第6話 だから言ったんですよ。
街は活気と喧騒に包まれていました。
コルデという国の特色は、その商業の盛んさにあります。
連日なにかしらの市が開かれ、ときには珍しいものも取引されるようで、他の国からの来訪者も多く、物流、経済、人口諸々の豊かさはドルムト、コルデ、ティアムトの3つの国のうち最も高いでしょう。
まあもっともティアムトに関しては、半ば外界と断絶しているような状態ですのでどの程度なのかは分かりませんが。実質比較対象、一つだけ。
私が以前までいたドルムトも、確かに活気と喧騒には溢れていましたが、あの国は商業というよりは歓楽街で、言ってしまえばこの国のような爽やかなものではなく、どす黒いものが裏で渦巻いているようなそういう活気でした。
だからこそ、今の今まで私が生きてこられたというのもあるんですが。
もはや過去のこと、と言うには最近すぎるような気もしますが、忘れました。
この豊かな国で新しい人生をスタートしましょう──!
なあんて息巻いていても、たかが場所程度で生き方なんて変わらないんですけどね。
現に今私が向かっている場所に行くということは、今までの生活を同じように繰り返すのと、ほぼほぼ同じ意味を持ちます。
そもそもドルムトにいた頃、あんな人身売買業のお手伝いをしていたかというと、紹介されたからです。同じ魔女に。
寄る辺もなく、朽ち果てて野良犬の餌になるのも時間の問題だった私を最低限生きていけるように取り計らってくれたのが、私の唯一の知り合いとも言えるそ魔女です。
勿論、私を拾ったのはどこぞのフレットさんのようなお人好しさからではなく、利用するためです。もう十年以上も前のことになります。
そして四年ほど前。ドルムトの非人道的組織の大元のような立ち位置にいた彼は突然、もう悪行には飽きた、コルデに移ることにするとだけ言って忽然と姿を消しました。
ええ、もう、それからは大変でしたよ。
ガウド──彼の名前です。ガウドのお気に入りだからという理由で、それなりに、魔女なりに平和な日常を送っていた私でしたから、それを気に食わなかった人達の多いこと多いこと。
まるで天地がひっくり返ったかのように私の扱いも激変。思えば、二日前に死にかけたのは当然なのではないかと考えてしまうほど、それまで生きていたのは奇跡のようなものだったんですね。
ともかく、そのガウドという魔女のいる所を目指して私は今こうして街を歩いています。
場所は誰かに聞くまでもなく、調べるまでもなくわかります。そしてその理由もこれで片付いてしまいます。だって、魔女ですから。
魔女は、同じように近くにいれば感覚的にわかるものなんです。磁石のように引き付け合うような、そんな感覚。それこそ、悪意のようなものでも滲み出ているのかもしれませんね。
そして、こうして街を歩いているだけでも、ごく稀にですが魔女の気配を感じることがあります。そしてそういう時は、華麗に気がつかないフリをして、その場を離れるのが一般的(魔女的?)なルールです。
普通の人間もそうですが、魔女は魔女に関わらない方がいいんです。それこそ、絶対にろくなことがない。そしてそれは十年以上じっくり身に染みていることです。
身に染みていますが、他に宛もなにもないからしょうがないんです。それに、私がこの国に来ていることも向こうも察知していることでしょう。私が避けていても向こうから必ず接触してくることは明白。ならばこちらからとっとと出向いた方がマシです。
彼に関してはもう今更という他ありません。が、どうにも悪い予感がします。
いえ、そんな曖昧な言葉で誤魔化すのはやめましょう。
論理と思考に基づいた確かな推理によって導き出された、確かにそこに存在するであろう面倒事です。
ただの思い過ごしだとは思いたいのですが、考えれば考えるほど、この結論が確かなもの過ぎて、逃げ場がなくなっていくのです。
災難は続くとはとこがで聞いたような気がしますが、災難は地続きなんて初耳ですよ。
ああ、コンマ1パーセントの確率でも杞憂という可能性があるのなら、どうかそちらが当たりますように──。
勿論、そんなことは有り得ませんでした。
ベージュ色のレンガ造りの家が多く見られるその住宅街。遠目で見た段階でも、一際異彩を放ちすぎている紫色の建物。
もし私が普通の人間でも、すぐ様魔女がいると断定して火を放ちますが、よく無事に建ってますねこれ。形もなんというか、歪です。よくこんな所に住めますねというような。
言うまでもないことでしょうが、あそこに住んでいるのが、ガウドという私の唯一の知り合いである魔女です。
そして、その建物から出てくる一人のみすぼらしい男一人──。
いいえ、魔女その人ではありません。みすぼらしい格好に、汚らしい見た目。どこからどう見ても、貧民街のゴロツキです。
いえ、どうなんでしょう。貧民街のゴロツキと言う割には、大層な荷物を抱えていらっしゃいます。
大きな袋を抱えていたり、中身は金貨ですかね?
