第3話 運命の輪
インカムで、海堂に連絡を入れ、10分程待つと海堂が現れ、神崎なんでも研究所に行くよう指示した。
京は
「警視庁じゃないんですか?」
と、問うと、
「こんな特殊事例、警視庁では手に負えん。やっかい事は君達の所が1番だ」
ていらくもなく言いきる。
「天も貧血起こしてるし、一緒に行くぞ」
そう言うと、あちこち指示をだし、天は担架に乗せられ、トレーラーにバイクを乗せ、京も車上の人となった。
パトサイレンを鳴らし、2時間程で着いた。
研究所では医療班が待機し、すぐ少女を治療室に運び込んだ。
バイタルや3D画像にかけられている。
医務室は戦場だった。
隣の看護室に寝かされた天を見守るように京は座っていた。
そんな京の目の前にミルクが差し出される。
驚いて顔をあげると、多岐が
「ブランデー入り。落ち着くよ」
京の隣に座り、大変だったね、と言葉をかける。
途端に京の体が震えだし、
「・・・銃が・・・あんな」
マグカップをぎゅっと握りしめる。
「銃が怖いと知ることは、いいことだよ」
京の頭に銃弾が当たり悲鳴をあげて落ちていく狼の姿が離れない。
多岐は京の体を抱き締めて、
「こんなことは2度と起きないよ。京が銃を怖いと思っただけで充分」
京はブランデー入りのミルクを一口飲んで、ホッと息をついた。
「それにしても、女の子の裸を見て、貧血起こすなんて」
点滴を受けながら眠る天に、視線を落とす。
「これで当分神崎さんから、からかわれるわね」
その言葉に京は初めて笑みを浮かべ
「格好の餌食だね」
「自業自得!」
多岐、それはあまりにも、と思う京であった。
◇
一方、治療室の方はまさに戦場だった。
京が撃った弾は麻酔銃で、薬が覚めるまでにやっておかなければならないことが山積みであった。狼が来ると思っていたら運ばれて来たのが17歳くらいの少女だったからだ。
首にはネックバンド。すぐに取り外し、検査にまわる。
おそらく、セキュリティーやレーザーが効かなかったのもこのネックバンドのせいだろう。解析に回ったユーリは胸の鼓動がおどっている。どんな仕掛があるのか、と思うとワクワクする。果して、このリングは研究所のセキュリティーを突破できるか。答は否だった。かなり高性能で、瞬時にセキュリティーコードを読み取る。一般的には11桁だが、ここは15桁だ。研究所に入った途端、回線がショートした。お陰で少女の首に火傷の痕がついた。レーザー類を跳ね返したのは突起物で複雑な回路と見たことのないマイクロチップが組み込まれてた。マイクロチップん分析器にかけ、情報を引き出す。結果、最新鋭のレーザーバズーカにも対応していた。軍事設備もものともしない、恐るべき武器だった。
少女の頭には別のマイクロチップが埋め込まれていた。大脳深くと海馬の2ヶ所。特に大脳は深く右脳左脳に絡んでた。
桐吾は映像を見ながら
「取れるか?」
と聞いた。聞かれた医師山邑は正直に
「海馬は労せずとれるでしょうが、大脳の方は難しいですね」
「やって、できない訳じゃないんだな?」
「一応は。脳を傷付ける可能性があります」
桐吾は一瞬考えたあと、
「森村さんのところで5年だったな」
「はい」
「だったらできるな」
森村のところでの経験は伊達じゃない、あそこは連邦一の病院だ。院長の森村の片腕としての実績がある。
「最善をつくします」
桐吾は山邑の方をポンと叩くと、まかせた、と言って治療室から出ていった。
その足で看護室に寄った桐吾は、ちょうど目を覚ました天と顔を合わせる。
「女の子の裸を見て鼻血出したんだって?」
クックッと笑いがこみあげる。
「悪いですか! 青少年なんで」
ブスッとして天は言った、
それに対して桐吾は
「そう、正に青少年。当たり前の反応だ。それより京、無反応だったお前の方が心配だ」
話を振られた京は
「あの時はちょっとパニックっててそれどこらじゃなかったから」
慌てて弁明する。すると多岐が真面目な顔で、
「桐吾、二度と京に銃を持たせないで」
鋭い視線を向ける。
「善処する」
右手を挙げて応えた。ふと窓の外を見た桐吾が
「夜が明けるな」
と言った。時計を見たら7時前だった。長い夜が明けた。
◇
取り敢えず一眠りしようと、仮眠室を借り、シャワーを浴びて着替えて、食堂にいく。すると多岐が、
「パンにする?それともご飯?」
「ご飯ください」
京は疲れた顔で言う。
しばらくするとトレイに、ご飯に味噌汁、焼き鮭にさやえんどうのごま和え、それに卵焼き。京はいただきます、と手合わせ黙々と食べる。
多岐は
「着替えわかったようね」
「うん、ありがとう」
「ついでだから。天の分もね」
味噌汁に手を伸ばし、玉ねぎと豆腐と油揚げの味噌汁を飲む。
