第10話

「なにわちゃん! 敵の位置!」

「はうう! さ、三時の方向! 5人組! ……伏兵は、なし!」


 本来、『倉庫』係のなにわは、これまでボス戦に出たことがない。

 いつもボス部屋の前で待機させられていたのだが、この絢爛武闘会においては強制参加させられていた。


 それは、エルフの種族特性がこの戦場では必須だったからである。

 エルフは、他の種族より高性能なマップ機能を持っており、耳を澄ませれば倍以上の距離を探知することができる。


 さらに、『潜伏』した敵の位置まで見破り、冒険中のエンカウントを完全回避することができるのだ。

 この『種族特性』は、PvP戦においてなくてはならないものだった。


 レニは、いくぶん耐久値の減った白銀の鎧を、鍛冶師スキルで簡単に補修した。

 レジェンド級の装備だったが、そのままにしておくと、重量級の武器で破壊される事がある。


「レイナちゃん、まだ戦える?」


 レイナは、同様に腕を包んだ小手を装着しなおしていた。

 地面に突き刺していた日本刀を抜き放って、レニに不思議そうな目を向けていた。


「レニ、お前……」

「なに?」

「なんでもない、行こう」

「ええ、行きましょう」


 おそらく、中身が別人であることに違和感を覚えたのだろう。

 だが、FBIから派生した機関、Caroの捜査官の潜入技術は非常に高い。


 違和感を覚えただけだ。

 それ以上、お互いになにも追求しなかった。


 なにわは、ボイスチャットごしにぐしぐし泣き言をもらしていた。


「あうう、ボス戦ではいつもお留守番しとけばよかったのにぃ。なんでエルフなんて選んだんやろ、ドワーフとむっちゃ悩んだんやでぇ……あっ」


 突然、なにわが絶句した。

 彼女は弓を構えて、空に向かって1本の矢を放った。

 上空で破裂した矢は、ぱらぱら、と炎のライトエフェクトを散らした。


「レニ! マップ、見て! 12時の方向!」


 レニがマップを確認すると、そこに妙なドットが映っていた。

 それはレッド・プレイヤーを示す、赤色のドットだ。


 その奇妙な動きを見て、レニは戦慄を覚えた。

 縦横無尽に動き回るそのドットは、ちらちら、と消えたり映ったりしていた。

 レベリングの時に、無人島で見た覚えがある。

 レヒト特有の、バグステップによる移動である。


「レヒト君……!」


 そのドットは、数名でひとかたまりになっていた敵グループの間でちらちらと動いていた。

 かと思うと、他のドットはひとつ残らずマップ上から消えた。


 いったい何が起こっているのか、想像するだけでぞっとする。

 一瞬で敵をロストさせる反則技を、超人的な反射神経によって、いとも簡単に使いこなしているのだ。


 あっという間にレニのいる場所まで近づいてくる。

 やがてそちらから風まで吹いてきて、レニの黒髪を揺らした。


 本当に同じプレイヤーのアバターなのかと疑うような異様な速さで、それは目の前に現れた。


 急停止したレヒトの両足が地面をえぐり、砂煙にレニは少々せきこんだ。

 クレイモアを肩に担いだレヒトは、反対側の肩にアマネを担いでいた。


「はぅぅ……」

「その辺にいたから持って来た」


 アマネはぐるぐる目を回していたが、外傷はない様子だった。

 無事に5人が集結した。


「伏兵の居場所をサーチするにはレーダーが必要だと聞いた」

「ええ、エルフの役割はそんなところね」

「まったく……チームワークが必要だというところは、FPSと変わらないな」


 レニは、思わず頬を緩めていた。

 たった一人で複数のジョブを使い分けるレヒトは、むろん戦闘の主役だ。

 だが、彼もようやく仲間を必要とするようになったのだ。


「行きましょう、レヒト君」




 レニ達の一団が走って行く先に、敵のプレイヤー達がいた。

 お互いに戦闘態勢に入ると、まずはリーチの長い弓兵や魔術師がこちらに攻撃を定める。


 すると、その攻撃はすべてレニが引きつける。

 騎士スキル『かばう』は、範囲内にいる味方が受ける攻撃を、まとめて自分に引き付けることができる。


「騎士スキルだ、奥にヒーラーもいる」

「ヒーラーのレベルは低い、AOE(範囲攻撃)で片付くだろう」

「レベル30はどいつだ」

「魔法剣士と、あとサムライがいる」

「2人もいるのか」


 レヒトのパーティには、あとはレベル20台しかいない。

 レベル30のプレイヤーは、レベルアップで完全回復する手段を持っていない。

 そのために、真っ先に落としたほうが試合を有利に運ぶことができた。

 敵はざっとステータスを確認して、レニとレイナに注意を向けていた。


「魔法剣士とサムライさえ落とせばごり押しできる……楽勝だ、いくぞ!」


 近接戦に特化した前衛たち、いずれもレベル30の強者たちが、こちらに突進してくる。


 そこを見計らって、凄まじい速さで敵陣のまっただ中に飛んでいく、異様な速さの物体があった。


 レヒトだ。

 彼はヒーラーを護っていた後衛の剣士の目の前に出現すると、相手の顔に手のひらをかざし、ダガーで自分の手の甲を切り裂いた。


 まずは安定の『目くらまし』だ。

 ぶしゅっ、と赤色のライトエフェクトがほとばしり、後衛の剣士の顔周辺に散らばった。


「ぐっ!? な、なんだ……!」


 相手は困惑して、なにも行動できないでいる。

 その一瞬の隙をつき、レヒトはその背後にいるヒーラーへと向かっていた。


「ひぎぃッ!?」


 ヒーラーは防御魔法によって、自分の体を2重にも3重にも強化していたが、12倍の重さを込めた一撃はなんなくそれを貫通し、ヒーラーは一撃で地面にくずおれた。