きっと、なにかとても高価なものを換金でもしたんでしょう。あとは、ポケットからはみ出ている数点のアクセサリーなどは換金してもらえなかったんでしょうか。
特にあのペンダント、翡翠色の宝石のようなものが埋め込まれていて、大変高価なもののような気もするのですが。素人目にはそう映るだけで、そうたいしたものではないのでしょうか?……はぁ。
わかっていました、わかっていましたよ。
でも御本人とばったり会うとまでは思ってませんでしたよ私。悪いことが起こりそうな時は、自分の想定よりずっと悪いことが起こるものなんですかね。やっぱり世の中、世知辛い。
上機嫌のゴロツキさんは、私のことなど意にもかいさず、そのまま横を通り過ぎていきました。
しばらく、ゴロツキさんの去っていく後ろ姿を眺めていました。これでこの生活ともおさらばだーなんて思ってるでしょうかね、凄く嬉しそう。
良かったですね、そのお金、道中で誰かに取られたりしないようお気をつけください。
さて、私は自分のやるべき事をチャチャッと終わらせるとしますか。
目的地まであと数メートルほど。
うーん、緊張してきました。知り合いとはいえ、四年ぶりですからね。なにを話せばいいのやらわからなくなってきました。そもそも、向こうは私のこと覚えてるんですかね。
このまま「お久しぶりですね」としたり顔で再開しても、「誰?」と言われたらどうしましょう。
あー、なんか怖くなってきた。足を前に進めようとしますがどうにもこうにも、不安が拭いきれず一歩を踏み出せません。
こういう時はあれですね、なにか他のことをやってからまた来ることにしましょう。
どうせ彼はずっとここに居るでしょうし、急ぐ必要はありません。それに、他のことをやっている間に、なにかこうラッキーなことが起きて、そもそもこの場合に来る必要性すら無くなる可能性もないわけではありませんから。
さてと、なにしましょうか………はぁ……。
なにをしてるんでしょうね、私は。なにを迷ってるんでしょうね。
迷う余地なんてないほど、私には本来無関係なことです。
今更誰かの優しさにほだされるとか、誰かとの思い出話に心を動かされただとか、そんなことあるはずないんですけどね。
あーもう。なんか昨日から悩まなくていいことで悩んでばかりな気がします。やめましょうこんならしくもない。
どこに居ても変わりません。適度に利用されて、利用して。それが私です。
自分に合わないことをしても、きっとその命を縮めるだけに決まっています。というか、私はさっきから、誰に言い訳をしているんでしょうか。
はぁ……と零れるように出たため息は、自分でも驚くほどの大きさでした。
「そんなに大事そうに大金の入った袋を抱えていると、心無い誰かに襲われてしまうと思わなかったんですか?」
笑顔で語りかける私。
「ひぃい!?なんだあんたァ!?」
せっかく大切に抱えていた荷物を地面にばらけさせて、腰を抜かす先程のゴロツキさん。
「盗みを働く悪い人を取り締まる衛兵です」
「う、嘘つけえ!その格好商人だろうがァ?!」
そういえばそうでした。
「ええと、私服衛兵です」
「そんなもんあるかぁ!?」
「え?ないんですか?」
「ね、ねーよ!なんだお前気持ち悪い!」
腰を抜かしながらも、おおよそ満点クラスのツッコミが絶賛炸裂中です。
というか声が大きいですこの人。せっかく人通りのなさそうな所にたどり着くまで待ってたんですが、これでは誰か、それこそ本物の衛兵さんとかが集まってきてしまいますので、
「《静かに》」
「──!──!!」
これでよしと。
「声は出せませんので、今からする質問に、首を縦に降るか横に降るかで解答をお願いします」
「──!!」
「えいっ」
「──?!──!──!!」
突然掴み掛かられそうになったので、適量の炎をふりかけました。
これでもかというぐらい地面を転げ回った後、今度は逃走の姿勢に入ったので、また少しふりかけます。
文字通り声にならない悲鳴をあげながら、地面を転がり回った後はもう諦めたらしく、涙目で震えながら私を凝視していました。
「もう一度聞きますが──」
「──!──!──!」
言い終わる前に、凄い勢いで首を縦にふってくれました。賢い判断だと思います。
