第14話 大勝利です。

「友達って、どうやったらなれると思います?」


 唐突と言えば唐突な私のその質問に、ただ遊びにきただけのフレットさんは顔を顰めます。ああ、この顔はこの前私が「友達の定義って一体なんなんでしょう?」って聞いた時と同じ顔ですね。

 私としては真剣で、そんな顔をされる言われはないんのですが、ガウドには「世界一情けなくて面倒なこと言わないで頂戴」と言われてしまいました。

 心底面倒くさい、というかもういっそ逃げ出したいという顔をしながらも、ガウドから出された、私がこっそり食べた時は結構な剣幕で怒っていたほどのお菓子を食べるのを一旦中断して、一応は答えてくれました。


「えっと……まずは話しかけてみるとかその辺から初めて見るのはどうかな?」

「いえ、話し自体はもう全然しているんですよ。それこそほぼ毎日。夢のこととか、お互い好きなもののこととか、嫌いなもののこととか、他にも色々。今日も時間があれば会いに行こうかなと思ってるんですけど」

「それはもう普通に友達なんじゃないの……?」

「いえ、それが違うんです。お互い言葉にしなければ納得出来ないというか、そういう儀式的な意味合いでの友達になるという過程が必要なんですよ」


 お互いというか、向こうが私に合わせてくれているだけというか。

 そこまで聞いてフレットさんは、周りに視線を彷徨わせます。どうやら助けを求めている様子。

 ですが残念、ガウドは人に会う約束があるとかなんとかで出ていってしまいました。

 フレットさんもそれを思い出したようで、もう諦めるしかないなというようにため息を吐きました。


「ライラさんってさ……こう……いや、やっぱりいい……」

「なんですか、言いかけたことを引っ込めるのはタチ悪いですよ。ガウドぐらい」

「リアクションしずらい表現やめて……」

「で?なんですか?」

「ライラさんって、以外とバカだなっ──ったい!」


 蹴りました。

 机を挟み向かい合わせに座っているので、拗の痛いところをガツンと。


「ライラさん最近なんというか、遠慮がなくなってきたよね」


 結構痛かったようで、そう言う声はどちらかというと呻きに近いものでした。


「それはお互い様では?バカってなんですか、バカって。確かに私はみんなが知ってるような常識も知らない不教育女ですけど」

「いや、そこまでは言ってない……」

「200年前の戦争云々も、つい最近初めて知りましたよ」

「え……嘘……」


 特に理由はないですが、少し威張って言う私に絶句するフレットさん。

 え?その事ってそんなに知ってて当然みたいなもんなんですか?


「学校とかで絶対習──あっ……ごめん。無神経だったね」


 謝罪と共に、一人しみじみとするフレットさん。

 いや、確かに学校なんて行ってませんけど。

 そういえば、私の生い立ち(仮)をガウドから聞いてるんでしたね、この人。

 ガウドが変な肉付けでもしたのか、それともフレットさんが何かしらの苦労でも勝手に想像したのか。多分後者でしょうね。


「というかっ、そんなことはどうでもいいんですよ。本題に戻りましょう、本題に。友達ってどうやったらなれると思います?」


 戻らなくてもいいよと言いたげに、露骨に嫌な顔をするフレットさんですが、無視です。


「というか、そもそもその友達になりたい人ってどんな人なの?相手がどんな人かにもよって、やり方も変わって来ると思うけど」


 嫌な顔をしつつもきっちりと意見を返してくれました。やっぱりいい人です。

 そういえば、フレットさんにはアリシアのことは全く話してませんでしたね。

 というわけで、出会いから今に至るまで、詳しい事情をフラットさんに説明。

 話を聞き終えたフレットさんは、少し考えて言いました。


「それってさ、つまりライラさんが──」

「言わなくていいです!それはもう私が一番よくわかっています。けど何事もわかっているから出来るというわけではありませんよね?私に関しては、現状をどうにかしようとしているその心意気だけを認めて下さい。そして私の図星をつくような正論以外での解決法を下さい」

「無茶苦茶だ……」


 無茶苦茶です。無茶苦茶なことを早口でまくし立てました。

 けれどもフレットさんにまでズバズバと図星をつかれたら、私はもうどうにかなってしまいます。具体的には落ち込みます。ですからそれよりはマシです。

 そしてフレットさんは、無茶苦茶だとは言いつつも考えてはくれるようで、腕組みをして、そのまま三回ほどウーンと唸ったあとに、何か思いつきたのか、「こういうのはどう?」と、テーブルの上に身を乗り出しました。つられて、私も同じように、「なんですか?」と身を乗り出します。


「まず、悪い男にそのアリシアちゃんが絡まれる」

「悪い男に絡まれる」

「そこをすかさず、ライラさんが助けるんだ。『私の友達になにするんですか!』って言いながら。……どう?」

「案としては悪くないとは思いますが……。そんなに都合よく悪い男に絡まれる所に出くわすとは思いませんよ……」

「そこは安心して欲しい。あくまでそういう状況を作りだすことが目的だから、別に本当に悪い男に絡まれる必要は無いんだ」

「──つまり?」

「僕が悪い男を装って、アリシアちゃんに絡む。そしてタイミングを見計らって、ライラさんが出てきて助ける。これで自然な流れで二人は友達に──!」


 いい考えでしょ?とちょっと悪っぽく笑うフレットさん。

 なんというか……その……。


「フレットさんって……」

「え、なに?」

「意外とバカですね」


 にこやかに言い放ちました。

 それを聞いて静かに、フレットさんは椅子に座り直し、私もそれに習います。

 コツンと、拗に軽くフレットさんの足の先が当たりました。どうやら、蹴られたようです。


「ライラさんが良い方法くれって言うから……」


 そしてちょっと拗ねてます。でもこれ私悪くないと思うんです。


「じゃあもういい。練習しよう、練習」

「はい?どういうことですか?」

「僕の名前、呼んでみて」


 いくらなんでも投げやりが過ぎると思うんですがそれ。そしてちょっと私を馬鹿にしてませんか?

 でもまあいいかと、いつも通りフレットさんと呼んで見た途端、


「違う」


 と、拗ねを継続させたままフレットさんが言いました。


「フレット──」

「はい?」

「フレット"さん"じゃなくて、フレット。そもそもライラさんずっと敬語だし。敬語がなくなってもいいぐらいには僕ライラさんと仲良くなってるつもりだよ?」


 どうやらフレットさん、拗ねが完全に別方向に行ってしまったようです。

 というかなんか恥ずかしいこと言ってませんかこの人?

 しかし、そんなことはないというように、こちらを見つめるフレットさん。なんだか私一人がどんどん恥ずかしくなっていきます。


「い、いやいや。この口調は身体に染み付いたものといいますか、ほ、ほら!ガウドにだって私この口調ですよ?」

「でもガウドは"ガウド"って呼んでるじゃん」

「うっ……!それは……」

「だから口調はいいとしても、せめて僕のこともフレットって呼んでくれてもいいんじゃない?それに……そう、アリシアちゃんとも友達になりたいんでしょ?」


 と、ここに来てようやく、フレットさんがニヤついていることに気が付きました。

 私、遊ばれてる──?!

 ぐうぅ……このまま前のように魔術でしばらく犬にしてやろうかと思いましたが、そのままこの部屋で暴れられても困ります。

 早く早くと、フレットさんが急かします。

 やっぱり完全に遊んでますね、この人。

 ええ、呼べばいいんでしょう呼べば。別になんら難しいことではありません。人一人の名前を呼び捨てればいいだけ。

 とりあえず一度深呼吸。フレットさんの顔はもはやニヤつきを通り越していましたが、この屈辱はいつか必ず返すと魂に刻み付け、今は放っておきます。

 そしてそのまま、フレットさんを両目でしっかりと見つめ、そして気持ち慈愛のこもった顔と声色を作り、いざ──!


「フレット──」

「──ッ……!」


 …………。

 フレットさんは何も喋りません。何も喋りはしませんが、視線をあちこちに泳がせ、あとおまけに顔が赤い。


「いや……なんでそっちが照れてるんですか……」


 そのせいで、私にまで照れが伝染ってきてしまいます。お互い顔は真っ赤。いやいや、なんですか、この状況。


「あっ──!用事、そう、用事、用事だ。用事思い出した。ごめん僕帰るね。ありがとうライラさん。ガウドにもよろしく」

「え──あ、はい」


 急にフレットさんが立ち上がり、いそいそと帰り支度を始めたのに対して、私も腑抜けたから返事で応えます。


「そ、それじゃあ──。あ、悪役役やるんなら声かけてね」


 それはないと思いますけどという前に、逃げるようにフレットさんは帰っていきました。

 開けっぱなされた扉が、自然に音を立てて閉まり、私はぽつんと一人。

 えっと……つまり………勝った?



 顔の熱も収まってからしばらく。薬棚の整理などをしていましたが、ガウドは帰ってきませんでした。

 じゃあいいかと、エプロンを片付けて外へ──アリシアの所へと向います。


 もう通いなれた寂れた貧民街の通り。

 しかし、少しの違和感。何かがいつもと違うのです。

 そして違和感の正体は、別段考える必要もなく判明しました。


「何も、きこえない」


 そう、いつもこの辺りに来ると微かにアリシアの歌声が聴こえてくるはずなんですが、今日はそれがありません。いや、彼女もずっとずっとあそこにいる訳では無いですし、いない時もあるでしょう。

 けれども一応、いつもの行き止まりへと足を向けます。

 そしてある程度近くまで来た時、声が聞こえてきました。それはいつも通りのアリシアの歌声──ではなく、野太い男の怒声。

 まさか本当にフレットさん──?!……なわけはなく、全く見知らぬ、男二人──まあ身なりから貧民街の人間でしょう。そして、アリシア。

 まったく、都合のいいことです──。


「お前最近大人しくしてると思ったらこんな所で何してやがる!」

「離してよ!あんた達には関係ないじゃん!」

「口の聞き方がなってねえな……またあのガキ共やババアにちょっかいかけられてえか?あぁ?!」

「なっ──?!わたしもう人前では歌ってない!約束が違うじゃない!」

「うるせんだよ一々、もう声も出せねえように── 」

「私の友達に、なにしてるんですか──」


 男の一人がアリシアの胸ぐらを掴んだその瞬間、私はその場に踊りでました。タイミングはバッチリ。のはずです。


「な、なんだよお前──!」

「──ライラッ──来ちゃダメ!」


 焦って声を上げるアリシアに、私は少し大袈裟に肩を竦めます。


「大丈夫ですよ、アリシア。私こんな奴ら怖くもなんともありませんから」

「ハッ、へぇーお姉ちゃんいい自信だな」


 そう言って、男はアリシアの胸ぐらから手を離し、その手をそのまま自分の懐に突っ込んで取り出したナイフを、私にチラつかせました。

 嫌な思い出が蘇り、流石に私も少し身じろぎますが、それだけです。

 なにせ、私には今最強の切り札があるんですから。

 魔術──?いいえ、そんなものは必要ありませんよ。


「ふっ、これを見てもその余裕、保てますかね?」


 少し気取ったように言って、私も懐へと手を入れます。

 ナイフを持った男は警戒するように身構えます。ちなみにもう一人の方はさっきから何もしてません。ただのナイフ持ってる方の付き添いなんでしょうか?


「さあ、このワッペンが、目に入りませんか──!!」


 高らかに言って、『〜ガウドの薬屋〜』と書かれたワッペンを天高く掲げます。


「そっそれは──!すまねえ、俺が悪かった!なんでもするから許してくれ!!」


 途端に、男はナイフを捨ててまさかの土下座。

 効果抜群が過ぎる……。一体あの男は何やらかしたんでしょう……。


「私からの要求は一つです。二度とアリシア──ああ、あとその家族に手を出さないこと。──わかりましたね?」

「は、はいっ!おい、行くぞ!」

「え、ちょっと──!」


 そのまま、二人の男は尻尾まいて逃げていきました。勝利ッ!


「──のわっと」


 突然、身体のバランスが崩れ何事かと思いみると、アリシアが私の身体に抱きついてきていました。


「あぁああああ、ライラぁ……!ひっぐ……うあああっ……!」

「え、ちょ──!」


 そしてそのまま、わんわんと泣き出してしまいました。

 どうしましょう、こういう時の正解がわかりません。

 しばらくそのまま固まっていましたが、アリシアに泣き止む気配はなく。

 とりあえず、手をアリシアの頭の上に置き、ゆっくりと撫でました。これでいいのかはわかりませんが、こんなことしか出来ませんから。


「服、汚れちゃうんですけど」

「だっで……だっでぇ……こわがった……ライラがあのままけがっしてたらぁ……!しんじゃってたら、どうしようっでぇ……!」


 はぁ……そんなことで泣いてるんですかこの子は。いざとなれば私一人だけが生き残ると思うんですけどね。多分。

 でもまあ、そういうことなら、服が汚れるのぐらいは我慢するとしましょう。

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