ワールドサイドー9

 リチャードは再び研究棟へと赴いていた。アルの面会に何度も通ううちに、顔馴染みになってしまった研究棟の守衛。テディベアに苦笑いされながら、許可証を提示する。入り口を抜け、研究棟へと足を踏み入れた。既に連絡が行っていたようで、リチャードが面会室に入るとガラスを隔てた向こう側にはアルが待機していた。前回の面会と違うのは、リチャードが部屋に入ったのを確認し鍵を閉めた見張りの兵士が、部屋の前を離れたことだった。二人の話の内容が聞こえないように、それぞれの入り口を守る兵士に命令が下っていた。

 アルはそんなことは気にも留めず、リチャードの抱えているテディベアに目を丸くしている。テディベアのせいで顔が隠れていたが、それを抱えているのがリチャードだと分かると、すぐにでも話を始めたいとうずうずし始めた。

 リチャードは純粋に自分と話すことを楽しみにしているアルの姿を見て、胸に靄が溜まっていく。それでも、リチャードは自らの任務を果たすべく、口を開いた。

「また呼び出して悪かったな。良いものを見つけたから、届けに来たんだ」

「こんなに大きなテディベアは見たことがないのじゃ。わしの背丈より大きいのではないか?」

「それくらいはあるだろうな。この面会が終わったら、お前の部屋に置いてもらうとしよう」

 リチャードはテディベアを脇に置き、アルと向き合う。

「それで、今回お前とこうして話しているのには理由がある。期待していたとしたら、悪かった」

「む、そうなのか。気にするでないぞ。わしはこうして知人と話せるだけでも楽しいのじゃ。それで、どんな用かの?」

 リチャードは単刀直入に聞くと決めていた。そうでないと、いつまでも踏ん切りがつかなくなってしまいそうだった。

「タイムマシンを知っているか」

 途端、ユニの眼が鋭く光った。歳幼い少女ではなく、天才科学者としての眼だ。英国から帝国までの道のりでも見せなかった、アルの新しい一面。リチャードは唾をのみ、何とか次の言葉を絞り出す。

「うちの上司から指令がきた。お前が英国でタイムマシンを作っていた疑いがあると。それが本当なのかどうか、存在しているならばどこにあるのかを聞き出せという内容だ」

「正直に話してしまってよいのか?」

「お前の信頼を得なければならないからな。隠し事をするつもりはない」

「……そうか」

 リチャードは自嘲した。帝国に来れば広い世界を見ることができるなどと騙した自分が今更何をいうか、と。

「お主が何を考えているのかはなんとなくわかる。自分のことを責めているのじゃろう?」

 アルは科学者の顔で、リチャードの心情を暴き出す。

「罪の意識が少なからずあるから、こうしてわしに毎日会いに来てくれている。じゃが、お主が気に病むことではない。これはわしの決断であり、失敗じゃ」

 アルはいつもの愛らしい顔になって、肩を竦める。

「それで、タイムマシンじゃったか。さーて、わしには何のことかてんでわからんな」

「……そうだろうな。英国で秘密にしていたことをこちらで話す理由がない。こちらが交換条件として、お前の解放を提案しても」

「そんな口約束、いや、公式な書類で確約してもらったとしても意味はないじゃろうな。破り捨てられるのがオチじゃ」

 アルはつーんとそっぽを向いて、一切答えようとはしない。

「……分かった。今日はこれくらいにしておく。だが、毎日状況は変わっていく。今はそれで問題ないが、場合によっては何としても答えてもらうぞ」

「さーて、知らぬことは答えられぬからな。そんなことより、せっかく来たのじゃ。前回の話の続きをしてはくれぬか?」

 アルの鮮やかな切り替えに呆れながら、前回どこまで話したか思い出そうとしている自分がいることに気が付いて、苦笑した。

「俺にだけ話させるんだからな、まったく……」

 アルは椅子に座って床に届かない足をぶらぶらさせながら、ガラスの机に両手で頬杖をつきながら。リチャードは足を組んで、両手を握り合わせて膝の上に置いて。そして、二人とも笑顔で。隔てるガラスなんて溶けてなくなってしまったかのように、柵のない二人の時間だった。

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