第16話 これから頑張りますよー!

「貴方のために出来ることを、全力でやろうと思います!」


 そんな私の、少なくとも私の中では一大決心をアリシアは一体どのように捉えたのでしょう。

 その日、私はアリシアとその家族が住む掘っ建て小屋に泊まることになりました。

 正直狭いですし騒がしいですし、遠慮したいところだったのですが、マキナさんも、その他子供達も大喜び。そして言ってしまったことが言ってしまったことなので、無下に断ることも出来ず、結果私は、今現在質問攻めにあっています



「おいくつですか!」「コイビトはいるの?」「アリ姉のどんなところが好き?」「きれーな人でもウンチするんですか?!」「いい暮らしってどんな気分?」


 やかましい……。


 結局対応もそこそこに、足りない夕食の空きっ腹を我慢しながら外に出て、かといってやることもないのでぼんやりと空を眺めたりしているのでした。

 もういっそこのまま帰ってしまいましょうかね。


「ごめんね、ライラ。あの子達騒がしくって。お客さんがくるのなんて初めてだから、きっとはしゃいでるんだと思うの」


 いつの間にか、すぐ側にアリシアが立っていました。残念、これでは帰れません。


「──毎日あの子達の面倒を?」

「うん、だってわたしが一番お姉ちゃんだから」


 そう誇らしげに言う姿に偽りはないということは、今日のこの僅かな時間だけでも充分に理解出来ました。

 あの五人の子供達の特性を理解していて、よく見ていて。本当の家族というわけでもないのに──。

 ちなみに、私にまとわりつく子供達をうまく引き剥がしてくれたのもアリシアです。一番の保護者である所のマキナさんはご飯が終わったら直ぐに眠ってしまいました。


「そういえば、あの子達名前とかってなんですか?」


 多分聞いても直ぐに忘れるでしょうが、なんとなく話題作りのために聞いてみました。


「えっと……髪の短くて元気でいつも転んで膝がすりむいてるのがタックで、おかっぱ頭のおませさんな女の子がローテ、いつもわたしに甘えてくる甘えんぼがシル、青髪のいつも変なことばかり言ってるのがヤム、それから私の次に年上の物静かな男の子がカタムだよ」


 うん、よくわかりません。


「どう、覚えた?」

「ええ、バッチリです」

「──絶対嘘だ」

「アハハ──まあそのうち覚えますよ、そのうち」

「大人のそのうちは信用しちゃいけないってお母さんが言ってもん──ああ、でもライラ子供っぽいから大丈夫ね」

「失礼な。ちゃんと大人ですよ。ほら、その証拠に立派に色々育ってるでしょう?貴方とは違って」

「むっ──わたしまだこれからだもん!……というかそういう所が子供っぽいっていってるの!」

「あははははは──はり倒しますよ」


 別になんてことの無い、いつも通りの会話がしばらく続きました。

 思えば、あの場所以外でアリシアと話すのは初めてのことです。今朝フレットさんが家に来てから、なんか色々なことがあった一日です。

 初めて友達が出来て、初めて友達の家に行って、初めて友達に何かを貰って、そして貰った何かを返してあげたいと思って──あれ、でもよく考えたら初めての友達ってフレットさんですよね。忘れてました。

 いや、なんかあの人とのあれこれは、なし崩しという感じが強くてアレなんですよね。どれでしょう。

 まあ、ちょっとぐらいなしにしても許してくれるでしょう。フレットさんいい人ですし。


「──どうしたの?」

「ああ、すいません。少し別の友達のことを考えていました」

「え?!アリシア他に友達がいたの?!嘘でしょう?!」


『ライラの友達はわたしだけじゃないの?!』というよりかは『ライラに友達なんて出来るの?!』という驚きに近いきがしますが、そこはあえて追求しません。


「フレットさんっていうカッコイイ男の人ですよ」

「あわわわ……かっこいい……おとこのひと……」


 壊れてしまいました。あえてこんな言い方をした私も私ですが。


「え……いつ……?いつの間に……?わたしがくろうしてる間に……?」

「うーん、アリシアと出会うちょっと前ですかね。割愛しますけど色々ありまして。事実としてはアリシアより先に友達になったんですけど、私の気持ち的にはフレットさんとは友達にはなってないんですよ、友達なだけで。だから私の初めての友達はちゃんとアリシアですよ」

「え……ライラなにいってるの……?」


 いつか見たような半眼で哀れむように言われてしまいました。結構いいことを言ったつもりなんですけど。


「ライラって時々いみわからないこと言うよね。えっと……つまりそのフレットサン──?って人とは仲がいいってこと?」

「まあ、そういうことですね──そうだ、折角なので今度紹介しますよ!そうですね、次は二人で貴方の歌を聴きます」


 全力──とは言ったものの、徐々に徐々にです。そもそもが出来ること自体がそんなに多くないですからね。

 フレットさんなら、友達が私一人だけということはないでしょうし、私の頭の中でぼんやりと考えている『アリシアを開花させよう作戦』の足掛かりとして充分ではないかと。

 けれども、アリシアはゆっくりと首を振ります。


「それはだめ──」

「え?」

「ダメなの。ライラは特別。でも、他の人はダメ。歌うのは本当はダメなことなの。けれど我慢出来なくて、だからあの場所で歌ってた。そしてたらライラが来てくれて──わたし本当に嬉しかった。だから、ライラは特別。けれどそれまで。ごめんなさい」

