は、日の光の何倍も、私を目覚めさせます。
「ガウド……」
呟いて見た周りは、燃えているどころかその逆、一面凍っていました。不可思議な機械も、どこにでもあるのな建物も、私から出ていたはずの火も、人だった物もすべて平等に透明な氷に包まれて、一切の活動を停止させています。
ただ私と、私の目の前で眠るように死んでいるフレットさんと、偉そうに腕を組んでこちらを眺めているガウドの周りだけを除いて。
「……寒い」
「我慢しなさいそれぐらい」
そう言ってガウドは無駄に伸びた顎髭を撫でながら、フムフムと意味ありげに呟き、そして彼はいつも通りの調子で言います。
「詳しくは聞かないわよ。だいたいわかったし。とりあえず、その死んでるのフレットよね?」
その物言いに、もう怒る気力すらありません。あざ笑われるというのら、それを受け入れましょう。ガウドの娯楽にされるいうのなら、好きにすればいいと思います。
――期待通りにならなかった私を始末しようというのなら、ただ私は目をつむりましょう。もう、フレットさんの死体を認識していたくありませんし。
けれどガウドは、なにを言うわけでもなく、ただ私の目の前に黄色く光る液体の入った小瓶を私の目の前に転がしました。
――これ、なんでしたっけ?
持ち上げて眺めてみます。――ああ、思い出しました。というか、考えればすぐにわかることです。この状況で、この魔女が私に寄越すものなんて、一つです。ガウドが人生をかけて生み出した――いえ、生み出す寸前までいった――。
ガウドは、とても意地の悪い顔をしていました。
「それに足りない材料、覚えているわよね?」
ガウドという魔女は、この後に及んでまだ私を試そうと、なにかを期待していると、そういうことなんでしょうか。
それが具体的になんなのか、私にだってわかりません。私は結局、なにもわかりませんでした。
ガウドのことも、ノーディタウのことも、あの聖女のことも。――フレットさんのことさえも。得た真実も、置き場がわからずたださまよわせていて、私にわかるのは、きっと私の気持ちだけ――。
幸せになりたかった。当たり前の笑顔と温かさの中で私は生きていたかった。――でも、たとえそれが全て犠牲になってもいいと思えるほどに、私はフレットさんに恋をしてしまいます。
だから、フレットさんの死という一点のみで、私の心は保てなくなる寸前までいってしまいました。……そうか、そこをこの男に助けられたということになるんですね。腹が立ちます。というかこれ、私が燃やしてしまうのとほとんど変わりないじゃないですか。
ああ、この男は本当に――最悪です。
「覚えてますよ、もちろん。私の魔女の力をこれに注ぎ込めばいいんですよね?私が力尽きるまで。……助けてくれて、ありがとうございました。フレットさんが起きたら、色々と、お願いしますね」
「…………言っておくけどね、その薬を使って生き返らせたところで、多分長生きはできないわよ。長くて数年――もしかしたら数時間後の命かもしれない。それでもアンタやるの?」
「もちろんです」
ガウドは、もっと私が迷う思っていたのでしょうけれど、もう迷いませんよ。
好きな人ですから。
一秒でだって長く生きていて欲しいですし、一秒でも長く、その隣にいられない代わりに私のことを覚えておいていてほしいです。
私の命一つが彼の一秒になるのなら、迷う理由はありません。
「――ええ、魔女にしては、素敵な十六年でしたよ」
そして目を閉じて、小さい力を手のひらに集めて、その小さな瓶に流し始めました。――はずなのですが、微弱な力は空中で儚く消えていく、そんな感覚を覚え思わず目を開けます。
すると、私が持っていたはずの小瓶はガウドが手であそんでいました。
「ちょっと流石にどういうことですか?!」
たまらず叫びます。怒る気力がないとは言いましたが、出るときは出るものです。折角綺麗に覚悟を決めたのに、この仕打ちはあんまりにもほどがあるのではないでしょうか。
それに、生き返らせるといってもフレットさんの体は穴だらけのボロボロです。無駄な時間を使うと手遅れに――そう思って、フレットさんを直視して初めて気が付きました。とても綺麗なのです。
血も流れているようすはなく、安らかという表現が出来るほどには綺麗に整えられていました。
「アンタ、もうちょっと周り見た方がいいわよ」
変わらぬ調子で苦言をこぼすガウドをにらみ付けます。けれど、そんな私の視線は無視してガウドは続けました。
「この薬だって、前見せたときは赤色だったでしょうが」
「なっ――?!偽物だったんですか!?」
「違うわよ馬鹿。――もう完成してるってことよ」
え――?完成……している……?
