第25話 きっとこれで――
「アリ姉のことよろしくねっ……グズっ……!」「頼みましたよ、ライラ姉さん」
「うっ……えぐぅ……」「帰ってきたら色々お話きかせてね!」「…………アリ姉のこと、お願いします……」「色々大丈夫だよな?信じてるぞ?もしなにかあったらオレもどうにかなるからな?」
決して晴れやかとはいえない心持ちのまま、出発の朝がやってきました。見送りに来てくれた皆は、泣いていたり、寂しそうだったり、元気だったりと、それぞれの反応を見せるちびっ子達のなかに混じっている、一番不安そうな成人男性のことは気にしない方がいいのでしょうか?
フレットさんはお仕事でこられないとのことです。まあ、どうせいたところで小言を言われるだけでしょうから、いなくてラッキーだったかもしれません。
ガウドも来ていませんが、彼は「別にわざわざ見送りにいくほど興味ないわよ」と言って店に残っています。
興味がないという割には、今回の旅費や馬車の手配なんかもしてくれちゃってるんですよね、あの人。この場に来ないのも、ガウドなりのと照れ隠しとかだったりするんでしょうか?――気持ち悪いですね。
さて、アリシアは――うん、案の定泣いています。号泣です。名残惜しそうに皆と抱き合っています。……アンダさん、なんで貴方が恥ずかしそうなんですか?相手、十歳ですよ。
「のわっと」
体に衝撃が。
アリシアと抱き終えたちびっ子達が、わらわらと集まってきましたようです。――いや、私は帰って来るんですけどね。でもまあ、ここは雰囲気というものがありますから。順番にギューッと抱擁。
「いや……俺は……」
「えいやっ!」
「ギャー!」
最後にクールに恥ずかしがるカタム君を無理矢理抱きしめて終了。
あ――、あと一人残してましたね。
「えっと……アンダさん……」
「いややんねえよ!?」
「ですよね、よかった……」
安堵のため息を吐きます。アンダさんはなにか言いたげな顔をしていましたが、私たちの様子を見てアリシアが笑っていたのでなにも言ってはきませんでした。
よし、作戦成功。最後は笑顔の方がいいに決まってますもん。
そうこうしているうちに、ガラガラと音を立てながら目の前に馬車が止まりました。
どうやら、時間のようです。
「じゃあアリシア、行きましょうか」
「うん……」
アリシアは小さくうなずいて、差し出した私の手をとります。けれど名残惜しそうに、その足取りは重たい。
「やめるなら、今のうちですよ?」
「やめない――!なんでそういうこというのもう!」
ちょっとしたいじわるのつもりでしたが、本気で怒られてしまいました。さっきまで重たかった足はズカズカと前へ進んでいきます。
手をつかまれたままの私は、引っ張られながら危なげに馬車に乗り込みます。
馬車の中に座ったアリシアの表情が、少しだけ暗くなるのを私は見逃しませんでした。手を握られる力が強くなります。
「怖いですか?」
「うん、すごく」
でも、怖がってはいられないんだと――。
馬のいななきが聞こえました。出発するようです。
アリシアは私から手を離して、小さな両手に精一杯の力を込めて、窓を開け放ちました。
そのまま、ヒュオオと音がするほど大きく息を吸い込んで――
「行ってきまーーーーーす!!さようならーーーー!!ありがとーーーー!!」
一言一言を、皆の姿が米粒よりも小さくなるまで叫びつづけました。向こうもなにかを叫んでいるようでしたが、聞こえるはずはなく。
誰の姿も見えなくなって、誰の声もしなくなっても、アリシアは窓を開けたまま遙か後方を眺めていました。
走る馬車に逆らって吹く風に、後ろ一本で束ねられた赤髪がなびいて、さらわれた涙がキラリと光りました。
私は見ないふりをするように、どこまでも広がる外の景色を眺めました――。
ドルムトに着くまでの時間、アリシアと二人。
私はいつも通り、アリシアと話をしました。それはいつかの話の続きだったり。
