冬休み

 二学期も期末テストが終わってしまうとあっという間だ。

 そして夏休みの次である冬休みがやってくる。春、夏、冬には休みがつくのに、秋って気の毒だよね。その代わりに文化祭とかがあるのかな。

 まあいいや、とにかく冬休みは二週間ぽっちだけど、その分イベントが多い。今年と来年を挟む特別な時期だからね。

 というわけで終業式、校長と佐藤先輩の話が終わるといよいよ冬休みスタートだ。

 部活がある人はあるらしいけどわたしには関係のないことだ。それは杉本くんも同じ。

 コツコツと持ち帰っていた荷物の残りをカバンに入れてしまって準備完了するといつも通り彼のもとへと向かう。

「はい、杉本くん帰――」

「ひかりーん!」

 ろ、を言う前にそれは悲鳴のような声で掻き消されてしまった。

 わたしをその名で呼ぶ人は一人しか知らない。振り返ると、やはりその人、佐藤先輩が息を切らしながら教室のドアに寄りかかっていた。

「あ、生徒会長」

 杉本くんもさすがに知っていたらしい。今日壇上に立ちましたからね。というか行事ごとに代表でなにかしら挨拶してるからね。

「ちょっと、助けて」

 ふらふらと教室に入ってくるとすがるようにわたしに抱きついてきた。

「なんなんですか?」

「こっちが聞きたいよー」

 ん? どういうこと?

 その答えはすぐにわかった。

「マぁースぅータぁー、どこにいるんですかー!」

 廊下からくぐもったこんな声が聞こえたからだ。

「ひいぃ!」

 佐藤先輩は身を縮こまらせ、わたしに抱きつく力を増した。ちょい痛い。

「えっと……なんでここねんをそんなに恐れて?」

「だってあの子、どこにでもついてくるじゃない」

 わたしはこれまでトイレなどにもトテトテついてきたここねんを思い出す。

「はい、そうですね。でもそれの何が怖いんです?」

 でも、小学生(みたいな見た目)だから怖いというよりは追いかけてきてるかわいーってわたしの場合はなる。

「怖いじゃん。じーっとずっと見つめてくるの」

「怖いんですか?」

「怖い怖い」

「何が怖いんですか?」

「だから、ここねちゃんが……」

 そこまで言ったところで佐藤先輩は固まった。

『何が怖いんですか?』はわたしのセリフではない。わたしなんかよりもっと、可愛い声だ。それは佐藤先輩の隣、斜め下方向から放たれていた。

「マスター見つけました」

「い、いつの間に!?」

 もちろんここねんだった。

「いきなり走っていっちゃうもんだから探しましたよー。師匠のところに来てたんですね」

 ここねんはわたしの方を向いて言った。今日の昼休みぶりに見る姿だ。ここねんはマスター佐藤先輩を見つけたあとも毎日わたしのところに来ていた。

「じゃあ、わたしは帰りますね」

 そういってわたしは荷物を振りながら杉本くんに「行こ」と呼びかける。彼はさっきから女子に次ぐ女子の登場、そしてわちゃわちゃで気まずげだった。感情を読み取るのが難しいから実際どうなのかはわからないけど。

 だけど佐藤先輩は通り過ぎようとしたところでガシッとわたしの肩を掴んで引き止めた。

「わ、私もちょうど帰ろうと思ってたんだよー。生徒会の仕事は休み前にちゃっちゃと終わらせておいたからちょうどよかった」

「そうなんですか。じゃあわたしも師匠と一緒に帰ります」

「え?」


 ……えーっと。

 そんなわけで今の状況を一言で表すとするなら。

「……カオスだ」

「カオスだね」

「カオスじゃん」

「何がカオスなんですか?」

 混沌。それ以外に表しようがない。だって帰り道に生徒会長と自分を師匠とか呼んでくる子と無愛想な彼氏のグループで帰ってる女子高生なんてわたしくらいだろう。

 いや、ここねんと杉本くんの二人と一緒に帰ることはあったんだよ。まあそこまでなら何とか仲良し三人組で行けたんだよ。でもさ、佐藤先輩が入るとマスターやらなにやらで一気にややこしくなるんだよ。

「マスターの手、温かいです!」

「そ、そう? あはは……」

「……俺だけ場違いな気がする」

「そんなことないよ杉本くん! わたしはもとはといえば杉本くんと帰ろうとしてたんだから!」

 佐藤先輩とここねんのやり取りを眺めながら言う杉本くんのセリフを慌てて否定する。だって、もう帰り道隣に杉本くんがいる時点でわたしは満足なんだもん。

「ああ、そう」

「そうだよ!」

 ふんすと鼻息荒げに杉本くんに顔を近づけると、彼は一瞥して前を向いた。あれ、これ新しい反応だな。恥ずかしかったらもっと変な方向くし。何の反応? 嬉しい、かな?