「それはマキナさん達に迷惑をかけたくないからですか?」


 少し間を置いてから、アリシアは小さく頷きました。

 思えば、ここなら大声で歌おうが私達以外の他の人間には聞こえません。けれどもアリシアは歌おうという素振りすら見せていませんでした。

 それはある種の表明なのでしょうか──『自分はもう歌なんてこれっポチも興味無い』という。

 アリシアが、ただの寄せ集まった他人を家族と呼び、自分の一番好きなものまで諦めてみせる──どうすればそんな想いが出てくるのか、私には正直わかりません。

 けれど、けれどもです。アリシアのその気の使い方は絶対に間違っている──これだけはわかります。

 アリシアが歌を歌うことによって発生する嫌がらせとやらは、どの程度のものかまでは知りません。けれども昼の二人組の件から見るに、少々荒々しいものであるとは思います。

 恵まれていないというだけで、その他は普通の人生を送ってきた十歳の少女が、それに臆してしまうのは仕方のないことかもしれません。

 アリシアは強い。だから頑としてマキナさん達に気を遣い、もういいのだと自分を押し殺してなんでもないように振る舞うことが出来る。けれど、殺しきれていない。

 だから、あんな場所で誰にも聞かれないように歌っていた。そして──逆に気をつかわれてしまっている。


「それに気が付かない辺り、やっぱり貴方は子供なんですよ」

「え?どういうこと?」


 アリシアはきっと、マキナさん達にはまだ一人で歌っていることを隠しているんでしょう。隠せているつもりなんでしょう。きっと、気がついていないフリをしてくれているんでしょう。

 別にいいですよね、これ言ってしまっても。マキナさんにも「あの子のことをよろしく」と言われましたし。

 無理矢理にでも現状を壊さないと、きっとこの子は前には進まない。


「ハッキリ言いますけど、マキナさん達──いや、ちびっ子達はどうかは正直わかりませんけど、少なくともマキナさんはアリシアが歌ってること知ってますよ?」

「え?!嘘?!なんっ──なんで?!」


 おーおー、凄い慌てっぷり。

 やっぱり隠せてると思ってたんですねえ。おめでたい。


「嘘じゃありませんよ。マキナさんと話した時もその話しましたから」

「嘘……!ライラが喋っちゃったんじゃないの──?!」

「いいえ全然。『あの子いつもあんな所で歌ってて』『ええ、勿体ないですねー』って感じの会話でしたよ」

「そんな……でも……わたし……」


 あわあわと目をあちこちに泳がせながら慌てるアリシア。なんか普段やり込められていた分の仕返しが出来た気分です。


「あ、あやまらないと……お母さん達に迷惑かけ──あいだっ!」


 とりあえずデコピンとやらをやってみました。極限まで縮めた中指を勢いよくはじき飛ばす痛いやつです。


「マキナさんはね、私に言ったんですよ。『あの子をよろしくお願いします』って、深く頭を下げて。それがどういう意味かわかります?私はあんまりわかりませんけど、ずっと一緒に居た貴方ならわかりますよね?もう一発いきますか?」


 いつでも中指を弾ける手の形を作り、アリシアの顔の前で円を描くように動かします。


「でも……でも……!ほかの皆がお母さん達に……そしたらまたお母さんが、タックが、シルが、ローテが、ヤムが、カタムが、哀しい顔するの……そんなのわたし見たくない──!」

「じゃあ私が守ります。これで解決ですよね?」

「え──あ、うん……」

「それに、自分のやりたい事を無理矢理我慢してる方が、家族は哀しそうにするんじゃあないですかね」


 多分──という言葉は飲み込みました。

 アリシアは「でも……でも……」と繰り返します。

 まだ何か葛藤があるのか、それとも単に頭が状況を処理しきれていないだけなのか。どっちにしろもう知ったこっちゃないですよ。

 なにがあっても、アリシアにはあるんですから──夢が。


「ほら、前言ってましたよね?いつか素敵な恋をしてその人の歌を作って歌うと」

「あ──うん……」

「それが出来るいつかなんて待ってたら、マキナさんのように腰が曲がってしまいますよ。なにか憂いがあるなら私が全部解決してみせます。だから、歌いましょうよ。貴方も望んでいることですし、私だって友達として望んでますよ」


 そう言って、デコピンの構えを解いたその腕で、ゆっくりと小さな赤い頭を撫でます。

 それっぽいことを言ってみましたが、さてどうでしょう。

 やがてアリシアはゆっくりと、注意していなければのがしてしまいそうなか細い声で。


「いいのかな──?」

「ええ、いいんです──!」


 そのまま私は立ち上がり、ちょっと大袈裟に、後にある掘っ建て小屋へと向き直り、息を吸い、そのまま中まで響く大声で叫びました。


「ねえ、いいですよね──!!」


 そんなまさかと、アリシアも立ち上がり後ろを振り返ります。

 小さな女の子が、自分の大きな夢よりも大切な家族のいるその場所。

 そこから返ってくる言葉は勿論──…………。

 …………。


「…………」

「…………」


 あれぇ?

 横から視線を感じます。怖くてその方向を向けません。

 視線から逃げる意味も込めて、小屋の扉を開け放ちます。


「すぴー……」「すー……」「がぁー……」

「んにゃ……」「ん……」「はぅっ……はぁぅっ……」


 そこには安らかに(一人呻いてますが)眠る五人の子供と一人の老人。


「すいません……こういうのっててっきりこっそり聞いてるのかなーって思ったんですよ。あははは──」

「…………ふふっ、ふひひひっ──ありがとう、ライラ」

「なんの、まだまだこれからですよ。『アリシアを開花させよう作戦』改めてスタートです!」

「なにそれ?」

「素敵で壮大な計画ですよ。まずは第一歩として、家族の前で歌ってみましょうか」

「──本当に、まもってくれる?」

「ええ、この胸についてるワッペンがあれば私は無敵です」

「うん、じゃあやる──!」


 なにもかも上手くいきそうな、いい返事です。

 でもとりあえずは──


「私達も眠りましょうか」

「うん!」

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