第5話

 本来ならば、バグを使った裏技は発見され次第、運営がプログラムの調整を行い、使用できないようにするものだ。


 だが、今はそのプログラムの調整を行う運営がいない。

 それはゲームに閉じ込められている彼らにとってのチャンスでもあった。


 職人系ジョブの国、メイジャエイプ。

 冒険をサポートする職人系ジョブのプレイヤーのためのスタート地点である。


 どことなくアジアを思わせる風情の街並みに、CAD系スキルで作られたギターをかき鳴らすミュージシャンが広場で注目を浴びている。


 桜の舞い散る神社に、ネコミミを持ったプレイヤーたちがあちこちにいるため、レヒトは神経質そうに顔をひくつかせていた。


 レニは彼の腕を抱きよせ、妙な動きをしないようにしっかり押さえながら歩いていた。


「いい? この国でも指名手配を受けたら、本当に行く場所なくなっちゃうからね?」

「うむ、気をつける」

「本当はこの国で人生をやり直すって方法もあるけど、冒険がじゃっかんしづらいのよね」


 スタート地点となる3国の交流は自由にできるのだが、メイジャエイプはアイテムの能力や属性など、細かい設定を組み合わせなければ攻略できないパズルのようなイベントが多く、戦っていればなんとかなるソーディバードとはまるで別物のゲームとなっていた。


 かわりにプレイヤーはスキルを使えば使うほど強くなるスキル制で、戦闘は必要最小限しかしなくてよくなっている。


 アイテムを生み出して市場に流通させる、といった遊び方に主眼が置かれており、ここの住民はそれを利用して、さまざまな新ジョブを編み出していた。

 ミュージシャンや絵描きなどは、システムにはないが人気の職業のひとつである。


「おいレゴ、邪魔するぞ」


 空手有段者級のレイナは、前蹴りでドアを蹴破った。

 どがっと、凄まじい音を立ててドアが開くと、中にいた毛むくじゃらの獣みたいなものが、むくっと起き上がった。


 その異様には、レヒトでなくとも、レニやなにわも驚いていた。


「レヒト君、攻撃しちゃだめ……あれは獣人」

「うむ、アイコンの色を確認した」

「さすがレヒト君、成長したわね」


 顔は顎のほっそりとしたハスキーのようなもので、左右の耳が「へ」の字に垂れ下がっている。

 だが、その身体はまるで筋骨隆々のプロレスラーだ。

 人間のように当たり前に二足歩行をしている。


 ゲームスタート時に選択できる種族のひとつだったが、その人間離れした風貌を実際に目の当たりにすると、やはり驚いてしまうプレイヤーは多かった。


「……おいおい、なんだよ、レイナちゃん、突然人の家のドアを蹴破るなんて。前に言ってくれたらよかったのに」

「チャットならもう送っただろう、確認しなかったのか?」

「絶好のシャッターチャンスを逃したじゃないか」

「無限キルされたいか?」


 威嚇するように鼻を鳴らしたレイナ。

 どうやら、なじみの間柄であるらしく、レイナは自分の家のように勝手に歩き回って、その辺に置いてあった一升瓶を勝手に拝借して飲み始めた。

 後続のレニたちにも「適当にくつろいでいいぞ」と言った。


「……この人、チーターなの?」

「いや、ゲーム初期にチーター疑惑がかけられていたプレイヤーだ。写真家を気取っていてな」

「写真家なんだってば。システムにはない職業だけどね」

「ウソをつけ……リアルではカメラなんて買ってもいないくせに」

「購入履歴を調べるな?」


 レイナとはリアルでの顔見知りであるらしかった。

 それにしても口さがない。


「ボクの欲しいカメラは1台数百万もするんだぜ? おまけに1週間旅行するのにも同じくらい費用がかかる、どっちかを諦めるしかないっての」

「それで、VRゲームで写真家をはじめたの?」

「そう、バーチャル世界は目に入った映像をそのまま画像にできる、理論上の最高画質カメラが使い放題だ。乗り物さえ手に入れれば世界中どこにだって行ける、最高だろ?」

「おー、なんかわかるわー!」


 レニ達が見渡すと、そういえば、部屋中、至る所に『写真』がはられている。

 この世界の巨大な地図が壁にかけられていて、写真が貼ってあるのはそこで撮られた代表的な写真を示すのだろう。


 見覚えがあるモンスターでも、親子がじゃれあっている光景だったり、ミリ単位の鼻のしわまで見えるアップだったりと、普段は目に入らないような、さまざまな一面を垣間見ることができる。