「ひゅうひゅう。おアツいね二人とも」

 そんなわたしたちを見てからかうように佐藤先輩が一言。それは彼氏を持ってる先輩も同じだろうに。

 ……って、ハッ。

 先輩、付き合ってるっていう元会長と一緒に帰らないでいいのかな。そう聞きたいけどそういうことは口にしないっていう暗黙の了解的な何かが成立してるし……。

 そんなことを思ってたらここねんが言った。

「そういえばマスター、マスターの彼氏を見たことがありません! 帰り一緒しないのはなんでですか!?」

 唐突なことにぶふっと佐藤先輩が噴き出した。

「な、なな、何を言ってるのかなここねちゃん?」

「え、今まで見たことがないのでマスターと付き合っている彼氏を見てみたいなと」

「だから、何を言ってるのかなここねちゃん?」

「え?」

 なんで先輩は彼氏がいるってことをぼかそうとするんだ。わたしもここねんもそれは既に周知の事実なのに……。あ。

 知らない人いた。さっきから白い息を吐いてわたしの隣を歩いている長身の男子が。

 だけど当の杉本くんは興味なさげで文字通り上の空を眺めていた。

 なるほど。そしてあまり気にしなくていいことだ。

「先輩、ちょっと」

 わたしは佐藤先輩を引っ張って足を遅めた。

「どうしたんですか師匠、マスター?」

 当然ながら、ここねんもそれについてくる。

 でも、わたしは佐藤先輩と二人で話がしたかった。

 だから、

「ちょっとお話をね。だからここねんは杉本くんと話してて」

 秘密の話をするようにここねんに囁いた。

 ここねんは納得したように頷いた。

「すごい人二人の内緒話……大人の香りがしますね。了解しました。杉本さーん!」

 といってここねんは足を早めてわたしたちを追い抜かした。

 杉本くんの方に走っていって話を始めたのを見届けてから、わたしは改めて佐藤先輩に向き直る。

「どうしたの?」

「少し、聞きたいことがありまして」

 先輩の耳に口を近づけつつわたしは声を発する。おそらく恋愛の先輩であろう先輩にふと聞いておきたいことが降りてきたのだ。

「……先輩、実際のところどれくらい進んでますか?」

「ふぇっ?」

 あり、この聞き方だと脈絡がなくてわからないか。

「……先輩、付き合ってからどれくらいになります?」

「……一年とちょっと前」

 おう、かなりの古株だった。わたしの六倍じゃん。

「じゃあ、どれくらい進みましたか?」

「進んだって、どういうことよ」

「手を繋ぐとか、キスとか、そういう段階です」

 佐藤先輩は思い出すような顔をするとすぐにポッと赤くなった。あ、なんだか可愛い。

「き、キキキスは、し、したわよ。あと、少し次の段階まで……」

 さすがは先輩だ。でもそういうこと簡単にやってのけそうなのにこのウブな感じ、ギャップ萌えってやつか。

 そして最後のセリフが気になった。

「次の段階って何をしたんですか?」

「何をって……。えっと……ああもう! 私の口から言えるわけないじゃない!」

 佐藤先輩は顔を覆って大声を出した。と、いうことは、そういうことなのか。そういうことなんですね。

「でも先輩、だとしたらそれは問題があると思います。健全な高校生ではない気が……」

「そ、そんなことはない……はずよ」

「先輩、仮にも生徒会長ですよね?」

「っ。い、いいじゃない深いチューのひとつやふたつくらい……」

「あ、そっちでしたか」

 よかった。それならまだ健全だ。もっとエスカレートしたのを考えたのは言わないでおこう。

「ひかりんはいったい何を考えてたの!?」

「秘密です☆」

 わたしは満面の笑みを作ってそう告げると杉本くんたちの方へ戻った。


 そうだ、そうだよ。だいたい、キスがゴールなんだよね。わたしはなんてことを考えてたんだか。

 それならわたしはゆっくりでいいや。

 今を楽しく、幸せに過ごすことさえできれば。

 杉本くんと一緒に。もっと言えば、ゆいやここねん、佐藤先輩と一緒に。

 高校初めての冬休みは、まだ始まったばかりだ。

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