第10話 朝ご飯は一回だけ食べました。
私の朝は早い。
「もう九時半よ」
まずは、顔を洗い、寝癖でボサボサになっている髪を整えます。長いのでまあまあ時間が掛かります。
その後は、寝巻きに着ている花柄のネグリジェネ(何故かガウドが持っていた)から、すっかり私の定衣装になっている白ワンピースに着替えます。
これでバッチリ、さあ、朝ご飯です。
「ないわよ。食べたかったら七時には起きなさいって言ってるでしょ」
……まあ場合によっては省略されることもありますが。
こういう時は、戸棚に色々とお菓子が入っているのでこっそり取って食べましょう。
「あいだッ──!」
「まんまと罠にかかったわね……アンタのやりそうなことぐらいお見通しよ」
戸棚を開けた瞬間に鉄板が落ちてきました。
頭を擦りながらうずくまる私に、ガウドが笑いかけます。
「さ、お昼ご飯を食べたかったらちゃっちゃと働きなさい。働かざるものなんとやら、よ」
とまあこんな感じに、私のお仕事が始まります。
仕事内容は、ガウドも言っていた通り、商品の陳列や接客と、びっくりするぐらい健全で普通のお仕事です。
商品の陳列も、ガウドが片手間に作った傷薬や風邪薬等などを種類別にそんなに広くない棚に並べるだけでいいですし、接客に関しても、全くこないというわけではありませんが、薬目当てのお客さんはあまり来ません。
むしろ、暇を持て余している雑談目当ての老人の方が来るぐらいです。
ガウド、この有様なのにまさかのご近所からの人気は高い。本当に、何故?
ちなみに私は、表向きはガウドの親類ということになっています。
そのおかげで、周囲にはあっさりと溶け込むことが出来ましたし、そのせいで、時には一日の業務の大半をおば様方の愚痴雑談を聞くだけで終えることもあります。
一般的な人間にはあまり関わるべきではないと言っていた私ですが、その考えも決して変わってはいませんが、街を出歩くと「あら、ライラちゃんじゃない!今日はお店お休み?そうそう最近うちの旦那がね」などと話しかけられるのが当たり前のようになり、なんと言いますか、抵抗感というものが無くなってきました。
「こんな当たり前のような生活してていいんですかね、魔女が」
夕食時、ふともらした私の言葉に、ガウドが顔をしかめます。
「なあにそれ?まるで魔女がなにか異常なことしてないといけないような言い草ね」
「いや、そういうわけでは……」
ない。と言おうとして少し考えます。
もしかしたら、そういうことなのかも知れません。
でも実際問題、今の私たちのように普通の日常を送っているような魔女は少なくとも私の知ってる範囲ではいません。
「ガウドは知ってるんですか?他に今の私たちのようにまったりした生活してる魔女」
「そりゃあアタシもここまで生きてるもの…………いや……あれ……そういえば、いないわね」
いないんじゃないですか。
「ま、アタシが今こうして全うに生きてるのはアレね。年の功よ年の功。そのおこぼれにアンタも預かってんのよ。感謝なさい」
そう言ってフンッと鼻を鳴らすガウド。腹が立ちます。
「むっ。そこは持ちつ持たれつじゃありませんでしたっけ?私のおかげでフレットさんと正式な接点を持つことも出来てますし、私が店のことやってるおかげで貴方は自分の研究に集中出来るんじゃあないですか?」
「チッ──口のうまい女は嫌われるわよ。でもそれもそうね。感謝してるわ」
「というか……まだ続けてたんですね」
「そりゃそうよ。アタシの人生の到達目標だもの」
ガウドの研究。
私と初めて出会うより前から、現在に至るまでずっと彼が追い求めているもの。
それは、死者の蘇生です。
そしてその手段として最も有効だと判断したのが薬。つまり彼は死者を蘇生させることの出来る薬の開発に、何年も、何十年も心血を注いでいるのです。
いくら魔女といえど、あまりにも馬鹿げています。
何が馬鹿げているかというと、その発明そのものはもちろんなこと、その理由です。
