クリスマス!
冬休みが始まったのは昨日、二十三日。
つまり翌日は、二十四日。
はたして、十二月二十四日といえば。
そう、クリスマスイブ。冬休み始まってすぐから始まるビッグイベント。
そして、カップルがイチャイチャして一夜を過ごすような、甘々な一日だということは間違いない。
そんなわけで、わたしは――。
――わたしは、おうちのコタツでぬくぬくしていた。
「はぁ……もう知ってしまったからには抜け出せない……」
「お姉ちゃん、体まで入れないでよ。狭いじゃない」
「もう、動けません……」
やっぱり冬といったらこれしかない。暖かい場所でポカポカしながらゴロゴロする。これ以上に幸福なことはあるだろうか。目の前にはみかん。これさえあればここから出る必要もない。
わたしの向かいに座っていたあかりが諦めたようにコタツから出てわたしの近くにしゃがみこむ。
「お姉ちゃん、今日はクリスマスイブなんだよ?」
「知ってるー」
「お姉ちゃん、付き合ってる人いるんだよね?」
「いるいるー」
「お姉ちゃん、なんか思い当たらない?」
「うんうんー」
「ダメだ、コタツでダメになってるこの人……」
失礼だな。たしかにだらだらしている自覚はあるけど、ダメになったつもりはない。
わたしはただ、冬の日を健全に過ごしているだけ……。
「…………」
のほほんとしているわたしを一瞥すると、あかりは黙ってどこかへ行ってしまった。
ついにわたくしひかりは勝ちました……!
これでわたしを止めるものは誰もいない。お母さんも今布団で寝ていることだし、いるとすればゆいが遊ぼって言ってくるか、まあありえないことだとは思うけど杉本くんのデートのお誘いとか、それだけだ。
あかりが戻ってきた。手にはスマホ。……わたしのものだ。どうやらわたしの部屋に行っていたらしい。
だからなんだと言うのか。
わたしがそう思っていると、あかりはわたしに画面を見せながらパスワード一二〇六で解除した。
「なんで!?」
「なんとなく。てかお姉ちゃん誕生日とかガバガバすぎない?」
「だって考えるの面倒だし忘れたら思い出しようがないもん」
「お姉ちゃんがそんな考え方で助かったよ〜☆」
あかりがわたしに見せるのをやめて画面を操作しながらニヤリと笑った。
そして耳につける。まるで誰かに電話を繋いでいるかのように。
ま、まさか……。
「あかり、やめなさ――」
「あ、彼氏さん。おはようございます、って言うほど早くありませんね。ひかりの妹です。突然ですけどお姉ちゃんを連れ出してくれませんか? はい、お願いします」
あかりは通話終了ボタンを押すとスマホをわたしの鼻先に置いた。
「すぐ来るって。お姉ちゃん、その服装で大丈夫かなあ?」
わたしは下着にシャツを羽織っただけの状態だった。だって、薄着でコタツに当たるのがいいんですもの。
だけど杉本くんにこんな醜態を晒すわけにはいかない。
「ぐぬぅ……」
わたしは涙ちょちょ切れる思いで這ってゆっくりと体を外気に晒した。直後にくるひんやりとした感触。ストーブはついていたけれどコタツの中よりは寒い。それに最小限のものしか着ていないとあっては。
わたしの部屋に行くにはこのリビングから廊下に出て階段をのぼっていかなければいけない。そこは暖房の加護のない寒冷地獄の真っ只中だ。しかも暖房をつけていなかった部屋の中も寒いに決まっている。
これはわたしに風邪を引けと言っているのか。
「ほらほら、彼氏さん来ちゃうよ。リア充ならリア充らしくクリスマスは遊んできなさい」
「もうっ!」
明日風邪引いたらあかりのせいだかんね!
