文化祭っっっ

 ……と思ったのはわたしだけらしい。

「めっちゃいい!」

「たしかに普通じゃ何か物足りない気はしてた!」

「これなら大好評間違いなしじゃん!」

 一通り劇が終わるとこんなふうにわあっと賞賛と大歓声が起こった。

 みんながいいならいっか。タイトル詐欺って言われてもしょうがない内容だけど。

「よっしゃあっ! 面白くなってきたあ!」

 そしてこの革新的な脚本はみんなの心に何かしらの感銘を与えたらしく、やる気も以前に増して着々と準備に取り掛かっていった。

 この、盛り上がる感じ。嫌いじゃない。気分がそわそわしてくる。

「よし、頑張ろ!」

 って自然と湧いてくる。

 もうこれで、当日まで一直線で突っ走ろう!


 ……なーんて、思ってたのだけど。

「何か手伝おうか?」

「いや、大丈夫。全然足りてるから」

「何か手伝おうか?」

「手伝わないでも平気」

「……何か手伝おうか?」

「いいよいいよ。今すんごい乗ってるから」

「……ああ、そうですか……」

 みんなが頑張るせいでヘルプのわたしの出番がない。いや、いいことなんだけど。

 この燻る気持ちをぶつける何かがないとうわああああってなっちゃう。

「うわああああ!」

 なってた。

 わたしは気を紛らわすために自販機へ特攻しカフェオレを購入した。すかさず飲むとカフェオレのほのかな苦味と甘さがいくらか気持ちを落ち着かせる。

 ……あ、昨日のいちごオレ、結局なんだったんだろ。

 疑問を持って教室に戻ると相変わらずみんな真剣に準備に取り掛かっていた。

 そこにわたしの入る余地なんてない。

 わたしは隅っこで体育座りしながら陰で見守ることにした。

 でもやっぱり、目が行くのは杉本くんで。

 そこでは役者陣が台本を持ちながらセリフやら仕草やら再び確認の作業をしていた。

 杉本くんもいやいやと言わずにやることをこなしていた。

 と、そんな合間に。

「……あ」

 今、目が合った、気がする。

 あくまで気がするだけだからただのわたしの自意識過剰なのかもしれないけど。

「あのー、ひかりちゃん」

 そんなわたしに申し訳なさそうにしてクラスメイトの女子が話しかけてくる。

「なに?」

 やっとヘルプのお願いだろうか。暇だったんで大歓迎です。

 と思ったら違ったらしい。

「体育座りだと、ちょっと……」

「……ん?」

 言っている意味が理解できなくて問い返すと、口を耳に近づけて囁いてきた。

「ぱ、パンツが……」

「あ!?」

 わたしはバッと体育座りを崩しスカートを下げる。

 見ると、男子が見てはいけないものを見てしまったという顔をして顔を背けていた。

 ……今、かなりの時間わたしは晒してしまっていたということに、なるの、かな。何がかは省略させてもらうけど。

 恥ずかしさが込み上げてきて体中が熱くなるのを感じた。

 叫びたい心を押さえつけてもう、体育の時間のくせで体育座りはしないようにしようと心に誓った。

 ……というか。

 今杉本くん見てたよね!? 目が合ったと思ったら違う場所見られてたってことだよね!?


