クロノスサイドー7

 道を歩く一人の男に目を睨む。刻也の装備している片眼鏡からの映像を通して、オクタもその男の姿を確認する。大きな袋を担いでいる、黒い帽子を被った男。

『そうですか? ならば、調べてみましょう』

「頼む。俺は先回りして動いてみる」

 刻也が駆け降りることで、古く錆び付いた螺旋階段は軋んだ音を立てる。路地を飛び出すと、既に男の姿は遠くなっている。

「オクタ、あの男を逃がさないように追ってくれ!」

『了解です。マーキングします!』

 刻也の片眼鏡に付近の地図と赤点が表示され、それが男のいる位置と連動して動く。相手に悟られないよう、刻也は距離を置きながら男を追跡する。

「ユニ、聞こえるか? こっちで怪しい男を見つけた。そっちはどうだ?」

 少し間をおいて、ユニとの通信が繋がる。

『こちらはまだだから、そっちに合流するわ!』

 ユニが屋上から、刻也は地上から目標を追う。男は目的地を目指しているのではなく、追手を撒く為の作為的な動き方をしていて、まるで二人の追跡に気が付いているようであった。

「追跡が気が付かれたのか?」

『私たちじゃなくて、リチャードを警戒しているのよ。手助けするにしても、リチャードの前に姿を見せたくないから、手早く終わらせてしまいたいわね』

「じゃあできるだけ早く追いつきたいな……といっても、追いついたところで俺に何かできるとは思えないけど」

 国の諜報員相手に一般人であった自分が対面したところでぶっ飛ばされて終わりだろうと、刻也はため息をつく。

『そうでしょうか? 不安でしたら、こちらをお使いください』

 オクタの通信の後、刻也は左の胸のあたりにずっしりと重みを感じた。なんだと思い探り引っ張り出すと、そこには何度も見たことのある銀色のリボルバーが。

「オクタさんや……これは?」

『それでバシッとやっちゃってください』

「いやいや、当たるわけないでしょ」

 それでも銃を間近に見て、銀色に鋭く光るそれを、不覚にも刻也はカッコいいと感じてしまっていた。それでも、自分自身が強くなったなどという勘違いをするほど舞い上がってもいなかった。

『自動照準機能もありますので、だいたいの狙いをつけてもらえれば当たりますよ。それに、外してもユニ姉さんがいますから』

「なるほど……それじゃあ大船に乗ったつもりで行くぞ!」

 イヤホン越しの乗る側が言ってはいけないのよというツッコミを無視して、刻也は一目散に男の下へ走り一気に距離を詰める。できる限り近づいて、的を外さないように。ここは街中で、何も知らない一般人も多く歩いている。もし外してしまい、万が一関係ない人間に当たってしまったら。死にはしなくても、あの胸糞悪い感覚を味わうことになってしまう。そんな悲劇は避けねばならないと、刻也は胸に決めていた。

 男は角を曲がり、刻也は一度立ち止まり、様子を伺いながらフードを被った。男は油断したのか、刻也の存在に気が付くことなくその場で立ち止まり、携帯を取り出して耳に当てる。

 刻也は角を飛び出し、両手で持ったリボルバーの銃口を男に向けた。よく狙いたいという気持ちと早く打つなければ逃げられるという葛藤の中、手が震え、照準が合わない。しかし刻也の手の震えとは裏腹に、銃の方が意思を持ったかのように、ピタリと照準を合わせる。刻也は覚悟を決めて、引き金を引いた。

 周囲の人間は街中で突然銃を構えた男が現れたことに驚き、その場は騒然となる。一人は身を伏せ、また一人は悲鳴をあげる。しかし、刻也が引き金を引いても、無音のままで弾丸が発射されるわけでもない。ただのモデルガンのお遊びかと誰かが刻也を注意しようとした時、一人の男が膝から崩れ落ち、担いでいた荷物を下敷きにして倒れた。

「なんとか当たったか……」

 刻也がほっとしたのも束の間、周囲の人々は男が倒れた瞬間は静かになったもののすぐに喧しさを取り戻し、刻也と倒れた男を取り囲む。

『刻也、お疲れ様。男の下でもぞもぞ動いているのが博士のようね』

 ユニの言葉通り、男の抱えていた大きな袋は芋虫のように動き、中のアルは何とか外に出ようともがいていた。

「仕方ない……ほら、これで出られるぞ」

 刻也は袋の入り口を縛っていた紐を解いた。声に反応し、さらに激しく動いた後、中からすぽっと顔を出したのは、刻也とユニが追っている二人のうちの一人、レミニアル・マキシード博士に他ならなかった。

「うむ、どこの誰だか知らんが、助かった。礼を言おう」

「怪我がないなら良かったよ」

「して、お前はあれか? リチャードの仲間なのかの?」

 刻也がさてなんと言おうかと迷っていると、再びユニとの通信が繋がる。

『今刻也の真上にいるわ。もうすぐリチャードも来るし、早くその場を離れて』

 了解と答えようとした刻也に、別の声が掛けられた。

「あなたがこの子を助けてくださったんですか?」

 はっと振り返ると野次馬の円から一歩前に出た男がいて、刺すような視線を発していた。

「え、あ、いや。えーと、そうですね」

どうすればいいのかと刻也は上にいるユニに助けを乞う。

『何も知らないふりをすればいいわ。できるだけ喋らないように』

「久しぶりに街に出てきて、この子とはぐれてしまったんです。ありがとうございました」

「え? ……あー、そうでしたか」

『ちらちら上見たらだめよ! 怪しいでしょ!』

 ユニの言葉ではっとして、刻也はしっかりしなければと気持ちを改める。そして刻也は二人の姿を見て、昨日の夜に読んだデータが脳を過った。これから二人を襲う、苦しく辛い、二人の力では変えられない、悲しい未来を。

「見つかってよかったです。……二人とも、良い一日を」

 せめて今を楽しんでほしいと、刻也は心の底から思い、そう口にした。頭を撫で、背中を押すと、アルはそのままおとなしくリチャードの下へ歩む。

「本当にありがとうございました」

 お礼を言って人ごみに消えていく二人を見送ったのち、刻也も人ごみを掻き分けてユニに伝えられた合流地点である街外れへと向かう。

「はい、お疲れ様」

 合流地点で待っていたユニは、まず刻也に労いの言葉をかけた。

「何とかなった……」

 刻也はリボルバーを取り出して、銃を人に向けた感覚を思い出す。撃った相手は死にはしないとわかっていても、構えた時に震えた手の感覚を、今でもはっきりと覚えている。

「初めて構えたにしては、様になっていたと思うわよ?」

 それがお世辞だということが分かっていても、結果として成功したことは、刻也の中でこれからクロノスの一員として生きていく自信となっていた。それを逃がすまいとして、刻也は震える手の感覚ごと強く握りしめた。

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