その言葉の意味を考えて、すぐに答えは出ましたが、まさかそんなことあるはずがないと首を振ります。
私がそんな態度だったので、答えはガウド口から放たれることになりました。
「アタシの力を注ぎ込んだのよ。名一杯。それで完成。それ一本で死んだ人間一人を生き返らせることが出来る夢の薬よ」
「で、でも……じゃあ貴方はッ――!」
「さすがアタシってとこね。この薬を完成させてなお余力があったなんて。ま、その分ボロボロだから、このまましばらくしたら死ぬでしょうし力も全然制御出来なくなっているしね」
辺り一帯氷漬けにするつもりなんてなかったのに……とガウドは辺りを見回してぼやいています。
「な、なんで?!なんで貴方がそんなことを――」
私は、ただそう聞くことしか出来ませんでした。おかしい。いや、いつもおかしいんですがこの人は。それでも、今日は一段とおかしいんです。
「おかしいじゃないですかそんなの。さらっと言ってましたけど、ガウド貴方もう死ぬってことですか?なんで、どうして?つまり私のために自分の命を捨てたってことですか?貴方はあのガウドですよね?恐ろしい氷結の魔女ですよね?私にだって散々酷いことしたじゃないですか……どうして……」
まくし立てる私に、ガウドはなにも答えません。けれど、ゆっくりと、ガウドのゴツゴツとした手が頭の上に載せられました。
そして乱暴にその手が動かされました。
「わっ、ちょ、なんですか」
髪が豪快に乱れます。いや、もうすでに色々ボロボロなのでそこは別にいいんですが……。
それが理由というわけではないのですが、私はガウドの手を振り払えずにいました。理由……なんでしょう。不愉快ではない、というか少し、温かかったから?
ひとしきりガウドは私の頭を乱してから、いつもの調子で言いました。
「ライラ、幸せになんなさい」
それは、私の質問には一欠片も答えてはいません。けれど、その一言はあまりにも、君は悪いほどに優しくて、私はなにも口を出せませんでした。
「過去になにがあったとか、なにをやったとか、今日ここでなにを知ったとか、それ全部忘れなさい。なにもかもから目を背けて自分勝手に、好きな男と一緒に死ぬまで生きなさい」
「そんなこと……言われましても……」
「いいじゃないの。アンタの心情とか色々あるでしょうけどね、アンタのために死ぬ………………友達の最後のお願いぐらい聞いてちょうだいよ」
それは、あまりにも一方的で、勝手な言い分です。私は戻ったら、ガウドとだってもう一度話すつもりでいたのに。
勝手に現れて、勝手にいい雰囲気作って――。騙されてなんてあげません。
だから私は容赦なく、自分の正直な気持ちをガウドに告げます。
「そうですか……。でも私は、貴方もことを友達だなんて思ったことは一度もありませんよ」
「――そうね、そうだったわね」
「はい……」
「……」
「……」
なんとも言えない、気まずい沈黙が場に流れます。
「…………え、終わり?」
「なにがです?」
「いや、そこは『友達じゃなくて親友ですよ』とかそういうものがくるものじゃないの?」
「いや、なに言ってるんですがありませんよそんなの。貴方一体私になにしたか忘れたんですか?」
「……いや、ほら、それはこうして今助けに来たわけだし、命まで差し出したじゃないの」
「それはそれ、これはこれです」
全く、最後の最後まで理解出来ないことをいう男です。こんな友達ごめんです。
――けれど、私とガウドの関係性に名前があるとすれば――
「貴方は、そうですね……家族みたいなものですよ」
「――」
一緒に住んでいて、一緒にご飯を食べて、口喧嘩もして、いっぱい嫌いなところがあって、いっぱいの感謝がある――ええ、家族です。友達よりもずっと深い関係性のような気もしますが、それでも、家族が一番似合っています。
「――ってええ?!ガウド泣いてません?!」