「そう言えば天は?」
「女の子のところ。麻酔が効いてるからまだ眠ってるわ」
ご馳走さまの挨拶をし、
「俺も天のところにいくわ」
「あたしも片付けたらいくから」
京のトレイを受けとると、手際よく片付けていく。
京はそんな多岐を見ながら
「一緒に行こうか」
と言った。多岐は笑って頷いた。
南棟特別室。別名「隔離部屋」に少女と天はいた。
隔離部屋とは、未知の物体を入れる部屋で、核爆弾でもぶっ飛ばない構造をしている。病原体、あらゆるものから被験者を隔離する部屋だ。
天が覗きこんでいると、部屋のブザーが鳴り、京と多岐が入ってきた。
「まだ眠っているの?」
多岐は反対側から回り込んで覗き見る。
本来なら医者や看護師が付くのを、危険、の一言で出入りが出来る人間を制限した。何かあった時はボタンひとつで報告される。元々監視カメラで24時間体制で監視下に置かれてる。
頭の手術から3時間、そろそろ目覚めてもいい時間だった。
おもむろに、少女の睫毛がかすかに動いた。多岐はインターホンで桐吾たちを呼ぶ
少女の目が開いた。アイスブルーの瞳は天井をさ迷っている。ふと、壁際に立つ京と目があった。小声で、誰? と呟く。
ここは何処なのだろうかと、しきりに目を動かす。
そんな彼女に多岐は、
「昨夜貴女は撃たれて、ここに運び込まれたの」
「・・・撃たれて」
ハッとして体を起こそうとするが、体が動かない。
あがいても、あがいても指先1本動かない。それを見ていた多岐は、
「貴女の正体がわかるまで、手足の力は抜かせてもらったわ」
それでも、何度か抗おうとしたが、少女は
そこに桐吾と海堂が入ってきた。
「目覚めたって!」
少女は入ってきた二人に目を向け、睨み付けた。
海堂が侘びる
「手荒な真似をしてすまない。君がどんな力を持っているかわからなかったので強硬手段を取らせてもらった」
海堂は優しく語りかけるように尋ねた
「君があの狼だね?」
少女は返事を拒否するように、天上を見据えた。
「名前は?」
口を真一文字にして、睨み付ける。
「誰の指示だ?」
全く答えようとしない少女に桐吾が
「京」
と呼んだ。京は少女の手を取ると、無表情で
「名前はディアナ。歳は多分16。狼は彼女だろうけど、その間の記憶がない。白い壁の部屋で、窓が1ヶ所。その窓から見える景色を唯一の楽しみにしている・・・」
京がよどみなく話すと、少女ーディアナは
「やめて‼」
と叫んだ。そして京を恐ろしいモノを見るように見つめた。
「なに、この人・・・」
さらに京はいい募る。
「真柴博士が黒幕か?」
ディアナは顔を横に向ける。
「当たりだな」
桐吾はいい放つ。
海堂は、知っているのか? 桐吾に聞いてきた。
「噂程度ですが」
マッドサイエンティストの異名を持っている、と告げた。
「マッドサイエンティストね・・・」
海堂はディアナを見つめる。
複雑な表情を浮かべ、海堂は桐吾を促して部屋を出た。
桐吾が
「当然、あちらにはここにいることは判ってますよね?」
マイクロチップがそれを明確に示している。
「だからここに連れてきた。トーキョーでは危ないからな」
セキュリティも万全だ。なによりここには京たちがいる。
なまじっかの警察病院より安全だ。
「真柴博士については調べてみるから、こちらを頼む」
海堂は、桐吾の肩をポンと叩いて
「戻る」
そう言うと、玄関に向かった。
◇
桐吾達が出たあと、京達3人は部屋に残りディアナを看ていた。
多岐が
「頭の手術をしてるから10日は動けないけど、そのあとは貴女の自由よ。ただし、研究所内だけだけど」
多岐の言葉にディアナは、ピクリと反応する。
「自由って・・・?」
言葉の意味が解らない、という表情をする。
「歩くのも、話すことも好きなときに好きなだけできるってことさ」
天は少しおどけたように言う。
「君はずっと囚われていた。違うか?」
京は読み取った畳み掛けるように言う
「誰もいない監獄のような部屋で、餌をもらうように食事をし、水を浴びせられ、文字も読めず、話が出来るのが奇跡だ」
天と多岐はあまりの扱いに絶句する。
「人権侵害もいいところだわ!」
多岐は怒りを放つ。天はサイテーと言い放つ。
そんな3人を見回しながら、ディアナな不思議そうにみる。
「私のために怒ってるの?」
「そうだよ」
「そうさ」
「そうよ」
3人の声がハモる。
「どうして私なんかのために?」
ディアナは聞く。当然の質問だ。
「それは一緒にいれば、そのうちわかるわ」
多岐は謎めいたように答えた。
「因みに京が特殊だってわかるわね」
ディアナはそっと頷く。
「彼は接触テレパス。触れた人の記憶を瞬時に読み取るわ」
ディアナは先程のことを思い出す。京を見ると複雑な
