第12話 友達、なんですね。

「あら、珍しいわね」


 時刻は朝の6時半頃でしょうか。

 身支度を整えて出てきた私を見て、珍しいものを見たと言わんばかりに、ガウドが声をかけてきました。

 珍しいとは自分でも思うんですけどね。なんだか早く目が覚めただけなんですが、まあそんな日もあるのでしょう。


「もう少しで出来るから、座って待ってなさい」


 言われた通りボーッと、椅子に座って待ちます。その間も、というか今日の夜からずっとなのですが、昨日の少女──アリシアとの出来事を思い返していました。

 原因は、彼女の聴かせてくれた歌──ではないんでしょうね。ええ、それぐらいはちゃんとわかります。

「友達になりましょう」なんて、言われたこと今までに一度もありませでしたから、変なひっかかりが心に残っているんです。そう、心に残ってしまっているんです。

 ドルムトにいた頃なら、友達になろうなんて言われてもその場で一蹴して、気にもとめていなかったに違いありません。

 いつか言われた通り、私は変わったのでしょう。

 生まれ育った国を出て、フレットさんに出会って、ガウドと再会して、そしてこんな当たり前のような生活を送っているうちに。

 こんなことを言うと、「それは良いことでしょ?」なんてガウドは可笑しそうに言うんでしょうが、そしてそれは正しいのでしょうが、けれどそれが許されるんでしょうか。

 魔女に、今まで色んな悪行を重ねてきた私に、たとえ悪事なんて働いていなくとも、なんの罪もない少女の犠牲の上に生えている命に──


「──っとライラ!」


 目の前で響いた声に思わず肩が跳ね上がり、どこかに飛んでいた意識は現実へと戻ってきました。

 気がつくと、机の上には二人分のフレンチトーストセットが並べられており、私と対面する位置に、訝しげな顔をしたガウドが座っていました。


「出来たわよ、はやく食べなさい」

「あ、すいません。少し考え事をしていました」


 ガウドは「そう」とだけ返事をして、特に何を聞くわけでもなく食事に戻り始めました。

 ……。いえ、別に聞いてほしいわけではないんです。いつも感じならなにか聞いて来そうだなと思っただけで。

 しかしこのままなにも聞かれずに終わるとなると、なんというか、モヤモヤが募る。

 もしかして私、話したいんでしょうか?というか、それを察しているからこそガウドはなにも聞いてこないのでは?この底意地の悪い男の考えそうなことです。

 なんだが腹が立ってきて、トーストに勢いよくかじりつきますが、当然モヤモヤは晴れません。

 二人の皿が空っぽになる頃、耐えかねた私は、少し遠回し気味に話を切り出しました。


「……ガウドは人間の友達っているんですか?」


 ピタリと、最後の一口を放り込もうとしていたガウドの腕が止まります。食べかけのその一口を皿に置こうとしてまた一瞬腕が止まり、結局は口に放り込んでそのまま何かを考え込んでいるかのよような顔で咀嚼し、飲み込むど同時に、とっくに見飽きた愉快そうな顔へと変わりました。

 あぁ……これは……私的にはちゃんと遠回しな発言をしたつもりなんですが、恐らくことの9割は把握されてしまいましたね……。


「へぇ……誰にそんなこと言われたの?」


 いくらかの順序をすっ飛ばしてのストレートな質問でした。

 私の知らないだけで心読めたりするんでしょうか、この男。


「あ、貴方には関係ないでしょうそんなこと」

「いや、自分から話し始めてしておいてそれはないでしょうよ……」

「私はただ貴方に人間の友達がいないか聞いただけですけど?!」


 例によって無駄な抵抗です。無駄すぎて虚しくなってくるぐらい。


「いるわよ。魚屋のオヤジとはたまに飲むし。で、どこの誰?アンタと友達になりたいなんて奇特な人間は」

「ううぅ……ぐぅ……」


 結局過ぎてもはや言うまでもないことかもしれませんが、昨日の少女との出会いのあらましをガウドに語ることとなったわけです。

 そして全て聞き終えた後、ガウドは項垂れて深めのため息を吐きました。


「あぁ〜……なるほど……。それで、『魔女の私に友達なんて作っていいのかしらん?』ってまた馬鹿みたいなことで悩んでるわけね」

「いや、その辺はなにも言ってませんけど……」


 途中の真似にもなっていない真似は一瞬殺してやろうかと思いましたが、頑張ってスルー。


「でもそうなんでしょうが」

「いや違っ……わないことも無いですけど……」


 どうにも煮え切らない私の返答を聞いて、また大きく、わざとらしくガウドはため息を吐きます。

 そしてそのまま真っ直ぐに私の顔を見つめて、吐き捨てるように


「こんのエセ魔女が」

「はい?!」


 よくわからない罵倒の言葉を放ちました。


「エセよ、エセ。アンタなんてエセよ」

「エセって何回言うんですか?!そもそもエセつてなんですか!」

「毎回毎回うんざりよ。もう、うんざり。自分の存在に罪悪感を抱く魔女なんて聞いたことないわよ」

「罪悪感なんて別に──!」

「そんなら気にせずに友達でもなんでもこしらえればいいじゃないのよ。なに?相手が小さい女の子だからこう思ってるわけ?『私はそもそも小さい女の子一人を殺して存在してるから、だから普通の女の子と友達になるなんてぇ』ってね!」