「ライラはどうしてお花が好きなの?」
「うーん、実をいうとそこまで好きではなかったんですよ」
「え……嘘だったの……?」
「違います違います!ただ好きなものって言われてぱっと思いつかなかっただけで、昔綺麗だと思ったのが印象に残ってたからつい……。――でも、あなたが花畑に連れて行ってくれたあの日から、本当に好きになりましたよ」
「そうなんだ――」
「あれ、もしかして怒ってます?」
「ううん、嬉しいの。わたしがライラの好きな物を作ってあげたんだーって!」
それは大切な誰かとの思い出だったり。
「そのときね、ローテが言うんだ。海の向こうにはなにかあるかもしれないって」
「海、ですか?」
「ライラ……もしかして海知らない?」
「し、知ってますよそれぐらい!あれですよね?世界の果て的なあれですよね?なんか綺麗なんですよね?青い波みたいなのがずーっと続いてるんですよね?!でも世界の果てだからどこまでいこうとなにもないんですよね!? ね!?」
「う、うん……合ってるから落ち着いて……」
他の誰かの話であったり。
「フレットさんとはどんなこと話してたんですか?なんか、一緒にいる時間多かった見たいですけど」
「うーん?ライラとそんなに変わらないよ。ああ、でも弟がいるって言ってた!弟から貰った大切なペンダントがあるーって」
「それぐらいなら私も知ってますよー……ってあれ、弟?お姉さんじゃありませんでしたっけ?」
「あれ?そうだっけ。弟って言ってたような」
「お姉さんですよ。ふふ、アリシアはダメですね。もっとちゃんと話を聞かないと」
「なんで勝ち誇ってるの?」
そして、いずれ叶える夢の話だったり。
「わたしはどんな人に恋するのかなー」
「アリシアならきっといい人が見つかりますよ」
「うーん……フレットとかいいなって思ったんだけど、ライラがいるから駄目だよねー」
「なん、フレっ!? いやいやいや、というかそこでなんで私!?」
「好きじゃないの?あ、もちろん恋的な意味で!」
「な、なに言ってんですかもう!? だって私ですよ!? 恋とかそんな……ははははははは」
「もうその反応が答えみたいなものだよ?」
「うるさいですっ!アリシアが恋する相手なんて、自分勝手で顔はいいくせに性格は最悪で散々振り回した後に貴方を置いてどこか遠くへ行っちゃうようなそんな男ですよ!」
話題が尽きても、ただ肩を並べているだけで安心するような。
けれどその安心は、今の私にとっては毒です。
この子がいまみたいな笑顔でずっといられるように、私はこの子の中からいなくなる。そう決意したはずなのに、揺らいで揺らいで。みっともないと思っていますよ。けれど今は、そんな内にある黒を、表に出さないようにするのが精一杯です。私がいくら悩んだところで、目的地に着くまではこの馬車は止まってくれません。見慣れた景色と共に、その時が近づいてきます。
「ねえ、アリシア。私って――強いですか?」
「恋には臆病」
「あのですねえ……」
「お客さん着きましたよー」
馬車が止まりました。
たった数ヶ月、されど数ヶ月。久しぶりに歩くドルムトは変わっておらず、いくらいい思い出がないとはいえ少しばかりの懐かしさがありました。
娯楽、芸術、芸能。ドルムトが『快楽の国』と人々に言われている通りに、ここにはありとあらゆる楽しみがここには揃っています。もちろん、いい意味でも悪い意味でもです。
私が十六年間過ごしたのは、その悪い意味での楽しみが溢れた世界です。そしてきっとこれからアリシアが過ごしていくのは、いい意味側でしょう。
それらの世界は裏と表。交わることは滅多にありません。表が裏にでれば淘汰され、裏が表にでれば排除される。そういったバランスでこのドルムトは成り立っています。
「ねえ、ライラ?」
「な、なんですか?」
「それなに?」
アリシアの指さす先にあるのは私の頭。正確には私の顔の上半分をすっぽり覆っているフードです。