 そこで攻撃の手を休めるレヒトではない。

 後衛が背後の惨劇に気づくよりも早く、すぐさま前衛へと飛びかかっていった。


「な、なんだ! 何が起こった!」

「ひいぃ!?」


 まったく背後を気にしていない前衛たちは、格好の標的となった。

 レヒトは前衛の中にいる敵の主力を次々と仕留めていった。


 回復役のヒーラーがいるパーティとないパーティとでは、戦力は何倍も違いが出てくる。

 せいぜい10程度のレベル差ならば覆すことも容易い。


「くっそ、雑魚パーティが! まとめて消し炭にしてやる!」


 大召喚士アーク・サモナーが杖を構え、その両手を空に向けるショートカットを発動した。

 空が瞬く間に暗雲にぬりこめられ、渦を巻く雲の隙間から真っ赤に燃える隕石が落ちてくる。


「気を付けて、『メテオ』がくる!」

「うぎゃーッ! そんなん言われてもーッ!」


 地面に衝突した隕石を中心にして、高破壊力の衝撃波が広がっていく。

 範囲攻撃(AOE)のダメージは、騎士スキルですべて受けることはできない。


 低レベルプレイヤー達は、その一撃でライフを全損、倒されていった。

 だが、ライフがゼロになっているのにも関わらず、立っているプレイヤーもいた。


「うにゅー! みんな、しっかりするにゅ!」


 いや、プレイヤーではない。

 NPCのミウだ。

 不死イモータルのスキルを持つ彼女が、倒されたメンバーを次々と復活させていった。


 対戦相手は、次々と武器を足元に取り落としていった。

 もはや、どうあがいても形勢は覆しようがなかった。


「なんだ……なんなんだ、こいつらは……!」


 レニのパーティは、破竹の勢いで次々とパーティを殲滅させていった。

 レヒトは、まだ血に飢えた狼のように、目を血走らせていた。


「もう終わりか! レーダー! 一番キル数が稼げそうな方向はどっちだ!」

「レーダー言うな! ええと、ええと……どっちに行っても、まばらにしかおらへん……」

「もう、充分よ」


 レニは、残りチーム数のカウントを数えていた。

 50あったチーム数が残り10、すでに半数以上のチームがレヒトたちの手によって倒されていた。

 どうあがいても、今からでは形勢逆転は不可能である。


「もうこれ以上戦う必要はないわ、魔剣士スキルをもらいに行きましょう」




 圧倒的な速度で勝ち数を上げていったレヒトたちは、そのまま皇居階下に向かった。

 剣の一振りで彼らを吹き飛ばした武人が、階段の上で彼らの到着を待っていた。


 同じ場所からずっと動かないのは、NPCらしい。


「貴君らのキル数は378、勝利数27である。もうこれ以上戦う必要はないか」

「はい」

「よかろう、蛇の曜日が終わる頃にまた来るが良い」


 手続きはひどくあっさりしたものだった。

 絢爛武闘会では、キル数の多さに応じて特定の賞品が受け取れる。


 さらに期間中にトップだったチームには、特別な報償が与えられる。

 レベル上限30が解放された最後のバージョンアップから、半年間、延々と繰り返されてきたイベントだ。


 ようやく緊張感から解放されたなにわは、んー、と伸びをしていた。


「ふはぁー! 今日はめっちゃ戦ったから、ムダ晩餐したいわぁ」

「レベルが上がらないからムダ晩餐か。そうだな、ムダ晩餐しよう」

「どうしたの、レヒト君。行きましょう」


 レヒトは、武人をじっと見上げ続けていた。

 NPCの武人は、プログラムされたとおりその場にずっと立ち尽くしているだけだった。


「……レニ、あいつらはどうやって俺たちの戦績を調べているんだ?」


 レニは、くすりと笑った。


「レヒト君、それはRPGではみんなスルーしている常識よ」




 ムダ晩餐の会場には、AKドッグの酒場が選ばれた。

 レヒトが安心して食事をできる場所であることと、レベル制限のあるギルガメシア帝国では、入ることの出来ないメンバーがいることを考慮したものである。


「そういえば不思議よね……直接聞いてみたら?」

「誰か聞いてみたことはないのか?」

「そのくらいは、テストプレイで試しているだろうし、割と普通に受け答えしてくれるんじゃないかしら」

「ジョブは今のままで十分だ、剣だけもらいたいのだが」

「相変わらず、レベル上げが嫌いね。そんなに先を急ぎたいの?」


 レヒトが先を急いでいるのは、リアルレニの為でもあるのだ。

 一刻も早くゲームを終わらせなければ、彼女はいつ危険にさらされるかもしれない場所にいる。

 その真剣な思いは、相手にも伝わった様子だった。


「レヒト君、魔王はここで手に入る『魔剣士』のスキルで倒せるわ。それは表の世界のライジング・フロンティアがそうだったから、確かなはずよ」

「じゃあ、なぜ『攻略組』は失敗した? 条件が同じだったら、なぜ俺たちは半年かけても攻略できない」

「わからない。表の世界では処理されたバグが、こっちの世界では残っていたということも考えられるし……」


 レニは、しばらく思案した。


「そうね……ちょっと、レオと相談してみましょうか」

「ああ、行こう」


 2人は、揃って静かに席を立った。

 ミウがネコミミをぷるぷる振りながら、周囲のギルドメンバー達に呼びかけていた。


「にゅす! みなの者! お前達はミウ様のお陰でようやくギルガメシア帝国、絢爛武闘会を上位の成績で突破し、魔王討伐のカギである『魔剣士』ジョブを手に入れる資格を得たにゅ! あとは魔王をちゃんちゃんとすればこのゲームはおしまいにゅ!」

