第3話 出会いました。
なんとか、ギリギリの所で命をつなぎ止めた私です。
行き倒れ寸前の私に、親切にも声をかけ、これまた親切にも助けるという選択をした男の人に抱えられ、彼の家のベッドで寝かされている次第です。
驚くことに彼の家、私が倒れていた場所から徒歩約10分。家は、山の麓に建っていました。
そう、なんと私、ものすっごく下の方で死にかけてたんですね。恥もいいところです。いい所すぎて、一通り暴れた後に自害するレベルです。
これがもし他人事ならば、呼吸が出来なくなるほど笑い転げるでしょうが、どこをどう見ても自分事なのは変わりなく、ただただ乾いた笑いが出るばかりでした。
嘘です、乾いた笑いすらでません。それほどまでに疲労はピーク。おまけに、この全身を包み込むふわっとした感触。抗えるはずもありません。
そうして私は、心地の良い微睡みの中に意識を落とすのでした──。
おはようございます、私です。
もうぐっすりでした。
そこそこの疲労が取れ、冷静になった頭で考えてみると、いささか無防備がすぎませんか私?
男の人が、恐らく一人で住んでいるであろう家のベッドで、うら若き乙女である私が悠々と眠ってしまうだなんて。
幸い、そのような由々しき事態は起こっていないよです。本当にただの親切な人なんでしょうか、あの人。このご時世、奇特な方もいたものですね。感心感心。それとも何か裏があったり……。
ともあれ、助けられたのは事実ですし、諸々が回復した今の私になにか謀りごとがあるのなら、後悔するのはきっと向こうの方です。
まさかとは思いますが、魔女ということを看破した上で、そこにつけ込んでのなにかがあるということもひょっとしたら……。
ええ、いいですよ。そういうの慣れてますから。酸いも甘いも嗅ぎ分けて生きてきました。今更という感じです。
当面の予定もまっさら白紙状態ですし、お礼に一度ぐらいならいいように使われてあげましょう。
そんなところで、寝室の扉オープン。
「うげぇ……」
扉を開けるとそこは大部屋で、その惨状を見て私は思わずうめき声をあげました。
様々な道具らしきものが散らばる床、所々変色した壁、そしておまけにせっかくとれた疲労がぶり返しそうなほどの刺激臭。
思わず寝室に戻ります。
寝室は至って綺麗でした。
綺麗なベッド、目立ったホコリのない床、小物入れと数冊の本が並べられた棚。木造建築特有の心地の良い香り。これ、さっきの部屋とほんとに同じ家?私もまだ知らない魔女パワーで、扉一枚を隔てて異世界へと接続してしまったのでしょうか?
だめだめ、元気になったからといって調子に乗るとまた酷い目にあいます。ここは自分の力をぐっと抑えまして……よし、もう一度扉オープン。
「ぐへぁ……」
扉クローズ。
これは大変です。魔女の力が、もはや自分でも抑えられないぐらいにまで強大化していたようです。
ああ──私はもう現世には戻れないんですね。なんの未練もありませんけど、少し寂しい。
お世話になった皆々様さようなら、私、これから異世界で強く生きていきます。
大丈夫、私ならきっと新天地でだって強く生きていけます。いざ、扉、オープン!