「わ、かわいい……フツーにいいセンスしてる」

「ここにあるのはほんの一部だよ。よかったら、とっておきのを見せてあげるけど?」

「えっ、いいの?」


 レニの肩にそっと手を回して、にやり、と口の端を吊り上げるレゴ。

 犬の顔で笑うと、まるでオオカミそのものである。

 レイナは、するどくけん制した。


「もっといかがわしい写真は隠してあるんだろ? たとえば装備変更の瞬間に、アバターが裸になる一瞬を捉えたやつとか」

「なんてことを、レイナちゃん。いいかい、あれは芸術だよ? 芸術品のような女の子アバター、その最も美しい瞬間をとらえてあげるのは、ボクの使命みたいなものさ、ちょっとまって、みんな」


 レニが、仲間達の方にこそこそと逃げていってしまった。

 レゴは犬の口を尖らせて、がしがし、と頭をむしった。


「一気に引いちゃったじゃないか。いいじゃん、俺らが使っているアバターの肖像権だってゲーム会社にあるんだし、写真を撮られて実害なんてないじゃん。VR世界の楽しみ方は人それぞれだよ」


 レイナは、ぎろり、と鋭い目をレゴに向けた。


「さらに、MMOゲームには昔から『ピーピング』というチートがあってだな……」

「『ピーピング』って、つまり盗撮?」

「ああ、レゴは他のゲームでその常習犯だったんだ」


 レニが「知ってる?」とレヒトの様子をうかがうと、レヒトはうなずいた。

 

「FPSにもあった。対戦相手が見ている画面を盗み見ながら戦うチートだ。どこに隠れていてもわかるので、逃げようがない」

「それを使っていったいどんな写真を……いやらしい」


 じとーっと、ギルドメンバー達の目がさげすむようなものになっていった。

 イヌ頭をぶんぶん横に振って、レゴは否定した。


「ちょっと、話が横道にそれているな」

「否定はしないんだ」

「この状況で否定したところで意味ないじゃん。いいかい、ボクの専門は盗撮じゃない、風景だよ。漫画家さんのアシスタントやってんの。ここではモンスターとか、普段は立ち入ることの出来ない絶景とかを写真に収めて売るんだ」

「売れるの?」

「売れるよ。だってメイジャエイプは職人の国だからね。冒険者みたいにいろんなフィールドを歩き回らないし、工房や店で細々したスペックとか属性とかをずーっといじってるから、こういうのを市場に出すと、定期的に買ってくれるファンも多いんだよ」


 VR世界で発見した美しい風景をスクショにおさめ、それをアイテムに焼き付けたものを売って生計を立てる。

 これまでゲーム製作者が意図していなかった生活が職業として成り立ってしまったのである。


「とくに、『攻略組』の写真はすごく売れたなぁ。……あの事があるまでは。とにかく、これはゲームなんだから、もっと自由に楽しむべきだ」

「そんなことはどうでも良い、お前に聞きたいことがある。このゲームの『乱数の種』を知っていそうなチーターはいないか」

「『乱数の種』?」


 そう尋ねられたレゴは、毛むくじゃらの両腕を組んで、むーん、と思案していた。


「……まず、コンピュータを通じてモーファードをプレイできないんだよな」

「そないに難しいことなん?」

「ニューラル・インターフェースが構築したシステムだからね。つまり、モジュールのほとんどに人工知能が勝手に編み出したプログラムを採用しているんだ」

「もじゅーる……よう分からんけど、専門的なことだけはわかった」


 ニューラル・インターフェースを採用した最新のOSは、人間の快感と不快感のアンケートを集計し、なるべく快感を共有し、不快感を排除する方向に自動進化する仕組みになっている。


 自動進化するということは、一般人にとってその中身は、もはや理解する必要すらない、ブラックボックスとなっているのだ。


「最近は本職のプログラマーも自作パソコンやプログラムを作っている人は絶滅しちゃった。人間はただ機械が考案したプログラムを見て、『どうしてこのプログラムが最適なんだろう?』ってあとから研究する立場なんだよ」

