第9話 これにて一件落着?なんですかね。
基本的に、私のこれまでの人生には、誰かを説得するということがありませんでした。
誰かから何かを言われれば、多少理不尽だろうと先々の面倒を避けるためにハイと答えるか、それこそ魔術で気軽に言うことを聞かせてしまうかでした。
魔術が効かない相手というのも極たまに存在しましたが、最終手段として殺してしまうというのもあります。物騒だとお思いですか?ですが私の今までいた環境はそういう所でした。魔女だろうが人間だろうが、簡単に日常は足元からひっくり返り終わりを迎える。私がこれまで生きてこれたのは、"運が良かった"──これに尽きます。
えっと、具体的になにが言いたいかというと、最初の通りです。私の人生に『真っ当に誰かを説得しなければならない』という状況はありませんでした。
ガウドとの取引じみたやり取りは──まあ、あれは別です。特に深い理由はありませんが、アレとの会話は人間との対話として数えていません。
結局のところ、経験不足なのだと思います。そう思いたいです。そう思うしかないんです。
私は懸命でした。懸命に戦いました。勿論魔術だって試しました。
それがどういう結果に終わったかは、フレットさんと共にガウドの店の前まで来ていることから語るまでもないことです。
「あの……ここまで来ておいてなんですが本当にオススメはしませんよ?仮に人生が100回あるのなら100回は出会わない方がいいような人間ですよ……?」
そもそも魔女ですし──とは言いたくても言えません。
「でもライラさんの知り合いなんでしょ?じゃあ大丈夫だよ。お礼も言っておきたいしさ」
ここに来るまで何度似たようなやり取りを繰り返したかは、もう数えるのはやめています。
というかいつのまにか、フレットさんの私に対する信頼度がかなり高いところまで来ていました。
いくら大切なものとはいえ、ペンダント一つでここまで信頼されるとは、フレットさんひょっとして結構チョロい人なんでしょうか。
「あれ……ライラさんの知り合いって──」
フレットさんが何かを言いかけたその時、ガチャりと店の扉が開いて、中から髭面のいかつい顔の男が出てきました。
「さっきからまた人の家の前でなにやってるのよ、鬱陶しい。入るなら早く入──あら?」
二人の目と目が合い、こうして、出会うはずのなかった、出会わない方がよかった、朗らかな顔の男とイカつい顔の男は出会ってしまったのでした──。
ガウドは、「へぇ──」とフレットさんを品物を鑑定するかのように上から下まで眺めたあと、こちらを一瞥して「やるじゃない」というふうにウインクを寄越しました。
全身の毛が逆立ったような感覚に襲われながらも、フレットさんの様子を確認すると、
「あー……なるほど……」
何かに納得しておられる様子でした。
『だから言ったじゃないですか』とフレットさんに目で訴えかけます。その訴えはしっかり伝わったようで、「あはははは……」と情けない笑いを返してきました。目は欠片も笑っていません。
その様子を愉快そうに眺めていたガヴドはいきなり手をパン!と叩き、
「仲がいい所悪いけど、自己紹介をさせてもらうわね。アタシはガウド、ここで主に薬屋を、まあたまに質屋地味たこともやっているわ。大体の話はライラから聴いてるわよね?」
「は、はい……。僕はフレットといいまして、北西にある山の麓に住んでいます。あと、えっと、たまに仕事でこの国にはきます。ええと、それから、ペンダント返して下さりありがとうございました──!」
しどろもどろな自己紹介の後、深々と頭を下げるフレットさん。
私の知る限り、この男に頭を下げてろくな目にあった人間はいた試しがありませんが、この人大丈夫でしょうか……。
案の定というか、愉快そうに怪しい笑みを浮かべているガウドを見て、今すぐ何もかも忘れてここから逃げ出したい衝動に駆られます。
「いいのいいの。お礼ならその子に言って。私に会って事情を聞くなり、それを返してくれって何度も何度も頭を下げるもんだから参っちゃうわよ。久しぶりの再会だっていうのに妬けちゃうわ」
「そう……だったんですか……」
「え?!は?!」
目を見開いてこちらを見るフレットさん。
いやいや、そんなことしてませんよ!と急いで弁明せねばなりません。しかし、同様にガウドもこちらの方を見ており、その顔は明らかに「いいのいいの。余計なことは言わなくて」という顔でした。
いや、何一つよくありませんし、余計なことを言ってるのは貴方でしょう?!なんのつもりですかなんの嫌がらせですか?!