そう心の中で叫ぶとわたしはリビングから飛び出した。
そこから三十分ほどあと。
ピンポーン。とインターホンが鳴る。
「はーい」
なんとか間に合ったわたしはすぐにドアを開けた。
「早く」
言うまでもなく杉本くんだった。
杉本くんだったんだけど、一瞬疑ってしまった。
ニット帽で耳まで隠し、その上から耳あて、マフラーもしっかり鼻まで隠していて何枚着ているのか相当分厚いコート。いかにも寒そうな装いの彼は小刻みにカタカタと震えていた。
わたしがこんな全身フル装備の人を杉本くんと判断できたのは第一声の『早く』とその目もとからだ。
「ごめん杉本くん」
無性に申し訳ない気持ちになったわたしは近づきながら謝罪した。一番風邪ひきそうなのは杉本くんだ。
「だから早く」
と、杉本くんは不意にコートのポケットに突っ込んでいた、やっぱり手袋をしていた手を出してわたしの手を掴んだ。
そして、わたしを引っ張るように走り出す。
「えっ……?」
急な手の繋ぎ。これはわたしの心を沸騰させるにはそれだけで事足りた。幸せな気持ちがじわっと広がる。
やったよ。やったね。
わたしは今、初めて杉本くんと休日デートをしているのだ。
長かった、彼は頑なに休日会うのを避けてきたからな。偶然会った時はあったけど。
……その、つもりだったんだけど。
「……あれ?」
わたしは温もりのある室内に連れてこられた。
杉本くんは靴を脱いで上がると、そのガチガチに固めた防具を脱ぎ始める。
そのあいだわたしを振り返って、
「どうぞ」
「あ、はい」
わたしはそれにしたがって靴を脱ぎ、上がった。
「あ、いらっしゃいひかりさん」
ひょっこりと顔を出した凛ちゃんがそんな感じで挨拶をしてくれる。
……そう、わたしは杉本くん宅に連れてこられたのだ。なんか、想像と違ったような。
でも暖かいリビングに通されてぶわっと暖気を浴びると、まあいっか、という気持ちになる。
「とりあえず座って」
「うん、ありがとう」
わたしは前来た時と同じ位置に座った。
「まさか今日ひかりさんに会えるなんて思いませんでしたよ。どうぞ」
といって凛ちゃんは温かいお茶を目の前に出してくれる。
ふうふうと冷ましてからそれを飲むと、凛ちゃんが杉本くんに聞いた。
「いきなりすごい重装備をして飛び出したと思ったらひかりさんを連れてきて、どういうことお兄ちゃん?」
「連れ出せと言われて。宮里を拾ったあと寒いからここに帰ってきた」
「なるほど、暇そうにしてたもんねお兄ちゃん」
「この時期は暇」
「だよねえ、周りはせかせかしてるけど、年末年始は暇を持て余すものだよね」
凛ちゃんはわたしの向かいに座った杉本くんの隣で体を机に投げ出した。しっかり者かと思ってたけど、こんな一面もあるんだ。
そんなだらけた珍しい凛ちゃんは、わたしたちを交互に見比べてから言う。
「でも、恋人同士ならイルミネーションとか見に行かないの?」
わたしと杉本くんは目を合わせて、そのあと窓から見える外に目を向けてから、
「……寒い」
「あはは、実はわたしも外はあんまり……」
「まあ、わかりますよそれは。なんでカップルは肌寒い外で平気でいられるんだろう、なんて疑問に思ってましたけど、なるほど、普通にこういう人たちもいるんですね」
新発見をした凛ちゃんは納得したようにお茶を飲んだ。
そして席を立ち上がると、
「じゃあ、わたしは部屋に戻ります。ひかりさん、ここで楽しんでいっちゃってください」
と言い残してお茶を持ってリビングから出ていった。
「えーと……」
でも、よく考えたら話題がない。帰り道だったらその日あったことだとかを話せるけど、休日デートって何を話せばいいの。
そもそも杉本くん自体が基本無口なんだし。この沈黙はしょうがないことだと思う。それはそれでわたし的には気まずいんだけど……。
そんなわたしの焦りを感じ取ってくれたのか、杉本くんは立ち上がってテレビの前へ向かう。
そこから見覚えのあるコントローラーを取り出して、
「ゲーム、する?」
「……うん!」
そこからは、楽しいクリスマスだった。
あいだにお昼を挟んで、暖かい場所で寝っ転がりながらゲームをして。これこそ正しい冬休みの満喫方法というものだ。