「いや、そうとは限らないぞ。このゲームでも『セックス・コンソール』などというものを開発した天才がいる」

「せ……な、なに? それ」

「ゲーム世界では省略されている生理現象のひとつ、アレをアバターの身体で再現させるコンソールだ」


 レイナは両手を組み合わせて、なにやらジェスチャーを送っていた。

 アレ、と聞いて、メンバーは各々の身体を見下ろした。

 顔が自然と赤くなっていく。


 ちなみに、最初に国産VRゲームを開発したのはアダルト産業だったので、これはその機能の一部を他のゲームでも使えるようにしたものである。

 日本人はどうしてそっち方面のサブカルで極端な才能を発揮するのか。


「お前もお世話になったよな? レゴ」

「ぜんぶボクを悪人にするのかよ! ああ、そうさ、VR世界でも性欲を発散させてやらないと、起きたとき使い物にならなくなってたら種の存続にかかわるだろ!?」

「そのプログラムの入手経路は?」

「売ってた奴を言ってもいいけど、話をしたいのは製作者だよな? ゲーム断ちしてるって言ってたから、たぶんログインはしていないと思うぞ」

「だろうな、つまりお前はもう用済みということだ。おい、レヒト」

「ちょっと待って、ちょっと待って」


 レッド・プレイヤーのレヒトがクレイモアを構えると、レゴは怖じ気づいた。

 今さらレゴ1人ぐらいPKしたところで大差ない。

 レゴは、まてよ、と思案した。


「あ……けど、『乱数調整』を使ってるんじゃないかって噂になっているプレイヤーはいるけどね。AKドッグに」

「なに、本当か?」

「ああ、異様に強いんだ。ゲームが」




 一行は、馬車に乗って一路AKドッグへと向かった。

 この馬車は、なにわがクレジットを消費して手に入れた課金アイテムである。


 ステアリングもゴムタイヤもついていないが、騒音や揺れを調整コンフィグするという、ゲーム世界でなければありえない謎の技術が組み込まれていた。


「なにわちゃん、よくこんなアイテム買えたわね」

「んふふ、アップデートの前は、クレジット使えへんからねぇ」


 にまにま笑うなにわを、レヒトはじっと見つめていた。

 課金厨と言っても、なにわの資産の多さは異常である。

 半年間も資産を浪費しつづけて、いったい、たかがゲームに何万円ぐらいつぎ込んでいるのだろうか?


