第31話 実はちょっといい人だったり……?

 私は黙って、ノーディタウの後ろを――と言いたいところだったのですがそうはならず、私はあれこれギャーギャーと騒ぎながらノーディタウについて行っていました。

 私は別にこの人となれ合うつもりとかはないんですが、ノーディタウがまあよく喋ること喋ること。一体どのタイミングで息継ぎをしているのかと不思議になるぐらい、言葉が矢継ぎ早にとんできます。私の個人情報からこれまでの人生、こちらの聞かれたくないことなどお構いなしに質問攻め。なにも始まっていないのに疲れだけがたまっていきます。


「あの……少し黙って貰えませんか……?どうでもいいでしょう私の個人的なあれこれなんて……」


 たまらず小声でぼやく私に、ノーディタウは首をかしげます。『なにを馬鹿なことを言っているんだこいつは』と言いたげな顔もしています。


「――なにを馬鹿なことを言っているのよ。この世界に私が知らなくていいことなんてひとつもないわ」

「あ、そう……そうですか……」


 相手にすると余計に疲れそうなので適当に流します。

 ノーディタウも魔女なだけあって、ガウドとは別方向で理解不能です。しかも本人はそんなことは気にもとめずです。――私も自覚がないだけで変なこと言ってたりするんでしょうか。考えると変な震えが襲ってきました。


「しかし納得がいかないわ」

「……なにがですか?」

「ライラは幸せになりたいのでしょう?」

「うっ……まあ、そうですけど……」


 血の気がすっと引きました。

 誰もいないからとつい爆発させてしまった弱音が実は全部聞かれていたというだけで、 充分舌を噛みちぎって自害するに値しますが、それをほじくり返されるってどんな拷問なんでしょう。

 勿論ノーディタウがそんなこと気にするはずもありません。彼女はただ聞きたいから聞く、知りたいから知ろうとするだけです。多分。


「ええ、ええ。それは理解できるわよ。不幸よりも幸福の方がいいに決まっているもの。けれど話を聞く限り、ライラの幸福は知ることそのものじゃない。私の幸福はなにかと問われれば知ること。私はなにを犠牲にしようとも、自分の中の未知を既知にしたい。そうして私という器は満たされていく。知ることは私の全てよ。けれど、ライラは違う。――どうして?」