「いやあ、あはは。おしゃれですよおしゃれ。このフード付きの服、いいでしょう?」
と、口ではそう言ってますが、挙動は完全に不審者です。
だってしょうがないじゃないですか。私、もともとこの国で人身売買の組織にいてそれが壊滅したから今いるコルデに逃げてきたんですよ?顔を放り出したままで歩く方がどうかしています。
とはいっても、私の顔を知っている人間なんて――
「いたっ!いるじゃないですか!」
「な、なに……?」
視界の隅に、いつかこの国から逃げる直前。私の顔をバッチリ見てあげく洗脳も中途半端にしかかからなかった筋骨隆々衛兵三人組が映りました。
「ラ、ライラどうしたの?その服はとっても似合ってると思うけど、なんか色々変だよ?」
アリシアの怪訝な視線がいたい。
仕方がないので、隠しておくべきことは伏せてアリシアが納得してくれそうな説明をします。
「い、いやあ実はですね。以前この国にいたことがあるのですが、そのとき色々ありまして顔を見られたくない人間がいるんですよ……」
「そうだったんだ……。それでその人がいたの?」
「そう、そうです!そういうわけで一刻も早くここから離れましょう!」
渋々納得してくれたアリシアの手を取り、いそいそとその場を離れようとしたそのときです。
ものすごく聞き覚えのあるうさんくさく、暑苦しい声が辺りに響きました。
「オーッウ!なんということだ!僕はとてつもなくついている!ありがとう、幸運の女神よ。キミはきっと美人にちがいないっ!」
なんて不幸……。
「いやあまさか自分の足で来てくれるとは思わなかったよ!連絡をくれればスイートな送迎を用意したのに」
身振り大きく言うナルベルさんの後ろを、私たちはついて歩いています。
私たちを見つけたナルベルさんは、いまにも泣きそうなほど感激しており、そのまま勢いでアリシアに飛びつこうとした所を私にはたかれてなんとか冷静さを取り戻しました。
そのまま彼は紳士的に謝罪した後に、この後の予定を全てキャンセルして私たちを事務所まで案内してくれるというのです。
私の予定では、ナルベルさんの居場所が判明し、近くまで来たところでアリシアとお別れ――私に関する記憶を消して、ナルベルさんが信用に足ると確信出来るまで影ながら見守り、そのまま私は帰るはずでした。が、こんな早々に向こうから見つけてくるとは……。
さて、どうしたものでしょう――。
私は思案にふけり、アリシアは緊張からかあまり言葉を発せておらず、ナルベルさん一人がベラベラとしゃべり続けている状況です。
どうすればこんなにも人はしゃべり続けるんだろうと、呆れ半分疲れ半分になったその時、自分たちが酷く寂れた路地裏のような場所を歩かされていることに気がつきました。
事務所に行く近道でしょうか――いいえ、そんなわけはありません。
ナルベルさんはしゃべることをやめず、ひたすらに奥へ奥へと足を進めています。
「ライラ……」
さすがにアリシアも異変を感じ取ったのか、不安そうに私の名前を呟きます。
大丈夫という意味を込めて、アリシアの手を強く握りました。
「アリシアちゃん。今日ここに来てくれたってことは――前に僕が言ったスカウトの話、受けてくれるつもりできたんだよね?」
「え?は、はいそうです!」
大人一人がようやくというような細い道を抜けて、広場の様な場所に出ました。
「ごめんね――」
「え――?な、なにが?」
アリシアの問いには答えず、ナルベルさんはもう一度、本当にごめんねと――心からの謝罪を口にしました
この広場唯一の出口が、あらかじめ隠れていたであろう人間に塞がれました。
「え?え?」
なにがなんだかわからないと周りを見渡すアリシア。そこには丁寧に凶器をそろえた住人あまりがずらり。
私はおおよその状況を理解して思いました。ああ、都合がいい――と。
「ナルベルさん、貴方は人身売買組織の人間で、アリシアのスカウトなんて嘘っぱちで、最初からこの子を捕まえるつもりだった――そうですね?」