驚かずにはいられませんでした。あのガウドが、目から液体を流していたのですから。それも、心から楽しそうに笑いながら。
「あっはは、アンタがあまりにも面白いことを言うからよ。ほんと、死に際だってのに勘弁して欲しいわ全く……」
「わちょ……また」
もう一度、ガウドに頭をぐしゃぐしゃと荒らされました。そしてやっと終わったかと思えば、そっと抱き寄せられて――。
「さっきの質問の答えだけどね、アタシは家族を助けにきたのよ」
「…………嘘にきこえませんよ」
「嘘じゃないもの」
「一体なにがあったんですか……」
「色々あったわよ、長い人生だったもの」
そして、ガウドは私を解放して胸元から黒い液体の入った瓶を取り出しました。
それはなんですか?と私が聞く前に、ガウドはその瓶の蓋を開けてその液体を私とフレットさんの周りにまき散らしました。
最近出会い、そして別れた魔女の匂いが私の鼻先をかすめます。そして、まき散らされた黒い液体は、白い糸のように私達を包み込み、光で視界を奪います。
「ガウド――!」
これが最後――そう思ったらなにかを言わないといけない。けれどなにも出てこなくてただ名前を呼びました。
けれど、消えゆく景色の中で見たガウドの姿はとても満足げで――。
「幸せになりなさい。笑いたいときに笑って、泣きたいときになける、そんな一生を過ごしなさい。アタシの、娘――」
歪む私の意識に、その言葉は深く深く刻みながら、たった一人の家族はいなくなりました――。
転移というのも三回目になれば、意識はとてもはっきりしているもので、そこはフレットさんの家だとすぐに理解することが出来ました。
とりあえずフレットさんをベッドに寝かせて、黄色の小瓶を開けます。匂いはありません。
さて、どうしましょう。
ガウドによって、眠っているだけのような状態に見えるフレットさんんですが、その実状は死体です。
これを飲ませれば生き返る、といっても飲ませる手段は――まあ、ないことはないんですが。
初めては、もう少しちゃんとしたやつよかったとか、そんなことを思う訳です私も。
まあでもここでやらないと、そのちゃんとやつさえも出来なくなってしまうんですけれども。
私の心は、とても落ち着いていました。ガウドのおかげです。
――結局、ちゃんとお礼も言えませんでしたね。そんな後悔を思いながら、薬を自分の口に含みます。
「んっ――」
そしてそのまま、フレットさんの冷たい唇に私の唇を重ね合わせて、薬を流し込みました。それが終わるとまた少量を口に含んで、小瓶の中身がなくなるまで何度も、何度も――。
「――ライラさん?」
「おはようございます、フレットさん」
もう真夜中ですけど。
「抱きつかれると、恥ずかしいんだけど」
「いいじゃないですか。今は」
なにがあったの?とは聞いてきませんでした。よく覚えていないからなのか、それともよく覚えているからなのか――。私の背中に回されたフレットさんの手の震えで、後者であると理解しました。
しばらく無言で抱き合って、やがてゆっくりと、フレットさんはいまにもまたどこかにいってしまいそうな声で言います。
「僕……一人だ……」
「私がいます」
間を開けずに、私は言います。お互いを握る手に、ぎゅっと力が入りました。
「私も、一人になっちゃいました。けれど、フレットさんがいます」
「ライラさん……僕は……」
「好きです、フレットさん。私は貴方を愛しています」
告白の言葉は、流れるようにするりとでてきました。けれどそれは、愛の告白というにはあまりにも不格好で、まるでワガママを言う子供のようで――けれど、やめることは出来ません。
「フレットさんは、私のこと好きですか?愛してくれますか?」
「――――うん。僕はライラさんが好きだ。愛してる。でも――」
「じゃあそれでいいじゃないですか。――ガウドに、最後にお願いされたんです。それはお願いというにはあまりにも一方的で、勝手なものでしたけど、私はそれを貴方にも押しつけます。