「てね!じゃないですよ!さっきからそれほんとやめて貰えます?!」


 わざわざ身体にうねりを付ける必要も絶対にないでしょうに。

 思わず立ち上がり、机を勢いよく叩いてしまいました。机の上のすっかり空になった食器が音を立てて揺れます。そして、食器の揺れと同じぐらいに速く、私の興奮も収まりまた椅子に座り直します。

 少し取り乱したのは、別に真似に腹が立った──いや、それもありますけど。とはいえ本質がそれではなく、さっきのガウドの発言が図星だったからです。

 そのまま小さく、私は話し始めます。


「夢を、見たんですよ」

「あら?夢ぐらいアタシだって見るわよ」

「うっさい──で、その夢に女の子が出てきたんです。私じゃない、私になる前の【ライラ】という女の子が出てきて──まあ、私に恨み言をいくらか」

「ただの夢じゃないの」

「そうですけど……。それでも少しこう考えなくもないというか……」

「はぁーやっぱりエセよアンタ……」

「またエセって言った……」


 ガウドは、私がなぜそんなことで悩んでいるのかわからない、という風でした。

 そりゃ、ガウドほど生きていれば色々折り合いもつくのでしょうけど、私は精々16年。【ライラ】という少女の年数を合わせても19年。折り合いを付けるにはまだ少し掛かるのではないでしょうか。


「確かに、その女の子の存在を犠牲にしてアンタは生まれてきたわけでしょうけど、それはアンタのせいじゃないでしょ?」

「いやまあそうですけど……」

「じゃあそれでいいじゃないの。あーもう、なんでそんなことが一々引っ掛かるのかわっかんないわ!」


 そう言って、ガシガシと頭を掻きむしるガウド。

 まだ自意識が確立しているかどうかも怪しい幼子の存在を食い破ってこの世に生まれる魔女。

 元の人格も何もかも消え失せて、代わりに魔術と呼ばれる超常的力を持った存在として生まれ変わる。そんな魔女としての摂理に疑問を持つことすらおかしいと、ガウドの言わんとするところはそんな感じでしょう。

 私だって、別にずっと【ライラ】という少女を意識なんてしてきませんでしたし、勿論夢にだってあの時まで出てきたことはありませんでした。

 だから少しだけ考えてしまうのです。

【ライラ】という普通の少女が、魔女ライラにさえならなければ、両親は愛していたはずの娘を殺そうとする必要もなく、もはや娘ではなくなった娘に殺されるなんて悲惨な出来事なく、今も平和に暮らしていたのだろうと。


「いい、ライラ。アタシとアンタは友達?」

「違います」


 いきなりの質問に少し驚きましたが、これは即答出来ました。


「……」

「ガウド?」

「え?ああ、ゴホン。アンタ、フレットとは友達でしょ?」

「え、あ──」


 言われて初めて気が付きました。ああ、そうですね。最小限の関わりで済ませようとしてたはずが、あれよあれよという間に結構な頻度で顔を合わせる間柄になり、一緒に話もしますし、一緒にご飯も食べます。この間柄を友達と言わずなんと言うんでしょうか?