だけど、楽しい時間にも終わりは必ず来る。
時計を見ると、もう七時を回ろうとしていて、外は真っ暗だった。
「そろそろ帰らなきゃ」
「そう?」
わたしの呟きに杉本くんが「もう?」という色を滲ませて返した。さっきから一向に顔色は変わらないので推測だけど。というかわたしの感情だねこれ。
コートを羽織って玄関まで出ていくと杉本くんもついてきてくれた。
「じゃあね。今日楽しかったよ」
「うん。よかった」
「よかったじゃない!」
わたしがドアを開いて帰路につこうとしたところで、杉本くんの後ろから声が響いた。凛ちゃんだ。
凛ちゃんはたくさんの衣服を手に持っていた。全てが防寒具。
「冬の夜道を何ひかりさん一人で帰らそうとしてるの! お兄ちゃんって本当に常識知らずなんだから」
言いつつ凛ちゃんは持ってきた防寒具を次々と杉本くんに着せていった。
「しっかり送り届けて来てね! それが男子の務めなの!」
頬を膨らませて語気強く言う凛ちゃんに杉本くんも逆らえず、帰り道は杉本くんと行くことになった。
「……うぅ。寒い」
「ごめんね、なんか」
杉本くんは相当寒さに弱いようだ。
それでも杉本くんは凛とした顔で、
「連れてきたのは俺だし」
そんな義務感からわたしをエスコートしてくれる杉本くんはやっぱり優しい。もう、脳内が『好き好き好き好き好き好き』で埋まるくらい。
とはいえ、やっぱり長い時間外にいさせるのは可哀想だ。
「もう少し速歩きで行こっか。運動すれば少しは温かくなるだろうし」
「うん、了解」
そうして足を一歩踏み出した時だった。
ツルッと、凍結した地面に足を滑らせた。
そのまま足を取られて、横に倒れる体勢になってしまう。
「あ」
そうとしか言えなかった。
直後、ドスンと地面に打ち付ける音が響いた。
だけど、
「あれ……痛く、ない?」
わたしが打ち付けられたのは硬い地面ではなく、少しゴツゴツしているけど柔らかい、温かみを感じるものだった。
まさかと思って慌てて顔を上げると、
目の前に杉本くんの顔があった。
「よ、よかった……」
「あわ、あわわわわわわ」
ぼふんっと一瞬で顔に血が駆け巡るのがわかる。
だって、もう、少し近づいたらキスできちゃう距離なんだもん。
「宮里」
「ひゃ、ひゃいっ!」
キスしちゃう?
こんな絶好の機会そうそうない。今なら周りに誰もいないし、よし、やろう。やりましょう。
「す、杉本くん……」
そうして目を瞑り、顔を近づけた。
と。
「……ちょっと、俺の上から退いてくれ……」
杉本くんの、少し苦しそうな声が間近からわたしの鼓膜を揺さぶる。
よく考えてみよう。
わたしが転びそうになって、杉本くんが下敷きになってくれて、今に至るのだ。
わたしの全体重がのしかかっている彼は、果たして何を思っているだろうか。
「あ、ごめんっ!」
わたしは慌ててその場から飛び上がって杉本くんを解放した。杉本くんはよろよろと立ち上がる。
「へ、平気……」
杉本くんが立ち直ったところで、どちらからともなく帰り道の続きを歩き始めた。もう、速歩きしようなんてことはしなかった。
そして、さっきの件の気まずさからどちらも声を発さずにわたしの家の前についた。
「じゃ、じゃあね、杉本くん」
「うん。……宮里」
そうして自宅のドアをくぐろうとしたところで杉本くんがわたしのことを呼ぶ。
それから言う。
「俺にはまだそういうのは早いから。ごめん」
「え……どういう」
「それじゃ」
わたしが問いただす前に杉本くんは踵を返して行ってしまった。
……って、今のってさっきわたしがキスしようとしたことに対する返事だよね!?
俺にはまだ早いって、そういうことをするのも考えてたってこと?
心臓が鼓動を早くするのがわかった。
やばい、やばいよこれは。
そんなこと言われたら、逆にもっと意識しちゃうじゃん!
事故だけど抱き抱えられるという一大イベントを終えたわたしにはキャパオーバーで、わたしは悶えながら家の中に入った。
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