誕生日!

 わたしの誕生日は十二月六日だ。

 そして今日は十二月六日。

 そうなんだよ。そうなんですよ。

 そうなんですけどね。

「わたし、ひかり様のファンなんです! 誕生日プレゼント受け取ってください!」

「ひ、ひかり様……?」

 わたしがまさかの呼び方に固まっていると話しかけてきた子(ちなみに知らない子)はわたしにプレゼントを渡して行ってしまった。

「え、えーっと……」

 これは登校中の出来事なんだけれど。

 実は、これの前に何人か同じようにしてわたしにプレゼントを渡してくれていた。ちなみに知らない人。

 というわけで昇降口につく頃にはプレゼントで両手が塞がっている、という奇妙な光景を晒していた。

 そのせいで上履きに履き替えるのに手こずっていると、やっと馴染みのある声が聞こえた。

「ひかりー誕生日おめでとー……って、それどうしたの」

 誕生日もしっかり把握してくれていた。さすがはゆいだ。まあ、やっぱり気になるよねこれ。

「わたしが聞きたいよ……」

「手伝うからとりあえず教室まで行こ」

「うん、ありがとう……」

 ゆいにいったん持ってもらって履き替えると、持つプレゼントを半分こして教室へと向かった。そのあいだ好奇の視線がチクチク痛かった。


「……で、どうしたのさその荷物。誰からの?」

 と、言われても。

「実は全部面識ない人から……」

 と答えるしかない。うん、少なくとも同クラスではなかった。

「うわ、なんていう人気だひかりは。もはやアイドルだね」

「……やっぱり、わたしって目立っちゃったりしてるの?」

「そりゃそうだ。前にも言ったけどね。そして中間期末とトップ独占記録更新中ですから」

「あ、ひかりちゃん今日誕生日だよね。はい、プレゼント」

 ゆいと話しているあいだに、また今度はクラスの子がわたしにプレゼントを渡してくれた。

「あ、ありがとう……」

 それどころか。今気づいたんだけど使わない方の黒板が『宮里ひかり誕生祭』なんて書いてあって豪華に装飾されていた。

 ……本当に、なにこれ。夢? 夢かな、夢だな。

「というかさ、なんでみんなわたしの誕生日知ってるのかな。あんまり教えた覚えはないんだけど」

 といいながらさりげなく頬をつねってみたけれど普通に痛かった。リアルなんですか……。

「今のご時世そんな個人情報なんて容易くゲットできると思うよ。それにひかりは有名なんだし調べるのは簡単かもね。ファンクラブまであるみたいだひ」

「それは初耳なんですけど……」

 ファンがいる、なんてことは言ってた気がするけど。そういえばさっきもファンって言われたっけ。

 でもさ、本人が存在を知らないファンクラブって。怖すぎないですか。

「身長や体重、スリーサイズまで。思わぬ秘蔵写真なんかも広まってるかもねー」

「な……。怖いこと言わないで!? それはたぶん肖像権だったり色々とわたしの権利が……」

 わたしは顔を覆った。有名になるのはあんまり好きじゃない。嬉しいこと、なのかもしれないけどさすがにここまで来ると恥ずかしいしもう穴があったら入りたいというかそんな感じだ。

 と、教室の入り口付近が不意に騒がしくなった。

 なんだと思ってそちらに注目すると、ピュイピュイという口笛や「よっ、大本命!」という野次馬の声を掻き分けて入ってくる杉本くんの姿があった。

 そうだった、わたしと杉本くんの関係、なぜか大々的に認知されてるんだった。

 そんな騒動のさなかにいても杉本くんの無表情は微動だにせず、普通の足取りで自分の席に着席する。わたしの方には見向きもしなかった。こういう流れに流されないところ、いいよね。

 だけどその瞬間、ブーイングが炸裂した。騒々しさはさらに増した。

 さすがに理不尽だと思った。よくある悪ノリだとは思うけど、攻撃的すぎたのだ。

 だからわたしは止めようと椅子から腰を浮かしかけた。

 でも、そんな助けは必要なかった。

 杉本くんは野次馬たちを眺めると、不機嫌さを露わにして睨みつけ、

「あ?」

 という一文字だけ発した。たった一文字、されど一文字。彼のクールな外見から放たれた鋭い一文字は野次馬を静かに牽制してしまうほどの威力があった。

 まもなく、喧騒はみるみるうちに引いていった。

 肩肘をつく杉本くんはいかにも苛立たしげで、さっきの不機嫌さといい、杉本くんには珍しく表に感情を出していた。

 そんな杉本くんに話しかけることなんてできず――というか学校ではめったに杉本くんと話さない――わたしは、ただ心配げに見つめることしかできなかった。


 昼休み、放課後も怒涛のプレゼントラッシュは続いた。クラス内外問わず色んな人が来た。小さいものから大きなものまで、お菓子からストラップまで、実に様々なものをもらった。

