第23話 私は、きっと――
アリシアと共に、辺りを包み込む熱が段々と落ち着きを見せているその時、大袈裟な一つの拍手の音が唐突に鳴り響きました。
この場にいる全員が、音の出た方向へ目を向けます。
それを待っていたとばかりに、並べられた椅子の最後列よりさらに後方。壁にもたれかかっている、アフロ頭にやたらカラフルな服、黄色い眼鏡をかけた男が拍手の手を止めぬままに言い放ちました。
「すっばらしい!なんと……なんと……すばらしい!!感動ッの……極みだっ!!」
最後には拍手をやめて、天を仰ぐように腕を広げていました。私なんてもちろん、この場にいる全員……唖然。脳みそがなくなったかのように口を開けています。
そしてしばらく──誰が発したかはわかりません。私も多分言っていたでしょう。
「うさんくさっ!」
綺麗に重なったそれが辺りに響きました。
口から出るのを大勢の人が抑えきれないその胡散臭さたるや、これまでの人生での胡散臭い人間ランキングの一位が塗り変わる瞬間でした。
もちろん、今までの一位はガウドです。
そして、無数に突き刺さる怪訝な視線は全て無視して、鼻歌を歌いながら私達──というか、アリシアめがけてつかつかと歩いてきます。
私は即座に警戒の姿勢をとり、アリシアを庇うように前へと出ます。
というかこんな人、この辺どころかこの国に住んでいませんよね。一体いつからいたのでしょうか。
「歌が始まってしばらくしたらひょっこりやって来て、そっからずっと居たわよ」
私の心中を読み取り、ガウドが答えます。
そのうちに、何一つ怪しくない要素がないその男が目の前までやってきました。
ガウドとは別の意味で、不愉快な笑みを浮かべています。
「おやおや、お嬢さん。キミはなんだい、マネージャーかなにかかい?」
「よくわかりませんが、まあそんなところです」
私の服の裾を、アリシアが強く握りしめているのがわかります。
黙ったままお互いを睨み合って、先に動いたのは男の方でした。
「あーれ……。もしかして僕ってば、自己紹介とかまだしてない……?」
「は──?」
プツリと、緊張の糸が切れました。
「おーうっ!やってしまったあ……!興奮すると大事な手順を抜かしてしまうのが僕の悪い癖なんだっ。この前もいい美女を……あ、興味ない?その顔興味ない顔だ。ごめんね」
なっ……なんですかこの人……。たまらずガウドに視線で助けを求めます。がしかし、ガウドは既に両手を上にあげて「アタシにはどうにも出来ない」と意思表示をしていました。このっ……!肝心な時に……!
「おいコラ。誰か知らねえけどアリシア怖がらせてんじゃねえぞおっさん」
アンダさん──!
こういう時、単純な野蛮人は頼りになりますね。
颯爽と私と怪しい男の間に入ってくれました。そのまま男の胸ぐらを掴んで持ち上げるサービス付きです。
でもそれでもっとアリシアが怖がってるので、やめた方がいいとは思いますけどね。
「おっとお、待って待って!今誰かわかるから!自己紹介するから!乱暴は利益をうまないよ!こんな格好でいきなりテンション上げた僕が悪かったから!」
「チッ──」
舌打ちをして、怪しい男の胸ぐらを離すアンダさん。こちらを向いて、アリシアが怯えていることに気がついて、ニッコリと笑顔を作りますが、時既に遅いです。
まあ、あとから私でフォローしておきますか。
「おほん──、改めまして。僕は隣国 ドルムトより参りました。『五年後の天才を掘り当てる サルジーア・エンタテインメント』のスカウトマン、ナルベルです。よろしくっ!」
「アンダさん、追い出してください」
「了解」
馬鹿な男です。嘘をつくならせめてもう少し、色々と設定を固めてからにして欲しかったですね。ただでさえ胡散臭さがあふれ出ているというのにそこにさらに注ぎ足して何がしたかったんでしょう。
どうせろくなことではないでしょうが、悪いことをするのにも頭がないと出来ない。いい教訓だと思います。とりあえず、アリシアには頑張って、今の出来事は夢だと思わせましょう。先程までの光景のなにもかもが台無しにされた気分です。
「ちょっと?!なんで?!自己紹介したのに?!いたいっ痛い痛い……へるーーーーぷ!誰かーーーーーーー!」
断末魔の叫びをあげ、アフロを引っ張られながら男は私達のからだんだんと遠ざかって──
「あー、ちょっといいかしら」
唐突に割り込んできたのは、今までお手上げをきめていたガウドです。
「あるわよ。それ」
「は?」
「へ?」
アンダさんと私の声が重なりました。
「ドルムトにある娯楽施設やアーティストなんかを抱えてるでっかい所よ。というかあの国をあの国たらしめてる支柱みたいなものよ」
「そ、そうそれ!ほら、これ、見て見て」
頭を引っ張られたまま、怪しい男改め、『五年後の天才を掘り当てる サルジーア・エンタテインメント』スカウトマンのナルベルさんは懐から名刺を取り出しました。
いやいや、でも、ねぇ……。
「偽造では、ないみたいね」
結果、私は固い地面の上に正座をして平謝りをしているのでした。アンダさんに至っては土下座。けどこれほんとに私達が悪いんでしょうか?
