ワールドサイドー14

 帝国軍総司令部の軍事研究棟は、夜でも煌々と外灯がともり、敷地内は隅々まで照らされている。その中を一つの影が疾走していく。間に合ってくれ。その一心で、リチャードは全力で走っていた。

 リチャードは銃を抜き、研究棟の内部へと突入する。一秒を惜しんで、リチャードは突き進む。敵の存在が頭がリチャードの頭にチラついたが、それに反して行く手を阻む存在はいなかった。いたとしても、リチャードには突破できるだけの自信があった。

 アルが捕らえられている部屋に辿りついても、守衛の姿はない。リチャードは不思議に思いながらもありがたいと、部屋のドアを押し開ける。そこには蹲るアルと銃を構えた上司、それにリチャードも知らない男が一人立っていた。

「部屋を抜け出したとついさっき連絡があった。まったく、凄まじい速さだな」

 上司は銃口をリチャードに向ける。隣に立つ男は銃を引き抜きアルへと向けた。「電話の様子では、博士の処分は当分先のことかと思っていましたが」

「私もそう思っていたが、事情が変わったのでね。すまないな」

 聞き慣れた声が聞こえて、アルは顔を上げた。そこにリチャードがいるのをしっかりと視認して申し訳なさそうな顔をした。

「リチャード、お主が来ることを期待していなかったといえば嘘になる。わしは、お主が向けてくれていたであろう感情を利用した」

 リチャードのアルへの憐憫を。まだ外の世界を諦められないから。最後の最後まで、希望を持っていたかったから。

「だが、少し遅かったようじゃ。そこから動くな、リチャード。そうすれば、裏切り者にはなるまい」

「その通りだ。リチャード。見ているのが辛いのであれば、立ち去ればいい」

 上司はリチャードへ意思の確認をする。立ち去るか、アルを救うべく立ち向かうか。

 瞳を閉じれば、妹の顔が思い出される。今頃は元気でやっているだろうか。しばらく顔を見ていないが、一人で生きていけるだけの力を身に着けただろうか。恋人は出来たのだろうか。何も知らないのだと改めて実感して、心の中で謝った。

 心配をかけるだけで、何もしてやれなくて、一人残してしまって、本当にすまない。

 リチャードは目を開けて地面を蹴った。その余りに素早い動きに、男はアルに向けていた銃口を切り返すこともできない。リチャードは男の鳩尾を突き上げるように殴り飛ばし、男は壁に打ち付けられる。

 上司はアルに向け発砲するが、二人の間にリチャードが身を投げ出す。リチャードの胸に当たった弾丸は貫通することなく、高い金属音を響かせ、弾丸をはじき返した。

「流石だな。リチャード」

「……やはり私には、スパイなんて不相応でした。それでも、あなたにはお世話になりました。感謝しています」

「感謝するというのなら、博士を引き渡して欲しいところだがね」

 上司は銃を部屋の隅に投げ捨て、壁に寄り掛かった。リチャードはアルを抱え上げた。

「……すまぬ」

「謝るな。俺もお前も、在りたいように在っただけだ」

 リチャードの言葉を聞いた途端、アルの中でせき止めていたものが溢れ出す。死にたくない、寂しい、苦しい。誰の顔色を伺うこともなく。自分が何者かも関係なく。声を上げて、嗚咽と共に涙が目尻から流れ続けた。

 リチャードはそのあと、何も言わなかった。慰める必要はなかったし、共感する必要もなかった。ただ、アルが感じてきた様々な感情を受け止めた。

 アルとリチャードが部屋を出て、数十分経った後。上司はふっと笑った。

「さて、そろそろ失敗の報告を入れんとな」

 未だにリチャードに殴られた痛みが取れず咳き込みながら、男は問う。

「良かったんですか? 上に許可も取らず」

「これを受け入れられるなら、そもそも博士を殺せなどと言わんだろうよ」

「それもそうですね……」

 通信機を取り出し結果を伝えると、相手は激怒しすぐに捜索網を張って捕まえろと指示を出し、思いつく限りの罵倒を浴びせ電話を切った。

 上司はやれやれと男とともに苦笑いし、多くの部下に呼びかけるべく再び通信機のスイッチを入れた。

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