「無理!」
即座に勢いよく扉を閉めて、ベッドに乱暴に転がります。
おふざけも飽きました。
どうやら家の主、つまりは私を助けた男の人は家の中にはいないようです。あの異世界部屋を見る限りは外へ出る扉以外はなさそうですし、どこかへ出かけているのでしょうか。
外でなにかをしているのか、そもそもあの部屋の有様と異臭はなんなのか、私に対するトラップのようななにかなのか。だとするとひとまずはこの部屋にいる方がいいのでしょう。いえ、もしかするとそれ自体が彼の狙いで──やめです。
あんまり疑心暗鬼になっても仕方がありません。
いずれわかることですし、もしなにかをされていたとしてもとりわけ対抗策が打てる状況でもありません。しばらくこのままでいましょう。
「……」
暇です。
先程まであれだけぐっすり寝ていたせいで、眠るという選択肢はとれそうにありません。
おもむろに起き上がり、棚の本を一冊とって読んでみました。
三ページ程で棚に戻しました。何かの専門書のようなもので書いてあることがさっぱりわかりません。そもそも、字を読むのは得意ではありません。また寝転がります。
今度は想像で天井に絵を描いてみたりします。
……。
…………。
…………おお、これは売れるかも。
……虚しいですね。やめです。
ということで、時間潰しにも限界を感じたので思い切って外に出ようと思います。
とはいえ、あの異世界部屋を通るのは少々きついのでベッドの横にある窓から。
少々の警戒を交えつつ、窓を調べるとなんら変哲のない極々普通の窓で、これなら大丈夫そうと開けると、爽やかな風が吹き込んできました。
その風に体当たりするようなジャンプを決め、華麗に地面に着地。脱出成功です。
家の周りをぐるりと見回りましたが、家主さんはおらず。
もう遭難の心配もないでしょうし、このままひっそりと出て行ってしまおうかと思ったところで、見つけました。
少し離れた丘の上、遠目で詳しくはわかりませんが、そこで何かをしています。
置物のようなものに、手に持った細い何かを擦りつけているような……。
「絵を、描いてる?」
そのように見えました。
気がつくと足はその丘の上の方へと向かっていました。
私の身の上を考えると、行くべきではないのでしょうが、誰でも気まぐれというものはあります。
絵を描く人間は別段珍しいものではありませんし、関わり合いになる程のものでもありません。
やはり助けられたことに何も言わずというのは気が引けたのか、彼への警戒心が緩んだのか、それともまだ疲れが残っていたのか。
どれもイマイチしっくりこないので、やはりただの気まぐれなのでしょう。私結構気分屋ですし。
歩くと微妙にしんどい距離を歩き、その丘の上までたどり着きました。
息を整えてから、一心不乱に絵を描く彼に声をかけようとしましたが、そのあまりの一心不乱っぷりに声をかけるのが戸惑われます。
仕方が無いのでその場に座り込み待つことにしました。風、気持ちいいですねここ。
しばらく時間が経過し、風の気持ちよさにもすっかり飽きてきた頃、ようやく一段落ついた様子の彼がこちらを振り向き大層驚いていました。
そして、バツが悪そうに言います。
「い、いつからいたの?」
「さっきからずーーっといましたよ」
いかにも機嫌が悪そうな私の返答に苦笑い。
それを誤魔化すように、「目が覚めたんだね、良かった」とどこか胡散臭そうな笑顔で言いました。
「ええ、おかげさまで。その節は倒れているところを助けて頂きありがとうございます。お世話になりました」
私も形式的なお礼を言います。
「いやいや、いいんだ。倒れてる女の子を助けるのは人として当たり前だよ」
「……善人ですね」
「ははは、そう言って貰えると嬉しいよ」
私の皮肉混じりの応答もサラリと受け流されました。
そうして会話は途切れ、お礼もしたし、彼が特に何かを企んでいるけではないただの善人だということも判明したので、立ち去ることにしましょう。
そう決意して身体を反転させようとしたその時、「ああ、そうだ」と会話の続きが彼の口から発せられました。
「僕の名前はフレット、君は?」
君は──?ということは私も名前を教えろと、そういうことなのでしょう。
別に彼に名前を教える必要性など一切ありませんが、わざわざ死にかけたところを助けてくれた普通の善人を、これ以上無下に扱うというのも少しはばかられます。それに、まあ名前ぐらいなら教えても危険はないでしょう。
「私はライラといいます。改めてありがとうございますね、フレットさん」
お互いの名前交換を終た時、また気持ちのいい風がサッと通り過ぎて行きました。まるで、これから動いていく、二人の運命の前途を祝福するかのように──なんちゃって。
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