冬の日
間接キスしちゃった……。
しちゃった、しちゃった、しちゃったよ……!
どうしよどうしよどうしよ……!
あの時は香川くんのおかげで上手く流すことができたけど改めて考えてみるとこれはもう確定的だよ。
あーしかもなんか今日は寒いな。もう一年が終わりに近づいてきてるもんね。時が経つのは早いなあ。
って、もう頭の中ぐちゃぐちゃだよ。しかも杉本くん間接キスしたことに気づいてないふうだったし。
と、珍しく通学路でゆいを見かけた。ゆいは陸上部だから朝練でいつも早いはずだけど。
「おはよゆいー!」
「あ、その声はひかり……え、どしたの」
ゆいは振り返ってわたしを見ると変な顔をした。
「え、なにが?」
「なんで頭に降雪してるの」
頭……? わたしは不思議に思いつつ頭を触ってみると、何やら冷たい塊を掴んだ。
「ちべたっ!」
そのまま頭を手で払うと、ドサッと白いものが地面に落ちた。
「へ? 雪?」
「まさか、気づいてなかったの……。ひかりの手もとにあるものはなに、飾り?」
たしかにわたしの手には傘が握られていた。そうだ、今日は雪降ってるから傘さして行きなさいってお母さんに言われたな。昨日の出来事のことで頭がいっぱいで気づかなかった。
ハッと正気に戻ってあたりを見回してみると、白銀の世界が広がっていた。道路は雪で覆われて、タイヤのあとだけが存在感を出していた。
「こんな時期に雪って早くない?」
「そう? 最近の天気って猛暑だったりゲリラ豪雨だったりわけわからないから私は納得してるよ」
「寒かったのはこういうことか」
そりゃあ雪を自分の身に降り積もらせてたらね。体感冷蔵庫だよ。
そして今日ゆいと会えたのにも納得した。雪が降ってたから朝練が中止になったんだ。
わたしは傘をさしながらゆいの隣に並んだ。ちなみにゆいは見かけた時から傘をさしていた。わたしはそんな不自然さに気づかないほど頭の中がいっぱいいっぱいだったらしい。
「今日はたしか中間の結果が出るんだっけ?」
「そうなんだ」
「ひかりって本当他人事よね……。トップに君臨するもののプライドとかないわけ?」
「まあ抜かされたら抜かされたでいいかなーって」
ゆいはわたしの楽観的な考えに呆れた様子だった。
「余裕ありすぎ……。しかも抜かすのは無理だよいつも全部満点じゃんひかりは」
「あれ、そうだったっけ?」
「本当、なんでひかりが学年トップなのかしら……」
「わたしに聞かれてもー」
「やばい、煽りじゃなくて自然に言ってくるからなおさらイラッとくる……」
そんなふうにわたしたちは楽しく(?)通学路を歩いた。
そして中間テストの結果が発表された。
まあいつも通りの結果だった。杉本くんも。
ゆいもそこそこの場所をキープできたらしい。「杉本くん効果かなー」なんて言い始めた時はソワソワしたけど。
そして。
「じ、じじょ〜!」
お昼、雪も止んだのでテラスで日なたぼっこしているとここねんは泣きついてきた。腰にすがりついてくるここねんの頭をわたしはよしよしと撫でた。
「どうしたのここねん」
「デズドが、デズドが~!」
「……もしかして、悪かった?」
いや、もしかしなくてもこの泣きっ面は良くない方だろう。
ここねんはスンスン鼻を鳴らしながら、うるうるした目でこちらを見上げた。
なんか申し訳ない感が半端ないな。むしろ応用しか教えなかったわたしの責任でもある気がするし。
ここはひとつ、何か美味しいものでも――。
「良ぐなりまじだ!!」
「あれ、いい方だった?」
予想外だったけど、それは嬉しかった。達成感というか成し遂げた感じが気持ちいい。
ここねんは顔を拭って鼻をすするとニコッと笑った。
「だから師匠、ありがとうございました!」
「いや、いいって。わたしも教えるの下手ってことがわかったし」
照れくさくなって、わたしは近くの自動販売機で温かいココアを買いここねんに手渡した。
「はい、お疲れ様」
「いいんですか、もらって」
「うん。ここねんも今回はすごく頑張ってたからね。それを讃えて」
お泊まりまでしたもんね。考えてみると家に泊まらせたのはゆいに続いて二人目だ。
「あ、そうだ、ちなみにどれくらい成績上がったの?」