「心配するな、なにわも補導対象として、日本警察に調べられていた事がある」

「補導対象?」

「16歳の高校生なのに、大金をゲームにつぎ込んでいたからな。援助交際や犯罪に手を染めている疑いがあったんだ」

「ひっどいなー、ちゃんと自分で働いて稼いだお金やっちゅうねん」

「高校生でどうやったらそんなに稼げるんだ?」

「お? 知りたい? ふふん、レヒトきゅんがウチのプライベートに興味を示してくれたよ、レニ」

「はえっ? どうしてそこで私にふるの?」

「けど教えられへんなー、トップシークレットやさかい」


 なにわは、レニが慌てふためくのを面白そうに眺めていた。

 もはや2人の関係は公然の仲、と言っても差し支えなく、誰もレニからレヒトを奪う理由などないはずだったのだが。


 ここにきて、なぜか頻繁にちょっかいを出してくるようになった。

 レイナは、なにわによくやった、と目線で合図を送っていた。


「ミウとレヒトがくっつくのは、なんとしても阻止しなければ」

「ファンにとっては大問題やからねー」

「あと手ごろな題材が欲しいところだった」


 どうやら周囲は、むしろ2人の仲が早く進展するように煽っているのだった。

 レニと対極的な考えであることを知って、彼女は肩をすくめた。


「あのね、レヒト君はデータ上の存在だからね? 恋愛なんてしても虚しいだけよ?」

「そうか? レニならデータ上の存在と結婚してもおかしくないと思うがな」

「そーそー、初恋は昔のゲームの王子様だったっちゅうからねー」

「一体、どこからそんな情報を……」


 大昔の事を言われて、レニは赤面した。

 ちなみにレニの初恋の相手は、おじいちゃんの家にあった古典ゲームのシリーズで出会った。

 もう70年以上昔のゲームなので、続編は出ていない。出ていたとしても相当なおじいちゃんである。


 一行は馬車に乗って、ソーディバードから遠く離れたAK40ドッグへと向かっていた。


 機械のような建物がひしめき合って、ドミノのように並んだ漆黒の金属板が規則的にカタカタと音を立てている。


 クリスタルを組み込んだ機械を製造する光機工場で栄えた国であり、錆のにおいがする独特の空間が特徴だ。


「チーターの住所はやはりというかなんというか……AK40ドッグに集中しているんだな」

「そこには何があるんだ?」

「カジノがある。いわゆるギャンブルの国だ」


 ここもメイジャエイプと並んで人気の高い、プレイヤーが選択できる拠点のひとつであった。

 商人系の国と呼ばれていて、商人や賞金稼ぎ、ダンジョン探索者などの拠点となっていた。


 これらのジョブは、戦闘やスキルの習熟よりも、アイテムの獲得が重要となっている。

 戦闘はむしろ回避していく、いわゆるローグもののようなプレイスタイルが推奨されていた。


「デイトレーダーっていうのがMMORPGで流行ってたんや。ウチも前のシリーズでやってた」

「デイトレーダーとは?」

「アイテムの市場価格が上がったり下がったりするのを利用して、売り買いだけでお金をどんどん儲けていくの。この世界で言う、行商人と同じプレイスタイルね」

「いっそそれを公認のジョブのひとつにして、冒険者や生産職と住み分けしようって感じでこの国を作ったって話やわ」

「盗賊ギルドもあるという話だ。ちなみにレッド・プレイヤーも袖の下さえ払えば『憲兵』に見逃されるらしい。まさに金がすべてといった感じだな」

「ふむ、つまり俺もここに住めば普通に生活できるわけだな」

「ダメよ、レヒト君。レヒト君はちゃんとした冒険をしなきゃ。冒険こそRPGの王道よ!」


 工場の多かった街は、途中から商店が建ち並ぶ繁華街へと切り替わった。

 昼間からネオンの看板が光を放っていて、その最奥にカジノの建物はあった。


 レニたちと共にカジノに足を踏み入れると、レヒトは即座にそこが他の店とは明らかに異なることを見抜いた。


 周囲から凄まじい数の視線が集まってくる。

 おそらく、彼らがどのくらいのレベルのプレイヤーか値踏みをしているのだろう。


 中でも一番視線を集めているのは、なにわかもしれない。

 彼女の凝りに凝ったキャラメイキングに、身につけている限定レアアイテムは、かなりの資産を持ったプレイヤーであることを示している。


「おー、なんや? みんなウチの事を気にかけとるみたいやなぁ」

「レイヤーでソーディバード出身は珍しいからね」

「たいていAKドッグ出身だからな」


 ポーカーやスロットなど、公式のゲームが楽しめるゲーム台には、多くのプレイヤーが貼りついていた。


 それだけではなく、通路に露天商のように座り込んでいるプレイヤーも数多くいた。

 近づくと自動で表示されるコメントに、「BO3ダイス、10k」などと表示されていた。


「あれはなんだ?」

「非公式のギャンブルを持ちかけるプレイヤーだ。自作のゲームを持ち込んでいたり、公式では賭けられないものをかけたりする」

「どうしてそこまでギャンブルにのめり込むんだ」

「忘れたいのさ」


 商人系ジョブは、相場が変化するまで待つ、店番をする、次の街までただひたすら移動するなど、とにかく何もしない時間が増えやすい。

 そのために、片手間でできるミニゲームの類いを豊富にしているのだが、本来ならばゲームにログインすらせずに資産を増やす、いわゆる放置系のプレイスタイルも推奨されていた。