 でもまあみんな部活があるようで、そこまで長引くものでもなかった。その分一気にドバッと来たんだけど。

 そしてひと段落したところを見計らって杉本くんが近づいてきた。もう機嫌は取り戻したようでいつもの無表情に戻っていた。

「持とうか?」

 そしてわたしの机には崩れんばかりの宝の山が。

「……うん、お願いします……」

「師匠ー!」

 その時、バンと大きく音を立ててここねんが教室に入ってきた。そういえば今日一回も見てなかった。

「誕生日プレゼントです!」

 といってわたしに紙パックのいちごオレを渡してきた。今買ってきた感満載だ。どこかからわたしが誕生日だという情報を仕入れてきたのだろう。というか誕生日を教えてないわたしにとってはここねんのこの感じが普通だと思うんだけど。

「ありがとう、ここねん」

「喜んでいただいてよかったです! ではわたしはマスターのところに行ってきますね。杉本さんも、師匠もバイバイですー」

 それだけいうとトタタタタとここねんは走って去っていった。きっと、一時期わたしのことをストーカーみたいに観察してたように、佐藤先輩のことを観察してるんだろうな。

 嵐の去ったような静寂のなか、

「じゃあ、帰ろっか」

「うん」

 どちらともなく了承して、わたしたちは帰路につくことにした。


 ……というか、だよ。

 抱えきれなくなった荷物を持ってくれるのはとてもすごく助かることなんだけど。

 ということは、杉本くんはどこまで来るつもりなのかな?

 家? 家だよねこの雰囲気は。

 うーん、でもそれ以外にはないな。杉本くんが持ってるプレゼントまで持って帰れる自信ないし。

 とか考えているあいだに我が家へ到着である。杉本くんは来たことあるしまあ大丈夫か。

「ごめんけど、部屋まで荷物持ってきてくれない?」

「わかった」

 二つ返事で了解してくれた杉本くんを見ながら、わたしは家のドアを開けた。

「ハッピーバースデーひかり!」

 パンパン、とクラッカーが鳴った。

 玄関には楽しそうな顔をしたお母さんとあかりの姿があった。

 ……そうだ、わたし今日誕生日だったんだ。いや、プレゼント持ってる時点でわかってるけど本来祝われるメインはこっちじゃん。もう満足感でいっぱいだったけどまだ誕生日は終わってない。

「って、どうしたのその荷物」

「誕生日特典……」

「お邪魔します」

「しかも彼氏まで来ている!? これもお誕生日特典!?」

「少し、荷物を置きに。上がっても大丈夫ですか」

「ああ、うん、ひかりの部屋に行っちゃって」

「そういうわけだから、さっさと部屋に荷物置いてくるね」

 お母さんとあかりはニヤリと笑った。

「いや、ゆっくりしてきてからでいいよ」

 わたしは二人を横目で睨みながら杉本くんと二階へと上がった。

「ふぅ……」

 部屋にたどり着き荷物を置くと、思わず息をついた。改めて見るとすごい量だ。

 杉本くんもお疲れのようで、腰に手を当てたり腕を回したりしていた。

 そしてポツリとこういった。

「……やっと二人きりになれた」

 ……!?

「実は、俺からもプレゼントがあるんだ」

 …………!?!?!?

 杉本くんは近づいてきて、わたしの顎をクイッとした。

 そうすると、そのまま顔を近づけてきて……。

 わたしと杉本くんの唇と唇が溶け合うように触れ合った――。


 ――という夢を見た。

 いいえ、違います。夢オチなんかじゃありません。

 今日はしっかりと十二月六日。わたしの誕生日も十二月六日。そして現在時刻は放課後、場所はわたしの部屋。目の前には杉本くん。

 つまり、わたしが誕生日であることとたくさんのプレゼントをもらったことと杉本くんが家に来たことは夢ではない。

 夢なのは、『やっと二人きりになれた』から先のところだ。それはわたしの願望が見せた夢だった。

 実際には、杉本くんが荷物を漁って小さな袋包みを出して差し出してきた。

「はい。誕生日プレゼント」

「あ、ありがとう……」

「人のいるところでは渡したくなくて。面倒だし」

 杉本くんはそういって顔を背けた。あ、恥ずかしがってる。

「嬉しい」

「そう、よかった」

 わたしが微笑みかけると、杉本くんは頷いた。

「ちなみに中味は……」

「好みとかあんまわからなかったから」

 小さい包みを開けると、中からは緑の髪留めが入っていた。

「まあ、実用的なものを」

 ……ねえ、杉本くんできる男すぎない? みんながくれたものの斜め上を行くこのセンス。

「ありがとう、大切にするね!」

「……大事にするんじゃなくて使ってほしいんだけど」

「使う使う!」

 またしても進展はなかったけど。

 それでも少しずつ距離は縮まっているような気がした。

 これ、絶対毎日使おっと。


(寝る前、プレゼント検分)

「あれ、ゆいも髪留めだった」

 次の日から、わたしは髪留め二つ装備となった。

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