期末!
時間がすぎるのはあっという間のことで、ついさっき中間が終わったと思ったらもう期末の時期だ。
今回はわたしは忘れずにそのことを覚えていた。
……だって、今回わたしには重要なミッションがあるからね。ここねんをもっと上に押し上げるっていう。
というわけで。
「ここねん、また勉強会しよっか」
「いえ結構です」
「あれ!?」
開幕大コケってどういうこっちゃ。
「前はお小遣いを減らされるから仕方なく勉強してあげたんです。もうその心配はないので師匠もわざわざ骨を折る必要はありませんよ」
「ああ、そう……」
その分だと期末のあとにまたお小遣いの危機が来るな。
うーん、どうにかしてここねんをやる気にさせなきゃ……。このままだと中間での悔しさが晴れない。
「勉強したらもっと上に行けるかもよ……?」
「大丈夫です、順位とか気にしてないので」
ここねんはこの甘言にはまったく見向きもせず手を振って断った。
「というか、師匠っていつも勉強してないって言ってましたよね。なんでわたしにはさせようとするんですか」
「う……そ、それは……」
ここねんの成績が低いからだよ、なんてストレートには言えるはずもなく。
そう言いあぐねているうちにふといい考えが頭に浮かんだ。
「……そうだ。勉強ができるっていうステータスがあればリア充にもなれると思うの」
「……本当ですか」
「そうだよ。上位になれば名前が知れるでしょ? すると興味を持たれる。そして男子から近づかれるようになる」
ほとんどこじつけのようなものだけど、それっぽいことは言ってるはず。
ここねんが目をキラッキラに輝かせ始めたからやっぱり成功したみたい。
「なるほど……! 師匠が人気者なのもそれが理由ですか!」
「えっ、あ、うんそうだよ!」
たぶん。わたし人気者の自覚ないけど。まあ前ゆいが言ってたわたしが知れ渡っている理由のひとつに入ってたし。
「そうだったんですね……じゃあわたしは!」
よかったーちょっと邪道だったかもしれないけどこれでここねんがやる気に――。
「無理なのでそっちからのリア充は諦めます」
「潔いな!」
やる気などもとからなかった。
いや、潔いけども。逆にあっさりしすぎじゃない?
「いやあわたしは勉強で師匠クラスになんてなれるわけないですし。勉強したくないですし」
だめだこりゃ。かなり固い意思で諦めてる。
「なるほど。師匠のようなリア充を目指す上で、わたしには頭も足りなかったみたいですね」
なんか独り言に自分で納得して頷いてる。
どうしよう。このままだとせっかく順位が一位上がったのに戻ってしまう。
……これしかないか。
「じゃあ、前日だけやろう? それだけなら面倒じゃないでしょ?」
「……まあ、いいですよそれだけなら」
わたしは試験一週間前にここねんにこんな約束を取り付けた。
今回こそはここねんにいい思いをさせてあげよう。
「いいよ」
「本当ですか!」
「うん。生徒の成績が上がるなら大歓迎だし、一年生の範囲の復習にもなるし、なにしろひかりんの頼みだもんね」
次の日。わたしは生徒会室へ足を運んでいた。
そう、わたしが教えるの下手で講師として失格なら、教える人を変えればいい。
そして勉強のことを知り尽くしていてなおかつ教えるのが上手そうな人……と考えていくとこの人しか当てはまらなかった。
その通り。わたしの唯一知る先輩、佐藤先輩だ。
佐藤先輩は自分の成績が恐ろしいほどに高いだけでなく、順位の低い人に目をつけその指導によって最低点数を一気に底上げした実績がある。……という噂を聞いたことがある。
「でも、会長の仕事で忙しくありません?」
「大丈夫。みんなやることは溜めずにさっさと終わらせちゃうから。しかも教えるだけなら一時間もかからないでしょ」
「そ、そんなもんですかね……」
その自信、すごい……。わたしなんてお泊まり会まで催したというのにあんまり上がらなかったのにそれを一時間でやるというのか……。
「伸び悩んじゃってる感じなんですけど」
「その方が教えがいがあるわ。しかもそういう子ほど少しのコツを掴んだだけで一気に伸びるのよ」
「じゃあ、お願いしますね」
「お願いされたわ。その子、進化させてみせる」
進化て。ゲームじゃあるまいし。
でも、そこまで上手く行くものなのかな?