 ここはそんなプレイヤーたちが無為な時間を送るための場所として機能しているのだ。


 まるで露天のように並んでいるそのプレイヤーの間を歩きながら、レイナは1人の少女の前で足を止めた。


 レベル3 アマネ ウィザード

 所属ギルドなし

 攻撃力 C

 生命力 C

 精神力 A

 ギフト 【魔法効果+20】【スタン成功30%】


 魔法使いにもかかわらず、スキル数が異様に少ない。

 恐らく、スキルをほとんど使っていないのだろう。

 紫色のとんがり帽の下から、レイナをぼんやりとした眼差しで見上げている。


「……お姉さん、アマネと勝負するの?」


 その声はひどく気だるそうで、まるで覇気がなかった。


「いいよ、サイコロ勝負。10kでやるよ」

「宮園クロフォードだな」

「はぇ」


 少女の目は、帽子の縁から尾塚の姿を見上げた。

 大きく見開いて、まるで恐怖におののくように震えている。


「あ……あ……」

「何もするつもりはない、いくつか聞きたいことがあって……」


 そのとき、少女は傍らの木箱を担ぎ上げると、獣のような素早い動きで逃げ出した。


「あ、逃げよったで」


 レヒトはその場に片膝立ちになり、すばやいメニュー操作で一瞬にしてアイテムを投げナイフに変更。

 それを投擲する構えをとったところで、レイナが制した。


「投げるな!」


 はっ、と我に返ったレヒトは、逃げる相手に対して反射的に追い打ちをかける癖がついているのに気づいた。


「すまない……まさか、まだこんな癖が残っているとは……」

「場合によっては役に立つこともあるだろう」

「ないことを祈っているわ、追いましょう」


 リアルとは違い、各アバターの移動速度はさして変わらない。

 ここで速さの差をつけるのは、障害物に当たったときのロスを最小限におさえられるかどうかだ。

 周辺の地理を完璧に把握しているアマネに対して、2人では不利な勝負である。


「まずいな、どんどん距離を開けられていく」

「俺に撃たせろ」

「撃つな、レゴを呼ぶ」


 狙撃で動きを止めようと提案するレヒトを制し、レイナはチャットメッセージを送りはじめた。

 レゴも、スクショを撮るときに視界に写り込むと邪魔になるため、たいてい通知をオフにしている。

 だが、今回はすぐに連絡がついた様子だ。

 というより、彼らの事を尾行していたに違いない。


「よう……そんなに慌てなくても、ゆっくり遊んで行ったらどうだい?」


 1人、スロットを回している毛むくじゃらの男が台を足で蹴り、2人の道を塞ぐように椅子をスライドさせてきた。

 見間違えようのないイヌ顔は、レゴだった。

 帽子をくいっとあげると、のんびりした口調で彼はいった。


「へへっ、どうせ俺の力が必要になると思ってたぜ」

「レゴ、いいから彼女を追ってくれ。話がしたい」

「おうおう、悪いがただでクエストを受けるほどお人好しじゃないんでね」

「3500ジェム以上は出せない」

「ちちち、ゲーム内通貨なんぞで俺がなびくと思ったか?」

「では、お前の命を1週間ではどうだ」

「恐いよ!?」

「せやったら、これはどうや?」


 他よりじゃっかん遅れてきたなにわが、手に光り輝くアイテムを取り出した。


 まだ入学したての初々しい学生達が着る学生服、春用に用意されていた限定ガチャだ。

 肩に桜の花びらがひらひらと舞い落ちるのが特徴であった。


 そのアイテムを見た途端、レゴの表情が驚愕に歪む。


「そッ……そいつは、今月リリースされた限定アイテム、魔導学園アレクサの学生服……ッ!?」

「なにぃッ!?」


 周囲でゲームにかじりついていたプレイヤー達も、その声に驚愕して立ち上がった。


 商人系の国、AKドッグのプレイヤー達は、レアアイテムの話になるとすごく食いついてくる。


「ライジング・フロンティア研究部が500万クレジットを投じてかすりもしなかったという、いわくつきのアイテム……ッ!」

「コピーを作りたい生産職が目を血眼にして探している一品……ッ! どうしてあんたがそれを……ッ!」

「ふふん、ガチャなんてしょせん運やで、運」


 なにわは、鼻高々だ。

 どうして彼女はこの閉鎖された世界で課金し続けられるのか、不思議でならない。

 エサを目の前につるされたレゴは、鼻息を荒くしてなにわに詰め寄った。


「たのむ、このアイテム、30分だけでいい、俺に貸してくれ」

「ほえ? 30分だけでええのん?」

「俺の安アパートに置いといたら、あっという間に盗賊に奪われるよ! とにかく、貸してくれたら、なんでもしてやるから!」


 ほのかに桜の花びらが飛び散る制服を担いで、レゴは凄まじい勢いでアマネへと迫っていった。


「あいつ、早いぞ」

「忍者だからな。見失わないように急ぐぞ」


 忍者は『障害物を乗り越えるときのモーションの方が通常の移動速度より早い』という職業特性を持っている。


 その戦闘能力は地形に大きく依存しており、戦略がはまれば、ノーダメージで格上の相手を倒すことも可能だ。


 カウンターを乗り越え、シャンデリアを飛び越えて、凄まじい速さで移動していく。

 レヒトは、アマネとそれを追うレゴの姿を見失わないように走りながら尋ねた。


「あの魔法使いのリアル情報を知っているのか」

「ああ……宮園クロフォードはモーファードを開発した企業に関わっていたプログラマーだ。『セックス・コンソール』を生み出したのも彼女だと言われている。ハッキングができるとすれば、彼女しかいない」