「いやどうしてと言われても……」


 当然の疑問という風に、わけのわからないことを聞かれました。からかっているわけでもなく、真剣だということがノーディタウの目から読み取れます。

 言葉に詰まり、ごまかすように頬をかきます。

 ノーディタウの真剣さを、私は受けることができません。要するに、理解出来ないということです。

 彼女も、ガウドも、まるで自分の中の価値観が基盤であるかのように物を言います。だから、わかり合おうとしてもきっと徒労に終わってしまうことでしょう。

 私もいっそこうあれたら少しは楽なのに――なんて思いながら、ノーディタウから視線を外して歩き始めました。

 そして言います。


「私は貴方とは違うというだけの話ですよ。多分、それ以上でもそれ以下でもありません」

「――納得いかないわ」

「でしょうね。別に納得させようだなんて思っていませんから」


 ノーディタウは不満げに息を漏らしましたが、それ以上はなにも言わず軽快に地面を跳ねて私の前を進み始めました。

 そのまま身体の方を私の方に向けて、後ろ向きに歩いています。そのままで器用に細かい障害物を避けている辺り、なんらかの魔術でしょうか。

 ノーディタウは、そのまま私を値踏みするように眺めています。そしてポツリと。


「ライラのさっきの答えは、ライラ自身を納得させるものじゃないの?」

「……どういう意味ですか?」


 私の表情と声色で、それが図星であると判断したのでしょう。ノーディタウの口角があからさまに上がりました。


「一番近くにいた存在が、理解の及ばない化け物だと知って怖くなったんじゃないの?理解しようとして理解できないと知ることが」


 ノーディタウは後ろ向きのまま、道を曲がります。私も同じように曲がって、話を逸らすように言います。


「私とガウドのやりとりもいるんですか?」

「ええ。ガウドに聞いたわ。根掘り葉掘り聞こうとしたら殺されかけたからある程度だけどね」


 それで――と、ノーディタウは言葉を続けます。話をそらすことには失敗したようです。


「ライラは本当の願いを知った。その弱々しい少女のような胸の内を吐露した。――それでなにが変わったの?」

「……」

「きっと、ライラはなにも変わっていない。ただの自慰行為、一時の気持ちよさに身を任せているだけよ」


 そこまで言われて、私は立ち止まりました。特に返す言葉はなく、けれどイライラが募っているのはやっぱり図星だからでしょうか。

 そんなことはないと首を振るには、あまりにも情けない現状で、見苦しい抵抗の言葉を私は探していました。


「――それとこれとは全く関係ないじゃないですか。私が言いたいのは、貴方もガウドも常人には理解できない狂人で魔女だというだけです」

「あら――、まるで自分は違うみたいな言い方ね」


 ギリッ――と音がしました。奥歯を強く噛んだ音です。この苛立ちはノーディタウにではありません。恐らく、自分に。


「あー……少し意地悪だったわね。ライラは今そこで揺れている最中だものね。人であるにはあまりにも魔女で、魔女であるにはあまりにも人で――。哀れで愉快で醜いわ」

「……貴方は知ったような口をきくのが好きですね」

「知ったような、じゃないわ。知っているのよ。その証拠に、ライラは私の言い分に反論できていない」


 全くもって、その通りです。ええ、本当に。誰からなにを聞いたのか、ノーディタウの言葉一つ一つが私にまとわりついていきます。

 この期に及んでまだ蓋をして、見ないようにしていることを、ノーディタウは一つ一つ丁寧に私に見せてきます。

 なにも言い返せないから、代わりにまた歩き始めます。それに合わせてノーディタウも私の先を進み始めました。相変わらず後ろ向きで、私をずっと見据えたままで。

 自分の足音がやたら大きく聞こえます。一歩一歩前にずっと進んでいるはずなのに、ずっとどこか同じ場所にいるようです。視界の中心にずっとノーディタウがいて、景色があまり良く見えないからでしょうか。


「……私は、どうすればいいんでしょうね」


 孤独の味を噛みしめているときに出た弱音。

 それを今度は目の前にいる魔女にむけてこぼします。突然弱くなった私に、ノーディタウは驚くこともせず、淡々と答えます。


「さあ?勝手にすればいいじゃない」

「散々言っておいてそれですか……」


 呆れ混じりにため息を吐きます。呆れ具合でいえば数段ノーディタウの方が高いみたいですが。


「私は自分の幸せには答えはでている。けれどライラはまだ漠然と幸せを探している。幸せの形なんて、魔女どころか普通の人間だって様々よ。ライラの幸せが知ることなら、どこまでもその手を引いて知りうる限りの未知を貪り尽くすのにね……。ライラにとっての幸せってなに?」

「私にとっての幸せ……」


 また、答えは出てきません。頭に浮かぶのは、このコルデの国に来て出会った人たちです。その人達との何気ないやり取りや、過ごした時間が、今思えば私がずっと求めてきたものでした。でも、それを言葉にしようとするとなんだか喉の奥でもつれて――。

 代わりに出たのは、答えにはなっていない情けない言葉でした。


「……なくした物を取り戻すことって、出来るんでしょうか」

「さあ、少なくとも私は取り戻せたことはないわ」


 バッサリと、ノーディタウは言います。

 けれどそのまま少し考え込んで、こう続けました。


「――でも、ライラは取り戻せるんじゃないの?私とライラは随分と違うみたいだし。ライラがなにか――大体わかるけど取り戻したいと思うのなら、そこに向けて道を造るのはきっと無駄じゃないわ」

「ノーディタウ……」


 なんか急にただのいい人みたいなことを言い始めました。少し怖い。


 突然――ノーディタウが一気に間合いを詰めてきました。驚いてのけぞり、後ろに倒れそうになるのをなんとか耐えます。

 吐息がかかりそうになるほど顔を近づけたノーディタウは、ギラついた笑みを浮かべていました。あとどうでもいいですけど、不潔そうな見た目とは裏腹に結構いい匂いがします。


「――というわけで、そのためにはなにが重要かはもうわかるわよね?」

「は、はあ?」


 いきなりわけがわかりません。その『というわけで』はなにがどうなって出てきたんでしょう。

 これまでのやりとりから、脈絡はなくとも問いに関する答えは明白です。初めてノーディタウの問いにしっかりと答えられる気がしました。――が、ノーディタウは私を待たず勝手に話し始めます。


「そう、知ることよ!なにも知らない今のまま取り戻したとしてもまた失うだけよ。知ったことは武器にも、鎧にも――」

「同じようなことさっきも言ってませんでした?」

「あら――?そうだったっけ?」


 軽い声をあげて、ノーディタウは私から離れました。相変わらず後ろ向きのまま。

 また一定の距離があいたノーディタウに、私はいいます。


「やっぱり貴方の価値観も思考も理解できません。けれど、今の私に必要なのは知ることというのには同意しますよ。――ええ、私は幸せになりたいんです。きっと、貴方が知りたいのと同じぐらい。失ってしまったものを、ちゃんと取り戻すための武器と、それを守るための鎧が欲しいです」

「――ライラって、悪い商売に騙されるタイプね」


 そう言って、ノーディタウはようやく前を向きました。お見合い状態から解放されてほっと息を吐きます。

 前を向いて、軽やかに歩くノーディタウから声が聞こえます。


「もしライラが幸せになることに失敗したら、私がもっと素晴らしい世界に連れていってあげるわ。手を引いてね。手を引かれるのが嫌なら、抱っこでもおんぶでもいいわ。好きな方を選びなさい」


 ……ひょっとして私は、本当にノーディタウに好かれていたりするんでしょうか?

