第20話 ホント何やったんでしょうこの人。
まるで泣いていたことが嘘のような笑顔で、アリシアと喋っています。フレットさんが。
「でねでね。その好きになった人の歌を作って、大勢の前で歌うの」
「へえ、それはとても素敵だね。その好きな人っていうのは、例えばどんな感じの人がいいの?」
「えー、もうフレットってば。そういうことずけずけ女の子に聞くのはでりかしー?、がないわ」
「はははごめんごめん。でも、折角だから聞きたいなあ」
「そう?じゃあ教えてあげる。特別だからね!」
私が数日かけてアリシアから聞き出したことを、フレットさんはものの数分で、流れるように、しかもとても仲良さげに聞き出しています。
アリシアが楽しそうなのはとても喜ばしいことではあるのですが、それはそれとしてなんというか、面白くないですね。
思えば、二人共初対面の時から相手に結構がっつくタイプでした。とすると、波長が合うんでしょうか?
フレットさんともアリシアとも友達になったのは、私の方が先なのに。
これじゃあまるで、私の人付き合いが下手なせいで距離が縮まるのに時間がかったみたいじゃないですか。
楽しく話す二人を意識から切り離して、これまでのことを頭の中でかけ巡らせます。
フレットさんと出会って、アリシアと出会って──
「あ……私の人付き合いが下手なだけでした……」
楽しそうな会話が繰り広げられるその横で、ズブズブと沈んでいく私。光と影。
「気に入らないって顔してるわね」
そんな
さっきまでずっと黙っていたのに急になんなんでしょうか。
「女の嫉妬は見苦しいわよ?」
「うっさいですね。いいじゃないですか、ちょっとぐらい……」
「あら、てっきり否定するかと思ったのに」
少しつまらなそうにガウドが言います。
「別に私だって、いつまでも自分の感情に目を背けるわけじゃありませんよ。楽しいですし、今の生活」
「そう──。ところで、どっちに嫉妬してるの?」
「え……?」
どっち……。
まだ飽きることなく、雑談に花を咲かせる二人に目をやります。
さっきと同じです。見ていると、微笑ましい気持ちになるにはなるのですが、なんとなく面白くない。
アリシアがフレットさんと仲良く話しているのが面白くないのか、フレットさんがアリシアと仲良く話しているのが面白くないのか。両方と言えば両方なんですが、なんだがそれでは片付かないような気がして、ちょっとモヤモヤとしてきました。二人共、別に優劣がなく私にとって友達であることには変わりないのですけどね。
「ふっ──、やっぱりまだまだね」
とりあえず、勝ったというような顔をしているガウドへの苛立ちにそのモヤモヤものせて、ガウドのふくらはぎの辺りを蹴りました。
少しはスッキリしましたが、当のガウドは微動だにしていません。
ガウドのこういう態度には、今更腹を立ててもしょうがないので私も何事もなかったかのように佇まいを直します。
「フレットは好きな人いないの?」
「え?僕?」
いつの間にか、二人の話はそんな話題になっていました。
「えーっと……どうだろうね……」
曖昧な言葉を零すフレットさんの背中を、見つめます。いつの間にか目尻に力が入っていたようで、見つめるというよりも、睨みつけるという感じです。
一瞬だけ、アリシアが私の方を見たような気がしました。
そして、フレットさんの耳元に顔を近づけて、急に囁くような声の音量に変えて、
「ライラのこと、好きじゃないの?」
と囁きました。とは言っても、たまに吹く風の音以外は物音なんてないような場所です。私にもガウドにも、その声は筒抜けでした。
「うぇっ、ラ、ライラさん?」
そしてそのままの声の音量のフレットさん。
うぇってなんですかうぇって。
「だって二人ともすごく仲が良さそうなんだもの。フレットと話してる時のライラって、私と話す時よりも楽しそうよ」
そんなことは──といいかけて、私の口から鼻にかけて巨大な何かが被さりました。ガウドの手です。
空いている手と足で抵抗を試みますが、大木の如くガウドは微動だにしません。
「ライラさんのことが──か……」
ここにきてようやく、フレットさんの声も小さくなりました。
「よく、わからないよ」
「なにそれ。ハッキリしないところはライラとお似合いだと思うけど……」
「ははは、ごめんごめん。でも本当に、よくわからないんだ。でも、ライラさんが楽しそうにしてるのを見ると、僕もなんだかとても楽しくなる」
「それなのに、好きかどうかわからないの?」
「うん。わからない。──ねえ、アリシアちゃん」
「なあに?」
「僕もライラさんとは付き合いが長いわけじゃないし、こんなことを言うのは少しおかしいのかもしれないけど、仲良くしてあげてね。ライラさん、悪い人じゃないから」
「もう、馬鹿にしてるの?言われなくてもわかってるわそんなこと!」
「はは、そうだね。ごめんごめん」
私はというと、鼻も塞がれているので喋れなくなるだけでなく、呼吸もままならなくなっているので、ガウドの手を振りほどこうとするので精一杯で、二人の会話を聞くことができません。