そして、試験前最終日。
「終わりましたー!」
勉強を始めて一時間きっかりでここねんが大きく伸びをした。
「すごいです、まさか全教科をここまで早く……」
脱帽しかなかった。佐藤先輩は宣言通り、一時間で教えるのを終わらせた。しかも、ここねんがしっかり納得する説明を込みで。佐藤先輩、超人すぎる。
「普通こんなものよ? まあ、反復して復習しないとどんどん忘れていっちゃうけどね」
「マジパないっす先輩。久々に頭がフル稼働した気がしました。これなら明日からのテストもよくできそうです」
ここねんは佐藤先輩に敬礼しておじぎした。どちらか一方にしなさい。
「先輩会長。わたし先輩会長を尊敬します」
先輩か会長のどちらかにしておきなさい。ここねん混ぜるの好きだね。
「というわけで、わたしはこれから先輩会長を勉強のマスターとして敬います」
「ま、ますたー?」
佐藤先輩もさすがにこんなことを言われたことはないのだろう。顔を引きつらせながらここねんに聞いた。
「はい。マスターですマスター。師匠はもういるので。というわけでこれからもお願いしますマスター!」
……ここねん、いくらすごかったからってすぐ崇拝するのはどうかと思うよ。悪いことじゃ、ないんだけどね。
「マスター、私がマスター……」
ほら、佐藤先輩も混乱してきてる。
「マスター……。うん、いいわねそれ!」
佐藤先輩は満面の笑みでここねんを抱きしめた。
……あれ? むしろ喜んでた。そういうの大好きな方だったのか。いや、わたしは師匠呼び慣れてきちゃってるけど歓迎してるわけじゃないよ。
「……む。この匂い、リア充のものがします」
ここねんは抱きしめられている状態でそんなことを言い出した。その前にリア充に匂いとかあるの。
「マスター、まさか、彼氏持ち、ですか?」
「なんでわかったの!?」
先輩。それ認めてるのと一緒ですよ。
「やっぱりそうでしたか……でもあれ、マスターは師匠よりないです」
「なにが?」
「おっp」
「な、なあっ!」
佐藤先輩は言いきろうとしたここねんの口を押さえた。
「むぐむぐむぐ!」
「ひかりん、この子可愛い顔してとんでもないこと言うね!?」
「は、ははは……。本人に悪気はないんですよ」
それがタチ悪いんだけどね。
「なんでも、自分も付き合うことがしたいって言ってて。そんなわけでわたしのことを師匠と」
「なるほど……。でもここねちゃん? そういう言葉は言っちゃダメだよー?」
「むぐむぐ」
「あ、ごめん」
佐藤先輩は思い出したようにここねんの口を押さえていた手を外した。
「死ぬかと思いました……でも、これでいい情報はゲットできましたね」
「どういうこと?」
「マスターには師匠ほどの胸はありません。なのに彼氏がいる。つまり! このわたしにもチャンスはあるってことですよ!」
ここねんは仁王立ちに腰に手を当て大声で笑った。
佐藤先輩はカチンと固まっていた。そしてわたしの方を見てから自分を見下ろした。
……大変申し訳ないけど、真実を言うと、佐藤先輩はここねんと同じくらいだった。
「も、もう……この子やだーっ!」
佐藤先輩は耐えられなくなったのか突如走り出した。ここねんもそれを追いかけた。
「待ってください! わたしのこれからの参考にさせてください! 一番マスターの境遇がわたしに近いんです!」
「…………」
そしてわたしは動かなかった。ごめんなさい、先輩、ここねんと会わせちゃって。
と、ケータイに通知があった。杉本くんからだ。
『終わった? 教室で待ってる』
なんていいタイミングで。しかも待っててくれた。
わたしは二人のことは放っておいて、幸せを噛み締めつつ杉本くんのいる教室へと向かった。
まあこれだとまとまりのない話になってしまうので。
後日あった期末テストの結果をお知らせしておこう。
わたしたちは変わらず今までと同じ場所をキープしていた。
そして。
ここねんの順位は一位上がった。
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