「……あいつの年齢は?」

「宮園クロフォードは31歳だ。なにか気になることがあるのか?」

「いや、そんな雰囲気がしなかった気がした」


 アマネは明るいカジノの通りを抜け、AKドッグの主要都市のひとつ、ダウナー・ドラゴンへと駆けていった。


 そこは暗殺者ギルド、盗賊ギルド、賞金稼ぎギルドなどが軒を連ねる、AKドッグ随一の暗黒街である。


 路地全体がすでに薄暗い空気をたたえており、そこで依頼されるクエスト内容も非常に後ろ暗く、はっきりと『暗殺』、『簒奪』の文字がおどっていた。

 レニは、レヒトならば住みやすいかもしれないといっしゅん思ったが、そこはそれだ。


 アマネと一行は、指をかざせば隠せそうなぐらいの距離が開いていた。

 こちらの通路はひどく薄暗く、いつ見失ってもおかしくない状況だったが、レゴの方が先に追いついた。


「あおおぉ~~~ん!」

「きゃああんッ!」


 オオカミの遠吠えと少女の悲鳴が聞こえてきて、尾塚とレヒトは足を速めた。


「レゴ……ッ!」

「いかん、急ぐぞ!」


 曲がり角から身を乗り出すと、レゴは少女に馬乗りになって、尻尾を激しくふっているところだった。

 先ほど入手したばかりの魔導学園の制服を持ち、強引なトレードを迫っている。


「ふへへへ、お嬢ちゃん、もう逃げられないぜ。さあ、その魔法使いのローブを脱いで、この学生服に着替えるんだ……!」

「ふいぃ~ん、やだぁ、助けてぇ……! 恐いよぅ!」

「へっへっへぇ! リアルの快楽を忘れたって訳じゃないだろ? さあ思い出すんだ、この『セックス・コンソール』を装着することによって……おごぅ」


 レゴは、唐突に飛んできたファイア・ボールを顔面に喰らった。

 のけぞった所にレイナが接近し、腕を絡め取って投げ飛ばした。


「がッ……はぁッ!」


 アバター同士が接触してもダメージはないが、相手のアバターを移動させる事が出来る。


 それを利用して相手の体勢を崩し、重心をコントロールすることによって、飛ぶように仕向けるテクニックである。


 攻撃ではないためダメージ判定はないが、落下や物理的接触の判定による軽微なダメージを喰らう。


「おいおい、レイナちゃん! いったい何をするつもりだ!」

「レゴ、お前とはいつかリアルでも決着をつけなければならないようだ」

「見たいと思わないか、この子の学生服姿を!」

「離せ、その子はたぶん、宮園クロフォードではない」


 えぐ、えぐ、と泣いているアマネに、レヒトは手を差し伸べた。


「たぶん、娘の方だ。立ち上がれるか?」




 モーファードにおけるすべてのVRゲームは内容にかかわらず、15歳未満のプレイは禁止されていた。

 リアル世界とあまりにも乖離しているため、正常な精神の発育を妨げる恐れがある、という事情からだ。


「宮園クロフォードが開発したハッキング方法を、娘の宮園アマネが発見して、親のアカウントでこっそりゲームに入った、ということらしい」

「なるほどな。いわゆる、スクリプト・キディって奴か」

「大企業のコンピュータにハッキングを仕掛けなかっただけマシだ。まあ、大人の世界に興味が湧くのはわからないでもない」

「アマネちゃん、ちなみに何歳」

「9歳」


 アマネのアバターは、その倍ほどの年齢でもおかしくない成熟ぶりだった。

 リアルの人間とアバターの容姿が乖離することは珍しいことではないが、ここまで年齢が乖離することは珍しい。


「だいたいみんな、自分と似たような年齢性別を選ぶ傾向にあるからな」

「そうなのか? ネカマとかは、昔のMMOじゃ珍しくなかったけどな」

「VRゲームになるとそれは減るんだ。女装願望や男装願望があって異性のアバターを使う人はほとんどいないからな。基本的に神の視点から見るためらしい」


