文化祭っっ

「というか、凛ちゃん文化祭来たならこれ話す必要なかったか」

 わたしは起承転結の起を話し終えたあと、今さらのように言った。

「いえ、わたし文化祭見に行ってませんよ。なんかお兄ちゃんから脅されたので」

「そうなんだ……」

 でも凛ちゃんは知らなかったみたい。まあなんとなく凛ちゃんに来ないように真顔で威圧的にいう杉本くんの姿が目に浮かぶ。

 暖かい場所で温かい飲み物を飲んでほっこりしながら、わたしはお話を続けることにした。

「じゃあ、次は準備のあいだのことだね」

「はい。主役になったお兄ちゃんがどうなったのか気になります」

 うん、あのいつもの杉本くんを知ってるなら気になるのも無理はない。

「でもね、やっぱり平常運転だったよ。あのあと、練習が始まったんだけど――」

 わたしは再び、あの日のことに思いを馳せ始めた。


 ☆♪☆♪☆


 次の日の放課後から、着々と準備が進められた。

 舞台装飾、演出、台本作成など、細かく役割をわけられていた。

 で、わたしは何をしてるのかというと。

 言ってしまえばなんもしてなかった。

 なんかヘルプ係みたいなのに任命されたんだけどみんな優秀で出る幕がないのだ。

 さすがにボーッとしてるのも申し訳ないのでちょこちょこ荷物を持ってきたりハサミやカッターなどの道具を提供したりしていた。

 だから役者たちの演技を見る暇もあって。

「ああ、あなたはなぜロミオなの」

「俺は自分の境遇が憎いよジュリエット」

 ……なんだか一部の誰かが得でもしそうなパートだった。

 で、ここで意外だったのは、杉本くんがしっかり自分の役割をまっとうしていること。無愛想で滅多にしゃべらない彼のことだから、きっと真面目にはやらないだろうな、と思ってたからだ。

 一学期のテストのときに、わたしのすぐ下に名前が書いてあった気がしたから、根は真面目なのかな。

 と、なぜか発案者だからか演技指導の座についていたゆいが、首をひねって「うーん」と唸った。

「なんか、違う気がするんだよね。いや、香川くんはいいんだけど杉本くんはそういうセリフを言う柄ではないというか」

 ねえ、それ杉本くんに超失礼だよ。せっかくやりたくなさそうなことをやってくれてるのに。

「じゃあ降りる」

 ほら、杉本くん怒っちゃったじゃん。顔はいつも通りだけど。

「いや、そういうことじゃなくて。このコンビでロミジュリをするんだったら、アレンジを加えた方がいいのかなって」

「ねえ、俺が女役なのは変わらないの?」

 香川くんがここぞとばかりにゆいに迫った。

 だがゆいは打って変わって冷徹な視線をくれた。

「香川くんは確定だから。なんとなく女々しいし」

「マジかよ……」

 反論の余地のないその言葉に肩を落とす香川くん。彼はこんな感じで押し切られることが多い。たぶんチャラい性格が祟ってるってことだよね。

 むー、と考えていたゆいが、ついに「あっ、そうだ」と思いついたようにいった。

「幸い、まだ文化祭当日には時間があることだし……脚本、変えてもいい?」

 わたしは思わず口を出した。

「ゆい、それはちょっと……」

「というわけで私は明日までに脚本を練っておくからひかり、みんなに伝言よろしく」

「え、ちょっと!」

 慌てて制止するわたしの声もむなしく、ゆいは荷物を持つとダッシュで帰っていった。陸上部なのであっという間に正門から出ていくのが教室の窓から窺えた。

「…………」

 え、ええー。いや、夢中になってよりよくしようと努力するのはいいことだけども。せめて人にやることを押し付けるのはやめようよ。

 わたしはゆいの自由奔放さにため息をひとつ。

 まあ、やるんだけどさ。

 ちょうど、やること何もなかったし。この空白の時間に目的ができたと思えば。

 というわけで。

「あんな感じだから、杉本くんと香川くん、今日は切り上げていいよ」

「了解」

「やったー、今日は早帰りだー杉本帰ろうぜ」

「ああ」

 といって二人はぞろぞろと教室から出ていった。

 他の役者陣にも愛想笑いしながら今日は帰っていい旨を伝えると、わたしは他の部署にも脚本変更を伝えにいった。

「えっ、ロミオとジュリエット変えるの?」

 わたしが伝えると全員が全員最初にいうのはこれだった。やっぱりそうなるよね。というか今まで自分たちがやると思ってたことを変えるっていうんだから驚きとか疑問なんかは当たり前のことだと思う。

