ワールドサイドー8

 公園は都会の喧騒のすぐ近くにありながら、とても静かな場所だった。この公園は東西南北それぞれ三キメートル四方の巨大な公園で、通称『摩天楼のオアシス』。公園の中には川や池などが存在し、鳥や多種多様な生き物が生息している。レジャー施設やランニングコースなど、帝都の管理が行き届いた大公園である。

 そんな公園の池のほとりには、ぐるりと池を取り囲むようにベンチが設置されている。

「久しぶりに直接話すことができて嬉しいが……その可愛らしいテディベアは何かな」

「すみません……」

 背中合わせのベンチで話す、二人の男。黒い杖をついている白い髭を蓄えた初老の男と、三人は座れるであろう椅子の二人分を占領しているテディベアを座らせている男。

「マキシード博士に送る品と見たが」

「その通りです。彼女は退屈しているでしょうから。少なくとも、私の話よりは彼女を満足させられるでしょう」

 リチャードの言葉に対して、上司の男は沈黙した。それには様々な意味が含まれていそうで、リチャードはごくりと喉をならした。

「今日君を呼んだのは、二つのことを君に話そうと思ったからだ。一つは君自身のこと。もう一つは博士の発明品についてだ」

 リチャードは背筋を伸ばす。本来ならば屋外で、特に諜報員の軍人が不自然な動きをするのはご法度だが、リチャードは元々ごく普通の陸軍士官であり、諜報員としての訓練を受け切れていないのが実際のところだった。その甘さに上司の男はため息をつく。

「君の試験のことについてだが、合格だ。仲間に犠牲もでたようだが、元々何の代償もなく成功できるなどと考えてもいない。気にするな。個人的に気にしている諜報員として振る舞いはさておき、君の力を証明するのに博士の拉致は十分な成果だ。研究者たちも鼻が高いだろうな」

「ありがとうございます」

 リチャードは心の底からほっとしていた。これで切り捨てられることもなく、働き続けることができる。

「正直に言うと、こちらが本題だ。君に連れてきてもらった博士についてだが。彼女については、君に話していないことがあるのだ」

 リチャードは眉を潜めた。任務に当たる際に与えられた情報は、確かに多いとは言えなかった。しかしそれは致し方のないことだった。自ら潜入し、少しずつ英国の基地の構造やアルの監禁場所の情報を送り、長い月日をかけて決行に至った。つまり、リチャードは自らが最もアルの情報に詳しいと考えていた。だが、上司はそうではないという。それはつまり、リチャードの他にも仲間の諜報員が紛れ込んでいたということだ。

「この情報がなければ、彼女の処遇を今のようにはしていないし、そもそも拉致ではなく現地で暗殺させていたかもしれん」

 拉致と暗殺では成功確率が段違いに違う。抵抗する相手を、もしくは気絶している荷物のような人を一人連れて敵の追手から逃れなければならない。

「この情報を伝えるのは、お前の力が必要になったからだ。博士の握っている情報を聞き出すために協力しろ。情報のためとはいえ、あの年齢の少女を拷問するわけにはいかないからな」

 倫理的な意味ではなく、肉体的に耐えられずに死んでしまう可能性があるからだ。

「協力するのはもちろんですが、一体どのような?」

 リチャードは感じていた。何かまずいことに巻き込まれている。だが、今更逃れることはできない。リチャードは腹を決めて、上司の言葉を待った。

「彼女の発明品の一つに、他とは重要性が比べ物にならないものがあった。それの存在は、英国の上層部すら知らない可能性がある。博士と彼女の両親の間で行われた会話を盗み聞きした時、それを匂わせるものがあった」

 上司は立ち上がり、少しだけリチャードの様子を伺いながら、言った。

「タイムマシン……時を支配する、人類史上最悪の兵器。これが英国の手に渡れば、世界は滅ぶ」

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