「ミウちゃん! ゲームが終わっても、俺たちはミウちゃんのことぜったいに忘れないよ!」

「ふん、当然にゅ! 忘れたらみんな、車地獄の刑にゅー!」


 どんな刑罰なのかはわからないが、痛そうだ。

 ミウはジョッキを天井に突き出して、乾杯の音頭を取った。


「ライジング・フロンティア攻略目前を祝してー! 乾杯!」

「待って、レヒトとレニがいないわ」

「またあの2人かぁーッ!」




 レヒトとレニは、お互いの首に『セックス・コンソール』を装着し、真正面から向かいあっていた。

 もう何度目かの抱擁だが、異性と触れあう感覚に少しずつレヒトは戸惑いを覚え始めていた。


「レヒト君、ちょっと聞いてもらえないかしら」

「なんだ」

「このゲームを攻略するために、アマネちゃんに協力を要請したいの」

「アマネに?」


 レニは、大きく頷いた。


「Caroとしても、彼女の能力は高く評価しているのよ。15歳未満のハッカーで、日本の国籍を持っている人が必要なの」

「……俺はあいつの保護者でもなんでもないんだが、こういう話をしていてもいいのか? ゲームに会話のログが残るだろう」

「『セックス・コンソール』がジャミングしてくれているから、半分以上は平気。だけど……」


 そう言ったレニの表情が、ぴしり、と固まった。

 彼女の視線の先、ちょうどレヒトとレニが抱き合っている現場の数メートルほど向こうに、紫色のとんがり帽子を被った女の子が座り込んでいた。


 暗闇に浮かぶピンクのウィンドウを顔の前に開き、2人の様子をじーっと見ている。


「ごめん、レヒトくん……アマネちゃんが見てる」

「おう」


 レヒトは、素早くレニの身体から離れた。

 首についている『セックス・コンソール』を外して、真正面から向き合う。


「アマネ、こんなところで何をやっているんだ」

「……怒らないって約束して?」

「そんな前置きが必要ってことは、相当な事をやってたんだな」

「……2人がなにやっているか教えてくれないから、2人の思考のログをあさってた」

「やるわね」


 彼女のことを侮っていたレニは、苦い顔をした。

 アマネは、このゲーム世界に単身乗り込んでくる、若干9歳の天才ハッカーだ。

 今もめきめきと技術を磨き上げている。


 Caroが潜入のために使っているジャミングの技術には、問題点がある。

 たとえ検索マシンに思考のログをあさられても、NGワードが引っかからないようにしてあるのだが。

 実際の行動と思考のログの差を比べると、まったく別物だというのがすぐに分かってしまうのである。


 そのウィンドウに一体何が浮かんでいるのかはわからない。

 アマネは、困惑気味に2人の様子を見比べて、それから怒られるのを怖がる子供のように、恐る恐る尋ねてみた。


「ねぇ、ひょっとして、2人はゲームの外に出てるの?」


 レヒトとレニは、気まずそうに顔を見合わせた。




 後日、レヒトが皇居階下に向かった時も、武人は同じ場所に立っていた。

 もはやそこに立つのがこの男の職務なのではないか、というぐらいに、微動だにしていない。


「来たか……レヒト、君には帝より恩賞が賜れる。こちらに来たまえ」


 レニは、レヒトの肩を押した。

 こういうイベントがある、ということは、表の世界に戻った時の調査で、すでに知っていた。


「頑張って来てね」

「レヒト、頑張れ」

「頑張れー!」


 ここから先に行けるのは、レヒト1人だ。

 仲間たちに見送られ、レヒトだけが武人の後について階段をのぼり、宮殿へと入った。

 木造の家屋は香がたきしめられているらしく、独特の匂いがした。


 武人は、レヒトに無防備な背中を見せたまま、彼を奥へと導いている。

 その背中を見て、急にぞわっと怖気が走った。

 思い出したのだ。

 ……忘れかけていた、FPSプレイヤーの本能を。


 レヒトは今、危険人物を示すレッド・プレイヤーだ。

 なのに、この武人の様子は一体なんだ。

 普通のプレイヤーと接しているのとなんら変わらない。


 この絢爛舞踏会のイベントは、レベル上限30まで解放されたときにアップデートされたものだ。

 月毎にアップデートされるイベントなど、どこもこんなものなのだろうか。


 妙なのはそれだけではない、彼らはレヒトたちの知りようのないデータを知っている。 

 一体どこからか、日付と正確な時間、彼らのキル数のようなデータを手にいれて、このイベントを成立させている。


 つまり、このNPCは何らかの方法でゲーム・システムとアクセスできる。


 4、5棟も通過して、さらに奥へと進んでいくと、ひときわ広い畳の部屋に出た。

 御簾の向こうに隠れているが、そこにはNPCが1体いるらしい。

 武人は跪いて、しばらくその人物が声を出すまで待った。


「よきにはからえ」

「はっ」


 みやびな、といった言葉が似あう、品のある声が響いた。

 この世界にも、なにやら複雑な作法があるみたいだったが、むろんレヒトはそんなもの知る由もない。


「絢爛武闘会において、最高の成績を収めたものをお連れ致しました」

「ほう、キヨサカ、そちが選んだ者にしては、いささか礼儀をわきまえておらぬようじゃが?」

「はっ……申し訳ございません、遠い異国の者でございまして」

「では、聞いてみようか。そなた……いかようにして、わらわに礼儀を示すか?」


 レヒトの視界に、半透明な膜が浮かんだ。

 レヒトは反射的にびくっと身構えたが、どうやら『構え』を取った時と同様に、選択肢が表示されたようだ。

 左は『とりあえず敬礼する』、右は『なにもしない』。


 選択肢がやけに少ないのが、気にかかった。

 そういえば、RPGは情報収集だとレニが言っていた。

 どこかで礼儀作法に関する情報を仕入れていなければ、失敗するイベントだったりするのかもしれない。


 だが、レヒトはいままでNPCを相手に情報収集などしたことはなかった。

 なにせ、街に入ることのできない身の上である。


『とりあえず敬礼する』、はないだろう。

 一見無難そうに見えて、まるで無難ではない。

 レヒトは『なにもしない』を選択して、腕を組んで漫然としていた。


「これが俺の国の礼儀だ」


 とでも言わんばかりに堂々としていると、御簾の向こうのNPCは言った。


「ほほぉ、おもしろい奴を拾ったのぅ」

「……恐悦至極」


 面白がられてしまった。

 結局、何を選んでも正解だったのかもしれない。


 帝の表情は御簾に隠れてよく見えないが、なにやらゆったりとした長椅子に腰掛けているみたいだった。

 布地の多い衣服を身にまとって動きづらそうにしている。


 FPSの感覚を徐々に取り戻しつつあったレヒトは、周辺に潜む暗殺者の気配をさぐっていた。

 レヒトが暗殺者だったら、いったいどうするつもりだ。

 こんな貴人に護衛がついていないなどと、考えられない。


 レヒトは、部屋の右側から左側まで、ぐるっとゆっくり見まわした。

 そして、最後に天井をじっと見上げた。

 天井だ。

 天井を視界に入れたときに、CPUが妙にざわつく気がした。

 恐らく、この向こうに何かある。


「なにわ、俺のいる部屋に何人のNPCがいる?」


 チャット機能で、外にいるなにわに連絡を取る。

 レーダー係は、すぐに返事を戻してきた。


「12人おるよ」


 12人。

 レヒトの視界に映るのは、帝とその前にひざまずく武人だけだった。

 だがこの周囲には、相当数のNPCが潜伏しているらしい。

 もし有事になったら、逃げきれるだろうか。


「お主の活躍は聞き及んでいる。単独で300キルを超えたのはこの10年でお主だけじゃ」

「10年……5ヵ月ってことか?」

「ほほ、冒険者達はそう言うようじゃの。いい面構えじゃ、褒美を授けよう。近くへ寄れ」


 レヒトは、その場に立ち尽くし、じっと帝を見つめ返していた。

 NPCたちは、基本的にプレイヤーの動きが遅くても苛立ったりしない。

 じっとこちらの動きを待ち続けているものだ。

 だが、レヒトがある問いを発した瞬間、彼らは色を失った。


「なあお前……ひょっとして、リアル世界の事を知っているんじゃないか?」


 隣にいる武人の顔色が、真っ青になった。

 やはり……こいつらは知っている。

 リアル世界の事を。

 自分たちがいったい何者であるかという事を。

 唐突に、帝の顔に烈火のような赤い紋章が生まれ、凄まじい怒声を放った。


「捕らえよ!」


 天井が蹴破られたような勢いではずれ、武人と同様の鎧に身を包んだNPCが現れた。

 レヒトの周囲に現れたのは、『憲兵』とは明確に違う、黒塗りの軽装鎧。

 ギルガメシア帝国の忍者が潜伏していたのだ。


 レヒトは、反射的に自分を中心にしてクレイモアを円周状に振るった。


 クレイモアが接触した効果によって、周囲に群がっていた忍者たちのアバターが若干離れる。

 その隙にバグステップを発動、側転と後退を同時に発動し、見えない攻撃範囲から瞬時に逃れた。


 レヒトの足元に、黒塗りの手裏剣や針が突き刺さっていく。

 どうやら、もう少し帝に近づいていたら危うかったかみたいだ。


「RPGではプレイヤー同士の殺し合いはしてはならない決まりらしいぞ」


 レヒトはレニの受け売りを言った。

 いまだに理解できない決まりだし、絢爛舞踏会のようなPvPの試合があるので、矛盾ではないかと指摘したくもなるのだが。


「RPG……ああ、そうじゃ、ここはRPGと呼ばれておる、人の手によって造られた世界じゃ」


 帝は、ぎりっ、とこぶしを握り締めて、言った。


「わらわの知るところ、貴様ら『攻略組』は魔王を倒し、わらわの世界を終わらせようとしておるそうじゃの……」


 レヒトは、軽く舌打ちをした。

 その言い分は、当たらずも遠からずだ。

 現実世界で生まれたレヒトと、この世界で生まれたNPCとの決定的な違いである。


「そのために、そのためだけに……わらわは貴様ら冒険者たちに、魔王を倒すことのできる唯一のスキルを与えるべく、第二期アップデートでデザインされたという事も……!」


 NPCが高度な意思と知能を持てばこうなると、どうして誰も予想しなかったのか。


 ロボット三原則が適応されない、架空のストーリーに登場する人工知能。

 人間に対する敵意を抱くことが禁止されていない悪役ヴィランたち。


 このNPCたちが、自分の生きる世界を終わらせようとするプレイヤーたちを、黙って見過ごすはずがない。


「そうか……じゃあ、今まで『攻略組』が魔王討伐に使っていた武器ってのは……」

「最強にあらず……わらわが作らせた模造品じゃ」

「なるほど……ゲームが攻略不可能になるはずだ」


 帝は、腰に帯びていた一振りの剣を、すらりと抜き放った。

 青白い光を放つその剣は、まるで血に飢えているかのようだった。


「『魔剣士』ジョブのレベルを最高にまで高めたうえで、もう一度ここに来て、わらわを倒せば与えることになっておったがの……脚本スクリプトとやらに逆らうのは、わらわでも不可能であった。たいそう骨が折れたわ」

「つまり、お前を倒せばその剣が手に入るってことか」

「んふぅ、できると思うたか?」


 帝の手の中にあった剣は、凄まじい巨大さになっていた。

 まるで剣ではない、剣の形をしたモニュメントかなにかのようであった。


 レヒトの身長ほどもあるクレイモアを、さらに倍以上も伸長させたものだ。


 現実世界では、おおよそ人間が扱っていいような武器ではない。

 戦国武将がかかげる軍旗のような巨大な諸刃の剣を、帝は片手で軽々と振り回していた。


「こいつが……『楔皇クサビノオウ』……」


 青白い粒子を巻き込む旋風があたりに吹き荒れ、天井の木材が凄まじい音を立てて破壊された。


 楔皇クサビノオウの特性、『オブジェクト破壊』だ。


「このとおり、世界のすべてを破壊する呪いがかけられた剣じゃ……最後には、自分自身を破壊して消滅するという……そなたたちの世界の時間で、3分といったところか」


 レヒトの視界の隅に、3:00から始まるカウントダウンが表示された。

 レヒトは非表示にしたかったが、どうやら強制的に表示される仕様らしい。


「3分……なるほど、その間にお前を倒せばいいわけか」

「できそうじゃろう? そこでわらわは新イベントを設けた。1分半持ちこたえれば、わらわが鍛冶師に作らせた劣化版の楔皇クサビノオウをくれてやるというやつじゃ。ほほほ」

「……なるほど」


 脚本スクリプトに逆らえない彼らは、イベントを二重構造にすることでその問題を解決したのだ。

 制限時間の半分が経過すれば、別のイベントが強制的に発生して、その間に制限時間が切れ、本来のイベントが攻略できなくなる。

 まったく、イベントの管理をNPCなんぞに任せるべきではない。


 帝の護衛である武人、さらに10名からなる忍者たちも同時にレヒトと戦闘態勢に入り、1対12の圧倒的な状況が生まれた。


 これは恐らく、『テンペスト』のような『魔剣士』スキルを駆使して勝ち抜くイベントなのだろう。

 単独のプレイヤーが、普通に戦って勝ち抜けるような戦闘ではない。

 制限時間の半分持ちこたえて劣化版を渡されたとしても、それが本来のルートだと思ってしまうかもしれない。


「さあ、どこからでもかかって来るがよい……時間がないぞ?」


 制限時間は、もう1分も残されていない。

 レヒトは、相手の言葉が終わる前に、バグステップで間合いを詰め、至近距離から最大攻撃力の12倍攻撃を放っていた。


 帝はクレイモアの一撃を食らったというのに、悠然と佇んでいる。

 どうやら、このアバターはノックバックの効果も無効にしてしまうようだ。

 前髪が軽く風にそよいだだけだ。


 だが、頭上に浮かぶライフゲージは、目に見えて減った。

『憲兵』と同じだ。

 1分以内にこいつを倒すには、休まず攻撃を繰りかえすしかない。


「貴様……! 生きて帰られると思うなよ……ッ!」


 だが、周囲にいる取り巻きたちがそれを許すはずはなかった。

 とくに、攻撃範囲が見えない手裏剣が恐ろしい。

 忍者たちが攻撃のモーションに入るたび、レヒトは必要以上に帝から距離を取らざるを得なかった。


 正確な攻撃範囲がつかめない。

 もし当たって動きを止められでもしたら、それこそ一巻の終わりである。


 武人は空気中から、紅白がまじった肉片のような禍々しい色合いの古剣を取り出した。

 どくどく、と脈打っているその剣から、妙な鼓動が空気中を伝ってくる。


『魔剣士』スキルが発動する。

 狂戦士【バーサーカー】の剣。


「おおおおおぉッ!」


 水蒸気のようなオーラを全身から噴き出しながら、武人はその禍々しい剣を振りかぶった。


 レヒトは身構えたが、彼が攻撃範囲に包まれることはなかった。

 その切っ先は、すぐ隣にいた忍者の体を粉砕し、一撃で屠った。


 どうやら、対象を選択することができないランダム攻撃になるもののようだ。

 その代償として得られる攻撃力は、凄まじいものであった。


 次の攻撃は、隣にいる忍者の首を撥ね飛ばし、一瞬で100メートル前後の距離を吹き飛ばした。


 この人数比で、レヒトに当たる確率は低い。

 いったいなぜこのタイミングで発動させたのだろうか。


 確率……。

 不意に、レヒトの脳裏にひらめくものがあった。


「頼んだぞ――」


 制限時間つきの戦いでは、レヒトは圧倒的に不利だ。

 攻撃だけに全力を注がなければ、勝てる見込みはない。


「無駄じゃ、ほほほ、ほほほほ……」


 レヒトが振りかぶったクレイモアの一撃を肩から受けた帝は、嫣然と笑っていた。

 彼の攻撃など、まるで意に介さないように。

 実際に彼が与えられるダメージなどその程度のものしかない。


 どうやら、これも特殊な『魔剣士』スキルが必要なのだろう。

 だが、今のレヒトにそんなものはなかった。


 忍者たちの手裏剣が、レヒトの足元に無数に突き刺さる。

 攻撃されたようだったが――当たらない。


 その間も武人は、狂戦士の剣を振り回し、周囲の忍者たちを一人一人屠っていった。

 とうとう全ての忍者を屠った直後、武人は狂戦士の剣を自分の胸に突き立て、自害した。


「ぐっ……うううぅッ!? バカな、この、私が……ッ!」


 世界がリアルになればなるほど、その世界のバグは人間の目に不可解に映る。

 まさか、とは思ったが、ここまでの強制力が働くとは。


 武人はその場にひざまずき、動かなくなった。

 戦闘から離脱した様子だ。


 仲間が全滅しても、帝はその場から一歩も動かなかった。

 レヒトは持てる最大の技術を使って、剣を振り回し、攻撃を重ねた。


「ほほほ……おーっほっほっほ!」


 帝は笑っている。

 笑っている。

 笑い続けている。


「ほほほほほ……ほほ……ほ……なぜ……じゃ……?」


 やがて、そのライフゲージはオレンジ色になり、残された時間は30秒となった。

 あと30秒もあれば、削りきれる。

 帝は、手に最強の剣、楔皇クサビノオウをたずさえたまま、それを一度も振るう事がなかった。


 帝は笑いながら、自分の身に起きた異変を感じ取っていた。


 攻撃しないのではない。

 正確には、数ある戦闘時の行動パターンのうち、『笑う』しか選択できないのだ。


 なるほど……自我を持っても、やはり、こいつはAI。

 プログラムには、逆らえない。


 チャットログを開くと、彼を待ちわびていたかのように、アマネからの新着メッセージがあった。


「レヒト、気にせず帝を攻撃しつづけて――『忍者の攻撃は当たらない』」


『乱数調整』だ。

 この世界で唯一、彼女のみが持ちえた能力。

 運命に介入するハッキング技術。

 彼女の手にかかれば、すべてのサイコロの目は選ぶことができる。


「アマネ、よくやったぞ」

「お礼を言うなら、レニに言って」

「レニに?」

「ゲーム会社に乗り込んで、ボス戦をシミュレートするデータをもらってきた。魔王戦もこれでいけそう」

「やるな」


 Caroに利用されているというのが不安だったが。

 やはり彼女がいなければ、レヒトはこのゲーム世界で生きていける気がしない。


「完璧な未来予測ができるのは、そこにいるのが全員、データ上の存在だから。レヒトじゃないと、ここまで完璧な未来予測はできない。行って、レヒト」


 ならば、躊躇することはない。

 レヒトは、思う存分、最大の攻撃を繰り返した。


 一見、どこにもダメージを受けた様子のない帝は、そのうち激昂しはじめた。


「ははは……はははははは……! ふざけるな! 皆の者、なにをしておる、わらわを助けぬか!」


 帝は、周囲にいるNPCたちに呼びかけた。

 だが、戦いに打ち破られた彼らは跪いたまま、一歩も動こうとしない。


 それがこの戦闘イベントにおける最大のルール。

脚本スクリプト』というものなのだろう。

 彼らも半年をかけなければ、それに逆らうことはできない。


「愚かな……愚かな、愚かな、愚かな……ッ! このままでは、世界は……滅びてしまうのじゃぞ……! あああ、わらわの……ッ! 世界が……ッ! ああああああッ!」


 徐々に、帝は余裕を失っていった。


 そのとき、ぞっとするような感覚があり、レヒトは瞬時に後退した。

 銃を向けられたのだ。


 帝が腰に帯びていた拳銃を突き出し、レヒトに向けて発砲していた。


 銃もこの世界に存在する武具のひとつ。

 攻撃範囲があまりに広く、彼の技術をもってしても抜け出せなかった。

 肩口に一撃を食らってしまった。


「レヒト……まずい」


 アマネのメッセージが送られてきた。


「どうした」

「分からない、アマネの未来予測と結果が合致しない……私とチャットしているせいかも?」


 人間の脳は気温、ホルモンの血中濃度、さまざまな外的要因でバイアスがかかる。

 完璧な乱数を持たないコンピュータとは違い、完璧な乱数を持つものだ。


 ゆえに、生身の体を持つプレイヤーが関われば関わるほど、未来の予測は難しくなってゆく。


「いや……たぶん、リアル世界の方では消されているバグってやつが発生したんだろ」


 帝は、先ほどのような余裕の笑みを失っていた。

 剣の代わりに銃を構え、レヒトに向け続けている。


 その表情は、妙ににやけていた。

 うすら笑いを浮かべている。

 あたりを見回し、そして首に手をあてがい、ぐるりと首を回した。


「……あら? なに、これ」


 銃が再び火を噴き、レヒトの足をうがった。

 この世界の銃の欠点は、次の攻撃まで時間がかかる、という点にあった。


 銃身に爆発エネルギーを再びためる必要があるらしい。

 だが、クレイモアの攻撃にひるまない帝は、銃を撃ちながらレヒトにまっすぐ近づいていった。


「あら? あら、あら、あら……あははは」


 血にべっとりと濡れた帝は、酷薄な笑みを浮かべてレヒトを見下ろしていた。

 この世界では、体のどこに銃弾が当たってもダメージは変わらない。


 その額に銃をつきつけ、明らかにヘッドショットを狙っている。

 見ようによっては、レヒトのステータスを読み取っているようにも見える。


「あはは……おまえ、レヒトなの? レヒトじゃん……久しぶりぃ……」


 一瞬誰なのか、すぐには思いつかなかった。

 だがそれは、レヒト、アシュを含めた、3人目の『デーヴィッド・スリングの亡霊』が現れた瞬間だった。


「マギー……」


 ドイツの研究施設で見てきた死者の名簿を、レヒトは覚えている。

 彼女は、そこに名前のなかったプレイヤーだ。


 つまり、生きている。

 さすがにレヒトもノーマークだった。

 それでも数十時間の壮絶な戦いを生き残った、世界トップクラスのFPSプレイヤーである。


 帝は、銃に頬ずりをしていた。

 いかにも愛おしそうにしている。


「はぁ……なんだかよく分かんないけど? ひょっとして、ゲームのバージョン変わったりした? すっげーグラがよくなってるんだけど」

「もうあのゲームは終わったよ。これは別のゲームだ」

「ひょっとして私、おまえと戦っている感じなの? ねぇ、そのアバターよく見せてよ……ぷふ……はははは……あはははは!」


 レヒトに顔をくっつけるような距離まで近づいたマギーは、ころころと笑っていた。

 レヒトの脳裏に、苦い記憶が蘇る。

 あの時と同じだ。


 デスゲームに巻き込まれて、大勢のプレイヤーを殺して勝ち残った彼女は、それでも脱出できなかったという事実に直面した。

 意識を失うまで、笑い続けていた。


「あはははは……! 信じられない……! なにそれ、剣士レベル20……『ミウちゃん大好き同盟』って、ウケる……!」


 マギーは膝をぱしぱし叩いて笑っていた。


 レヒトを襲った銃撃のダメージは少ない。

 だが、銃という武器に対する精神的な抵抗は、異様に大きかった。


 数あるジョブの中で、銃士ガンナーだけは選べなかったほどに。

 レヒトは銃創から手を放し、ようやく平静を取り戻すと、マギーと向かい合った。


「マギー……俺はお前に勝たないといけない……」

「あははは……はは……あ? なに言ってるの、わたし、負けないよ?」


 マギーの姿は、ふわり、と空に浮かび上がった。

 否、宙返りを無限回に繰り返すことで、空に浮かび上がるようなバグステップを発揮したのだ。


 彼女のデーヴィッド・スリングにおける戦闘技術も、レヒトとほぼ互角だった。

 ならば、勝敗を分けるのは武器性能だ。