まさかの本物のスカウトマン。そんな人がこんな所になにをしに?決まっています。スカウトです。スカウトなんですから。
「才能の芽はどこにあるかわからない。たとえ枯れ果てた砂漠であろうとも、一輪の花が咲いている可能性は大いにあるんだよ!」
とのことです。
たまたまドルムトからこの国に来ており、その理念のもと貧民街の方へと足を向けたら、たまたま私達がアリシアのコンサートを開いており、それを聴いてしばらく放心するほど感動していたと。
「わたっ…わたっ……わたしが……ドルムト……?歌……姫………へぅっ……?」
そしてまあ、壊れかけているアリシアの反応を見てわかる通り、絶賛スカウト中です。
あまりにも急展開、そして都合が良すぎます。混乱しているアリシアのフォローに周りたいのは山々ですが、私も全く現状に頭が追いついていません。
「聞かれる前に言っておくけど、アタシなんもしてないわよ」
「嘘でしょ?!」
耳打ちしてくるガウドに、私も出したくなる大声を必死で押し殺して小声で応じます。
「なんでですか!全部貴方がお膳立てしたって言ってくださいよ!そしたらとりあえずは頭が追いつくのに!」
「知らないわよそんなの。アタシだってビックリしてるんだから」
「えぇ……。やっぱり偽物なんじゃないですか?」
「あ、でも昔サルジーアに行った時見たことあるわこの人」
「揺るぎないじゃないですか!!」
どう足掻いても本物のスカウトマン。
あれ、ということはこれって、もしかしなくてももの凄く幸運な話……?
「えっと、あの、つまりわたしがその国に行って、歌を歌う仕事をするということなの……です……だわ?」
「簡単に言うとそういう事だね。アリシアちゃんが望むなら、キミはきっとどこまでも高みへいける。誰でもない、この僕が保証しよう!」
ガウドと言い合っているいつの間にかに、アリシアとナルベルさんだけで話が進んでいました。
こんな癖だらけの男と、この短時間で会話を成立させることが出来るとは……。ガウドに先に出会った影響で変人慣れしてしまったんでしょうか。
そして、慣れていないアリシアの敬語が少し面白い。
ちなみに、アンダさんは心労がたたったのか気絶しています。どうか、安らかに。
「急にこんなことを言って申し訳ないね。普段は僕もこんな突拍子もないことはしないんだけど……。でもキミの歌にはそれだけの力があったんだ」
ふざけた様子はなく、神妙にアリシアに語りかけるナルベルさん。
アリシアは深く考え込むように、その話を黙って聞いていました。
「キミはきっと、いずれてっぺんへとたどり着くだろう。けれど、楽な道のりじゃあない。何度も何度も道を阻む茨にその身を切られることだろう。もちろん、こうしてキミをスカウトしてる以上は僕もその茨を取り除いたり、一緒に傷ついたりしてキミの成長を支える」
アリシアは私の方に視線を向けかけて、ハッとしたようにそれを止めてまた前を向きました。
答えをどう出すかはともかくとして、これは自分が聞かなければならない話だと、そう感じているのでしょうか。
そして、アリシアは、ゆっくりと口を開きました。
「もし、わたしがナルベル……さんに着いていったら、ドルムトの国へ行ったら、わたしはどうなる…んですか?帰ってこれる……のですか?みんなに、会えますか?」
アリシアの口から出たのは、そんな切実な質問でした。
思わず口を挟もうとする私を、ガウドが制します。
いやだって、他にも色々と聞くべきことはあるじゃないですか。そんな質問を、そんな強い瞳で、まるでなにかの覚悟を決めようとしているようではないですか。
「──嘘をついても仕方がないからね、ハッキリ言うよ。しばらくは無理だろうね。恐らく数年は。ふふふ、だがいいねその目。キミ、何歳だい?」
「十歳……です」
「十年。たかが十年、されど十年。歌もそうだが、もしかするとキミは心さえ本物を持っているのかもしれないね」
感慨深くそう言うナルベルさんに、アリシアはゆっくりと首を振ります。
「わたしはそんなもの持ってなかったの。けど、くれた人達がいるから。ライラと、フレットと、ガウドと、家族と、今日来てくれたみんな……。その人達がわたしの背中を押し続けてくれるなら、進んでいこうって思ったの」
「アリシア……」
「すっばらしい!!やっぱり今日はここに来て正解だった!僕はアリシアちゃん──キミという運命に出会ったんだ!」
うるさっ。
また胸に込み上げてきた熱さは、暑苦しさによって消散しました。
やっぱりやめときましょうよアリシア。一々言動が胡散臭いですよこの人。
「おっと、失礼。またハイになってしまった。今は真面目な話の時間だね。いやはや、ライラさんだっけ?詳しくは知らないけど、彼女のこれまでの人生にキミという存在が大きく貢献している事は確かだ。それには多大なる感謝を。ところでキミはスタイルもいいし、顔も抜群に美人で特に笑顔とかキュートだと思うんだけど、アイドルとかやってみる気ないかい?」