 アマネは、おろおろして周りのプレイヤー達を見渡していた。

 すっかり怯えてしまっている。


「あう、アマネ、逮捕されちゃうの? お母さんは、どうなるの?」

「心配ない、ここにいる人は警察に近い人だけど、警察じゃないからな。君の能力を貸して欲しい」

「うむ、その通りだ。……だが、それよりも、いっそうのこと不思議だな」


 レイナは、不審そうに眉をしかめていた。

 彼女の方に、視線が集まった。


「娘が半年間もゲーム世界から出てこられなくなったというのに、親はいったいどうしてハッキング技術で乗り込んでこないんだ?」




 アマネは、ゲーム内のミニゲームで常勝の強者だった。

 彼女がこのゲームで『乱数調整』をしているプレイヤーだったことは、確かな様子だ。


 彼女は薄桃色のメニューウィンドウを開くと、そこからミニゲームという項目を開いてみせた。


「ゲーム内ゲーム、『ミニミニダンジョン』」

「ほう。レニは知っているか?」

「ええ、知っているわ」


 レニは、うん、と大きく頷いた。


「プレイヤーがお互いにオリジナルのダンジョンを作って、お互いのミニプレイヤーにそれを攻略させるの。初代ファミリーコンピュータと同じスペックで動く、レトロなミニゲームをゲーム内で再現したものよ」

「たいした技術だな。ちなみに初代ファミリーコンピュータと同じスペックってどのくらいだ」

「300キロバイトよ」

「キロって新しい単位か? テラの何倍くらいあるんだ?」

「今じゃ写真も表示できないわよ。知ってた? 昔のゲームは式神を動力源にしていたのよ?」


 レニの記憶によると、当時のゲームはおじいちゃんがカセットに「ふー」と息を吹き込む謎の儀式を行っていたし、ブラウン管テレビにはよくゴーストが映り込んで、おじいちゃんはそれを叩いて追い出していたし、ぜったいに霊的な何かで動いているものだと子供心に本気で信じていた。


 アマネは、自分の作ったダンジョンリストの中から、『ゾンビー演算回路』なるダンジョンを指でクリックした。

 本来はいくつも複合させるものらしいが、開いたのはそのうちのひとつだけだ。


「ゾンビーのライフは、湧出ポップしてから歩いた距離と対数の関係になるの。だからゾンビーの死んだ数で簡単な計算が出来る真空管もどきをいくつも作って、それをつなぎ合わせて計算機を作ってみた」

「なんやなんや、急にハッカーらしくなってきたなー、アマネちゃん」


 昔の創作系ゲームでも、ゲームシステムを組み合わせて計算機を作る試みはいくつも成されてきた。

 だが、物理エンジンへの負荷が大きくなりすぎるため、どうしても処理できる計算量に限界がある。


 モーファードは21世紀の最先端の物理エンジンを搭載しており、なおかつこのミニゲームのスペックも非常に小さいことから、ギガバイトぐらいの計算はこなすことができたのだ。


「ミニゲームで計算を繰り返して、ようやく分かった……これがこのゲームで使われている、疑似乱数。アマネの半年の成果」

「なるほど、これが『乱数の種』か」


 画面に浮かんだのは、中学校の関数の問題に出てきそうな、ひどく単純な計算式だった。

 だが、その計算式は何重ものプログラムによって保護された秘密の一文である。


 この乱数の式が、この世界のランダム要素をすべて操っているのだとすれば。

 レヒトはそれを食い入るように見ていた。


「レヒト君、なんとかなりそう?」

「ああ……これだけ分かっていれば」


 レヒトは、これから何が起きるのか分かっていない様子のアマネに言った。


「魔王を倒せるかもしれない」

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