「この国の近くの山の麓にある家に侵入して盗みを働いたのは貴方ですね?」
コクコクコクと頷くゴロツキさん。
「そしてそれは、誰かに依頼されたものですね」
またコクコクコクと。
「では──いや、もういいです。最初からわかりきっていたことですし」
テンパってまたコクコクコクと頷きまくるゴロツキさん。
「まだ何も聞いてませんが?」
今度は恐ろしい速度で首を横に振り始めました。こういってはなんですが、少し面白い。
「そんなに怯えなくていいですよ。別に貴方が誰に何を頼まれて、どんなことをしようが私には関係のないことですから。だから一つだけ、その翡翠色の宝石の入ったペンダント、それだけ譲って貰えませんか?それさえ譲って貰えれば、解放しますよ」
首を縦にふりつつ、震える手で地面に落ちていたペンダントを拾い上げ、差し出してきました。
「ありがとうございます。では」
「──ッ、ゴハッ!エッホ──!オェ──」
お礼を言い、魔術を解き、ゴロツキさんの汚い咳を背に、その場を離れます。
たったこれだけで、その大金持って貧民層から抜け出せるのだからプラスマイナスでいえばプラスですよね。多分。
はあ、やっぱり我ながらなにをやっているんでしょうね。こんなもののためにわざわざ危険を犯してまで魔術を使って──あ、やばい。念の為私に関する記憶だけは消しておかないと。
そう思い、ゴロツキさんを呼び止めようとしましたが、呼び止める声は、口から出る前に鈍い腹部の感触と痛みによってかき消されました。
動かした視線の先には、どこにでもあるようなナイフの柄。深々と私に突き刺さっているようです。
緑色の商人服が、なにやら、赤い。
「はは……ひはは……ひゃはははははは!!」
そして耳をつんざくような笑い声。
「魔女の血ってちゃんと赤いんだなぁっははははは!」
「がっ……あぁッ……」
刺された箇所を的確に蹴り飛ばされ、今度は私が地面に転がります。
「なんっだよその目!お前が、お前が悪いんだろうが!もうちょっとでこんなクソみてえな生活からおさらばだったのにッ!なんで邪魔するんだよ!お前がっ!お前がっ!」
今度は頭を何度も踏まれ、既に地面と接吻状態にある顔が圧迫され、声の変わりに血が吐き出され、腹部のものと合わさり、私の周りには立派な血溜まりが出来ていました。
「ぅぐ──ぁあ……て……る……殺してやる……」
「ひぃっ──!?あぁ…なん……だよ……クソっ──!」
無駄な抵抗だと思いながらも、吐き出した言葉にビビったようで、ゴロツキはあんなに大切そうに抱えていた袋も放ったらかしにして、逃げていってしまいました。
ああ、もう、最悪です。
だから言ったんですよ、命を縮めるだけって。
やっぱり、合わないことをするものではありませんですね。痛い──。
身体は動きそうもありません。魔女だなんだと言って、基本的な身体の構造は普通の人間と何ら変わりませんからねえ、そりゃ刺されて蹴られて踏まれたらこうもなりますよ。
ひたすらに痛くて、暖かかくて、寂しくて、寒い──。
このまま死ぬんでしょうか?……死ぬでしょうね。人通りなんてなさそうな場所ですし。
最後に何食べたっけ?ああ、そうだ、フレットさんに持たされたサンドイッチだ。私にしては、中々いい最後の晩餐じゃあないですかね。痛い──。
まだ痛みを感じれるということは、もうしばらく猶予はありますかね。なにか出来るでしょうか。例えば、このペンダントを届けたり。
「いや、無理ですって。あっはは──ゴフッ」
笑ってる場合ではなさそうです。
段々と、意識の連続性を保つのが難しくなってきました。
今の私、音は聞こえてるんでしょうか?目は見えているんでしょうか?
じわりじわりと自分の世界が狭くなっていくような感覚で、気がつけば痛みも感じなくなってきて──。
自分の死に様は想像よりもずっとみっともないなと、働かない頭でそんなことを思いました。
けれどもまだ少し、なにかと繋がっていたくて、離れたくなくて、未練がましく零してしまいます。
「ああ、痛いなぁ──」
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