 だから誤解を招かないようにしっかりと言っておいた。

「そういう感じじゃなくて。もっといいものになるようにアレンジするっていうこと。だからゆいの多少の変更は許してあげてね」

 すると、みんなは揃って「まあ、宮里ひかりが言うなら」と納得してくれた。なんかわたしに免じてみたいになってる。ゆい、まさかそこまで計算してわたしに押し付けたのか。


 そんなわけで、みんなにそのことを共有すると若干の手伝いをちょこちょこしてから帰ることにした。

 で、隅に追いやっておいたカバンを手に取ろうとして気づく。

 ……なんか、いちごオレが置いてある。

 なんの変哲もない、すぐそこにある自販機にある紙パックのいちごオレだ。

 わたしは不審感に包まれながらもその紙パックを掴んでカバンを背負って教室を出た。

「おつかれー」

「あ、ひかりちゃんじゃあねー」

「手伝いありがとねー」

 お礼の言葉に手を振りつつ廊下を歩く。

 そうして一人になったところで視線は反対の手に握られた紙パックへ。

 ……誰のだろう。でも、隅に置いといたわたしのカバンの上にあったんだからもらってもよかったんだよね?

 やばい、不安になってきた。あとで飲もうと思って置いたのが間違ってわたしの場所に置いてしまったという可能性を思いついてしまった。

 ……気にしてもしかたないか。もしそうだったら弁償すればいいし。

 わたしはパックの背中からストローを取り出し、ぷすっと飲み口へと突き刺す。

 口につけて吸うと、いつも通りで安定ないちごオレの味がした。いちごオレの外装に抹茶とか入ってたら困るけどね。んー、やっぱりいいよねこの味。わたしの独断だけど自販機の好きランキングの中ではカフェオレと並んで一位だ。なによりいちごオレを飲むと幸せになる。これは共感してくれる人多いと思う。

 わたしは帰り道をそんなぽわぽわした気分で歩いた。


 そして翌日。

「脚本、完成よ!」

 朝練終わりなのか息切れした状態で教室に入ってくるやいなやゆいはクラスにそう叫んだ。

 おお、早いな。昨日、今日までにやってくるとは言ってたけどそんな簡単なことではなかった気がしたのに。クラスではぱちぱちと拍手が鳴った。

 これならたとえ大きな変更があっても平気だ。わたしはホッと胸を撫で下ろす。

「で、ゆい、肝心の内容は?」

「杉本くんと香川くんの感じを、しっかり当てはめてみたの。これならガッチリ嵌まってしっくり来るはず」

 そういいながらゆいは杉本くんと香川くんへ新しい脚本を手渡す。二人は受け取るとペラペラと読み始めた。

「……うん」

「……え、これやるん? 俺が?」

 二人の反応はこの通りだった。

 その理由は、放課後の通し練習で明らかになった。

 まず、出会いのシーン。

 原作通りに行くならロミオがパーティーに忍び込んでジュリエットと巡り会うんだけど、ジュリエットがロミオを街中で見つけて一目惚れするというラブコメ(笑)展開になっていた。

「すいません、あなたのお名前はなんと言うのですか?」

「は、誰だよお前」

 ……そしてロミオがサバサバしているというもはや序盤からロミオとジュリエット要素ないよねという感満載だった。

 まあここでなんとかロミオという名前を聞き出し、ジュリエットはその執着心からか、ロミオをストーカーしてその家を突き止める。そして、ことあるごとにロミオに付きまとい絡みに行くのだ。……こんなのロミオとジュリエットじゃない。

 その猛アプローチのジュリエットに、全て跳ね除けるツンツンのロミオ。かくかくしかじかで二人の仲は少しずつ縮まっていく。

 そして転びのシーン。ロミオ、まさかの宇宙人であることが発覚。それでもなおジュリエットはロミオを追い続ける。ロミオは逃げたり迎え撃ったりバトルシーンへ突入。

 ジュリエットが倒され、ロミオは無事宇宙への生還を果たす。

 ジュリエットの恋は、叶わぬまま、だけど終わらぬまま、これからも続くのでしょう……。

 めでたしめでたし。

 簡単に説明してしまえばこんな感じだ。


 ……うん。

「全くわっかんないや!」

 というかアレンジ以前にお話自体が変わっちゃってるよね!

 朝、安心したのも束の間、わたしの心は心配で埋め尽くされた。

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