第19話 無視です。無視。

 日は変わり、アリシアとの約束を果たすために、もうお馴染みとなったあの奥まった場所へと向かっていました。

 別にもうあの場所でなくてもいい気がしますが、日々を過ごす中での思いれというものもありますし、急がずゆっくりと進んでいけばいいんです。

 それに今日はいつもみたいに、観客は私一人ではありません。


「この辺りは物騒って聞いてたからあまり近づかないようにしてたけど、人気もないしいい構図になるかもしれないな」


 のほほんとした調子で、誰とはなしに呟いているフレットさんもいます。


「甘いわよ。そういう場所が一番危険だったりするのよ」


 と、その呟きを聞いて、柔らかくたしなめるガウド──…………。


「いや、なんでいるんですか?」

「なによ、悪い?」


 ジロリとこちらをにらむガウド。

 記憶を掘り出しても掘り出しても、ガウドを誘った記憶は出てきません。にも関わらず、家から出る時から当たり前のように着いてきていましたこの男。あまりにも堂々としていたため、こうして目的地も間近という所まで一切指摘出来ませんでした。


「いや良い悪いじゃなくてですね。そもそも誘ってないですし。平然と混じってるのが疑問で仕方ないんですが」

「うっさいわね、やることなくなって暇なのよ。それともここまできて帰れっての?ひっどいわねえ。ねえ、フレット?」

「あーうん。いいんじゃないな。ほら、せっかくだし観客は多い方がいいと思うし」



 フレットさんが反対するはずもなく、呑気にガウド側につきました。薄情です。


「確かに、そうですけど……。でもそうです、お店、お店はどうしたんですか?客が来た時に誰もいないのは色々と問題があるんじゃないですか?」

「ああ、そりゃ問題ないわよ」


 あっけらかんと、ガウドは言います。別の店番でも雇ったんでしょうか?


「今日うち休みだし」

「あーなるほど、休み……」


 休み?

 休みなんて、私があそこに住むようになってから一度もなかったんですが。まさか──。


「ガウド……。時々、私が店番してても誰一人来ない時がありましたよね」

「まあ、あったんじゃないかしらね」

「もしかしてその日って……」


 ガウドが笑っています。愉快なことがあった時の笑い方です。


「もちろん、休みよ」

「もちろんじゃないですよ!」


 この男は……。嫌がらせのようなものはされていない思っていた私が愚かでした。しっかりとされていました。


「というか、アンタそのことについてアタシに文句言える立場?」

「な、なにがですか」

「休みじゃない時でもフラフラフラフラどこかへ行って。アンタが休日働いてた回数と仕事の日にサボった回数なら、サボった回数の方が多いわよ。疑うんなら帳簿につけてるんだけど見る?」