「結構です」
「ノーゥッ!」
考えるまでもなく即答。
「やればいいのに。見てくれだけはいいんだから、アンタなら儲かるわよきっと」
例によってこれも無視。
というか、今私の話はどうでもいいでしょうに。
「話がそれたね。アリシアちゃん、なにも答えを急ぐ必要は無いよ」
ナルベルさんはまた真剣モードになって、アリシアに話始めました。情緒の切り替えが怖い。
「じっくり、ゆっくり、悩んで答えをだすといい。一番大事なのはキミの意思だからね。スターとしての頂きを目指すことも、ここでキミを愛してくれている人達と共に過ごしていくのも、どちらも絶対に間違いじゃあない。僕は愛しきドルムトで酒でも飲んで待ってるから、その気があるなら訪ねてきてくれたまえ」
そう言って、ナルベルさんはアリシアに名刺を投げて背を向けて帰って行きました。
最後に、
「無理に敬語を使うより、自然体のキミの方が僕は好きだよ」
なんてことを言って。
なんというか、最後の最後まで胡散臭さたっぷりの人でした。
「ねぇ、ライラ──」
「私より、話すべき人がいるでしょう。こういう話し合いは家族と、相場が決まってます。少なくとも私は、貴方がどんな道を選んでも、その背中を全力で押すだけですよ」
「──うん。ねぇ、ライラ」
「なんですか?」
「大好き!!」
そのまま元気良く、アリシアは走り去っていきました。しばらくして遠くから風に乗って、「今日は本当にありがとうー!」という声が聞こえてきました。
「顔、真っ赤ね」
「うっさい」
ところで、この騒ぎの中、全く姿を見せなかったフレットさんですが、一体どこで何をしているのでしょう?
と、思ったら案外近くにいました。
この距離ならさっきまでの私達の会話も耳に──入ってませんね。どうやら絵を描いている様子。
「フーレットさん、何してるんですか?」
後ろからいっても気付いて貰えないでしょうから、前から、キャンバスから身を乗り出すようにして話しかけます。
「絵を描いてるんだよ。アリシアちゃんの歌聴いてたら、いてもたっても居られなくなって、画材を買いに行ってたんだ。流石に家には取りに行けないからね」
「ふふっ」
「──?どうしたの?」
「いーえ、なんでも」
ただ、誇らしい……大好きな……えぇ、大好きな友達の力を感じただけですよ。
「もう終わっちゃったけど、まだまだ鮮明に光景が頭に浮かぶよ。だから今のうちになんとしても絵にしておかないと。──そうだ、これアリシアちゃんにプレゼントしよう」
なにやら恐ろしいことを言い始めました。
私の友達にトラウマを植え付けようとするこの男は、なんとしてでも止めなければ……。
「いや、そんな顔しないでよ。前だってライラさんはちゃんと描けたでしょ?だからきっと凄く綺麗なものならちゃんと描けるんだって」
「凄く綺麗……」
なんだか、顔の筋肉が緩みますね。
まあでも、ちゃんとした絵を描けばフレットさんはとても上手ですし、アリシアも喜ぶでしょう。
どれどれと、今の位置じゃ見えにくいので、まわり込んでまだ途中ではあるようですが、描かれている絵を見ます。
「えいっ」
そして、蹴り倒しました。
「あー!なにするんだよ!」
「なにするんだよ!じゃないですよ!私の友達にトラウマ植え付ける気ですか?!結局いつものやつじゃないですか!」
「うん、そうなんだよね~。あっはっはっ」
絵じゃなくてフレットさんを蹴り飛ばしたくなってきました。
「はぁ……貴方って人は……」
「大丈夫だって。一回アリシアちゃんに絵を見せた時は」
「見せたんですか?!ちゃんと記憶は消したんでしょうね?!」
「消してないし消せないよ。落ち着いて。いや、褒めてくれたよ。『遠い過去からとんでもなく悪いものを受け取ってるみたい』って」
「え……それは褒められてるんですか……?」
「あと、『わたしには二度と見せないで』って」
「じゃあ二度と見せちゃダメじゃないですか!」
わちゃわちゃと。フレットさんと話す時はいつもこうですね。嫌ではないんですが。
結局、ナルベルさんの一件を話せたのはすっかり日が落ちた頃でした。
そして、数日が経ちました。
アリシアは結局、ナルベルさんの言った通りに、今はじっくりゆっくり悩んでいる最中です。
出来ることもない私は、もしアリシアがドルムトに行くと決めた時のことを考えながら店番です。
けれど、事態というものはいつだって唐突に動き始めるものなんです。
コンサートだってそう、ナルベルさんのことだってそう。望む望まないに関わらず、誰も予期してないところから唐突に沸いて来るものなのです。
例えば、客の来ない穏やかな午後、優雅とはかけ離れた勢いで乱暴に店の扉が開かれて、息を切らしたアンダさんがそこに立っていたりするわけです。そして、言いました。
「マキナさんが、死んだ──」
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