クロノスサイドー10

 刻也は、自然に目を覚ました。ゆっくりと起き上がり周囲を見て、今自分のいる場所を思い出して、涙を流す。

 次の日が来ることに恐怖を感じないで済むこと。そして目を覚ますのが楽しみであること。当たり前のことであるのに、刻也は涙を流さずにはいられない。

 逃れられない時間の牢獄。何も変化のない日々を、何度繰り返したのか。刻也は覚えていない。そこから抜け出せたこと。

「夢じゃない……夢じゃないんだな……」

「あーらあらあら刻也さん。怖い夢でも見ましたか?」

 入り口が開いて、オクタが姿を見せる。部屋に入り、ベッドに腰かける。泣いている刻也を見て、いいところを見たと悪戯っ子のように笑った。

「怖い夢を見てたってところだな。……オクタとユニ、二人には感謝してる。あの世界から連れ出してくれて、本当にありがとうな」

 刻也はオクタの頭を撫でて、涙を拭う。頭を撫でられたオクタはぽかんとした表情を浮かべて、硬直した。そのまま刻也が撫でていると、次第に全身をわなわなと震わせ始めた。

「あーもう! いつまで撫でているのですか! 無礼ですよ!」

 オクタは刻也の手から逃れ、猫のように威嚇する。

「勘違いしているのかもしれませんが、私はあなたより年上です! そんな小さな子を褒めるような手つきをされる覚えはありません!」

「そうなのか? てっきりアル博士のような天才幼女かと」

 刻也は少し首を傾げる。その反応があまりにも素だったので、オクタは余計にムキになった。

「天才ではありますが、幼女ではありません! 人を身体の大きさだけで判断するのは愚者のすることです!」

「天才ってところは認めるのね……まあいいや。悪かったよ。そんなことより朝ごはんにしよう。腹が減って死にそうだ」

 刻也はそんなこととはなんですかと怒るオクタの声を背中で聞き流しながら部屋を出る。欠伸を一つして、昨日使った風呂場の洗面台で顔を洗った。鏡に映る刻也の姿は、やはり健康そのもので、目の下の隈もなければ、頬がこけていることもない。

 モニタールームでは、昨日と同じようにユニがモニター前の椅子にテディベアを抱えて座っていた。

「おはよう刻也。よく眠れたかしら?」

「おかげさまで、久しぶりにゆっくり寝られたよ」

「それは良かった。そしたら準備して頂戴」

 ユニはテディベアを椅子に置いて立ち上がり、椅子に掛けてあったコートを羽織る。

「へ? 朝ごはんは?」

「悪いわね。もう準備ができてしまったから、出なくちゃいけないのよ」

 オクタが刻也に続きモニタールームに入ってきて、腕を組んだ。

「今はもう一年後なんですよ? もちろん、アル博士とリチャードさんの世界の話ですが」

「……なんだって?」

「ほら、急いで急いで!」

 刻也はユニに急かさせれながら用意された真新しい制服を着用し、身支度を整える。

 転移部屋へと向かうが、刻也のお腹からは抗議の声が鳴っていたし、どうにも力は入らない。

「向こうについてからちゃんと食べさせてあげるから。世界内の時間は進めることはできても、戻すことはできないのよ。私たちにはね」

「……わかったよ」

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