ここねんのリア充事情

「って、最近勉強ばかりでリア充へ近づくことなにもやってませんよ!」

 ここねんが唐突にそういった。

 学校の帰り、今日は杉本くんだけでなくここねんと一緒に下校していた。

 たしかに、ここねんがわたしに近づいてきた最初の理由がそれだったんだっけ。

「だからさ、相手を決めなきゃやりようがないよ」

「なんの話」

 杉本くんが振り返って聞いてきた。ああそうか、杉本くんは知らないのか。

「なんかね、ここねんはリア充ってものになりたいらしいの」

「そうです。高校生になったんですから、青春の一つや二つやっておこうと思いまして」

「ふうん」

 杉本くんはあんまり興味なさそうに頷くことだけした。でも意外と内心面白く思ってるのかもしれないんだよなあ。表情や仕草から心が読み取れないのは結構不便だよね。

「でさ、ここねん、相手の目星はつけたの?」

「へへへ……まさかわたしがここ最近何も考えてこなかったと思っているんですか」

 ここねんは悪だくみをしている子供のようにあざとく笑った。

「へえ、じゃあ誰」

 素直に興味を惹かれた。この小さな可愛い子がいったいどんな人物を選ぶのか。どういう評価基準で選ぶのか。

 まあここねん違うクラスだから名前言われてもわからないと思うけど。

「ええとですね、顔はイケメンで性格は優しくて細かい心配りができる器用で料理もできてそれどころか家事全般できてわたしをずっと養ってくれるような人です」

 かなり細かいな。というかそれここねんがヒモになるだけでは?

 いや、でもその条件に一致する人がいる時点ですごい。

「……で、名前は?」

「へ?」

 へ? なんでそこで疑問形?

「えっと、そういう人がいるんだよね?」

「いや、そういう人が良いなあ、という理想です」

 理想かい。本当にそういう人がいると思っちゃってたよ。

 でも、いないと決めつけるにはまだ早いか。こういうのは同じ男子に聞けばわかりそうな気がする。

「杉本くん、そんな条件に一致する人に心当たりが……あ」

 それ杉本くんじゃない?

 顔はイケメンで性格は……根は優しくて結構心配りできて料理も妹と交代で作ってるって言ってたし……。

「あ、ごめん聞いてなかった。てっきり女子二人で盛り上がってるのかと」

 そもそも話すら聞いてなかった……! いや、そうして話の邪魔しないように配慮しているのだとすればかなり器用だ……!

「えーと、なんだっけ。ここねんを一生養ってくれそうな人、だっけ。そういう人知ってる?」

「…………」

 杉本くんが黙ってわたしを見つめた。チクチク感じる視線にわたしはだんだんと恥ずかしくなってきた。

 とにかくしゃべって話を続けることにした。

「それはいないってこと?」

「……いるじゃん、ここに」

 え、それって杉本くん自分のことだ、って思い至っちゃったってこと?

 困るなあ、そうなったらここねんを一生養うってことになるからわたしとここねんとの二股になっちゃうってことだよ。

「何その疑り深い目。俺の目の前にいるじゃん」

 といってわたしの方を指さしてきた。まさかわたしの後ろに誰か……誰もいない。

「宮里だよ」

 まだわからないのか、というニュアンスで答え合わせしてくれた。

「……わたし?」

「うん。毎日毎日面倒見てやってるし」

「……たしかに」

 最近の生活を振り返ってみよう。わたしは毎日ここねんと一緒にいる。時にはごはんをあげたりナデナデしたりぷにぷにしたりしている。養ってる、のかなこれ。

「ハッ、わたしとしたことが大事な見落としをしていました! わたしの運命の相手は他でもない、師匠だったんですね!」

「いや違うでしょ!」

 新境地を開拓しないでよまったく。俗に言う百合はわたしたちにはまだ早いかなー。そもそもわたし杉本くんいるし。

「杉本くん、からかうのはやめてよ。わたしが言ってるのは男子の、だよ」

「あ、そう。いや、本当に宮里が適役だと思ったからなんだけど」

「わたしがここねんと一緒になっていいの!?」

「それは、嫌だけど」

 若干のヒステリックを装ってそう言うと杉本くんが顔を逸らしながらいった。久しぶりの照れ隠しの仕草だな。

 ということは杉本くんもわたしと別れるのが嫌ってことだ。いやあ最近杉本くんとしゃべる機会減ってきてやばいかもって思ったりもしたけど杉本くんもわたしのこと思ってくれてるんだ……。