などなど、今の私が言いたいことは山のようにありますが、大人しく口を閉じる以外の選択肢はありません。
ガウドのこういう顔は、魔術よりもよっぽど強い強制力が働いているように思います。
フレットさんはというと、ポケットからペンダントを取り出して、もう一度ガウドの方に向き直り、
「ガウドさん、このペンダントは僕の姉──」
「ああ、いいのいいの。そんなものにこれっぽちも興味なんてないから」
私の時と同じように、その思い出を語ろうとしましたが、速攻で拒否されました。可哀想。
そしてガウドはそのまま、感情の吐き出し所を失い惚けているフレットさんの手を掴んで、「そ、ん、な、こ、と、よ、り!」と、女の子がやると可愛いと思え、齢五十の男の人がやると気持ち悪いを超えて恐ろしいあざとい言い方をしつつ、
「そんなことより絵よ!あの絵!素晴らしいわ!ささ、いつまでもこんな外で話していないで中に入りましょ!」
「え、ちょ」
そのままその手を強引に引っ張り、店の中へと入っていきました。
私も、フレットさんの助けを求めるような視線を見なかったことにして、中へと続きます。
「わあ──」
中へと入ったフレットさんは、まるで幼子のように目を輝かせていました。美しく整えられたインテリアの数々──ではなく、壁に掛けられた自分の絵に、です。
「ガウドさん……これは……」
「あら?賢そうな人だと思ってたんだけど、私の見込み違いかしらね?これを見て、まだわからないのかしら?」
「ええっと……?」
「アタシは、アナタの──アナタの描く絵のファンよ!」
「っ──!ガウドさん!!」
「ガウドでいいわよ、フレット──!」
「ガウド──!」
ガッシリと握手を交わす、男二人(若干一名性別的差異あり)。美しき友情。なんなんですかこの茶番?
先程までのものとは別の逃げ出したさが、今の私を襲っています。
私の目から言わせればこんなもの、折角のオシャレな内装を台無しにする異物でしかないんですが……。
そもそもなぜこの二人は出会った直後だというのに、こんなにも仲良くなっているのでしょうか?
というかやっぱり、フレットさんチョロ過ぎませんか?まあそれほどまでに、この絵は今まで誰にも理解されなかったということなんでしょうけど。
二人はそれからしばらく、私には到底理解できない話で盛り上がっていました。
あまりにも理解できなかったので、途中で聞くのもやめてしまい、二人の話が終わったことにも、ガウドが話しかけてくるまで気がつきませんでした。
「じゃあアタシ達は奥の部屋で話してくるから、アンタはここで待ってなさい」
「はい?」
いつの間にそんなことに……。
「えっと、フレットさん?」
「なんかそういうことになったみたい。ごめん、ちょっと待っててね」
いや、どういうことなんでしょうか。
ガウドを睨みます。
「そんな顔しなくても、ただのビジネスよ。そんなに時間はかからないから大人しくしてなさい」
そう言って、二人は奥の部屋へと消えていきました。
『そんなに時間はかからない』という言葉はどこえやら、一時間近くたっても二人は出てこず、私は随分と退屈な時間を過ごすはめになりました。
大人しくしていますよ、ちゃんと。
最初はドアに耳をつけてこっそり内容を聞こうともしましたが、どうやら防音的魔術が施されていたようで、ドア向こうからは物音ひとつ聞こえませんでした。
あの人こんなことも出来たんですねと、少し関心を覚えながら結局その後は、棚に入ってたお菓子類(これがまた美味しい)をつまみつつ、二人が出てくるのをずっと待っている次第です。
しかし、ここまでフレットさんがガウドに気に入られるとは想定外です。一応、ティアムト出身であることは絶対に言わないようにと釘は指していましたが、それももしかしたらあまり意味がなかったのかもしれません。
ガウドのいうビジネス……。
もしフレットさんが闇深い何かに協力させられようというのなら、流石にそれは止めねばなりませんね。命の恩人ですし、なにより普通の人間ですから。
魔女を助ける向こうも相当ですが、人間のために骨を折る魔女というのも珍しいのでは?なんて思いつつ、少し覚悟を決めたあたりでようやく二人は出てきました。
「フレットさん大丈夫でしたか!?」
いきなり勢いよく詰め寄る私に驚いたのか、フレットさんは身を震わせます。そしてそれに合わせてジャランという金属音。見ると、フレットさんは大きな袋を抱えていました。
そこ袋、どこかで見たことあるような。そうですね、ちょうど最近、別の誰かが持っていたような。中身は金貨で。というかその袋、よく見ると血の跡みたいなのがついていませんか?