 そんな事件もありまして。

 あれよあれよと言う間に当日がやってきた。様々な経緯については今回省略させてもらおう。キリがないからね。

 ハッキリ言って大好評だった。

 ゆいの考えてきた脚本は笑いと笑いと笑いを巻き起こし最高のコメディ演劇ができあがっていた。ロミオとジュリエットのラブストーリーはどこへやら。

 二回目のお昼近くの部が終わったあと、次の公演まで時間があったのでゆいと出店を回ることにした。

「……そういえば、ゆい、わたしにいちごオレ買ってカバンに置いといたことあった?」

 そしてわたしはまだこれが気になっていた。あのあと、女子全員に聞いたんだけど該当者はいなかった。

 最後の可能性がゆいだったんだけど、

「そんなことしてないよ。というかあげるなら普通に直接渡すし」

「そっかー、だよね。となると男子なのかな」

 男子とも関わりこそあるけど、見当がつかない。それ以前に男子の方が直接渡してくれる気がする。そもそもわたしのためのものだったのかもわかってないんだけど。

「男子がひかりに……。それはもう決定的だね」

「なにが?」

「ズバリ、それを実行したやつはひかりのことが好きだ!」

「やだなあ、冗談もほどほどにしてよ。ただの労いかもしれないじゃん」

 もっというと自分が飲みたかったのかもしれないじゃん。

「ま、いいんだけどね。今のうちに美味しいもの調達しないと」

 といいつつ、ゆいはいっぱい持っている戦利品の中からたこ焼きを取り出してはむ、と食べた。

「食欲すごいねー。何個目、それ」

「秋だからね。別腹が何個もできるんだよ」

 とか言ってる間にまたゆいがたこ焼きを口に入れる。

 わたしもゆいのたこ焼きをひとつ食べたけどもう十分だった。だって、この前に焼きそばとかの昼ごはん食べてたからね。これはゆいによると『おやつ』の分類に入るらしい。入ってしまうらしい。

