第21話 いよいよ、始まりますね──

 コンサートと言っても、ガウドが大袈裟に言っただけで、つまるところもっと多くの人の前でアリシアの歌を披露しようということです。

 ただまあ適当な資材を集めて、簡易な舞台や客席などは作るみたいですが。

 資材や人集めなどはガウドやアンダさんがやってくれるそうです。

 場所については、街の中央広場でどどんとやろうと私は提案したのですが、アリシアがさすがにと恥ずかしがったり、ガウドもいきなりそこまでの準備は面倒だということで、貧民街の──ちょうどアリシアの住んでいる家の近くにあった居住区、あの辺でひっそりと行うことに決まりました。

 もちろん、私は反対しました。だってあの辺に住む人間は概ねアリシアに対して反感を持っている者ばかり。なにをされるかわかったものではありません。

 そう言う私にガウドは、特に問題とも思っていないような感じで一言、


「じゃあ納得させればいいじゃない」


 はい、そうですね。と言って出来れば苦労はしませんと、反対する私を華麗にスルーして、ガウドは居住区の方へと向かい、高らかに宣言。


「ここでアリシアちゃんのコンサート開くわよ!」


 時が止まったかのように、静寂が訪れました。

 しばらくして、なんとか抗議の声を出したのはアリシアを襲っていたアンダさんじゃない方の人。

 一人が声を上げるとそれは連鎖して、弱い人間が自分は力を得たかのように他の面々も声を上げ始めます。

 しかしそれはあくまで錯覚。そんなものは本当に力を持ったものの説得──もとい脅迫にいとも簡単に崩れ去ってしまうのです。


「そろそろ聞きますけど貴方ここで一体なにしたんですか……」

「 人聞き悪いわね。ちょっとここいらの層の物資流通を牛耳って住んでる奴らの生殺与奪握ってるだけよ」

「へえーそうなんですか」


 ほんのちょっと悪戯をしてしまったという感じで言うガウド。

 言いたいことは際限なく溢れ出てきましたが、なにも聞かなかったことにして呼吸を楽しみました。

 さすがに脅しっぱなしというのも後が怖いので、後々のケアはアンダさんが引き受けてくれました。

 一応の前科が彼にはあるので、そんなことをすると逆に脅されるのではないかと思いましたが、なんでもガウドの後ろ盾があるのなら怖くないとのことです。いやほんと、ガウド様々といった感じで、起こりうる問題は次々と解決していきました。

 このままいけば、驚くほど呆気なく、当日を迎えられることでしょう。いえ、それに越したことはないんですが。


 結局、必要な準備の殆どはガウドとアンダさんがやってくれて、手が空いたらフレットさんも手伝いに来てくれました。

 結果、発案から僅か三週間ほどでその日を迎えることになりました。

 その間に私がやったこと──そうですね。主にアリシアのサポートです。精神的な。そう、とても大事な役割です。決して役に立たないからといって払われたわけではありません。決して。


「ほら、早く。今緊張してどうするんですか?本番で死にますよ?」

「うぅ、ううぅ……大丈夫……大丈夫だから……」


 アリシアの最初の関門、家族への報告です。

 ここ数分、自分が普段住んでいる家にも関わらず、扉の前でアリシアは固まっています。なんか、似た光景をどこかで見たような気がしますね。

 何度か同じようなやり取りを繰り返し、ようやくアリシアの小さな手が扉の取手にかかります。

 軋んだ音をたてて開かれる扉。その音が止む前に、決意の勢いのままアリシアが叫びます。


「あの皆わたし──!」


 途中まで言いかけて、口を閉じました。

 何事かと思い見てみると、マキナさんが眠っていました。他のちびっ子達は全員いましたが、思い思いに静かに遊んでいました。


「おかあ──さん?」

「──ああ……アリシア……お帰り」


 少し不安そうなアリシアの声に、マキナさんはゆっくりと身体を起こして穏やかに言います。


「やっと起きた」

「最近ばーちゃん寝てばっか」


 そう言う二人のちびっ子──ええと、案の定名前は忘れてしまいました──の頭に手を置いて、優しく撫でるマキナさん。


「ごめんね。歳をとると眠くなるのよ。──それでどうしたのアリシア。随分と嬉しそうな声が聞こえてきたけれど」


 それを聞いて、アリシアは佇まいを直します。

 緊張を和らげるように、私の手を握ってきたので、強過ぎない力で握り返します。


「わたし──今度皆の前で歌うの!人を集めて、舞台とか椅子とかがあって、そこでわたし歌うの──!」


 その言葉に、細いかったマキナさんの目が大きく開いて、そこから少し目尻に涙を浮かべて、そのまま──


「わっ、お、おかあさん……」


 アリシアを強く抱きしめました。握っていた手がするりと落ちていきます。


「そう──。アリシア、やっと自分のしたいことをやるのね。ありがとう。いいえ、おめでとう──」


 これは私、邪魔ですかね。なんて思いっていたら、


「わわ……!ちょ……」


 私も抱きしめられていました。

 私を包むマキナさんの腕は、細くて、冷たくて、けれどとても温かい──。


「あ、あの……私そこまで子供じゃないんですが……」

「ごめんなさい。でも、お願い。もう少しだけこのままでいさせてくださいね。あなたのおかげなんでしょう──?」

「いやあ、私のおかげというか……」


 ガウドさんや、フレットさんのおかげでもあるんですが……まあ、大体は私のおかげですね。なので、マキナさんが満足するまではこのままでいいでしょう。

 マキナさんが満足するよりも先に、状況をよく理解していないちびっこ達が、ずるい自分もだと騒ぎ立て始めました。

 順番に、一人一人抱きしめていくマキナさん。

 ここにいる人間は全員、血が繋がっていない赤の他人です。それなのに家族だなんて疑問に思ったこともありますが、この光景を見ていると、疑問もなにもありませんね。


「アリシア」

「なあに?」

「素敵なご家族ですね」

「ふひひっ、でしょ?」


 その後、マキナさん達に詳しいことを私の口から説明しました。ちびっこ達も、最初はどういうことかわからなかった様子ですが、理解が行き渡ると、途端に爆発したかのように大騒ぎ。