いっそ、死んでしまった大切な誰かを蘇らせたいだなんて想いから作っているのであれば、少なからず私もその成功を祈ることもなくはないのですが、彼が死者蘇生の薬を求めるその理由はズバリ──『有名になりたいから』
ああ、もう、救いようがありません。
「そもそも、有名になるのが目的ならもう達成してるじゃないですか。ここ数十年でもっとも巨大な魔女災害を引き落こした悪名高き『氷結の魔女』さん」
魔女災害──魔女の手によって引き起こされた大規模な、災害と言って差し支えないほどの犯罪行為です。
彼がまだ二十歳になるかならないかという時期──三十年ほど前のことです。
ドルムト、コルデ、ティアムトの三大国以外にも小規模な村や集落は各地に点在しています。
その村や集落のいくつかが、そこにある建物や動物、人含め全てが氷漬けにされるという事件をこの男は引き起こしました。
私も詳しくは知りませんが、当時は大騒ぎも大騒ぎ。魔女狩りによってなんら魔女性をもたない普通の人間が処刑されたり、今ならば何かをしても魔女のせいになるのではと考えた人間が色々と事件を引き起こしたりしたそうです。
結局、『氷結の魔女』と呼ばれ畏れられた人物は見つからず、今ではとっくに死亡しているだろうというのが世間一般の見解です。
しかし事実は、その人物はしっかりと元気に生きており、今私の目の前でパスタをフォークで巻いていたりしますが。
「馬鹿ね。それじゃあ意味がないじゃない。それは世にも恐ろしい『氷結の魔女』であって、『ガウド』じゃないでしょ?」
「どっちも同じですよ。借りに死者を蘇生できる薬を作ったとして、魔女が作ったものなんて!と言われ闇に葬られ終わりですよ」
「でも作ったという事実は変わらないじゃない。それでいいのよ。アタシは有名になりたいんじゃない、誰かの心に残りたいのよ。死者の蘇生なんて偉業、人間だろうが魔女だろうが、やってのけたんならそれを目の当たりにしたら忘れられるわけがない。そうでしょ?」
同じ魔女ではありますが、そのありきたりなようで異常な価値観はさっぱりと理解できません。
「そもそも、なんでそんなことしたんですか?
「そんなことって?」
「氷漬け事件です」
「そうねぇ──有名になりたかったからかしら」
そしてそのままてへっと舌を出すガウド。気持ちが悪い。
この男、やっぱりロクなもんじゃありませんね。今こうして、あくまで今までと比べて平穏に生きてはいるようですが、いつまたその牙を見せることやら……。
「だからもうしないってば。若気の至りよ若気の至り」
「それで済まされるんですからやられた側は溜まったもんじゃないですね……。やっぱり私はともかく貴方が平穏に生きているというのは色々間違いなのでは?」
「サラッと自分のことを棚に上げないでちょうだい。アナタだってまあまあのことやってきてるでしょうに」
「私の悪事なんてやろうと思えば誰にだって出来ることですよ。可愛いものです」
「それこそそれで済まされるやられた側は溜まったもんじゃないわね……」
倫理のない会話が繰り広げられています。
「ていうかっ!私の諸々の悪事は主に貴方とそのの残しものの指示でやったことじゃないですか!」
「えぇ……人のせいにしないでよ。嫌なら逃げ出せば良かったじゃない」
「簡単に言わないで下さい。あれ以外の生き方なんてわかるはずないじゃないですか」
「ふーん──じゃあ、今はどう?」
「へ?」
「あれ以外の生き方、わかってきたんじゃない?」
なにやら含みのある言い方で、もはや見慣れた笑みをこちらに浮かべています。
いえ、ガウドが言わんとしていることはわかるのですが、ここで素直に頷くのは、なにかに負けたような気がして嫌です。別になにも勝負事はしてませんけど。
「私にこの前『変わった』なんて言いましたけど、貴方も随分変わったんじゃないですか?そんな世話焼きでしたっけ?」
「さあ?年取って丸くなったのよ色々と」
返答変わりの憎まれ口も華麗に流されてしまいました。
「ああ、もう、調子狂う。やっぱり貴方はもっと手下をはべらせて悪いことじゃんじゃんやってた方が似合いますよ」
「なんてこというのよアンタ……」
「ほらこう、上手く色々動かして国と国を戦争させたりとか出来るんじゃないですか?」