 まあそんな感じでわたしは文化祭を仲のいい友達と一緒に過ごしていたのだった。


 ……ちょっと話が長くなったね。じゃあ一気に進めようか。今までの準備のお話はっきりいっていらなかったかも。


 と、いうわけで文化祭も終了に近づいてきたので、わたしたちは片付けを始めた。

 名残惜しいけど、思い出はフィルムに残して。

 そうして荷物を運んだりゴミを捨てに行ったり、せかせかしている中でも、わたしは男子に聞き込みをしていた。

「……僕そんなことしてない」

「俺じゃない」

「みんなに差し入れは持っていったけど……飲み物は持ってきてないよ」

 いちごオレの犯人は未だに捕まらなかった。犯人って言い方悪いか。恩人、だと大層なものに聞こえちゃうしなあ。

 とにかく、ゆいに言ったことと同じことを聞いたけど、答えは首を振る形で返ってきた。

 でもわたしはどうしてもお礼がしたかった。誰がやってくれたのかもわからずじまいでこの件を終えるわけには行かなかった。心のむず痒さを早く取り除きたかった。

 そして真実はわからぬまま、片付けは終わった。

 舞台装飾、演出の人たちは全員聞くことができた。あとは役者陣だ。

「みんな打ち上げに行こうぜー!」

「イェーイ!」

 盛り上がるのを無視してわたしは楽しそうに体をぶらぶらさせている香川くんのもとへ出向いた。

 例の件のことを聞くと、まもなく回答が返ってくる。

「いや、俺はやってないよ」

 空振りか、じゃあ次の人に――。

「でも、杉本と帰る時、少し待ってろっつって俺を待たせたな。忘れ物かと思ったけどそれ杉本なんじゃね?」

「……それ、本当?」

 わたしは昼頃ゆいがいっていたことを思い出す。

『ズバリ、それを実行したやつはひかりのことが好きだ!』

 いやいやいやいや、そんな都合のいいことがあるわけ。

「疑うなら直接本人に聞いてみたら? おーい、杉本……ってあれ?」

 香川くんが振り返って杉本くんを呼ぼうとして首を傾げる。

 クラス全員がこの場に集まっていると思っていたら、杉本くんただ一人の姿だけ、見当たらないのだ。

「まさか、帰った?」

 そのわたしの発言に香川くんはハッとなったようだった。

「……かも。あいつこういうの好きじゃないから」

 たしかに無愛想な杉本くんは、こういうワイワイしたのは苦手そうだ。

「……わたし行ってくる!」

「え、どこに……って、おい!」

 そんな制止の声を振り切ってわたしは荷物を持って教室から飛び出した。

 第一の目的地は正門。片付けが終わったのがついさっきだったからまだいるかもしれない。わたしは急いで昇降口まで走る。

 靴を履き替えて外に出ると、正門へと向かうひとつの背中が見えた。

 その人を、わたしは知っている。

 わたしが好きな人で間違いない。

「あの、杉本くん!」

「うん?」

 そう振り返るクールな姿に、話を続ける気力が一瞬縮んだけどすぐに復活する。

 わたしは、お礼を言う決心をしてきたのだ。

「ちょっと……来てもらっていい?」

「うん」

 そういってわたしはなぜか彼を人気のない体育館裏へと連れていったのだった。秘密の会話をするには定番中の定番だ。

「…………」

「…………」

 ……でも、思っていたより言葉は出てこなくて。こんな向き合って話するの、初めてだから。

「あの、さ……杉本くんって残らないの? ほら、打ち上げとかあるじゃん」

 なんか話さなきゃという思いからこんなことを口にしていた。

「うん、苦手」

「あはは、そっかー……」

「…………」

「…………」

 再び沈黙し気まずい雰囲気に……。

「きょ、今日はいい天気だねー……」

「もう夕方だけど」

「あ、あはは……」

 なんでお礼言うだけなのにこんな緊張してるんだろ。心臓バックバクなんだけど。

 もう言っちゃおう。一言で。しっかりと。

 口が乾いて顔が熱くて体が震えもしたけど、それでも言ってしまえば楽になるから。

 はい、せーのっ、


「――あ、あの、杉本くんが好きです! 付き合ってください!」


 あり?

「うんいいよ」

 なんでわたしは告白したんだ――!?

 しかも、杉本くん今いいよって……。

「あれ……?」

「じゃあ帰ろっか」

 戸惑っていると杉本くんは正門へと足を向けた。慌てて追うわたしにはいつしかこんな感情が芽生えていた。

 ……まあ、いいじゃん。思いもしないところでだったけどしっかり告白できたんだから。しかも、今、オーケーされたじゃん。

 でもそれが空耳な気がして、わたしは杉本くんに尋ねる。

「へ、返事は……?」

「言ったじゃん、『うんいいよ』って」

「……は」

 わたしは嬉しさのあまり口を開けてしまっていた。

「え、本当に? 本当に言ってる?」

「うん」

「……嘘じゃないよね?」

「うん」

「……嘘だよね?」

「ううん」

 尋ねるごとに現実味が増していく。それと同時に夢じゃないかと疑えてくる。

 でも、とりあえずは。

「――ええっ!!」

「……俺だって恋愛には興味があったんだ」

 こうして、文化祭終わりにひょんなことからわたしと杉本くんは無事結ばれることができましたとさ。


 ☆♪☆♪☆


「……って、感じかな」

「お兄ちゃんがそんなことを……」

 わたしが全て話終える頃には、紅茶から湯気はもう立たなくなっていた。わたしはその残りを飲み干した。

「で、今に至るわけなんだよね」

「なるほど……参考にさせてもらいます」

「……なんの?」

 あれ、お兄ちゃんの体験談を好奇心で聞いてきたんじゃなかったの?

「だって、わたしだって女子ですよ。素敵じゃないですか。両想いで結ばれるって」

「両想い、なのかな?」

「そうですよ。お兄ちゃんはひかりさんラブです」

 客観的な感じで言われると急に何かが込み上げてきた。

「なっ、じゃ、じゃあ帰ろっか」

 わたしは気を紛らわすように席を立った。

「はい」

 凛ちゃんはそれ以上何も詮索せずに、笑ってついてきてくれた。本当にいい子だ。


 ……それにしてもそうか、あれから二ヶ月が経つのか。

 わたし的にはもう一段階次のステップに行きたかったり行きたくなかったりって感じだ。だって、もう考えただけでゾクゾクするもん。

 どう転ぶかはこれからの杉本くん次第。わたしは勝手にそう思うことにした。

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