──視線を感じます。
視線はガウドから注がれており、その顔には「余計なことは言っちゃダメよ」と書かれています。
「全く失礼ねえアンタ。ただ清く正しいビジネスの話をしてただけじゃない」
なんでもないというふうに、ガウドがいいます。
清く正しいビジネスって、どの口が言っているのでしょう。
怪訝な顔でフレットさんを見ます。
「これはその〜、契約金?みたいな感じかな。別に怪しいお金じゃないよ」
「いやもう、その響きが怪しさ満点なんですよ。考え直してくださいフレットさん。コレに何を言われたか知りませんが、人生を踏み外すにはまだ早いと思いますよ」
それを聞いて、コレことガウドは深くため息をつきました。
「あのねえアンタ、あたしをなんだと思ってるのよ。アタシはただ、これから描いた絵を持ってきてくれれば言い値で買うと言っただけよ……。そんでこのお金は今壁に飾ってある分の代金。わかった?」
「え?それだけですか?」
ガウドではなく、フレットさんに確認をとります。
「うん。それだけ」
「本当に?本当にですか?他に如何わしいあんなことやこんなことを強要されませんでした?」
「い、いや、本当にそれだけだよ。あと、ついでに他の盗まれてた小物類も返してもらったけど」
「……………めちゃくちゃ清く正しいじゃないですか!」
「だからそう言ってるじゃない……」と、呆れ声でガウドが言いますが、まさか本当にそうだとは誰が思うでしょうか?
私が別の混乱に頭を悩ませている中、フレットさんとガウドは別れの握手を交わしていました。
「ま、絵が描けなくてもいつでも遊びに来なさい。アンタなら歓迎するわ」
「ええ、色々とありがとうございました。これからよろしくお願いします」
「もう、敬語なんていいって言ってるのに」
仲良きことです。
「ほら、いつまで馬鹿みたいにそうしてるつもり?お客様のお帰りよ、国の入口辺りまで送ってあげなさい」
「はい?」
「えっと、じゃあお願い、ライラさん」
「えぇ……」
「で?他に何を話してたんですか?」
道すがら、フレットさんにそう聞きました。
いくらなんでも、たったあれだけのことに一時間も使うのは妙です。
ここは意地でも聞き出しておかないとと思いましたが、フレットさんは別段隠すでもなく、あっさりと答えてくれました。
「ライラさんのことかな」
「私の?」
「うん。こういうの本人以外から聞くのは良くないとは思うんだけど、ライラさんの生い立ちとか色々──」
「生い立ち……」
ガウドのことですから、魔女だなんだとは言っていないとは思いますが、それでも不穏な感情が少し胸にうずまきます。
「どこまで、聞きました?」
「ざっくりと全体を。孤児だったライラさんを商会のリーダーだったガウドが拾ってしばらく育てて、彼──女?がいなくなった後はそのままその商会に最近までお世話になってたって」
なるほど──。
ガウドにしてはいい作り話です。これから困った時はこれを採用させて貰うとしましょう。
「勝手に聞いちゃってごめん」
「謝ることないですよ。というかガウドが勝手に喋ったんでしょう?他には何か言っていましたか?」
「えっと、身長が高いことを気にしてるとか、一人遊びが得意とか、脇腹をくすぐられると弱いとか、後は──」
「ちょっと?!」
なに言ってくれちゃってるんですかアイツ。というかなんで知ってるんですか、気持ち悪い。ああ、もう、気持ち悪いっ!