段々と苦しくなってきて、殴る蹴るの抵抗からもはや、私の顔に伸びているガウドの腕をビシビシと叩くだけになってしまいました。
そうこうしているうちに、本格的に私の意識が遠くなってきた頃に、二人の会話にも一段落がついたようです。
それを見てガウドは私の口から手を離し、そのまま空いていたもう片方手も首の前まで持ってきて、そのままパン──!と両手を打ち鳴らし、そして言い放ちました。
「コンサートを開きましょう!」
「え──?」
「はい──?」
「ごっ……!えっほ……!……ぁ〜……コンサート?」
「そっ。コンサート。物を知らないアンタでもそれぐらい知ってるでしょ?」
なんとまあ軽いノリで、とんでもない提案をしてきました。
あまりにもな唐突さに、フレットさんもアリシアも固まってしまってます。
そうすると必然、ツッコミを入れるのは私の役割になってしまうわけです。
「ちょ、コンサートっていきなりなにいってるんですか?!」
「なによ。そんな変なこと言った覚えないわよ」
「言ってますよ!そんな大掛かりなこと出来るわけないでしょう」
「なにもそんな大掛かりなことなんてしなくてもいいじゃない。──ああ、アンタ、ずっとドルムトにいたんだったわね。アンタの思ってるコンサートって、豪華な舞台があって、バチバチと鬱陶しいぐらい照明がたかれてて、階段上の観客席に人が敷き詰められている。そんなの想像してない?」
「そんなのもなにも……」
コンサートってそういうの以外なにかあるんですか?いえ、私もチラッと覗いたことがあるだけで詳しいわけではないのですが。
「いやねぇ、リッチな所に住むと感覚までリッチに侵されるのかしら。いい、コンサートっていうのはね、表現するアーティストと、その表現を受け取る観客さえいればそれで成立するのよ。いわばついさっきのだって、アンタ一人でこの子の歌を聴いてた時だって、立派なコンサートよ」
「なる……ほど……」
知らない概念でした。
「つまりよ、アタシが言いたいのはね、立派なものは無理かもしれないけど、ちょっとした舞台を整えて、もっと人を集めて、そこでその子──ええっと、アリシアの歌を聴いてもらおうってことよ。どう、いい考えでしょ?」
「ああ──うん。それなら出来るかもしれない。僕も中々いい考えだと思うよ」
フレットさんも賛同の意を示します。
けれど、例え出来そうだということであっても、私の不安は別の所にあるのです。
「ガウド、貴方何考えてるんですか?」
この男の、魔女の、考えが読めません。
普段なら、ガウドがなにを企み何をしようが私も知ったこっちゃありませんが、それにこの二人を、私の友達を巻き込もうというのなら、それだけは阻止しなくてはなりません。
私達が親しい仲で居られるのはあくまで人間という枠組みの中での話で、そこに魔女は決して存在してはいけません。
「なにを警戒してるか知らないけど、別に裏なんてないわよ。ちょっとは同居人を信用してくれてもいいんじゃない?」
「信用出来ないからこうやって、聞いているんです」
フレットさんは突然始まった不穏なやり取りになにも介入することはなく、ただアリシアの目の前に立っていました。
そしてガウドはいつものように、私が馬鹿なことを言ったときのように、呆れてため息を吐きました。
「私はね、もう目的もなにも失ってるのよ……。だから言ったでしょ、どっかの馬鹿のために骨を折ってやってもいいってね」
「まさかほんとにそれだけだって言うんですか?!」
「ずっと言ってるじゃないの。どんだけ疑り深いの?そこまで行くとちょっと怖いわよ」
「だって……!」
今までの経験則も、もちろんあるのでしょう。けれど、心のどこかではある意味信じていたのです。ただ挫折が一回増えただけで、自分の人生のほとんどを捧げてきた目的を諦めるような人間──否、魔女ではないと。
けれど、どうしてでしょう。目の前の呆れ顔をしているオカマ口調の男の顔付きは、ただのちょっと──いえ、だいぶイカつい初老にしか見えません。
私の知るかぎり、誰よりも魔女だったガウドという存在は、いつの間にこんなにも丸みを帯びた人間になっていたんでしょうか。
コルデに来てから、私は変わった。だから、ガウドが変わるのも、もしかすると、不自然ではないのかも知れません。
そう思うと、まあ、信じられなくもないですね。
「わかりました。変に疑ってごめんなさい」
「心が一切こもってないわね……。それに、アンタの許可なんて最初から求めてないわよ」
「なっ──あれだけ文句言っておいてそれですか!」
「いや、文句言ってたのはアンタだけじゃない」
軽くですが、フレットさんが頷いたのが見えました。
そしてガウドは、さっきから黙りっぱなしのアリシアに向かって言いました。
「さ、考える時間は終わった?アンタが一言やりたいって言えば、私達は全力で力を貸すわよ。ここまで生きてきた身として言うけど、なにかやりたいことがあるのなら、悩む前にやってみた方がお得よ?」
「うげぇ……」
相変わらず気色の悪いウインクです。
けれどアリシアは、それに顔をしかめるどころか目線は真っ直ぐで、表情にはしっかりと決意が表れていました。