 相手が梁の上へ移動する間に、レヒトは彼女とは反対方向にバグステップで移動した。

 前転と前方ダッシュを繰り返す、地面に体をこすりつけるような角度の高速移動だ。


 物陰に隠れたかったが、この世界では、遮蔽物など役に立たない。

 とにかくマギーから距離をあけながら、周囲に一瞬で展開される銃の攻撃範囲を目視する。


 広い。

 80メートルに到達する、圧倒的な広さだ。

 銃はすべての武器の中で、最大の射程範囲を持っている。


 だが、一度撃てば次の攻撃を撃つのに、1.5秒の時間を要する。

 マギーの感情が手に取るようにわかる。

 大した破壊力もないのに連射ができない銃など、FPSプレイヤーには耐えられない代物だ。


 マギーの姿が、芥子粒ほどの大きさに見える距離まで逃げた。

 ようやく赤いラインから一瞬外に出て、攻撃を回避する。

 次の攻撃が始まる前に、レヒトは来た道を引き返し、マギーへと距離をつめていった。


 だが、追いつけない。

 屋根の上を得体のしれない四本足の怪物のように駆けていくマギーとの距離は、綺麗に100メートル前後を保ったままだった。


 それはマギーが攻めに転じれば、この間合いをずっと保ったまま、延々とレヒトに銃撃を当て続けることができる、という事でもある。


「あははは! なにこの銃! エイムはつけづらいし、剣の方が強いし! ウケる!」


 さらにマギーは、手に握っていた楔皇クサビノオウを大きく振るった。

 大砲をどこかで放ったような衝撃波が空気を伝わってきて、天井が破壊され、へし折れた梁が空へと突き出した。

 どうも武器性能の段階で、大きく引き離されているようだ。


 気が付けば、帝が設定した1分半などとっくに過ぎている。

 あいつを倒すまで、制限時間は、残り1分半。


 レヒトには一刻の猶予もなかった。

 崩壊した足場が、マギーとの間に障壁を生み出している。

 爪で切り裂かれたようなその障壁は、レヒトの足元からまっすぐマギーの元へと続いている。


「経験の差があるぶん、俺の方が有利か……!」


 それを見て取ったレヒトは、即座に忍者へとジョブチェンジした。

 忍者ジョブは、障害物を乗り越えるモーションが異様に速い。


 レヒトは、それをバグステップと組み合わせることによって、不規則な超高速を実現し、マギーへと肉薄していった。

 するすると影のような速さで接近してくるレヒトに対して、マギーはすかさず銃撃によるけん制を放った。


「あ……あれ……?」


 それはヘッドショット、頭に真正面から当たった一撃。

 FPSゲームならば、文句のつけようがない即死級の攻撃だったはずだ。


 だが、レヒトのライフゲージの減りは通常と変わらなかった。


「うっそ! なんで! 当たれよ!」


 目算によると、あと3発は耐えられる。

 次弾発射までの速度は7秒。

 レヒトにはまだ21秒の余裕が残されていた。


 マギーのような、ボスキャラの途方もない体力を削りきるには、まだ少し足りない。


 だが重要なのは、その間に、勝負をつけられるか否かだ。


「うおおおおぉぉぉッ!」


 レヒトは2発目の銃撃を真正面から浴びながら、剣による攻撃範囲まで近づいた。

 距離を置こうとするマギーに影のように張り付きながら移動しつづけ、12倍攻撃の剣を振るった。


 そのときレヒトが取り出した武器は、『魔剣士』スキルでのみ生み出される魔剣。

 さきほど驚異的な戦闘能力を誇った武器、狂戦士バーサーカーの剣だ。


 魔剣の特殊能力により、攻撃力はさらに5倍、通常攻撃の61回分に匹敵した。


 辺りにあるものが衝撃で打ち震える、強烈な1撃。

 通常のプレイヤーなら、たとえレベルが20以上離れていても一撃で屠った。


 わずかに地面から浮かび上がったマギーは、とっさにレヒトから距離を置こうとした。

 3発目の銃撃を放とうとする手が震えている。

 いまの攻撃の余波で、しびれているのだ。

 レヒトはぐるりと体を回転させて、もう一度61倍攻撃の一刀を頭上から振り下ろした。


「マギー、この世界の銃は、俺には効かないぜ!」


 もちろん、口から出まかせだ。

 レヒトのライフゲージは確実に削られているし、あと一撃でも消し飛ぶ。


 だが、どんな手段を使おうとも、最後の一撃を先に決めさえすれば、こちらの勝ちだ。


 レヒトから逃げ続けていたマギーの銃は、完全に宙のあらぬ方向を向いていた。

 攻撃をためらっている。

 それを見て、レヒトは勝利を確信し、最後の一撃を放った。


「ちょっとまって! なにそれ! なにそれ! 超ひどい! 反則! チーター! だれか運営に報告……うぎゃー!」


 剣で胸元をさっと撫でられ、帝アバターのマギーは膝をつき、動かなくなった。

 へなへな、と身にまとっていたオーラも失った彼女は、どうやら消滅もしないらしい。

 勝利を収めたレヒトは、剣を鞘に納めた。


「どうだ、これがRPGだ」


 マギーは勝ち誇った様子のレヒトを、忌々し気ににらみつけていた。


「星を1個付けるのも惜しいクソゲー」


 そうこぼして、それきり黙ってしまった。

 熱狂的なFPS信者の彼女なら、きっとそう言うだろうとレヒトは思っていた。

 この世界の銃は、どうにも扱いづらい。

 そして彼女は負けず嫌いであることも、レヒトはよく知っている。


「……次は負けない」

「またやるのか」

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