「あの、僕がこんなこと言ってなんになるんだって思うかもしれないんだけどさ」
「はい?なんですか?」
「なにか僕に出来ることがあるのなら、なんで言って。助けになれるかどうかはわからないけどね」
そう言って、屈託のない笑顔でフレットさんはこちらに笑いかけます。
この人は一体どこまで善人なんでしょう……。けれども、ええ、そうですね。嫌な気分ではないので、それで良しとします。
さて、門も目の前にありますし、ここら辺で十分でしょう。
「ではフレットさん、お気をつけて」
「うん、色々とありがとうね。それと、これからもよろしく」
これからもよろしく──。ガウドとかかわりがあるというのなら、大なり小今後私達にも関わりがあるのでしょう。
ですから、今回は嘘ではなく、私はこの返答を返します。
「それではフレットさん、またお会いしましょう!」
「えぇ?!フレットさん出身喋っちゃたんですかあ?!」
ひとまずガウドの店に戻り、私の今後を話す過程で、私は声を張り上げました。
「あ、あれだけ言ったのに……。いいですかガウド、ティアムト出身というのは確かに珍しいと思いますが、そもそもフレットさんは──」
「あー、はいはい。別にアンタが心配するようなことはなにもありはしないわよ。そもそもティアムトなら行ったことあるもの」
「あ、そうなんですか。行ったこと──あるんですかぁ?!」
「うるさいわねえ。一々声がでかいのよ、アンタ」
いや、そりゃでかくもなりますよ。驚くなという方が無理な話です。
「勿論、表じゃあ口に出せない方法だけどね。ま、裏にはそういうルートもあるのよ」
「中!中どうなってるんですかあの国!」
「うーん、それは秘密。仕事の契約上口外禁止ってなってるのよ。ま、長く生きてればアンタもいつか機会があるんじゃない?その時に見ればいいわ。驚くわよ〜」
「長く生きればって……私そう多分そう長くありませんよ?」
「そんなのわからないじゃない。アタシだってこの年まで生きてるんだし」
そう言って、ガウドは無駄に厚い胸を張ります。
魔女の寿命は大体平均23、4年です。
別に普通の人間のよりも身体が弱い。というのはいのですが、バラツキはあれど、大体その辺でヘマをして死んだり、魔女とバレて処刑されたりと、終わりを迎えていくように出来ています。運命、というやつなんでしょうかね。
五十年も生きているガウドが異常なんです。
「そもそも仕事の契約上って、なんの仕事なんですか?」
「ふふ、これまた表に出せない薬とかが売れるのよ。研究の副産物で出来たものばかりだけど、捨てたものじゃないわね」
そう言いながら、手の中で赤い色の液体の入ったビンを遊ばせます。
恐らく中身は、外で使用すると一発魔女判定を食らうような、魔術的現象が起こる薬なのでしょう。
そしてガウドは、ふとなにかを思い出したかのように私に向き直り、
「そうだ、アンタのこれからのことだけどね、今日からここに住みなさい」
「はいぃ?!」
とんでもないことを言い出しました。
「何、嫌なの?行くあてもないんでしょ?それともフレットの所にでも住む?」
「なんでそこでフレットさんが!いや確かに他にあてもありませんけど……。私に何させる気ですか?」
試作品の薬を試しに飲まされ、何度も嘔吐した思い出があるせいで、つい身構えてしまいます。
「そうね、商品の陳列とか店番とか仕入れの品を取ってきたりとかやって貰えれば、当面の生活は保証するわよ」
「普通ッ!!」
こうして、あっさりと言うには色々なことがあり、大変と言うには拍子抜けに、私の当面の生活は確定したのでした。
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