「そ、アンタのその馬鹿な悩みは既に時期が終わってるのよ。それに古いアンタのことなんて考えたって時間の無駄よ。わかったら友達の一人や十人さっさと作ってらっしゃい」

「いや、でも、そうは言っても現実問題──」

「グチグチうっさいのよこのエセ!もしアンタがヘマした時は最低限被害はその友達とやらにいかないようにはしてあげるわよ」


 そう言って、もう面倒くさくなったのか、この話はこれで終わりと言わんばりにガウドは立ち上がり、そのまま二人分の食器を流し台へと持っていき洗い物を始めました。


 あ──、私もそろそろ働き始めないと。

 そう思い立ち上がる私に、ガウドが手は休めないまま声をかけてきました。


「今日は仕事は休みでいいから、外にでも出て頭冷やしてらっしゃい」



 そして、半ば追い出されるような形で家を追い出されてしまいました。

 あてもなくぶらつく私。


「おー、ライラちゃん!今日は休みかい?」


 おっと、噂をすればなんとやら。魚屋のオヤジさん(名前は知らない)です。


「こんにちは。お暇をだされてしまいました」

「ガッハハ!そうかいそうかい。ま、たまにゃ休まねーとな!あ、そうだ今度は噴水前の店で飲み比べしよーぜってガウドの旦那に伝えといてくれ!」


 そこまで言ってお客さんが来たようで、私に「それじゃあ」と会釈をして仕事に戻られました。

 ほんとに一緒に飲んでるんですね……。しかも飲み比べ……。まあいいですけど。

 そしてまたあてもなくブラブラと。

 するとまた、噂をするとなんとやら──。


「あ、ライラさん!」


 駆け寄ってくる茶髪のサラサラヘアーはフレットさんです。


「フレットさん。どうしたんですか?今からお店に?」

「いや、今日はいつもの仕事」


 ああ、そういえばそんなこと言ってましたね。たまに仕事で国に来てるとかなんとか。


「どういう仕事でしたっけ?」

「うーん、大工……?なのかな。依頼のあった家の屋根を修理したり壁を塗ったり、そんななところ。ライラさんは、今日はお店はいいの?」

「休みを貰ったんです」

「ああ、うん。たまには休むのも大事だね」


 フレットさん、思考が魚屋のオヤジとシンクロしています。

 しかし大工とは。フラットさんのすらっとした体型からは似合いそうにない仕事ですね。


「今、似合わないって思ってたでしょ?」

「え?!なんでわかったんですか?!」


 もしかして私って顔に出るタイプ?

 いやいや、まさかそんな。


「いや、なんか、そういう顔してた」


 顔に出るタイプでした……。


「まあ、自分から選んだ訳じゃなくて、ちょっと食い扶持のために仕事を探してた時に知り合った──親方って呼んでるんだけど、その人のお世話になってる形かな 」

「なるほど、親方」

「うん、親方。ほんと色々世話になってて、そうだね、こっちに出てからの父親──うん、家族みたいなもんだよ」

「家族……。他人なのにですか?」


 赤の他人を家族と言ったのが少し不思議で、思わずそう聞いてしまいました。


「うん。だって一緒にご飯を食べたり、他愛のない話をしたり、世話を焼いてくれたり、悩みを聞いてくれたり、褒めてくれたり、怒ってくれたり──家族だよ」

「なる……ほど……」


 わからないようなわかるような。


「本当の家族には多分もう会えないから、そういう存在はとても有難いんだ」

「──本当の家族には、お姉さんには会いたいですか?」


 しみじみと語るフレットさんに、あまりこういうことは言うべきではないなとは思いつつ、私はそう質問しました。

 フレットさんはまたしみじみと──


「会いたいよ──。凄く、会いたい。でも今ここでこうすることを選んだのは僕だから、外の世界を見たいと願ったのは僕だから、だからいいんだ」


 そう言いました。

 私は特に何も言えず、ただその横顔を見つめていました。

 フレットさんはそのまま、恥ずかしいことを言ったなというように笑います。


「じゃあ、僕はそろそろ。遅れると親方が怒るからごめんね。ガウドにもよろしく!」

「あっ、ちょっと待ってください!」


 駆け出すフレットさんを、思わず呼び止めてしまいました。

 こんなことを言うつもりはなかったのですが、呼び止めてしまった以上、なにかは言わなければならないわけで──


「あの……ですね……その……私達ってそのお……」

「うん?」

「私達って……友達ですか?」


 ほんと、こんなこと言うつもりなかったんですが、なんででしょう。

 なんだかもう、私が駆け出したいぐらいです。

 しかし、フレットさんはあっけらかんとした顔で、


「え?勿論そう思ってるけど……どうしたの?」

「いえいえなんでもないんです!忘れてください!ささっ、お仕事どうぞ!」


 ああ、もうこの人は具体的にどこがかはわかりませんが、多分そういうところです。

 なんなんだというようなフレットさんを強引に追い払い、あてのないブラブラ再開です。


「そっかあ、友達ですかあ」


 独り言を呟きながら、歩みを進めます。

 なんでしょうねえ、あれだけ理屈を捏ねて起きながら、彼から友達だとハッキリ言われたことがなんだか妙に嬉しくて、少し足取りが軽いような。

 決してそれに絆されたわけではありませんが、ガウドに言われたことを真に受けたわけではありませんが、足は見覚えのある場所へと向かっていきます。

 貧民街、それも一通りは極端に少ない。しかし、そんな場所でも歩いていると少し音が聞こえてきました。いい音です。

 その音を辿っていくと、やがて奥まった行き止まりへと差し掛かります。

 そしてそこには、音の発生源と思われる赤い毛をした女の子が立っていました。

 私を見つけ、目を輝かせるその女の子の前に立ち、言います。


「歌、聴かせてくれませんか?」

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