 アリシアを盾にして逃れようとしましたが、結局もみくちゃにされてしまいました。

 マキナさんはというと騒ぎの中、また眠っていました。


「本当に泊まっていかないの?」

「ええ、私も他にやることがあるので。それはまたの機会に」


 アリシアと落ち着いて話が出来たのは、大体一時間でした。

 コンサートの開催までたったの三週間。だから、どうするかはアリシアが決めることではありますが、私は一つ考えていることがありました。

 それは、あの花畑でアリシアの力になると決めた時から、密かに考えていたことです。


「アリシア、歌を作ってみませんか──?」

「え──?」


 アリシアはなにを言われたのかわからないというような表情をしました。

 けれど、私はずっと考えていたのです。彼女の歌う歌はありふれた民謡。けれど彼女の歌声は、私やフレットさん、ついでにアンダさん。果てはガウドまでもの胸をうつものに昇華させます。なら、歌そのものが彼女の思いの丈を綴ったものだったら?

 それに、アリシアの夢は『好きな人の歌を作って──』でした。なら、遅かれ早かれいつかは挑戦しなければならないことです。

 それになにより──


「私が聴いてみたいんです。アリシアが作った歌。──駄目ですか?」

「駄目……じゃないけど……やり方がわかんないし……」

「そんなもん、私だってわかりませんよ。うんと……そうですね。コホン──美味しいお肉〜もりもり食べたい〜焼いたり〜煮たり〜美食の〜極〜み〜──どうですか?」

「酷い」


 吐き捨てるように言われました。

 いや、今のは即興ですし、いいものを出そうと思ったわけでもありませんけどね。


「いいんですよ私の歌の出来は!」

「どうですかって言ったのに……。歌声が綺麗な分物凄く損してると思うの」

「やめてください。腹が立つというよりなんか傷付きますから。私が言いたいのはですね、自分の今の思いだとか、届けたいことだとか、そういうのをメロディーにのせて吐き出してしまえばいいのだということですよ」

「届けたいこと──それなら、あるかも」

「でしょう?どうですか、時間はそんなにありませんが、アリシアならきっと出来ますし、私も出来ることならいくらでも手伝いますから!」


 わざとらしくドンと胸を叩いて見せました。

 正直、歌作るにあたって私に出来ることなんて無いに等しいとは思いますが、こういうのは気持ちが大事です。多分。

 その証拠に、いつもの太陽な笑顔で、力強く、


「うん!」


 とアリシアは頷きました。


「でも、メロディーの方はどうするの?もしかして、ライラが?!」

「勿論──!ガウドに頼めばちょちょいのちょいですよ!」

「うえぇ、かっこ悪い……」




「で、アンタなんで拗ねてんのよ?」

「拗ねてません。暇なだけですー」


 とはいいつつ、私はきっと拗ねているんでしょう。

 コンサート開催まであと一週間。大方の準備が整い、あとはアリシア次第という状況なわけですが、この二週間、私はアリシアにほとんど会えていませんでした。


「いいじゃないですかちょっとぐらい!私だって楽しみなんですよ!一体なんなんですかこの仕打ちは!」

「とりあえずアタシに当たらないで貰える?」


 決意のもと、歌作りに取り掛かったアリシアですが、なんと完成してお披露目するまで──つまりは本番まで私には一切内緒だというのです。


「アンタに一番いいものを届けたいんでしょう?それぐらいちょっと考えればわかるでしょうに……」

「うう、そうかもしれませんけど!でもフレットさんはよく出入りしてるんですよ!私はダメなのに!フレットに聞いても何も教えてくれませんし!」

「結局そっちね……」


 ため息をつくガウド。もう私のことは無視すると決めたそうです。それでも構わずに喚いていると、いくらかスッキリしました。

 それから、もうひとつ気になっていたことをガウドに話してみることにしました。


「マキナさん──アリシアや他の孤児たちを育てている人のことなんですが……」

「ああ、それなら人づてに聞いてはいるわよ。もう、長くないんでしょ?」


 私の疑問は、あっさりと解答へと変わりました。

 マキナさんは、最近一日のほとんどを眠って過ごしているそうです。

 思えば、私が初めてアリシアの家に行った時から既にもう──。


「何も、言うべきではないんでしょうね……」

「そうね。本人がそう望んでいるのなら尚更ね。少なくとも、あと一週間はね。ま、その辺はアンダ君がよくやってくれてるみたいだし、アタシは勿論あんたも余計なことはしなくていいわよ」

「でも、もしも──」

「言っておくけど、あの薬は寿命で死んだ人間には効果ないわよ」

「っ──」


 ガウドの完成させた──正確には完成一歩手前の死者蘇生の薬。それがあれば万が一のことがあってもマキナさんを生き返らせることができるのではないかと。そんな私の思考は、お見通しだったようです。


「はぁ……。余計なこと考えてる暇あったら、諸々に不備がないかの確認よ。手伝いなさい」


 そう言って出ていくガウドの背を、私は追いかけます。


 幸いにも、そのままさしたる問題も出来事もなく一週間がたち、本番──アリシアの初めてのコンサートの日を迎えたのでした。

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