いままでのことなんて忘れて、これからに目を向けましょう。悪いことなんてなにもなかったなんて顔をして、馬鹿みたいに幸せに生きましょう。私は薄汚れた魔女です。けれどフレットさんがそれを許してくれるのなら、私はそこから目を背けてただの女の子として生きていけます。お願いです、フレットさん。私は幸せになりたいんです。その私の幸せに、貴方がいないと嫌なんです」
きっと私は、最低なことを言っているんでしょう。でも、もういい。最低でもなんでも、このぬくもりがあるのならそれで――。たとえ数年でも、数分でも、私は貴方と歩きたい。
「ライラさん――」
名前を呼ばれました。本当は私の物ではないけど、それでも確かな私の名前を――。
その後に続く返答は、言葉ではなく――今度はしっかりと温かい、互いが互いをつなげ合うような、そんなキスでした。
それはまるで、永遠のように続いて――。終わったあとには全身の力が抜けて、そのままフレットさんに全ての体重を預けるように倒れ込みました。
申し訳ないなと少し思いながら、フレットさんの胸に思いっきり顔を押し当てて、私はやっと――
「うっ……うぅ……ううぁ……」
「ライラさ――」
「わぁぁぁぁぁぁあああ――!うっ、うう……うわぁぁぁぁぁあああああ――!!」
泣きました。
今まで一度だって流したことのなかった涙を、ありったけ。魔女である自分を保つために、私は一度だった泣きませんでした。
でも、もういい――。不安定になったら、今みたいに優しく抱きとめて、頭を撫でて、優しい言葉をかけてくれる人がいます。
それだけで、私は涙を流せます。
涙と共に、今まで精一杯心に張り続けていたもの
がポロポロと落ちていくようで、でもその落ちたものは、ちゃんとこの人の胸で受け止められて――。
だから私はありったけ、気が済むまで、みっともなく咽び続けました。
その後のことを少しだけ。
あれからざっと六年が経ち、私とフレットさんはまだ一緒にいます。
フレットさんは、コルデの国で私と暮らしながら、以前もやっていたお仕事を続けています。絵はやめたそうです。彼曰く、もういいや――と。私も色々な意味でそれには賛成ですね。
私はというと――
「おう、ライラ」
「あ、アンダさんじゃないですか。お花ですか?」
「ああ、マキナの婆さんの命日だからな。旦那はいないのか?」
「お仕事中です。……というか今日は貴方のかわりに働いているのでは?」
「わ、悪かったって。そう睨むなよ」
花屋をやっていたりします。場所はかつてのガウドの薬屋。花屋兼私とフレットさんのおうちです。
詳しいことはわかりませんが、ガウドが色々と手をまわしてくれていたようで、なに不自由なく私達はこの国で暮らしていくことが出来ています。
それに、一度は関わりを断った人達とも、また新しい繋がりが出来ました。
「ああ、あとまたそのうち綺麗な花を仕入れといてくれ」
「いいですけど、なにに使うんですか?」
「ほらもう六年だからな……そろそろこっちから会いにいってやろうと思ってな。ガキ共も何人か連れて。美人になってんだろうなあ。今じゃ知らない人はいない歌姫アリシア。あの子は元々この国の」
「あーはいはい。その話なら腐るほどききましたから。忙しいのでお帰りください」
アリシアとは、まだ会えていません。なんせ、ドルムトでは私の顔割れちゃってますから。行こうにもいけないんですよね。――けれど、いつか必ず。
ええ、まあ、こんなところです。今のところ特筆すべき事件は起こっていませんし、これからも緩やかに、語るべくもない日常が過ぎていくことでしょう。けれどそれが私の欲しかったものですから。
とりあえずは、疲れて帰ってくるであろうフレットさんを労うための料理を、頑張って作りましょうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます