第7話

 尾塚令三の襲撃が『攻略組』にあたえた影響は、計り知れないものがあった。


 警察権力を笠に着た尾塚令三は、商人系ジョブのギルドに『攻略組』との取引を中止するよう圧力をかけていた。


 この圧力は、ゲーム世界だけの話ではない、リアルに脱出したあとも公務執行妨害として罪に問われることになる、と言われれば、大半のプレイヤーたちは大人しくするしかない。


 それでも、わずかな希望を託し、陰ながら『攻略組』を応援してくれていたプレイヤーたちも、攻略不可能のニュースが広まると同時に、潮のようにさあっと手を引いてしまった。


 そうして通常通りの、ゲームを楽しむ生活に戻っていくのだった。


 レニの『ミウちゃん大好き同盟』もバラバラになってしまい、活動再開にはしばらく期間を置かなければならなかった。


 レニは、警察の目をぬって、なんとかギルドメンバーたちとカフェで落ち合うことに成功した。


「しばらく、『ミウちゃん大好き同盟』は潜伏するわ。私たちはこの世界のチートに関する情報を集めるから、みんなそれぞれにミウちゃんを愛でてあげて」


 この前遊びに来たミウのスクショを写真にプリントアウトし、添付アイテムとして配ると、みな一様にしょんぼりした顔で頷いたのだった。


 そうして馬車に揺られながら、初期メンバーに戻った一行は、再びAKドッグへと訪れた。


 このゲームにおけるもう一人のキーパーソンである、アマネと合流するためだ。


 彼女が根城にしている家は、鉄鋼ばかりが目に付くAKドッグの奥まったところで、アスファルトの割れ目に咲くスミレ草と共にひっそりと息をしていた。


 さびれた街のど真ん中に経つ、さびれた教会である。

 この教会の鍾塔には鐘がない。


 掃除をしているNPCの少女に聞くと、この教会の鐘は、大企業カルドロンが光機の素材にするために持って行ったという。

 いつ何時も取材を怠らないレイナは、NPCと会話してむうと唸っていた。


「さすがAKドッグ、金がすべての国だな……」

「オー! アマネさんの、お友達デスね!」


 中から体の大きなシスターが現れて、レニ達を出迎えてくれた。

 アバターは、だいたいリアル世界の身体と似た体つきのものを選ぶ傾向にあるが、まるで立ちはだかる壁のように大きい。

 修道女の服に身を包んでいるが、豊満な体つきが服の上からでもまるわかりである。


「はい、アマネちゃんとちょっとお話が……って、レヒト君!?」


 レヒトは、ちゃきっと腰の剣を掴んで、見上げるほど大きなシスターを睨みつけていた。

 もう人間とモンスターの区別はつくものと思ってすっかり油断していたレニは、泡を食ってしまった。


「……気をつけろ、このシスター、強いぞ」

「けど、この人は私たちの敵じゃ……はっ」

「味方などいないと思った方がいい」


 そう、脱出不可能と分かった今、『攻略組』に味方などいない。

 敵になる可能性は、どのプレイヤー達も等しく持っているのだ。


 そうでなくとも、『攻略組』と関わったことが知られると、のちのちこのシスターが面倒に巻き込まれる可能性は充分にあった。


 うっかりしていたのはレニの方だ。

 気遣わしげに目を向けると、シスターは空手ダコのできた指を立てて、左右に振った。


「ノンノン、気にしなくてオケーですよ。私も、最初は『攻略組』でしたから」

「あれ、『攻略組』にいたんですか? 言われてみると全然そんなふうに見えるわ」

「半年前は、日本語が全然ダメでしたから。私のチームが今の大きなレギオンと合併するときに、他のメンバーの足を引っ張りたくなくて、やめちゃいました」


 モーファードには、言語の瞬間翻訳機能が備わっているが、現時点では完璧な翻訳をしようとすると多少のタイムラグが起きてしまう。

 ボス戦では素早い連絡のやりとりと、各メンバーの連携が重用になってくるため、リアル世界への生還がかかった真剣なものになると、さすがにそんな悠長なことはしていられなくなったのだった。


「けど、『攻略組』と関わると、迷惑がかかりませんか?」

「警察が禁止しているのは、商人系ジョブが『攻略組』とアイテムの取引をすることデス。シスターは商人系じゃありませんし、アマネちゃんはアイテムじゃないので関係ないデス」

「そういえば、シスターってどういうジョブなの? システム上にはないジョブよね」

「イッツマイジョブ、こっちに来ればわかりマス」


 シスターがばーん、と大きな音を立てて教会のドアを開くと、そこにはプレイヤー達がいた。

 たしかにプレイヤーなのだが、みなアバターにどこか違和感があった。


 ところどころにモザイクがあったり、体の一部がなかったりしている。

 ベッドに寝たきりのプレイヤーもいれば、反応がいちいち数秒遅れるようなプレイヤーもいる。


「たぶん、モーファード本体が故障してしまった人たちデス。半年も連続で稼働しているのですから、リアル世界で何かあって当然デスネ」

「なるほど」


 こうなると、攻略はおろかゲーム世界でふつうの生活を送るのも難しくなる。

 マリーネさんは、プレイに難のある彼らを世界各地から保護してまわっているのだ。


「3ヶ月くらい辻ヒーラーをやって各地を放浪していました。そんなときに、彼らがねぐらにしていたこの教会を見つけたのデス。これは天が私に与えた使命だと直感しまシタ」

「そうか……こういうプレイヤーがいないと思ったけど、本当はいない訳じゃなかったんだ」

「アマネちゃんも木陰でしくしく泣いていたのを見つけまシタ。おっと、これは内緒でシタ」


 そういえば、彼女は9歳の子どもだったのだ。

 6ヶ月も親元から引き離されて、平気でいられる訳がない。

 どうやら彼女にとって、ここは心安らげる第2の家となったみたいだ。


 シスターさんは普段、募金活動をしてまわっているという。

 設定とは違って、AKドッグのプレイヤーたちは、わりと好意的に募金をしてくれるそうだ。


 教会の奥まったところにある一室のドアを開くと、ベッドの上に座った状態のアマネがいた。

 装備はあらかた解除して、身軽な格好をしている。

 ちなみに装備品を外すと満腹度の減りが遅くなるため、みんな休むときは身軽な恰好になる。


 アマネは、ピンク色のホログラム・ウィンドウを開き、新アイテムのタブレットを膝に乗せるようにして、食い入るように羊皮紙を見ていた。


 ぼーっと、レニたちに幽霊のような顔を向けるアマネ。

 目が……目が、死んでいる。


「アマネちゃん、お友達が来まシタ!」

「ふんっ」


 ぷいっとそっぽを向いた。

 シスターさんはほっと安心していた。


「今日は機嫌がいいみたいデス」

「普段は相当ヤバいんだ?」

「邪魔すると何か飛んできマス。可愛いデス」


 ぞろぞろ、とレニ達一行が部屋に入っていくと、ふてくされていたアマネは、とつぜんきーっと唸って、両手をぶんぶん振った。


「みんな、いなくなっちゃうなんて、ヒドイー!」

「アマネちゃんも無事やった?」

「知らない男の人が助けてくれた。そこはレヒトじゃないと嫌だもん」

「大丈夫よ、うちのギルドは動物と女子供に優しい紳士が多いからね」

「そうなのか? 私は一度も助けられたことがないぞ」

「そら、レイナちゃんはどっちかというと皆を助ける側やからね」


 ぽちぽち、とアマネが手元のタブレットを操作しているのを、レニはのぞき見ていた。

 どうやらタブレットはキーボードの代わりらしい。

 ホログラム・ウィンドウには、いくつもの『ミニミニ・ダンジョン』が平行して展開されていた。

 そして手元の羊皮紙に赤い文字で浮かび上がっているのは、何かの英文だった。


 ひとつのプログラムが生み出されれば、そのプログラムを利用してさらに次のプログラムを生み出す。

 ゲーム内ゲームの作成は、加速度的に進んでいるみたいだ。


「なんかすごい事になってるなぁ」

「何をしているの?」

「……ラジオ」

「ラジオ?」

「……モーファード本体にアクセスして、自動配信されるニュースを、音声ガイドに読み上げてもらっている……つまり、ラジオ」

「モーファード本体にアクセスって……できるの?」


 彼らにこの夢を見させているゲーム機、モーファード。

 リアル世界に存在するその機械と、いままさに接続している、ということだった。


「なんだそれは……つまり、リアル世界の情報を得ているってことか?」

「うん……聞いてみる?」

「聞きたい! 聞きたい!」


 アマネがタブレットを操作すると、高速再生された『ミニミニ・ダンジョン』から「ぐぼぁー、おげぇー」というゾンビーたちの悲鳴が聞こえてきた。


 なんだか凄まじいことになっているが、それによって、アマネはモーファード本体の設定画面をいじくっているらしい。


 ざわざわ、と音がし始め、その音は、少しずつはっきりとした音に近づいていった。


『NewEngineより翻訳 (原文へ)。 かつてSFで論じられてきたように、ロボットたちが人権を主張しはじめるような日は来るのだろうか。2086年9月未明、ロボットたちによる集団ボイコットが原因で、ニューヨークの工場のいくつかが閉鎖に追い込まれた事件を受けて、米国大統領は緊急記者会見の場で『人権の適応範囲をロボット達へ拡張する可能性は万に一つもない』と述べており、いわゆる難民ロボットが急増する可能性があると予測されています……』


 それは、確かに彼らが閉じ込められてから半年後の、現在のニュースだった。

 ポカンとしていたエルフは、急に跳び上がり、アマネに抱きついた。


「ほんまやー! アマネちゃん、すごーい!」

「いったい、なんだこのニュースは……まさか、ゲームの外と通信できるのか?」

「ううん、モーファードが通信できるのは、ゲームサーバーだけ。ゲームサーバーから、時報と一緒にこのニュースが送られてきているみたい」


 じつは、スマホが時刻を合わせるのに使っている時報電波は、ニュースなどの短い文章データとともに配信されている。

 モーファードもゲーム専用機としてではなく、パソコンのようにゲームもできる多機能インターフェースとして利用されることを想定していたため、その例に漏れないのだった。


「ログアウトもできるのか」

「できる……と思う」

「外に出られるってこと?」

「分からない……やったことないから」

「どうして? 外に出たいと思わないの?」


 そう尋ねると、ふいにアマネは、くしゃっと顔をしかめた。


「近くに犯人がいるかもしれないのに、そんなこと恐くてできないよ?」


 アマネは、消え入りそうな声で言った。

 そう、もし彼女たちがリアルに戻ったとして、そこにいるのが家族や警察など、アマネに危害を加えない人たちならいい。


 第二のログアウト不能事件の時のように、誘拐犯である可能性もあるのだ。

 さらに、ここにいる仲間たちも、リアルではみな遠く離れた場所にいるはずだ。


 リアルの彼女は9歳の女の子だ。

 1人で一体何ができるというのだろう。

 もし戻ることが出来ても、相当な覚悟がなければならない。


 どうやら、モーファード本体に現在入ってくるのは、この時報ニュースだけのようだ。

 ゲームサーバー以外とのネットワーク回線は何者かによって切断されているため、他の情報は入ってこない。

 横綱の引退、スポーツの試合結果、芸能界の騒動、などなど。


 それでもプレイヤー達は、ラジオからもたらされる、久しぶりの外の情報にしばし聞き入っていた。

 それは紛れもない彼らの故郷、リアル世界の情報だ。

 レニは、みんなの顔を見渡して、言った。


「みんな、私、外に出たら、ゲームを作りたいの」

「ゲーム?」

「そう……そうしたら、アマネちゃんはプログラムを作ってくれるかしら」

「ゲームのプログラム……なんだか、面白そう」

「なにわちゃんはデザインを描いて」

「むー、デザインかー、うちはどっちかというと、作曲したいな!」

「わかった、どっちもお願いね」

「私は、何か出来ることはあるのか」

「レイナちゃんはシナリオを書いて。主人公はレヒトくんとミウちゃんよ」

「レニ……」

「いいのか、レニ……」


 レイナは、躊躇いがちに言った。


「私がシナリオを書いても、その、非常に言いにくいのだが……主人公とヒロインのラブシーンが9割がたになるかもしれないぞ」

「いいの、ミウちゃんに何かあったら、周囲から修正が入ると思うわ。ギルドのみんなにも手伝ってもらうから」

「そうか、ならば安心だな」

「アマネも作ってみたい」

「よし、じゃあ、手を出して」


 レニはアマネを中心にして、お互いに手を差し伸べ、それぞれの手を重ね合わせた。


「たぶん、このゲームは攻略されたら終わっちゃうわ。けれど、私はこれで終わりにしたくない。なんとか2人が永遠に生き続けられる世界を作りたいの。みんな、協力して」

「ああ」

「せやなー」

「アマネも基本構想には同意する」

「ほら、レヒト君も」


 レヒトは、差し伸べられた手を前に、戸惑っていた。


 ……――うまく、思い出せない。


 彼の脳裏には、リアル世界の記憶がちらほらと浮かんでいる。

 自分の部屋に、ネコのトカレフ、冷蔵庫にしまっておいたキャットフード、近くのコンビニ。


 だが、ニュースを聞いたときに、まるで遠い異世界の話のように感じてしまった。

 アメリカとは、いったい何の事だろうか。

 意味は分かる、だがアメリカという国と彼の繋がりがまるで分からない。

 自分は、いったいいつぐらいにアメリカという国の存在を知っただろうか?


 何か思い出そうと深く念じると、彼の脳裏にある人物の影が浮かんだ。


「ゲームは……人間によってのみゲームとなる」


 聖職者の格好をした男が、自分に銃口を向けている映像が浮かんだ。

 レヒトは、こみ上げてくる強烈な嫌悪感に、胸を押さえた。


「ぐぅッ……ッ!」


 恐らく、シスターの姿から聖職者を連想してしまっただけだろう。

 だが、一度吹き出してしまったその記憶の奔流は、彼の心に消えないしこりとなって、いつまでの残ってしまった。


「大丈夫デスか? 横になってくだサイ。アマネちゃん、ちょっとベッドを我慢してくだサイ」

「ううん、アマネはどかない。アマネの隣に寝そべらせくれたらいいよ」

「えー、アマネちゃんの隣に……まあ、ええか。9歳児やもん」

「うふふ、役得、役得」


 横たえられたレヒトの髪の毛を、ちょいちょい、と手でいじってちょっかいを出すのを、一同はハラハラしながら見守っていた。


「大丈夫か……レニ」

「わからない……こんなことは初めて」


 仮にも、レヒトは手当たり次第にPKをしまくっていた『デーヴィッド・スリングの亡霊』である。

 今の彼は、明らかに様子がおかしい。

 アマネの身になにか危険がないとも限らなかった。


 ふいに、アマネは真顔になって言った。


「レニ……『中国人の部屋』って知ってる?」

「『中国人の部屋』? ええと、たしか学校で聞いたことがあるようなないような」

「うん、義務教育で習うっぽい」


 英才教育を受けていて、親の方針で学校にも通っていないらしいアマネは、こくり、と頷いた。


「ポストに英語で書いた手紙を入れると、あらかじめ決められた返事を書いて戻すよう指示された中国人がいる部屋と、ほんとうに英語のできるネイティブがいる部屋の区別はつけられない」

「思い出したわ、コンピュータの人工知能を人間に近づけるための、基本的な考え方ね?」

「そういうこと。『心理エンジン』が生み出すAIも、その延長線上にあるの。手紙のやり取りを脳とニューラル・インターフェースの電気信号のやりとりのレベルにまで細分化して、数億人、何万時間分のビッグデータから、巨大な『中国人の部屋』を生み出しているだけのもの。……だから、レヒトは人間では見分けられないくらい、とてもよく人間に見える」


 レヒトは、とてもよく人間に『見える』。

 アマネの言わんとしていることを、レニは察した。

 ここにいて、レニと共にRPGを学んだレヒトは、ただのAI、人間ではない。


『心理エンジン』は、プレイヤーの海馬の情報をすべて吸い上げてくれるものではない。

 レヒトが思い出せるのは、朽木レヒトが90時間の間に思い出したことがあるものだけだ。


 それ以外の情報は、他のNPCとまったく同じ。

 適当に作られたものでしかない。


 そんな彼のためにゲームを作ることに、果たして意味はあるのだろうか?


「意味は、あると思うわ」


 レニは、きっぱりと頷いた。


「だって、レヒト君が私たちのために戦ってくれるんだもの……私たちは、それに答えなきゃ」


 レヒトは、朽木レヒトという人間ではない。

 人工知能が、朽木レヒトという人間の記録に基づいて、同じ役割をロールプレイしているにすぎない。


 だが、それこそがRPGだと、レニは信じていた。

 彼が人間としての誇りを持ち、彼女たちのために戦おうとしてくれているのならば、それに答えなければならない。


「プログラム通りに導き出した答えだとしても?」

「そうよ、それがRPGというものだから」

「RPG?」

「そうよ。助けられたら、なにかお返しをするのがRPGの基本なのよ」

「レニって、世の中の全てのことをRPGで解釈するねんな」

「知ってる? RPGって楽しいのよ」

「変わった人」


 アマネは、久しぶりに笑みを浮かべたのだった。

 ベッドにうつ伏せになったレヒトの頭を交互に撫でながら、彼女たちはこれからの事を相談していた。


「そうね……とりあえず、明日はレヒト君の武器を探してみましょう」

「武器? ウチの課金アイテムではあかんの?」

「このゲームには、もっと最強の武器があるはずよ」


 なにわは首を傾げていたが、やがて思い出したように、ぽん、と手を打った。


「おお、あれか。スキルで呼び出すぶっとい剣やな!」

「アマネよくわかんない、それって強いの?」

「強いわ。壁でもアイテムでもモンスターでも、触れたものをぜんぶ破壊できるのよ。名前が『クサビノオウ』」

「ほぉぉ」


 アマネは、その剣を想像しているらしい、目を輝かせて陶然としていた。


「すごい、どういうプログラムか、見てみたい」

「だろう。シリーズを通して、召喚神のギルガメッシュが持っていた剣だ」

「今作では、召喚サルベージが隠しスキルみたいだから、探さないといけないと思うけど」

「まずは、ギルガメシア帝国で魔剣士のジョブを手に入れなければならない、という噂だ」

「先は長いわ。ギルガメシア帝国のある島に入るには、レベル20を超えないといけないらしいし」


 いまだにレベル2のレヒトを見て、レニは苦笑した。


「明日からレベリング再開ね」




 この世界でレベルアップするためには、まず食事をしなくてはならない。

 一行は、晩餐のための買い物を進めていた。


「肉、肉、肉……肉ばっかり」

「大丈夫よ、コックのスキルを使えば、ちゃんと野菜とかが申し訳程度にくっついて出てくるから」

「ゲームの錬金レシピの不思議な所だな」

「不思議よね」


 AKドッグにはコンビニのような店があり、たいていのものはそこで買いそろえることができた。

 レベリングのための回復薬に、装備の補強材も欠かせない。

 レヒトは無茶な使い方をするので、すぐに武器を壊してしまうのだ。


「レベリングの場所だが、どうする?」

「うーん、無人島は『反攻略組』に目をつけられているかもしれないし……」

「ねえ、あれ……」


 食材を買い集めて教会に戻っていた一行は、教会の手前で不意に足を止めた。

 ちらちら、と闇の奥から赤い光が見えていた。

 よく見ると、教会に火の手が上がっていたのだ。


「……うそ」


 教会から全身に火のついたプレイヤーが出てきた。

 教会を占拠していたのは、NPCの『憲兵』たちだった。

 バグを抱えたプレイヤー達は満足に戦うこともできず、教会から追い出されている。


「なに、このイベント……」

「レヒト君……!」


 真っ先にレニが飛び出していった。

 心なしか、このときの彼女は全身が軽くなったような気がしていた。

 どうしてこんな感覚になるのか、振り返ってみても理由はよく分からない。


 庭を駆け抜け、真っ直ぐに教会に飛び込んでいく。

 すると、レヒトは大勢の『憲兵』に囲まれ、身動きが取れない状態だった。


「そんな……AKドッグじゃあ、『憲兵』はレッド・プレイヤーに手出しをしないはずなのに……」


 袖の下は渡してあったはずだ。

 レニが当惑していると、『憲兵』達の中の一人が、不意にこちらを向いた。

 その目を見て、レニはぞっとした。

 明らかに他のNPCとは様子が違う。

 魂のようなものがこもっている。

 穏やかな目に、静かな闘志を燃やしたそのアバターに、心当たりはなかった。


「こっちだ、レニ!」


 レヒトは素早く戦闘から離脱すると、レニを捕まえた。

 彼に向かって『憲兵』が剣を振り下ろしたが、攻撃範囲内から抜け出したレヒトをその剣が捉えることはない。


 ――はずだった。

 先頭にいた『憲兵』の足が宙に浮かび、砲弾のように空中をスライドして、レヒトへと迫ってきていた。


「……バグステップ!?」


 その巨体が残像を生んでさえ見える。

 それは前転と通常前進をミリ秒単位の早さで切り替える、バグステップ。


 本来ならば、『憲兵』のようなNPCが使える技ではないはず。


 プレイヤーがアバターの操作方法を切り替えて、はじめて可能となる裏技だからだ。


 レニは、とっさに防御魔法を発動させた。

 魔法剣士は第二のスキルセットを設定することが出来る上級職だ。


 剣を持たず、両手を前に突き出す『魔法の構え』を取ると、8方向のスキル枠に『呪文』が現れる。

 レニはそれを視線で追うよりもはやく、口頭で唱えた。


「『防護パージェ』ッ!」


 がごん、と凄まじい音がして、『憲兵』の剣が弾かれた。

 レニとレヒトの身体が、緑色の光に包まれていた。


 球体のシールドが展開されると、『憲兵』の攻撃はそのシールドに阻まれ、一瞬だけ勢いを半減させた。


 だが、剣との接触によって生じるダメージは、見た目よりも遙かに大きい。

 その剣を背中に受けたレヒトは、レニと共に数十メートルも弾き飛ばされ、木造の薄い壁を突き破って、隣の部屋へと転がっていった。


「大丈夫? レヒト君」

「大丈夫だ……」


防護パージェ』は味方が受けるダメージを、代わりに自分が受ける呪文だった。

 レベル30のレニの体力は、半分以上削られていたが、レヒトはまだ無事だ。

 レベル2のレヒトでは、この攻撃のダメージに耐えることはできない。


「なに……あの『憲兵』……」

「神父だ……」

「神父?」


 レニは、はっと息をのんだ。

 レヒトの目が、出会ったときとまったく同じ目になっている。

 その目に宿っているのは、死への恐怖。

 そして生きる事への執念だった。


「お前も……蘇ったか、アシュ」


 対する『憲兵』も、よく見ると同じ目をしていた。

 まるで怨恨でもこもっているかのように、執拗にこちらを狙ってくる。


 相手を絶命させねばという使命。

 彼もまた、『デーヴィッド・スリングの亡霊』だ。


「ひょっとして、お知り合いだったりする?」

「ああ、ヨトゥンの……俺のチームのリーダーだった男だ……」

「強いの?」

「20時間ゲリラ戦で粘ったが……最後まで倒せなかった」


 レニは、思わず喉を鳴らした。

 この男も、レヒトとほぼ同等のトップ・プレイヤーだ。


 2人が因縁の決闘に挑もうとしているのを見て取ったレニは、あわてて間に割って入ろうとした。


「ダメ、レヒト君……戦っちゃ……」


 そのとき、不意にレニは急な立ちくらみを覚えた。


「は……」


 足が動かない。

 妙にしびれた感覚がして、息が苦しい。


 歩き出そうとしたレニは、その場にすとんと座り込み、動悸が収まるのを待った。

 この状態の時は、なるべく動かない方がいい。

 もう何度も経験してきた、彼女の人生の半分以上を占めるイベントだ。


「レニ……おい、どうした」


 レヒトは、ようやくレニの異変に気づいた。

 隣にかがみ込むと、彼女の顔はひどく青ざめている。


「レニ! しっかりしろ!」

「みんなと同じデス。リアル世界に異変が起きている」


 気がつくと、シスターが大きな杖を手に、『憲兵』と相対していた。

 シスターの目は、最前線の『攻略組』プレイヤーたちとまったく同じ、闘志を宿していた。


「その子は、貴方が助けてあげてくだサイ。『憲兵』の推定レベルは40から50、私でも3分くらいなら足止めできるはずデス」


 シスターのジョブは、『治癒師ヒーラー』だ、耐久力ならば抜きん出ている。

 さらにレッド・プレイヤーのレヒトとは違い、ロストしてもさほど危険ではない。


「……すまん」


 レヒトはレニの身体を抱え上げると、教会から外へと飛び出していった。


 レニはレヒトの服をぎゅっと掴んでいた。


「大丈夫、たぶん、いつもの……薬を飲めば、ちょっと楽になるやつ。半年も……平気だったのよ……たぶん、今度も……」


 その保証がどこにもないという事ぐらい、誰にでも分かっていた。

 リアル世界のレニは、ベッドから動くことのできない病気の状態なのだった。

 いったい、誰が彼女の様態に気づいて、薬を投与してくれるというのか。

 だが、現状はその奇跡に期待するしかない。


 リアル世界の状況を、彼らはなにひとつ把握することが出来ない。

 何もすることが出来ない。レヒトは歯がゆさに歯を食いしばった。


 AKドッグの町から出ると、すぐに砂漠が広がっている。

 サボテンがぽつぽつと生えて、賞金稼ぎが銃の試し撃ちをしたのだろう、生々しい銃創をいくつもその身に刻んでいた。


 燃え上がる教会の姿は、砂漠の向こうに見えなくなった。

 なんとか移動したいが、ソーディバードへは馬車で数時間の距離だ。

 冷たい暗雲の立ちこめる空の向こうを見晴らして、レヒトは途方に暮れた。


 レニの身体は、小刻みに震えていた。

 気分の状態を表現するアバターは、顔を青ざめさせている。


「しっかりしろ、元の世界に戻ったら、俺たちのゲームを作るんじゃなかったのか」

「……実はあれちょっと、乗り気じゃない」

「どうした」

「だって、主人公がレヒト君で、ヒロインがミウちゃんじゃない?」

「何か問題があるのか」

「ごめん、いま私、レヒト君の事が……ちょっと好きになりかけてるの」


 レヒトは、小さく肩をすぼめた。

 どうして謝る必要があるのか、とその場にいる誰もが思った。


「レヒト君、知ってる? こういうおとぎ話があるの。脱出不能になったゲーム世界で知り合った男女が、困難を克服して、最後にはゲーム世界から脱出して、リアル世界で結ばれるの」

「なんだそのおとぎ話は……リアルの相手が一体どこの何者なのかなんて、まるで分からないだろ」

「そう、私もそう思ってた……思っていたのよ。けれどレヒト君、君と出会って、ちょっと考えが変わったの」

「バカだな……もし俺が実験室で飼育されている知能の異常に発達したネズミかなんかだったら、どうするつもりだったんだ?」

「レヒト君、もし君が実験室で飼育されている知能の異常に発達したネズミかなにかだったら、私は君が素敵な王子様に変身してくれるまで、毎日キスをするしかないと思うのよ」


 レニは身体をわずかに起こして、唇をレヒトの頬によせた。


「もし半年しか生きられないのなら、そんな人生も素敵だと思わない? レヒト君」


 このゲームでは、アバターの感覚がそこまで鋭敏ではないため、接触で性的な快感を得ることはなかった。


 だが、人間ほど唇が敏感ではないゾウやイヌでもキスをするという。

 もともと感覚の鋭敏な指先や唇を接触させる行為は、大きな頭脳を持った生物に共通して快感をもたらすものらしい。


 触れているうちに、レニの身体の反応が、徐々に鈍っていることに気づいた。

 アバターに信号が届いていない。

 身体が意識を失いかけているのだ。


「レニ、死ぬな」


 それは、リアル世界のプレイヤーが死を迎えつつある兆候だった。

 ひょっとすると、手術のために麻酔を打たれ、眠りにつこうとしているだけかもしれない。

 とにかく、彼女は眠りにつきつつあった。


「安心して、レヒト君。私は、ちょっと先にリアルに戻っているだけだから。……貴方は、この世界を……みんなを、救って……」


 そうして、レニのアバターは完全に停止した。

 ロストしたのではない、完全に停止してしまったのだ。




 レヒトは、停止したレニのアバターを膝の上に横たえ、その顔をぼんやりと見つめていた。

 どんな魔法薬でも、回復アイテムでも、スキルでも、この世界のどこを探しても、なおす手段がない。


 ゲーム世界の1日は、3時間で経過する。

 それから日が昇って、沈んで、昇った頃。

 レニの身体はポリゴンの粉になって、風によって空に舞い上がっていった。


 レニが消滅してしまうのを見届けてから、レヒトはようやく納得した。

 彼は歩き出した。


 不意にチャットメッセージを確認する事を思いついた。


「レヒトきゅん、どこにいるの? みんな宿屋に避難してるよ、はやく来て」


 ようやくギルドメンバー達が宿屋に待避しているという事を知って、それから添付アイテムつきのメッセージが送られて来ている事に気づいた。


 それは彼の将来のヒロイン、ミウの写真だった。

 レヒトは、肩で息をついた。

 彼はレニがいなければ、チャットメッセージを確認することすら忘れてしまうような主人公だ。


「……俺が主人公になって、一体どうなるんだ、レニ」


 彼女と交わした約束の事を思い出したレヒトは、それをポケットに入れて歩き出した。


 宿屋を目的地に設定して、マップを表示させたまま歩いた。

 RPGでは、敵から突然狙撃されることを恐れる必要はない。

 必要な情報は、たいていマップに映っているものだ。


 アイコンと同じ色をしたドットがマップ上に表示されていて、数名のプレイヤーが宿屋に集まっているのが分かる。

 白色はNPC、宿屋の管理者か誰かだろう。

 ただ、青色プレイヤーの数が多い。


 ひょっとすると、シスターたちがここにいるのかもしれない。

 彼女たちには、けっきょく多大な迷惑をかけてしまった。


 もう一人のデーヴィッド・スリングの亡霊、アシュは、『反攻略組』以上に厄介な存在だった。

 彼はレヒトを殺すという目的がある限り、執拗に追いかけてくるはずだ。


 FPSのテクニックも、レヒトと肩を並べるほどの超人級だ。

 なまなかな覚悟では、勝てない相手だ。


 宿屋の周囲をぐるぐると巡って、『憲兵』の気配がないことを確認してから、宿屋へと入り込む。

 なにわ達が管理人に話を通してある、と言っていたが、鋭い目つきで不審げにいくつか質問された。


「すみませんね、ここをよく利用している賞金稼ぎは、あらゆる手段を使って他の賞金稼ぎを蹴落とそうとするものですから……うかつに他人を部屋に案内できないのですよ」


 そう言って、鍵を使ってエレベーターのドアを開いてくれた。

 きっとレヒトの人相が悪いので、不審がられたのだろうが、レヒトはこういう殺伐とした雰囲気の街もあるのだな、と感心していた。


「奥が深いゲームだ」


 エレベーターで5階まで行くと、そのフロアがまるごと貸し切りになっているみたいだった。


「あーっ! レヒトきゅん、遅いよー! どこで遊んでたんや!」


 部屋に入ると、教会を追い払われた人たちがそこかしこにいた。

 奥の方に行くと、ギルドメンバー達の姿もあった。

 なにわに、尾塚に、アマネ。


「メッセージに気づかなかったんだ……いつもならレニが……」


 レニのことをどう話すべきか、悩みながら彼女たちの元へと歩いて行った。

 やがてその中に、純白の翼を持ったアバターが佇んでいるのを見つけて、レヒトは言葉を失った。


「レニ……」


 銀色の甲冑に、黒髪。

 そのアバターは振り返ってレヒトの姿を確認すると、にこりと微笑んだ。


「大変だったでしょう。ご飯にする?」


 天使アバターは、なにもレニ固有のものではない。

 偶然にも似通ったアバターを作ったプレイヤーがいてもおかしくはない。

 だが、彼女のステータスを見て、レヒトはそれがレニだと確信した。


 レニ レベル30【Max】 魔法剣士ソードメイジ

 所属ギルド『ミウちゃん大好き同盟』


「レニは、ギルドメンバー全員にコックのスキルを鍛えさせてたな」

「ほら、前シリーズでは普段の食事は携帯食で食いつないで、レベルアップの時だけ料理店で豪華な食事を取るってレギュレーションを組んでいたじゃない。けど、あれをリアルにやると、さすがにさもしすぎるだろうと思って」

