さみしい毛糸
そのうちに秋になりました。おじいさんのお店のなかも、いそがしくなってきます。
春と夏のあいだにしまいこんでいたコートやセーターをなおしてもらいに、町のひとたちはやってきました。
さみしい毛糸は、この秋こそはと思いましたが、みんなの言うことは夏のころとかわりません。
「やっぱり、ぼくはだめなんだ。こんなマフラーになったって」
さみしい毛糸の心に、こがらしが吹きつけるころ、あるわかものがお店をたずねてきました。
それは
旅人はさみしい毛糸のマフラーを手にとって言いました。
「ああ。これは、いいものだ。
おどろいて、なにも言えない毛糸にかわって、おじいさんがおしえます。
「気にいったのなら、ぜひ
「いいですよ。じゃ、わたしがいま、いちばん、ほしいものの名前をつけましょう」
旅人は言いました。
「それは、
おじいさんはとてもよろこんで、お
さみしい毛糸は、自分がだれかと旅に出ることが
いよいよ朝がきました。毛糸は、おじいさんにたずねます。
「ぼくとマフラーをあんでいる、見えない毛糸は、なんという名前なんですか」
おじいさんは、こうおしえてくれました。
「それはね、『
さみしい毛糸はびっくりして、目の前がすこし、ちかちかなりました。夢。さみしい毛糸と、夢の毛糸では、ぐんと、はなれているような気がしたのです。
長いながいマフラーは、旅人の首にまかれてお店を
それからマフラーは、なん年も旅人といっしょに旅をしました。
さむいうちは夢の毛糸が旅人のからだをあたためて、あつくなれば、さみしい毛糸の
さみしい毛糸は、がんじょうでしたので、どんなに
「旅人さん。どうして、ぼくらを連れていってくれるんでしょう」
長くつづく雨の日に、毛糸は聞きました。
「そうだなあ」
旅人は、すこし考えて言いました。
「夢は見えない毛糸だけれど、ぼくの首にはあたたかい。きみは、さみしい毛糸だけれど、
森をこえ、山をこえ、海をわたっていくうちに、旅人とマフラーは、ほかにはない友だちになっていたのです。
やがて、またなん年かがたち、旅人は旅をやめて、遠いとおい、よその町で
ある春の日のことです。さみしい毛糸は
そばでは、この家の生まれたばかりの赤ちゃんが、やさしい毛糸の
「旅人さん。どうか、ぼくをほどいてください。そして夢の毛糸をつかってください」
なん年もの旅で、さみしい毛糸はずいぶんとすり
さみしい毛糸にも、いまは、それがはっきり見えました。これでなにか
さみしい毛糸はさみしい気もちからではなく、心からそう思ったのでした。
「ぼくは近いうちに切れてほどけてしまうでしょう。それなら自分でわかるうちに、新しい、夢の毛糸のかたちが見たいのです」
旅人はさみしそうな顔をしましたが、やがてうなずいて、そっと毛糸をほどきました。
友だちがほどけきってしまう前に、旅人は、そっと言葉をかわしました。
「ほんとうに、いままでありがとう」
夢の毛糸は、さみしい毛糸の目の前で、すぐに新しいかたちになりました。旅人のおよめさんが
まど
そして、じぶんの心が、さみしさではなく、なにか
旅人が、もういちど毛糸に声をかけようとしたときです。まどから春の風がすべりこんできて、さみしい毛糸にぶつかりました。
「あら、あのときの毛糸」
「ほんとうだ。さみしい毛糸」
そのとき、毛糸は自分から風にとびこんで、まるい糸くずになってコロコロ、コロコロところがりました。それから、外へとおいかけてきた家ぞくにむかって、大きな声で言いました。
「さようなら。ぼくはもう行かなくちゃ。おわかれは、さみしいけれど、きっともう、だいじょうぶ」
旅人も立ちどまって、ころがる毛糸に聞こえるように、大きな声でこたえます。
「さようなら。きみは、ぼくの友だち。りっぱな
いくらちぎれそうになっても、けっしてちぎれなかった毛糸のつよさを、旅人は長い旅のなかで
まっすぐにつづく
(おしまい)
さみしい毛糸 きし あきら @hypast
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