「やらないってのんなこと。まあ確かにやろうと思えば出来るけどね」
出来るんだ……。自分で言っておいてなんですがちょっと引きました。
「というか国と国の戦争ならとっくの昔に終わってるじゃない」
「え?なんですそれ?」
「……本気の顔ねそれ。一通りの教養は教えたつもりだったけど失敗したわね……」
いきなり知らないことを言われたと思ったらいきなり酷いことを言われました。
戦争……駄目です。さっぱり思い当たりません。
「え?戦争してたんですか?どことどこが?」
「ドルムトとコルデとティアムトよ」
「全部じゃないですか!」
「そうよ。三つの国がそれぞれ争いあってた大戦争。当時の資料もほとんど残ってないからアタシも詳しくは知らないけどね。確か200年ほど前には戦争は終わってるわ」
「はえ〜……初めて知りました」
「常識よ、知らなきゃ恥かくわよ。ちなみに、ちょうど魔女がどうこう言われ始めたのもその時期だから戦争は魔女の仕業という説もあるのよ」
「説というかもうそれ絶対魔女じゃないですか」
面白い話が聞けました。
気がつけば、私もガウドも料理は全て食べ終えており、そのまま後片付けに移ります。
ちなみに家事は当番制です。一週間交代で、今はガウドの担当です。
後のはまあ、身体を洗って眠るだけ。
こんな具合に私の最近の一日は過ぎていきます。
「あ、ガウド。デザートとかありますか?」
「ないわよんなもん」
次の日。
いつも通り、顔を洗い、髪を整え、服を着替えて、朝ご飯──はもう八時過ぎなのでありません。
こっそりおやつを──と思ったところで昨日のことを思い出しやめました。
さて、お仕事開始です。
「あ、ライラ。今日は少し行ってきて欲しいところがあるのよ」
意気揚々とカウンターに立った所をガウドに呼ばれました。
なんでも仕入れ品をとってきて欲しいらしいです。ああ、そういえばそんなこともやってもらうと言われていましたね。
場所を書かれたメモと代金を受け取ります。
「ええっと、場所は……貧民……街……」
記憶に新しい苦い思いでが蘇ります。
「これ、本当に行かなきゃダメですか……?」
「なにをそんなに渋っ──ああ、そうね。それならこれ付けなさい。これ付けてればあの辺の連中絶対に手を出してこないと思うわ」
そう言って渡されたこれは……ワッペン?
『〜ガウドの薬屋〜』という文字が器用に刺繍されています。
なぜ手を出されないかは……まあ聞かないでおきましょう。
「というかなんでわざわざ貧民街なんですか……。裏ルートでしか手に入らない品物とかそんな感じですか?」
「いいえ、別に。ただ貧民街の連中の方が安く買いたたけるのよ」
黒い……。
「それじゃあ、よろしくね」
貧民街に入ると、中心部の喧騒はどこえやらというような静まりようです。
人通りもほとんどありません。
一度、ガラの悪そうな男とすれ違いましたが、私が胸についているワッペンを見るなり丁寧に会釈をしていきました。
あまりにも静かなのでいきなり後ろから刺されたりしないかと、少しばかり警戒しつつ進んでいくと、やがて耳が音を拾いました。
それは少し変わった音で、ついそれに意識を傾けてしまいます。すると、それが"歌"であるということがわかりました。
こんな所で歌?と、少し気になり、道を逸れ、音のする方へと近づいていきます。
段々と聴こえてくる音が鮮明になるにつれて、その歌はとても上手で、とても耳障りのいいものだとわかり、その歌に対する私の興味はどんどん上がっていきました。
そしてたどり着きます。
歌を歌っていたのは、一人の少女でした──。
私よりもずっと若く、あどけない顔をして、赤い髪を左右で結んでいます。俗に言うツインテールです。
私がその少女の目の前まで来た時、ようやく少女は私に気がついたようで、歌うのをやめ、そして満面の笑顔で言いました。
「いらっしゃいお姉さん!わたしの歌を聴きにきてくれたのね!」
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