「貴女が話すことができて、本当によかった。話せなかったら京が貴女の思考を読むところだったわ」
あれは精神的強姦だから、と多岐は呟く。
「24時間体制で貴女を見張るけど我慢してね。これは皆、見張られているから」
「あなたやこの二人もなの?」
「私達3人は特にね」
アトミックトリオと呼ばれてるわ、と捕捉。
「そこから見えるかしら? 左端の建物が壊れていることが」
多岐がリモコンでベッドを少し起こす。
窓から見える景色は咲き始めた梅が見え、その向こうに現在修復中の建物がみえた。
多岐は見えたのを確認したあと、
「あれを破壊したのも京。社員寮だから急ピッチで直しているわ」
京は顔を僅かに歪める。
「自分の力を制御できなくて、あの始末」
多岐は言う。
「テレパス以外にも力を持ってるの?」
その問いに
「真柴博士が喜んで実験するだろうね」
そう言うとディアナは京を睨み付ける。
「実験されてたのか!?」
天は無言の二人を見、マジかよと言い放つ。
「ここではそんなことしないから大丈夫。まずは傷から治していきましょう」
ディアナは優しくされたことがないので、戸惑う。
「お腹が空いたでしょう。用意するから待ってて」
そう言うと部屋を出ていき、天と京が残された。
「傷は痛む?」
京は自分が撃った脇腹を見る。
「少し痛いけど大丈夫」
今まで受けてきた暴力に比べれば、へでもない。
「記憶を読んですまなかった」
今日は頭を下げる。でも、ディアナには意味がわからない。天が、
「ごめんなさい、はわかる?」
ディアナはコクりと頷く。さんざん言ってきた言葉だ。
「それと同じ意味」
ディアナはどうしていいかわからなかった。戸惑っているディアナに
「許せるか許せないかの問題だね」
許すか許さないかの問題。ディアナはまだ不快感が残っている。
「ごめんなさい、まだわからないの」
「当然だよね。俺でも許せないもの」
京はキッパリと答える。それでも命じられればやる。それが京の仕事だから。
そんなやり取りをしている間に多岐が食事を持ってくる。ロールパンにスープ、目玉焼きだ。手枷を解いてディアナの前に差し出す。
ディアナは手掴みで目玉焼きに手をだし、スープは犬食いだ。3人は黙ってそれをみていた。ディアナが食べ終わると、多岐はまず食事のマナーから始めようと、思った。
「口に合ったかしら」
「美味しかったです」
よかった、と内心ホッとした。生肉だったらどうしようかと。
食事をして気が緩んだのか、ポツリと
「私はこれからどうなるのかしら」
と呟いた。
警察の取り調べに身体検査などが待っているが、まずは人とのコミュニケーションを優先した。
多岐からは食に関すること、天は話し相手、京はただ側にいるだけだった。
ディアナは退院したあと、多岐と一緒に生活するようになった。
京に抱いていた恐怖心も薄れ、二人で一緒にいることが多かった。黙っている京に安心感を感じていた。
多岐は天に
「相棒取られちゃったね」
と言うと、
「あいつがよければそれが1番じゃない?」
「天、大人になったわね」
「そ、そう?」
記念にブラックコーヒーを入れてあげよう、と言うとあわてて、いつものカフェオレで! と言う天に多岐は笑った
どうしてだろう、この人が側にいると安心する。ディアナ自身不思議に思った。特別何か話す訳でもない。なのに安心感が募る。
京は京であの記憶を見てしまい、守ってあげたい気持ちにかられていた。
二度とあんな目に遇わせたくない、その思いでいっぱいだった、
どちらからともなく、二人よりそうようになっていた。
夜、所長室から桐吾は複雑な気持ちで二人を見ていた。
この恋は決して実らないことをしっているからだ、
桐吾は報告書に目を落とした。
今は平和だが嵐がきっとくる。
空に浮かぶ十三夜の月を見てため息をついた。
それから2日後の深夜事件は起こった。
普段と変わらないディアナにおやすみの挨拶をしてベッドに入った多岐は、異様な気配で目が覚めた。
部屋の中に獣がいる。多岐は指先に明かりを灯して探る。
明かりを手のひら大にして、照明のリモコンを探す。
獣が身を翻し、多岐に襲ってくる。多岐は火の玉を浴びせながら非常ボタンに近づく。ボタンを押すのと同時に獣が襲いかかる。避けられない、と感じた瞬間、肩に熱い痛みが走る。多岐の体が赤い炎に包まれる、咄嗟に避けた獣は、非常ボタンで駆けつけた所員の間をくぐり抜け、外へ飛び出すと渾身の力で塀を乗り越えると、闇の中に消えていった。
シルバーブルームーン 佐野美幸 @tenseion
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