 唐突な宣言に、なんと返せばいいのかわからず足取りが少し重たくなりました。

 ノーディタウも、別に私からの返答を待っているわけではなさそうで、ずっと続いていた会話が止まり、しばらく私達は無言で歩いていました。


 歩きはじめてからずっと会話が続いていたせいで、沈黙若干の違和感を抱くというのもあり、後は私が純粋に気になったというのもあるので思い切って聞いてみることにしました。


「あの……ノーディタウ」

「なにかしら?」


 声をかけられたノーディタウは、そのまま重力を無視した動きで身体を回転させ、私の方を向きました。ふたたびお見合い状態です。……できればやめて欲しいですけれどこれ。


「いえ、なんというか、貴方やたら私のことを気にかけるなあと……。仮にも魔女同士ですしなにか理由でも?この際意味わからなくてもいいんで、とりあえず聞かせておいてもらえると一応安心ではあるんですが……」


 ノーディタウは、今日初めて不意を突かれたという顔をしていました。まさかそんな顔をされるとは思っていなかったので、私まで驚いた顔をしてしまいます。


「あ……ちょっとまっ……いや、そんなはずは……」

「え、えっと、ノーディタウ?」

「いえいえ。待って。おかしいわ。私がほかでもない私のことがわからないなんて……うん、大丈夫、知っている、知っているわ」


 頭をかかえそのままガシガシと掻きむしり始めました。発作を起こしたように息が荒くなっています。もしかして面倒ごとの地雷を踏んだかと焦りが募ります。


「――ふう、取り乱して悪かったわね。大丈夫。少し不意を突かれて焦っただけよ」

「大丈夫には見えませんが……」


 ただでさえ乱雑な髪がかき乱されて跳ね上がっていますし、よだれもたれています。

 ノーディタウはよだれを乱暴に袖で拭い、話始めました。


「私はね、ガウドとは結構長い付き合いなのよ。――ほら、ガウドが研究している死者蘇生の薬。その材料と色んな知識を取り引きしていたわ」

「は、はあ」

「私はガウドという魔女の性質をよく知っているわよ。常に周囲を欺き、人間にも魔女にも玩具以上の価値を見いだしていない。時には自分自身でさえ玩具のように扱って誰かを苦しめ悦とする――」


 なぜここでガウドの話なのかはわかりませんが、とりあえずその評に頷きます。

 そしてノーディタウは、段々とこらえきれなくなったというように、肩を震わせ始めました。


「そんなガウドが――ふふっ――アハハ――不機嫌だったのよ!ライラを突き放して、アハハハハハ!」

「は、はあ……?」


 なにがそんなに面白いのかさっぱりわからず、ただただ困惑していました。そんな私をよそに、ノーディタウは品などかなぐり捨てたように大口を開けて笑っていました。


「アッハハハハ――!ライラ、誇っていいわよ。ライラの影響でいつも余裕な態度しか見せなかったガウドがあからさまに不機嫌だったものアハハ!――凄いわよライラ。一体ガウドのなんなの?」

「ええっと……」


 また答えにつまる質問を……。

 怪訝な目をむけますが、ノーディタウはこのまま爆発でもするのではないかというほど笑っていました。


「ええと、つまりね。そんなライラを気に入らないのは無理という話で、気にかけたのは気に入ったからよ。わかった?」

「はあ……まあ……」


 正直よくわかりませんでしたが、これ以上突っついてまた笑い転げられても困るので、この話はここで終わりです。

 気が付けば、大通りはすぐそこという場所まで来ていました。


「うーん……おしゃべりはこのくらいね」


 そう言って、ノーディタウは歩いてきた道を戻り始めました。


「え、ちょっとどこ行くんですか?」

「少し戻るだけよ。魔術を使うところなんて人に見られたら面倒でしょ?」

「魔術――?」

「なに?まさかティアムトまで歩きで行くつもりだったなんて言わないわよね」


 てっきりそう思っていたので閉口。

 そのままノーディタウは、「三分待ってなさい」と言って、目を閉じ、空中でなにかを編むように手を動かし始めました。

 なにをしているのかさっぱりわかりませんが、徐々に徐々にノーディタウの足下から地面に沿って、光る糸の様な物が伸びています。

 ノーディタウが言ったように大体三分――光る糸は円のなかに不規則な模様が描かれた不気味な陣になっていました。


「お待たせ、さあ乗って」


 陣の中心から外にどきながら、ノーディタウは私に陣に乗るよう促します。


「まさかこれって、転移とかそんな感じのあれですか?」

「転移とかそんな感じのアレよ」

「大丈夫なんですか……副作用てきなやつは」

「大丈夫よ。私は慣れたもの」

「それ本当に大丈夫ですか!?」


 あまりにも不安です。

 中々踏み出せずにその場に立ち尽くしていると、なんだか身体に妙な感覚が走りました。


「え、ちょ、なんですかこれ!?」


 身体が勝手に、ズルズルと陣の方へ引っ張られていきます。身体はピクリとも動きません。まるで糸でグルグル巻きにされたように――。

 ノーディタウの手の動きに合わせてズルズルと。

 声をあげ、身体を捻りますが全くの無意味。後ろで結ばれた髪の先端まできっちり陣の中に入りきったその時、私の視界は眩い光に包まれました――。

  

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