序章

 一人の人物が、と言うよりも独善的で演説に近い告白に、しばし耳を傾ける。

「崇高なる目的……か」

 その人物「も」自分の死を利用して何かを伝えたいと望んでいるのか。滑らかに送り出される弁舌の合間を考えながら、彼の人の品定めをする。聞けば聞くほど、何かが足りていない。彼の人だけが、自分のことを言っていない。その目的にへ至る要因について何も言っていない。強い思いを生み出す心の有様を話していない。


 その目的とする望みに至る「何か」が隠されていると、うすうす周囲も感じていた。それは彼の人が発する言葉には、自身の「心」が意図的に除外されているように感じられたからだ。その「心」をひた隠しにし、死を覚悟してまでこうして訴えたい、という事はここに及んでも他人に絶対に聞かれたくはない、知られたくはない文字通り「死んでも」言いたくない苦痛や屈辱があったと言う事だろうか。それが義憤であるのは、口ぶりから窺える。怒りは人を強い行動に駆り立てる原始的な感情だ。その強い感情は、人を埒外への行動へと突き動かす。自らの死を選ぶような事へと。だが、その強さを生み出している肝心の「心」が見えてこない。


 意図的に「心」を隠している言葉の数々から、ぼんやりとした確信……言葉としてはおかしいが、どうやら彼の人には、内に秘めている「何かを」持っている感じがする。それを明かしてしまうのはきっと、「死」という、人にとって最大のイベントを共にする僕らに対しても言えないことで、相当に彼の人の沽券に関わっているものなのだろう、と言うのは強く感じられた。


 僕がこのぼんやりとした確信を持つに至ったのは、僕のこの集いに対する「動機」が要因でもある。「ここに来た理由を話そう」と、話の流れの中で出てきた言葉であったが、実は「理由」の中には「動機」と「目的」が含まれ、微妙に違うそれらを、皆半ば渾然一体、一緒くたにして朗々と述べ合ってきたのだ。別に異図したわけではなかったが、おかげで「理由」の中に含まれている、「動機」と「目的」を明確に切り分けている人物が浮き彫りになり、僕の推理を後押ししてくれた。英語であればもっと分かり易い。あの人が語っているのは「objective」だ。一方で「purpose」は巧妙に隠されている様に感じられた。


 僕の場合は隠しようがない「動機」、つまり見た目で動機に至る要因が一目瞭然であったため、「動機」について皆に提示した。しかし、もう一つ秘めていた「目的」については、言わなかった。みんなには悪いが……不思議だな、ほんの半日前には見ず知らずの他人だったのに、申し訳ないという後ろめたさが生まれるのは。いたずらに聞き馴染みのない話をされても彼らの思考リソースを奪うだけだろうし、言ったところで彼らには、その「目的」を果たして貰う事は出来ないのだ。


 そういった意味では、彼の人と僕は同類である。だからこそここまで対立軸として、上手く噛み合うのだろう。それが少し面白いと思い始めていた。誰かの理由が他の誰かの理由と対立し、対となって消し合う。この集いは本当に面白い。人の生き様と言うものは、かくも多様で豊かな物だったのか。


 この集いを企画した人間は、この有様を我々に見せたかったのだろうか?もしそうであるならば相当にユニークな発想をする人物だと言える。死の間際、今際の際に人は何を考えているのか。それを露わにして人に問う。死のその先には何も無いはずなのに、何故か人はその先のことを考えてしまう。死という絶対的な終わりを目の前にしても、人という生物はどうしても物事を考えてしまうという、生命体としてのをまざまざと見せつけられているのだ。意図的にそうなるように仕向けられているのであれば、我々はまんまとその手の上で踊らされているのだ。


 それは凄く贅沢なことだった。贅沢すぎて僕の「動機」は既にかき消されかかっているように思えてしまう。この現状を面白いと感じてしまう僕がいる。そして心に少し余裕が出来たのだろう、自然ともう一度、僕の持っている「目的」を頭の中で反芻しはじめていた。


 僕の秘めている「目的」は……

 --知ってもらうこと、そして疑いを持ってもらうこと--

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