「順位でいうと一位アップくらいですかね」
「ん?」
「いやあ、良かったです、これでわたしはお小遣い減らされずに済みます」
「ちょっと待ってね。ここねん、今の順位は?」
「えーと……263、でしたかね?」
「ああ、そう……」
この高校は一学年約300人だ。つまりここねんはかなりの下位層ということだ。上の方なら熾烈な争いの中で一位上がるのはすごいことだけど、ここねんのいる場所で一位上がるのはたまたまだとか数点上がったとか、そういう理由だと思われる。
……次はもっと上手くやろう。
わたしは喜びに溢れるここねんを見ながら静かにそう決意した。
「杉本くん帰ろ」
「うん」
いつものこのやり取りでわたしたちは帰路についた。
最近だったらここねんがついてくるんだけど、今日は『わたし、妹と雪だるまを作らなきゃいけないので先帰ります!』と言って行ってしまった。やっぱり小学生のように可愛いここねんだった。
外は雪が傘をさそうか迷うレベルに若干降っていた。
まあ傘ささなきゃいけない雪でも定番の相合い傘イベントは起きないけどね。どっちも傘持っちゃってるし。
昇降口で靴を履き替えていると、杉本くんが話しかけてきた。
「宮里寒くないの」
「いいや?」
杉本くんから話題が来るなんて珍しい。まさかわたしの知らないだけでだんだんと無愛想ではなくなってきてるのかな……なんて思ったのは一瞬だった。
杉本くんはコートにマフラー、手袋にニット帽という完全防寒武装だったからだ。対してわたしはただ制服の冬服だけだった。たしかに寒いけど我慢できないほどじゃない。それ以前に今日の朝のわたしは服装を考えてる暇はなかったからね。
「杉本くん今日そこまでする必要あった?」
雪の積もった地面をサクサク音を立てて進むと、杉本くんが回答した。
「だって寒いじゃん」
「……ぷっ」
思わず笑ってしまった。いつもクールな風を吹かしているのに寒さに弱いところがギャップというか、おかしかったのだ。
「なんで笑ったよ今」
「ごめんごめん。イメージと違ってさ。その分だとこれからもたないよ」
「……宮里は寒くないんだな」
「うん、ハートが温かいからね」
このセリフは言ってて我ながら恥ずかしくなった。
「言ったな」
「ひやぁ!?」
すると突然杉本くんが手袋の片方を脱いでその手をわたしの首すじに当ててきた。わたしは二つの意味で変な声を出してしまった。
「たしかに温かい」
杉本くんはお構い無しで暖をとってぽわぽわしていた。彼女の体に触れているという認識は残念ながらないようだった。たぶんわたしの体は今もっと温かくなってる。
こういうこと自然にやっちゃうからなあ。昨日だって……そうだったし。
正直意識してくれてたって実感したのは手を繋いでくれたときくらいだ。
これは言うべきか。このままだとわたしの立ち位置がお友達に下がってしまう気がする。
「杉本くんいきなり触るなんて、えっち」
効果はてきめんだった。
「え、ご、ごめん」
杉本くんは慌てて手を離して手袋をつけた。恥ずかしさで顔を逸らすんじゃなくて、訴えられるのが怖いような顔をしてこちらを見ていた。
やっぱり一筋縄では行かない。
って、そんな顔しないで?
「いや別にセクハラで訴えようとかそんなつもりじゃなくて杉本くんに触られるのはいいんだけどなんか条件反射というか笑って流して欲しかった、みたいなさ……」
うん、自分で何言ってるかわかんないや。
「えい!」
もう自分でも混乱して何やってるかわからなかった。
わたしは杉本くんの腕を取って組んだ。
「ほら、別に触れるのは大丈夫だからそんなわけで、気にしないでというかほら……」
「うん、よくわかった」
いつもの穏やかな目でわたしを見下ろすと、自分のマフラーを解いてわたしに巻いてきた。
「要は寒かったってことだ。さっき触ったので冷えたってことでしょ」
「え、いや、うん……」
確信したようなその言葉にわたしは頷くしかない。
いや、全然違うんですけど!? どうしてその結論になったの!?
……でもマフラーが杉本くんの体温で温かかったのでよしとするか。
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