ワールドサイドー11
アルはリチャードからもらった縫いぐるみにもたれ、視線を虚空に彷徨わせる。何もやることのない日々は、アルの精神を削り続けていた。いつからか、髪を三つ編みにするのも止めてしまった。輝くほど鮮やかだった金色も、どこか色褪せている。
アルは帝国に連れ去られてからの一年間、研究棟の一室に閉じ込められている。そして、帝国軍部から命令を受けている。英国で作った武器を、ここでも作れと。
一度作ったものをもう一度作るのは容易い。望まれるものを作ることは簡単だった。
だが、彼女はそうしなかった。
英国にいた頃と同じ中庭を再現しようとして手に入れたラジオ。そこからは、世界中の人々が不幸と恐怖の深淵にのみ込まれたという知らせが届く。それは彼女によって作られた兵器によって行われていた。
だから、兵器の設計図は渡さなかった。もし渡してしまったら、もっと凄惨なことになる。自分が生み出したものは死を広げる道具。たくさんの人を、広く早く殺める道具だった。自分が暇つぶしで作ったものがそのような恐ろしいものだったと、本当は知っていた。だが、実感がなかった。だから平気だった。遠い世界の、それこそ物語の中の世界のお話くらいに思っていた。
そんなことはなかったのだ。自分の手は蒸気機関を回す機械の油や庭の土だけで汚れているわけではない。それでも世界中の人々に血を流させているのは、自分の力だった。自分の手が汚れていないのは、自分が持っている死神の大鎌があまりにも大きくて、返り血が自分の手まで届かないから。その代わり大鎌はどんどん血を吸って、紅く赤く、人々の恐怖をさらに煽っていく。
アルは英国を飛び出したことでそれを知った。だから、それだけは自分の中の大事な収穫として、心に留めておかなければならないと思った。
心に留めて、機会を待って、この歴史を変える。それが自分にできる唯一の罪滅ぼしだった。だから、タイムマシンを帝国に渡すわけにはいかなかった。
「何度来ても同じじゃ。わしはタイムマシンのことなど知らぬ」
もう何度目か分からない、二人の面会。初めのうちはあまり無理に言わせようとしなかったリチャードだったが、時間が経つにつれ焦りが積もっていた。
「なんとか言ってくれないか。正直、もう時間が無くなってきているんだ」
「それは、わしが処刑されるということかの?」
リチャードはぐっと言葉を詰まらせた。
「それは……わからない」
「隠す必要はないのじゃ。今のところ、わしがここにいるメリットが帝国側に何もないのじゃから、当然であろう」
兵器を作らない兵器発明家。それに何の意味があるのか。
「なまじタイムマシンの存在を知ってしまっただけに、殺すに殺せなかった。タイムマシンが見つかってしまえばもう用済み。わしが話すはずもない」
アルはリチャードに背を向けた。俯きながら、ゆっくりと足を前後に振った。
「わしが生きていると知って、帝国の民は随分と怒っているようじゃな」
アルは白衣からラジオを取り出す。リチャードは目を見開いた。このラジオは、リチャードが少しでも一人の時間を愉しめるようにと贈ったものだった。リチャードは自らの迂闊さに唇を噛み締める。
「死を運ぶ狂気の科学者……よく良い当てておる。タイムマシンの存在を英国が知っておったら、わしを取り返すために侵攻はより苛烈を極めて、多くの死者がでたかもしれんな」
帝国では、英国の大量殺戮兵器の製作者であるレミニアル・マキシード博士を暗殺したことになっている。戦争に対する帝国全体の士気を上げる狙いであった。しかし、いつからかその博士が実は生きていて、帝国で今でも兵器を作っているという噂が広がり始める。長引く戦争の中で少しずつ鬱憤を貯めていた国民は政府や軍部を非難し始めた。そのような非人道的な人間に兵器を作らせるな、我々帝国は手段を選ばない虐殺の国とは違うのだ、と。
そういった声は日増しに大きくなり、大きな集会が開かれるほどだった。
「お主の気持ちは嬉しい。焦っているのも、わしのためであろう?」
一度殺したと公言した人物をもう一度公式に処刑することなどできないのだから、政府も軍部も国民の声に応えることはできない。アルを殺すことは、英国にアルを取り返される事態を未然に防ぐという意味でしかないのだ。
だが、英国という外部からの圧力、そして内部からの世論という圧力を受け、身の安全を第一とする上層部の者の中でアルを殺すべきだという考えが巡っている。
「お主のことは信頼しておるよ。リチャード、お主は軍人として優しすぎる」
足を振るのを止めて、アルはリチャードと向き直った。そして、寂しげに微笑んだ。
「答えよう。わしが死ねば、タイムマシンは誰の手にも渡ることはない。保障しよう」
リチャードは椅子を飛ばす勢いで立ち上がり、右手をカウンターに強く叩きつける。
「ふざけるな! お前は自分の言っていることの意味が分かっているのか! 俺がお前の言葉をそのまま報告したら、お前は間違いなく殺される!」
リチャードは我を取り戻し、右手を力なく引き戻す。リチャードはアルを直視することができなかった。
「……信じられない。お前がどんなに上手く隠していたとしても、国が本気で動けば探し物一つ見つけるなんて、造作もないことだ。お前からタイムマシンの隠し場所を聞き出して、英国より先に見つけなくては」
「見つけてどうするのじゃ? 英国を滅ぼすか? 残念じゃが、不可能じゃろうな。はっきり言ってしまえば、国が欲しがるほどの力をあれは持っておらぬ」
リチャードは眉を潜める。そんなはずはないと、疑問を投げかける。
「どういうことだ? 時を遡ることができれば、そして未来を知ることができればどんな過ちも正し、回避することができるはずだ」
アルは首を振り、リチャードの言葉を否定する。
「理由は教えられぬがとにかく、お主が想像しているようなことはできんのじゃ。諦めてくれ」
アルは発言を撤回することもなく、事実を淡々とリチャードに伝えた。面会を終える時間になって、アルは最後に言い残す。
「わしの言葉をお主がどうとるか、どう報告するか。それはお主の自由じゃ。わしはお主がどんな選択をしようと、恨んだりはせんよ」
部屋の外へ消えるアルの背中を見送った後、リチャードはぐったりと椅子に腰かけて、天井を見ていた。思考の海に沈んだ目で、じっと動かない。看守が様子を見にきて呼びかけるまで、リチャードはそのままだった。帰り道の間も、ホテルに着いてからも、リチャードは決断するために考えていた。自らが後悔しない選択を。過去に戻ることはできないのだから。
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