「いえ……大丈夫です……」


 完膚なきまでになにもいえず……。

 というか、問題の本質はそこではありません。

 ガウドを連れてくるという問題の根幹はもっと別の場所にあります。


「あのですね、そのことは一旦置いておいてですね──」

「そのことってアンタが男の家に泊まって朝帰りしたこと?」

「ぶっ──?!い、いやガウド。ライラさんは僕の家に泊まってないよ?!」

「そうです!私が泊まったのはアリシアのところですし、帰ったのは朝じゃなくて昼です!」


 慌てるフレットさんも加わっての弁明。

 いえ、この男がそんなことわかった上であえて言っているのはわかりきっているので弁明の必要もないんですが、慌てるフレットさんにつられてしまいました。


「あ、そうだフレット。この子、あの絵枕元の一番いい場所に飾ってるわよ」

「え──そ、そうなんだ。ありがとう……」

「もー今いいですからそういう話は!!」


 閑話休題。

 話を戻しましょう。


「あのですね……そりゃ私もフレットさんも慣れてるからいいですよ。けれど、これから会うアリシアは初対面ですし、十歳の女の子ですよ。わかりますか?」

「あー……」


 フレットさんがなにかを察したようです。


「巨漢、髭ズラ、中途半端に長い髪、悪い人相、そしてこのオカマ口調。私の友達にトラウマ作る気ですか?」

「………」

「アンタ一応は世話になってる人間に対してよくそんなことが言えるわね……」


 フレットさんは口を閉じて、ガウドは呆れたように吐きこぼします。

 もしも私がアリシアなら、なんの心の準備もせずに、いきなり目の前にこんなのガウドが現れたら、きっと三日は寝込みます。


「まあでもさ、大丈夫じゃないかな。見た目はこんなでも結構いい人だから……」

「んなっ──?!」


 耳を疑い、開いた口が塞がらなくなりました。

 さっきの会話からよくそんなことが言えたものです。

 そりゃ、フレットさんから見ればそうかもしれません。しかし私は知っています。この男がどんなに悪辣な魔女なのか。何をやってきたか、私が何をされてきたか。確かに、最近はなんかただの世話焼きのおっさんなんじゃあないかと思わなくもないですけど、けれど決していい人ではありませんよ。断じて。

 ガウドという男にとって他者とは、利用出来る存在でしかないんですよ──!

 というふうに、とても言いたいのですが言えるわけもないので、ただただ感情を殺してフレットさんを見ることしか私には出来ません。


「え、な、なに?僕なんか変なこと言った?」

「……いえ、別に……」


 そんな私達を見て、ガウドは案の定愉快そうに笑っていました。不愉快です。


「あーわかった。アンタあれでしょ。フレットとの二人きりを邪魔されたから拗ねてるんでしょ?」

「誰がっ!子供じゃありませんし一々拗ねませんよそんなことで!」

「じゃあ別にアタシいてもいいじゃない」

「ええ、全然構いませんか──ら?」


 じゃ、決まりね。と、ガウドは悠々と先陣を切って奥へと歩いていきました。


「ライラさん……」


 まるで憐れむようなフレットさんの呟きは聞こえなかったフリをして、私もその後を追います。



「ライラ──!いらっしゃ………」

「ああ……やっぱり……」


 心配は的中し、私の友達は石になってしまいました。全く動きません。

 ガウドは石になったアリシアのことはお構い無しに近づいていき、勝手に自己紹介を始めました。


「はじめまして、綺麗なお嬢ちゃん。貴方がアリシアね。うちのライラといつも仲良くしてくれてありがとうね。アタシはガウド。ライラの──そうね、保護者みたいなものよ」

「ひっ、喋った……」


 話しかけられたことにより石化がとけたのか、アリシアもあんまりな第一声を発しました。後ろでフレットさんが吹き出す声が聞こえます。


 怯えたアリシアの表情が、私を見据えました。

 友達としてなんとかしなくてはと、私もアリシアの傍によります。


「大丈夫ですよ、アリシア。さっきも自己紹介してましたけど、この人はガウドと言って、私の保護者──?のような人です。見た目通り怪しくて悪い人ですけど大丈夫ですよあいたっ」