「なにを言ってるんだい?そんな言いがかりはやめて欲しいね!」
本気で憤慨したように、ナルベルさんは叫びます。
「僕は本当にサルジーア・エンタテインメントのスカウトマンだよ!あのときのスカウトだって本心からさ!キミは逸材だ!とんでもない利益を生み出せる!いまだって本気でそう思っているさ!」
「だったらこの状況はなんですか?オーディションとでも言うつもりですか?!」
「それこそまさかだよ!これは君たちを気絶させて捕らえるためさ。――どんなものでも、裏と表がある。僕だって、表の顔と裏の顔がある。ただ、それだけの話だよ――」
そう言うナルベルさんの顔は、うさんくさくはありませんでした。
私はこういう顔をした人間を何人も見てきました。何なら今だって毎日のように見ています。
これはまごうことなき、悪人の顔です――。
となりでアリシアが震えています。今すぐにでも、抱きしめてその震えを和らげてあげたい。大丈夫ですよと、優しく声をかけてあげたい。けれどごめんなさい。私はもうすぐ、貴方に触れられる資格を失ってしまう。
――最後に優しく、頭ぐらいは撫でてもいいでしょうか?――そう考えた時にはもう、手はアリシアの頭の上に伸びていました。
やっぱり、無理ですよ――。この子に忘れて欲しくなんかない。ずっとずっと覚えていて欲しい。傍で笑っていて欲しい。支えさせて欲しい。支えて欲しい。また歌を、聞かせて欲しい――。
――この子だけは、守らないと。
「うん、うん、睦まじいね……本当に心苦しいよ僕は。キミが華やかな表舞台にたっていたら、どんなにいいだろうか――。けどね、僕にも事情があってね。キミのことをどこで嗅ぎつけたのか、お得意様が言うんだよ――是非欲しいってね」
「悪人の事情なんてしったこっちゃないですよ」
「まあ聞いてくれよ。僕もね、迷ったんだよどうするべきか――。今後の付き合いとか考えるとさ、お得意様に売っちゃう方が明らかに利益にはなるんだ。それでも迷っていた。ずっと迷っていたよ」
まるで雑談でもするかのように語るナルベルさんは、どう見ても異常でした。
アリシアに優しく語りかけていたときと、その声色は何一つ変わっていません。
そのままナルベルさんは、聞きたくもない話の続きを語ります。
「でもさあ――、ライラちゃん。キミも一緒に来ちゃったからさあ!その美しい髪、抜群のプロポーション!いい商品になるよ!僕はほんとうにラッキーだ。感謝するべきはやはり女神様じゃなくて君だよね!はっはははは!」
「黙れ――」
思わず出た声に、横のアリシアが驚いてしまいました。ごめんなさい――けれど、今はこれでいいのかもしれません。
目の前で笑っている男は鏡――あの顔を真似ましょう。
幸い、私は元々悪人側です。すぐにいい悪人顔を作ることが出来ました。
「んー、悪いけど抵抗はしないでくれるかな?僕は誰かが痛めつけられてるのとかあんまり好きじゃなくて」
「はん、よく言いますよ。でも、私を捕まえたかったら不意打ちでもするんでしたね」
いち、に、さん……。ナルベルさん合わせて十二人。この程度なら一発で終わりますね。
目を閉じて、軽く念じて、目を開きます。
私の周りには丁度十二個の火球が浮いていました。それを――アリシアが見ている中でグロテスクなことはするわけにはいきませんから、気絶程度に加減して――
「キミ、まさか魔――!?」
ナルベルさんが言い終わる前に、火球は見事に当たり、小さく破裂して彼の意識を奪いました。
周りを見渡すと、他の人たちも仲良く倒れているのでうまくいったようです。
最後に、尻餅をついている少女――アリシアを見ます。
彼女は酷くおびえているようで、喉を小さく震わせて、恐怖に塗れて、けれどしっかりと聞き取れる声で言いました。
「まじょ――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます