第13話 やっぱり定義、必要では?
……暇です。
来客もなく、もうずっと置物のように立っているだけの私。掛け時計の秒針の音がやけに大きく聞こえ始めてくると、精神が摩耗してきている証拠です。
「ガウド〜、人も全然来ないので少し出てもいいでしょうか〜」
例の死者蘇生の薬とやらを黙々と研究中のガウドに向かって、扉越しに声をかけます。
ガウドは最近、こうして部屋にこもって作業している時間が増えてきています。なんでも、研究の調子がいい。即ち、死者蘇生の薬完成への道筋が出来て来ているというのです。
それを聞いた時は、喜べがいいのか哀れめばいいのかよくわかりませんでしたが、まあ老人の道楽のようなものだろうと今は放っている次第です。
少し間が空いて、扉の奥から「別にいいわよ〜」と軽い返事が返ってきました。
許可を取り付け、店番用にと着けさせられているエプロンを外し、いざ外へ出ようとした所へ、
「戸棚の中に昨日作ったお菓子が入ってるから持って行ってあげなさい」
と声が。
うむむ、私がどこへ行こうとしているのかお見通されている。いやまあ最近暇があれば行ってるのでわからないわけはないんですけどね。
というわけで気を取り直して棚のお菓子、確かマカロンとか言ってた気がします。を手に持ち貧民街にある誰も来ないような奥まった行き止まり、アリシアのいる所へと駆け出しました。
「あ、お姉さん!来てくれたのね!」
こっちを見つけるなりパタパタと少女が走り寄ってきました。なんだか犬みたいで、耳と尻尾を幻視します。
「ええ、たまたま暇が出来たので。あ、これお土産です…………赤毛ちゃん」
お土産という単語が出てきた辺りでは、眩しいぐらいにキラキラと輝いた目も、赤毛ちゃんと──そう呼んだ瞬間に光を失い細くなりました。
「わたしの名前……あかげじゃないんだけど……」
「あっははは、ええっとなんでしたっけ。そんなことよりお土産ですよ。マカロンっていう凄いお菓子なんです。中々手に入らないんですよ」
「マカロン?!うわあすっごい!名前だけは知ってたけど初めて見るわ!ありがとう!」
ふぅ、チョロい。
ひとまず今日は乗り切れたと、安堵のため息をこぼします。
勿論、私が彼女の名前を覚えていないなんてことは無く、かれこれ半月ほど続いているこんな感じのやり取りもそろそろなんとかするべきだとは思うんです。ですが、そう上手くはいかないんですよね。
何事においても最初というものが肝心なんです。
つまり、最初につまづいてしまえばあとはズルズルとなにもなし得ないまま過ぎていってしまうのです。そう──さながら今の私のように。
アリシアとの二回目の会合、歌う彼女を言葉と拍手で賞賛し終えた時のことです。
「まさか昨日の今日でもう一回聞きに来てくれると思わなかったわ!わたしとっても嬉しい」
「ちょうどお休みを貰ったんですよ。特にやることも無かったのでたまたまです。たまたま」
「素直じゃないのね、お姉さ……ライラは」
むずずっと、いきなり名前で呼ばれゾワゾワとしたものが身体中を駆け巡りました。別に不快だとかそういう悪感情ではないんですが。
これはあれですね、フレットさんにペンダントを返した時のむず痒さに似ています。
名前呼びなんて、普段からガウドにもされていることですし、何かがあるというわけではないんですが……。
「しょうがないなあ。素直じゃないライラのためにわたしからもう一度言ってあげるわね。友達になりましょう!」
昨日も言われたその言葉にむずずずっと、身体中にそれは広がっていきます。
確かに、もう昨日の今日でここに来た時点でそれに対する返答はもう決まっているようなものかも知れません。知れませんが、どうにも言葉にするにはとても躊躇われるのです。
これは私の勝手な憶測かもしれませんが、「私と貴方は今から友達です」と言って友達になるケースなんて、稀なのではないでしょうか。
フレットさんのように、いつの間にかそういう風になっていたとかそんな感じが普通なのではないでしょうか。そもそも、『友達』という単語自体、面と向かって口から発することはあまり無いのでは?
そう考えると、ついさっきのフレットさんの会話を思い出し、なんだかとっても恥ずかしいようなことを言った気がして、身体を駆け巡るゾワゾワは増加していきます。
「ほら、はやくライラもわたしのこと名前で呼んで。アリシアよ、アーリーシーアー!」
「アー……あ、あー…………赤毛ちゃん」
その時のアリシアの顔はなんと表せばいいのか。
私だったら、ガウドが正真正銘の女性でした!とかになったらこんな顔になるんですかね、多分。いや、ならないかもしれませんが。
まあそんな、形容しがたい表情を彼女はしていたわけです。
気持ちはわかります。痛いほど。
私だって別にそこまで頑なというわけでもありませんし、ガウドの言うことだって一理あるわけで、そもそもフレットさんとはもうそういう関係なんですから、友達の一人や二人最早同じなのでは?と、そういう次第で。本当ならば私の口はハッキリと『アリシア』と発音するはずでした。
でも出てこなかったんです。身体を駆け巡るゾワゾワに邪魔をされたのです。
「………」
「アハハ……」
じっと、というよりかはじとっとこちらを見つめたまま一言も喋らないアリシア。
なんですか、言いたいことがあるならハッキリ言ってください。とは、流石に言えません。
うぅ、沈黙が辛い……。
「ライラ……わたしと友達になりたくないの……?」
ポツリと呟かれたその声は確かに震えており、やばいこれ泣くなという予感がひしひしと伝たわっ
てきます。
泣いた子供……どうしろと?
例えばドルムトにいた頃なら魔術で強制的に大人しくさせてそのまま──ああ駄目ですこれ人攫いの手順。泣く寸前の子供を前に、どうにも頭が軽くパニックになっています。
「ああ、いやほら。別にそういうわけではないんですが、そもそも私達って昨日出会ったばかりじゃないですか?お互いのこともあまり良く知らないですし。だからいきなりそういう関係になるのはどうかと、ましてやいきなり名前呼びなんてちょっとこう私としては礼儀作法に反するというかなんというか。いえ、別に貴方のことは好ましく思ってますよ?だからこそそういう段階が大事というわけで。そもそも一口に友達といってもよくわからないじゃないですか。まずはその辺の定義からしっかりと話し合いませんか?」
「ライラ………何言ってるの……?」
ほんと……何言ってんでしょう……。私が一番わかりません。
軽いパニックのまま思いついた言葉を早口でまくし立ててはみましたが、いやほんと、何を言ってるんでしょう私。
結果、アリシアが泣くことは阻止できましたが、代償は十歳の少女からの軽蔑の目……。泣かせてた方が良かったかもしれません。
「ああ、わかった!」
「な、なんですか……?」
かと思えば、唐突に嬉しそうに大声を出すアリシア。
「ライラ、恥ずかしいのね!」
「──!」
ガッと、自分の顔が熱くなるのを感じました。
これには流石に反論しなければならない、そう思う気持ちだけは膨れ上がっていくのですが、その反論のための言葉は欠片も出てきません。
ええ、そうです、もう認めた方が楽です。ようするに、図星をつかれました──。
「そう、そうだったの。ライラ──いいえ、お姉さん凄く良さそうな生活をしているように見えたからお友達なんていっぱいいると思っていたけれど、実は全然いないのね!」
「あの、いや」
「だから友達の作り方がわからないんだわ。ごめんなさい、わたし少しがっつきすぎちゃったみたい。悪気はなかったの、家族以外で私の歌を聴いてくれる人なんて初めてで、つい舞い上がっちゃったわ」
「えっと……」
「わかった。わたしお姉さんととっても友達になりたいの。だからもう少し待つわ。お姉さんが友達というものを理解して、私の名前を呼んでくれるで待つ。それまではわたしもライラじゃなくて、お姉さんって呼ぶわね」
「……」
「大丈夫よ、私だって"友達"って初めてだけど、お姉さんよりはわかっているつもりよ。だから一緒に頑張りましょ!私には難しいかもしれないけど、お姉さんなら一人作ることが出来ればきっと直ぐに二人、三人と」
「もういいですよ!!」
長々と、先程までは私に軽蔑の目を向けていた少女が打って変わって慈愛に満ちた聖母のような目をして私に説いてきました。
というかこれ、私慰められてません?
こんな屈辱が他のどこにあるでしょうか。私はただ歌を聴きに来ただけなのに、十歳の少女に無様を晒し、図星をつかれ、果ては慰められています。
こんなことならガウドに説教地味た話を聞かされ
ている方が──ってなんか頭撫でられてる?!
わしゃわしゃと、慈愛に満ちた顔のまま私の頭を撫でているアリシア。
その手を掴み除けて、お返しとして少々
「あんまり調子に乗ると今度はもう少し強めに行きますからね」
「ごめんなさい……でもわたし間違ったこと言ってないのに……」
断言しやがりました。
「間違ってないということが、なにより間違えているんです。この先の処世術としてよく学んでおいてください」
「うぅ……よくわかんない……」
まあそうでしょうねと言って、私は立ち上がります。あんまりこんな場所に長居するのもアレですし、そろそろ帰りましょう。というかぶっちゃけもう今日は帰ってふて寝したい。
「あ、ライ──お姉さん!」
アリシアの声に、一応は足を止めて振り向きます。
「明日も来て……くれる?」
「………時間があれば」
私のその返答をどう解釈したのか、にこやかに「じゃあ待ってるから!」と言ってそのまま彼女は駆け出し、私を追い抜いて帰っていきました。
そして本当に自分以外誰もいなくなったその場所で私は──
「ああぁぁぁ────」
膝から崩れ落ちて呻くのでした。
結局、私は次の日もアリシアの所へと行きました。ええ、たまたま暇になったので。
私を見つけた彼女は、わかりきっていたというような顔で、それでも嬉しさは隠せていない顔で私を出迎えて、また歌を聞かせてくれました。
「お姉さん、昨日わたしのことよく知らないって言ってたじゃない。それでわたしいいことを思いついたの」
歌を聴き終わった後、アリシアがそんなことを言ってきました。
出来れば昨日言ったことは忘れて欲しいのですが。
「知らないのなら、知ればいいのよ!お互い質問をして、それに答えるの。そうすればきっと理解が深まって、お姉さんの恥ずかしさも消えるんじゃないかしら!」
「まあ、確かにいい考えではありますが……。でもこれと言って聞きたいことはないですねえ」
「もう、しょうがないなあ……。じゃあ私から質問!お姉さんの夢はなに?」
「え──?」
不意打ち気味のその単語に、思考が一瞬止まりました。この場合の夢は、夜見るものではなく、つまりは将来。
そんなこと、今まで考えたことありませんでした。というか、考える余裕も必要もなかったと言うべきでしょうか。そもそも、私に将来なんてものあるなんて思ってませんでしたし。
でも、もしかすると、今の生活が続くのなら、私にも将来と呼べるべきものが訪れるのではないか──。そんなふうに思う、思うようになっている。
「──私は」
「あのね、わたしはね!わたしの夢はね!」
あー、そうですね。こういうのって大抵自分が喋りたいことの前フリで、相手がなに言おうが興味ないですよねー。というかまだほとんど何も言ってませんけど。
「わたしはね、いつか恋をするの!」
「恋……へぇ──」
「でね、その人はとってもカッコイイの。わたしのことを一番に考えてくれて、例え世界を敵に回してもわたしのことを守ってくれて、そしてなによりわたしの歌が大好きなの!」
めちゃくちゃ都合のいい男ですね、それ。
「でね、その人の歌を作って、その人のために歌うの!どう?とっても素敵だと思わない?」
「うーん、素敵か素敵じゃないかと言われると素敵ですね」
「でしょ!でしょ!」
気がつけばアリシアは、劇のような身振り手振りを加えながら自分の夢を語っていました。
確かにそれはとても素敵な夢で、いつか実現すればいいなと、月並みですがそう思うのです。
「それで、ラ──お姉さんの夢は?」
「うーん、そうですね。ひとまず今の貴方の夢が叶うようにってことですかね。嘘じゃありませんよ」
「もー真面目に!」とアリシアは怒ったように言いますが、嬉しさが隠しきれていませんでした。
そんな彼女を見て、私は思ったんです。あぁ──、こんな子と友達になれたらきっと素敵だろうなと。
思いました、思ったのです、そしてそれを言葉にしようとも。けれども半月経った今も私が彼女を「赤毛ちゃん」と呼んでいることから諸々の結果はお察し。
この半月、彼女の歌を聴いて、色々なやり取りをして、そして、どんどん言い出すタイミングを失ってしまっているんです。
彼女は待つと言ってくれましたが、流石にこうも私がヘタレていると不満は如実に、主に顔に現れてきます。
それでも待ってくれている彼女に報いる為にも、そろそろどうにかしなくてはなりませんね。
──思えば、私が誰かに報いたいだなんて考える日が来るとは思いませんでした。
なんというかまあ、生活も考え方もすっかりと変わってしまったものです。でもそれはガウドの言う通り、いい変化なのかもしれません。そう思うようにもなりました。
私は魔女で、どうしようもなく罪深くて、忌み嫌われる存在なのだとしても、それでも、まだしばらくは、このありきたりで幸福な日々が続いて欲しいと、そう思います。
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