アリシアはまず、フレットさんを見ます。
フレットさんは大丈夫だよというように、笑顔で頷きます。
そして、私の方へ──。
「私、やってみたい。遠くに見るだけだった夢に、ライラが道を作ってくれた。だから私はそこを歩きたい。協力、してくれる?」
「勿論ですよ」
たった一拍すら、考える必要はありません。
私はもう既に誓っているのですから。アリシアのために、出来ることを全力でやると。
「オレも──手伝いたい!」
「うわぁ!?」
「きゃあ!?」
「のひやぁ!?」
途端に声と共に、物陰から一人の人間が出てきました。出てきた勢い置かれていたあった空ダルが音を立てながら地面に倒れます。
ガウドだけは驚かず、すました顔をしている所からすると、ずっと誰かいることに一人だけ気がついていたのでしょう。
突然出てきたその男は、ボロい服、痩せ気味の身体、短めの髪──どこかで見たような気がします。
「あー!貴方あの時の!」
思い出しました。
以前アリシアに絡んでいた二人──の、なにもせず突っ立っていただけの方です。
「貴方、またアリシアになにか──」
息巻く私なんて見えていないかのようにスルー。
そのままアリシアの所まで行って──
「あの時はごめんなさい!!」
綺麗な土下座をかましました。
その光景に私とアリシアは勿論、フレットさんも、ガウドですら少し面食らっているようでした。
「オレ、ずっと聴いてたんだ。君の歌を──!」
「え?」
「はい?」
アリシアと私の声が重なります。
「ずっと、君がここで歌いだしてからずっと。そこの金髪の彼女が来るようになる前からこっそり物陰から──!」
私を指さして男が言います。
「え?ええっと……うぇえ……」
アリシアも混乱しっぱなしで言葉を発せていません。
「ちょっと、それならなぜあの時アリシアを襲ってたんですか?」
対応できないアリシアの代わりに、私が男の頭を掴んで持ち上げて問い詰めます。
幸い、男の体重は軽く、私の腕力でも持ち上げることが出来ました。腕がぷるぷると震えているので、長くはもちそうにはありませんが。
「いデデデデデ──!わ、悪かったって。アイツに脅されて断れなかっんだ──デデデデ!だからこうして罪滅ぼしがしたくって──イデデデ」
「えっと……ライラ、とりあえず離してあげて」
アリシアがそういうので、素直に男の頭を離しました。正直腕が限界だったので。
「なあ、ダメかな?オレに出来ることならどんなに小さいことでもでっかいことでもやる。アイツとの縁ももうきってきた。オレ、ずっと君のファンなんだよ──」
「ファン──」
その言葉に、アリシアの心が揺れるのを感じとりました。
「ダメです!貴方の一体どこに信用出来る要素があるんですか」
「な、なんだよ。お前には関係ないだろ!俺よりファン歴浅い癖に!」
「はああ?!ずっと物陰でひっそり聴いてただけの癖に、害獣とかわりないじゃないですかそんなの!」
「んだと、てめぇ!」
「いいよ──」
一触即発──その雰囲気は、アリシアの一言によって壊されました。
「手伝ってくれるなら、お願いしてもいいかな?」
「お、おおう!本当か?!」
「ちょっ、だめですよアリシア!簡単に騙されないでください!そもそも歌を聞いてたのだって嘘かもしれないんですよ?!」
「そうだけど……でも、悪い人じゃないと思う。弟たちと、時々遊んでくれてる人……だよね?」
「お、おう……バレてたんか……」
そう言って、男は照れくさそうに頭をガシガシとかきます。
まさか本当に、悪人じゃないのでしょうか?
「ねえ、ライラ。だめ、かな?」
「えぇ、えっとですねえ……ううん……」
どうにも判断が出来なくなってしまいました。
アリシアが言うのなら、大丈夫という気もするんですが、ただ男の、なんでこいつの許可がいるんだよ……という顔がどうにも気に入りません。
私が返事に迷っていると、見かねたガウドが横から入ってきました。
「まあ、いいんじゃないかしら?協力者は多い方がいいに越したことはないんだし。ようはへんなことしないように、アタシが見張ってればいいんでしょ?」
「あー、まあ、そういうことなら……」
ガウドが見張るというのなら、まあ変なことは出来ないでしょうけど。
「オレもそれで信頼されるならそれでいいけど……あんた、薬屋のガウドだよな……?」
気がつけば、男の声が震えています。よく見ると体の方も若干震えていました。
「あら、よく知ってるわね。ええっと、確か名前は、アンダ……だったかしら?」
「なんで名前知って……いや、そう、アンダだ。えっと、よろしくお願いします」
声の震えたまま男──アンダは頭を下げました。
それ見て、アリシアも全員を見ながらゆっくりと頭を下げて言いました。
「こちらこそ、私のために、ええっと……よろしくお願いします!」
アリシアが顔を上げると同時、アリシアコンサート計画の始まりを告げるサイレンが鳴り響きました。私の頭の中だけで。
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