「せやせや、せっかくレベルアップするんやから、今日は豪勢に行こう!」


 つい数時間前、レヒトの前から消えたレニが、そこにいた。

 何事もなかったかのように。

 いったい、何が起こったのか。


「……大丈夫なのか、レニ」

「どうしたの? レヒト君、顔が真っ青よ」

「いや」


 なんとも平然とした返事が戻ってきた。

 まともに反応をすることができない。


 自分の意識の方に、何か異常が起こっているのではないか、とさえ思えた。

 レヒトは、目をつぶって冷静に思考を巡らせることにつとめた。


 間違いはない、レニは自分の目の前で消滅したはずだ。

 触れあった感触も覚えている。

 それだけは、間違いようがない。


 翼をもったレニが調理場に向かう後ろ姿を見て、レヒトは目をすがめた。


 レヒトは、レニの足の動きをじっと観察していた。

 いつものレニは、少しの距離を移動するのにも翼を使っていた。


 特殊なコマンドで動かす歩行アシストよりも、その方が楽だからだ。

 だが、今の彼女は普通に足を動かして歩いている。


 レヒトは、レニの言葉を思い出していた。

 彼女は4歳のころから歩いた記憶がないため、足が動かせないのだ。


 ……似たような状況を、FPSでも経験したことがある。

『なりすまし』だ。


 昔のゲームでは、他人がゲームのアカウントをハックして本人になりすます事は、日常茶飯事だった。


 モーファードも、アマネの母親が開発したツールを使えば、生体認証をクリアすることができる。

 そうなると、通常のMMOゲームとなんら変わりはしない。


「レヒト君も、コックのスキルを鍛えておくべきよ」


 穏やかな笑みを浮かべるレニに対して、レヒトは静かに返答した。

 決意を胸に秘めて、歩き出したのだった。


「ああ、そうだな」




 いつもより大人数での食事を終えた後、レヒトはベランダへと出て行った。

 夜風に当たっているレニは、ここにはいない誰かとチャットをしているように見える。


「誰と話をしているんだ?」

「あら」


 にっこりと微笑んだレニは、レヒトのステータスを確認していた。


 レベル12 レヒト 剣士グラディエイター

 所属『ミウちゃん大好き同盟』

 攻撃力 A

 生命力 A

 精神力 C

 ギフト 【剣攻撃力+50】【剣クリティカル率50%】【剣2回攻撃】【剣ダメージ1%追加攻撃】【先制】【奇襲】【カウンター70%】【防御率25%】


「強くなったじゃない。レベル20までもう少しね。そうしたらギルガメシア帝国よ」

「俺は、レベル以上に成長した事がある。RPGのことを勉強した」

「そう、いい傾向よ」

「だから聞こう。お前は何者だ?」


 これが通常のゲームなら、『なりすまし』をしているプレイヤーなど信用できるはずがなかった。


 だが、ここは閉鎖されたゲーム世界。

 すなわち、人質の閉じ込められた牢獄なのだ。


 レニのアカウントを乗っ取ってまで、この閉鎖されたゲーム世界に外部の人間が乗り込んできた。

 一体何が目的なのか。

 敵なのか、味方なのか、まずはそれをはっきりさせる事が先決だった。


 レニは、ゆっくりと両手をあげた。


「そうね。私が何者なのか……それをここで言う訳にはいかないのよ」

「レニは……無事なのか」

「何も言えない。会話はすべてログに残されて、奴らに監視されちゃう」

「奴ら、とは誰だ?」


 ただにっこりと微笑んだレニ。


「……まずはこれを使って、そうすれば教えられるわ」


 レニの指先に、小さな円盤が挟まれていた。

 オーロラ色をしていて、角度によって色彩がうつりかわっていく。


 レニは、アイテムを持つ『構え』を取ると、前方に差し出すジェスチャーをした。

『トレード』のショートカット・ジェスチャーだ。


「これは……」


 なんだ、と問いただす前に、レヒトの視界に、一連の文字が浮かんだ。


「アイテム『セックス・コンソール』をレニから渡されました。受け取りますか? Yes/No」


 レヒトは、浮かんだ文字をしばらく凝視した。

 どこかで聞いたことのあるようなアイテム名だ。

 その視線をレニに向けると、レニは、慌ててぶんぶん手を振った。


「あ、ごめんなさい、これは……名前と外観だけ同じで、機能を入れ替えたものだから、健全で安全なものよ」

「そうか、健全で安全なものなのか」

「元々は、アバターの設定を変えるときに使う、個別パッチ的なアイテムで……」

「とにかく使えばいいんだな」

「待って、普通に『使う』コマンドを使ってもダメ。アバターの首の辺りに押し当ててみて」


 レニがレヒトの手を取り、オーロラ色の円盤をレヒトの首筋に押し当てた。

 円盤から流れ出たデータが、レヒトの脳髄を冷たい液体のように流れ、感覚を冴え渡らせた。


 視界に次々と映像が浮かんでいく。

 これは、レニのスクリーンショットだ。

 町外れの丘でモンスターとプレイヤーを見分ける訓練を行っていた時。

 天空の島から、大地を見下ろしていた時。

 五月祭の最中にレベリングをしていた時。


 一人のプレイヤーが記憶できるスクリーンショットには枚数制限がある。

 だが、そのすべてにレヒトの姿が映っている。


「ハイランカーの彼女が、最後までずっと貴方のことを見続けてきた。だから私は貴方の可能性を信じたいの。貴方なら、このゲームを攻略できるはず」


 目の前の謎の人物も、この一連のスクリーンショットを見てきたのだろう。

 レニは、人差し指を立てて、そっと唇にあてた。


「いい、変なことをしちゃダメよ?」

「変な……ことを?」


 目の前の風景がぼやけていく……。

 やがて、レヒトは平衡感覚を失った。

 レニの胸に倒れ込むようにして、レヒトは意識を失ってしまった。

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