「バカ。余計なこと言って、さらに怖がらせてるじゃないの」

「わ、悪い人なの……?」


 アリシアが一歩後ずさりました。


「ほら怯えちゃったじゃないの」

「ガウドが怖いからですよ。いきなり近づいて話しかけたりするから!」

「いやトドメの一言はどう考えてもアンタでしょうが!」


 怯える少女を前に、くだらない責任の擦り付けあいが繰り広げられています。

 私達が一言一言言葉を交わす度に、アリシアは一歩、また一歩と後ろへと下がっていきました。


「やあ、君がアリシアちゃん?ライラさんから話はいつも聞いてるよ。僕はフレット。君と一緒で、ライラさんの友達」


 いつの間にか、見るに見かねたフレットさんがアリシアに話かけていました。


「フレット……って──あなたがフレット!ライラの言ってたフレットね!」

「うん、そのフレットだよ。そうか、ライラさん君に僕のこと話してたんだね。ちょっと恥ずかしいな」

「うん、話してたわよ!とっても楽しそうに!」

「へー、そうなんだ。ところで今日は歌を聴かせてくれるって聞いたんだけど」

「そ、そうなの!いつもはライラだけだったんだけど、もっと色んな人に聴いてもらいたくて──」


 まあこんな具合に、するするとフレットさんとアリシアの距離は縮まっていきました。凄い。


「やっぱり、顔がいいからですかね……」

「そうね……。顔がいいからかしらね」


 ガウドと意見が珍しく一致しました。フレットさん、顔がいいんですよね。



 ともかく、顔のいいフレットさんがガウドの無害などなどを伝え、戸惑いはあるものの、なんとかトラウマになることは避けられたようです。

 今日のアリシアは、いつもとは違い、なんというか小綺麗です。服装もいつもの布地の簡易な服から少し上質なものになった、白いワンピースのようなものを着ていました。

 ただ髪留めはいつもの、私とお揃いで、少し嬉しくなります。


 たった二人とはいえ、知らない人の前で歌うなんて随分なかったことでしょう。緊張しているアリシアの頭を撫で、手を握ります。


「大丈夫ですよ、いつも通り自信を持って。貴方は私の自慢の友達ですから、見せつけてやればいいんんですよ」


 かける言葉が、ちゃんと合っているかどうかはあまり自信がありませんが、アリシアの表情は幾分か柔らかくなったので、よしとしましょう。


「……なんかいつもと違うね」

「頑張って年上ぶってんのよ。黙って見ててあげるのが男の優しさよ」


 後ろからなんか聞こえますけど無視しましょう。


「ありがとう。ねえ、ライラ──」


 アリシアが、ひそひそ話をするように小声になりました。


「なんですか?」

「フレットさん格好良いし、ライラにお似合いだと思う」

「そういう軽口が叩けるなら大丈夫ですね」


 アリシアのおでこをコツンとつついて、アリシアから離れます。


「年上ぶってるね」

「ぶってるわね」


 無視です。


 一人になると、緊張が少し戻ってきたみたいです。アリシアは息を大きく吸いました。

 私もなんだが緊張してきましたが、それはアリシアから発せられた一声によって消し飛びました。

 いつも通り、いえ、いつも以上。迷いから吹っ切れた分その歌声は洗練されていました。

 何度も聞いた私でさえ、特別聞き入ってしまいます。

 歌声で満たされる耳に、漏れた感嘆が入ってきました。フレットさんでしょう。

 時間でいえば三分もない。けれど、三分よりもずっとずっと引き延ばされたような時間が当たりを取り巻いています。

 最後の音が、アリシアの息にのせて吐かれ終わってから一時、二時──。


 今度は拍手の音が響きました。いつもは一つだけだった音が、今日は三つ。

 そして、称賛の言葉も。


「上手でしたよ、アリシア。いつもよりもずっと」

「うん、凄い。僕は歌はあまり聴くほうじゃないけど、それでも感動した。今の曲って、よく子供たちが歌ってる民謡だよね。歌い手が違うだけで歌そのものが違うような感じが──」

「フレットさん、長いです。次、ガウド」

「…………」

「ガウド?」

「えぇ──そうね。とてもよかったわ。教養のないライラがあれだけ絶賛していたからどうかとは思ったけれど……あなた、凄いわね」


 聴いてくれた人達からの、思い思いの言葉。

 それがアリシアにとって、どれほど嬉しいことだったでしょう。私だって、叫びたくなるぐらいには嬉しいんですから、アリシアはもっともっと。


「ありがっ──とう、ござい……」

「あーもう、貴方は泣き虫ですね」


 私はとりあえず、アリシアを抱きとめて優しく背中を叩きました。

 それが少し恥ずかしいのか、べそをかいているアリシアは不服そうにいいます。


「いいじゃんべつに……ライラだって泣くでしょ?」

「私は、泣いたこと一度もありませんよ」

「嘘だっ……」

「本当ですよ。ほら、せっかくの綺麗な衣装に鼻水がつきますよ」


 こういうこともあろうかと持っていたハンカチを、アリシアの顔に当てます。案の定後ろから聞こえる声は無視しながら。


「ぶってるね……」

「ぶってるわね〜」

「……でも、いい光景なんじゃない?」

「そうね──。確かに、いい光景だわ」

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