さみしい毛糸

きし あきら

風にはこばれて

 あたたかな春のひざしの町です。

 おじいさんがイスのうえで、フーワとひとつ、あくびをしました。おじいさんのイスも、ギーイとひとつ、なりました。

 「いかん、いかん。あんまり気もちのいい日には、かぜのはなしでも聞かにゃ、ねむってしまう」

 ここは町の仕立したです。

 おじいさんは、ぬいかけのふくをきちんとおいて、お店のとびらをあけました。やわらかな風が、ほがらかに、すべりこんできます。

 「こんにちは、おじいさん」

 「やあ、こんにちは。いい風だ」

 ひざしはますます明るくあたたかく、お店のにわに、ちょうちょや、みつばちをさそいます。

 あとから、あとからやってくる風どうしのおしゃべりが、おじいさんの目をぱっちりとさせたころ、いまきた風が言いました。

 「くるよ、くるよ。むこうの道から、コロコロと」

 あいての風がこたえます。

 「くるって、なにがくるんだい」

 「まるい糸くずコロコロと。ぼくらに、はこばれてやってくる」

 「それなら、ぼくら、よそへ行こう」

 「うん、行こう」

 風たちは、はじめにきたものから、さようなら、さようなら、とおわかれをして、むこうの町へといそぎます。

 見おくったおじいさんは、そのまま、とびらのそばへと立っていました。

 「くるって、なにがくるのだろう」

 外にはまっすぐに、一本のみちがとおっています。おじいさんは、むねのポケットから、めがねを出して、はなのあたまにかけました。


 ほんとうに、むこうのとおくから、なにかがコロコロやってきます。

 はじめは、ちいさなだまに見えました。それがだんだんと近づいて、お店のにわに入るころ、よごれたひと玉のいとだということがわかりました。

 毛糸はコロコロころがって、足もとにとまりました。

 「こんにちは、おじいさん」

 その声は、とても小さくて、かすれていました。ちょうど冬の日に、かれた草がカサカサなるような、そんな声でした。

 「こんにちは、おじいさん」

 毛糸はもういちど言いました。春の日の、あたたかな光のなかでは、ちっとも目立めだたない声でした。

 「やあ、こんにちは。毛糸さん」

 それでも、おじいさんは仕立て屋でしたので、ゆっくりと、からだをかがめて毛糸をひろいあげました。手のひらのうえで、毛糸がガサガサうごきます。

 「いったい、おまえさん、どこからきたんだね」

 「ぼくは遠くの、よその町の、すみからきました」

 おじいさんは、ゆびさきで毛糸についた、かれやごみを、ていねいにとってやりながら聞きました。

 「それで、いったい、どうしてこんなところまできたんだね」

 「それは、ぼくが、さみしい毛糸だからです」

 ガサガサとゆれながら、カサカサの声がこたえます。

 「ぼくはこれまで、たくさんの町をとおってきました。でも、どこでも、だれでも、ぼくを使つかってくれるひとはいませんでした。たとえば、ぼくが、やさしい毛糸だったなら、すぐに毛布にだってなれたでしょうに」

 言いながら、毛糸はいまにも泣きだしそうになりました。

 「おじいさん、おねがいです。どうにかして、ぼくを使ってください」

 おじいさんは目を丸くしましたが、あわてず、いそがず、まずは毛糸をお店のなかへとまねきました。

 「まあ、まあ。わしも長いこと、このしごとをしているが、さみしい毛糸ははじめてだ。どれ、ひとつ、かんがえてみよう」

 それからしばらく、さみしい毛糸はおじいさんのぎょうだいの近くの、かごのうえですごしました。

 おじいさんは、しごとのあい間に、古い本をよんだり、知りあいにがみをかいたりして、毛糸といろいろなおはなしをすることもありました。


 やがてきた朝。めがねをふきながら、おじいさんが言いました。

 「おまたせ。おまえさんを、マフラーにすることに決めたよ。この毛糸といっしょにね」

 さみしい毛糸はおどろくやら、よろこぶやら。けれども、おじいさんの手のなかを見て、ぎょっとしました。そこには、なにもないように見えたからです。

 「おまえさんには、まだ見えないかもしれないが、これはおまえさんと同じくらいに大切たいせつな毛糸だよ。さあ、こっちへきてごらん」

 おじいさんは、ふたつの毛糸をきように合わせて、ながいながいマフラーをあみあげました。


 きせつは夏のはじめになっていました。

 おじいさんの店の、いちばん目立つところに、そのマフラーはかざられました。

 さみしい毛糸は町のおおぜいのひとの目にとまることになりました。けれども、だれひとり、ほめてはくれません。

 「なんだい、じいさん。夏なのにマフラーなんか、おいちゃってさ」

 「どこも穴だらけだし、それになんだか、さみしい色ね」

 みんながそんなふうに言いましたし、さみしい毛糸でさえも同じかんがえでした。

 なんといっても、いっしょにあまれた毛糸は町のだれにも見えないもので、光のなかでも、かげのなかでも、ちょっとも、たしかめようがないのです。


 それでも、おじいさんはマフラーがほこりをかぶらないように、かざりかたをかえたり、うらおもてを返したりして、ほかの品物と、かわりなくあつかいました。

 なので、さみしい毛糸も、やっぱりさみしく思いながらも、たまに、さわれるような気がするあいての毛糸を思いやり、まいにち店にならぶのでした。

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