 なんか暑くなってきた。冬に入ったのに不思議なこともあるもんだなあ。

「師匠〜? さっきからもじもじしてどうしたんですか。トイレですか、トイレ行きますか?」

「そ、そうじゃないの」

 そしてなんでトイレを強調したの。まさかここねんが行きたくなったわけじゃないよね。

 って、わたしまた表に出ちゃってたか。恥ずかしい恥ずかしい。もっと自重しないと。

 ここはサラッと話題を変えよう。

「で、杉本くん、そんな男子いる?」

「いる」

「いるの!?」

 自分で話題を振ってなんだけど、まさか実在するとは思えなかった。杉本くんは奇跡的な一致(?)をしているけどそれ以外にそんな人がいるなんて。

 ここねんは緊張しているようにゴクリと喉をならした。

「だ……誰ですか」

「寺石も宮里も知ってるはず」

 ここねんも知っていて、かつわたしも杉本くんも知っている。わたしが知っているということはそれすなわち同じクラスの1-Bの人物であることを意味する。そして他クラスのここねんが知っている人物。

 そう考えていくと自ずと思い浮かぶのはわたしの幼なじみで友達のあの子だけだ。

 でもあの子は女子だしここねんを養うようなタチじゃないし、杉本くんに聞いたのは男子のことだ。

 ええ、でもそれじゃあいったい誰が――?

「――そう、香川だ」

「あ、あーっ!」

 たしかに1-Bでありかつここねんも知ってる。

 意外なところに落とし穴が。……別に忘れてたわけじゃないから、本当に。いやいや本当に。

 でも、香川くんって……。

「絶対嫌です関わりたくないです」

 ここねんに心の底から嫌われてるんだよね。ここねんのいつもは可愛いあの顔が忌まわしい過去を思い出してしまったとばかりに苦痛に歪んでる。人って印象だけでここまで露骨に嫌えるの?

「ねえ、杉本くん。どうやったら香川くんがここねんを一生養うってことに繋がるの?」

「ああ見えて面倒見がいい。あいつ調子乗って一人暮らししてるから家事もできる」

 へえ、そうなんだ。新事実発見。じゃなくて。

「で、でもさ、香川くんに対するここねんの憎悪みたいなところあるでしょ?」

「安心しろ、あいつドMだから。表面ではショック受けたようにしてるけど内心喜んでるはず」

 ……思ったけど香川くんの扱い酷くない。チャラそうにしてるからてっきりかなりの権力を持ってるかと思ったらまったくそうじゃないっていう。

「ドMとかまじキモイです」

 そして杉本くん、その情報のせいでここねんの香川くんに対する好感度がマイナスを突き抜けてさらに下がったよ。

「そして極めつけはロリコンだということだ」

 ねえ杉本くん、まさかそれ、わざとじゃないよね――!?

「うわもう生きる価値ないですあの人」

 ほら、ここねんの目がゴミを見るようなものになっちゃったよ。

「つまり香川は寺石にぴったりだ」

 あれー、どうしたらその結論に至るんですか。わたしにはさっぱり理解できないんですけど。

 まさか、杉本くんって、他人のことにも無愛想でテキトーにやっちゃうタイプってこと?

 だとしたらどうしようこれ。ここねんの収拾がつかなくなっちゃうよ。次学校で会ったら殴りかかりそうな気配するよ。

 ここはわたしがしっかりしないと。彼女として責任を取らなければ。

「こ、ここねん、やっぱりトイレ行こ」

「はい師匠。実はわたしも行きたかったところです」

 やっぱりトイレ連呼したのはそういうわけか。

「ということでごめん杉本くん、先に行ってて」

「うん。じゃあね」

 杉本くんと手を振りあったあと、わたしはここねんを連れて近くのコンビニでトイレを借りることにした。

 というのは建前で、行きたかったというここねんをトイレに行かせたあと、戻ってきた時にこういっておいた。

「えっとね、さっき杉本くんがいった香川くんのことなんだけどね」

「あれは本当にやばいですよ人間じゃないです」

「あー……実はあれ、杉本くんのジョークなんだよ。ブラックジョークというかね……」

 実際のところ真偽はわからないけど、ここねんにはこうしておいた方がいいと思った。

「え、そうだったんですか」

「そ、そうそう。だからあそこ、実は笑うとこだったの」

「そうですか、よかったー……危うく明日殴り込みに行くところでした」

 本当に殴りかかるところだった。

 まあ、何はともあれ未然に防げた。今日はわたしに賛美を送りたい気分だ。

 頑張ったね、良くやったよわたし!

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