20.王国の都
翌日の早朝。バロックの森を出発したソラ達は、森林地帯を南に向かっていた。
森林地帯を抜けた所で景色が一変する。晴れ渡る青い空、爽やかな緑の草原、美しい風景が広がった。
「ソラ。ちょっと外を見てみなよ」
シノブの言葉で、視線を馬車の外に向ける。
「ふわぁ、綺麗な景色だな⋯⋯」
「でしょ!」
「ここから先は、中央領⋯⋯王都リュークまで、もう少しよ」
マリアは、優しく微笑んだ。
カリュー街道を東へ進んで行くと、巨大な建造物が見えてきた。
<リューク>
リュー王国の王都である城塞都市。全長50キロにもなる城壁に守られている。中心部は中央区と呼ばれ、高い壁に囲まれた中に大きな城が建っていた。王国最大の都市であり、8万以上の人々が暮らしている。
王都の西門は、三大領に通じる街道の交差点。鉱物、石材、木材などの資源が豊富な、北部カリュー領。多様な道具の生産を得意とする、西部シリュー領。貿易と商業が盛んである、南部ソリュー領。王都リュークは、人と物が行き交う王国の心臓部であった。
王都の西門を通過した一団は、大通りを東へ進んで行く。中央区の近くにある大きな屋敷の前で、一団は停止した。
馬車から降りたマリアに、白い軍服の男性が近付いて行く。
「思ったより、早かったな。マリア」
「ギエン。あなた、どうしてここに?」
「まぁ、なんだ⋯⋯私には、大切な娘。役目などよりもな⋯⋯」
「もう、困った人ね」
マリアが、呆れた顔をした。
<ギエン>
藍色の短髪。切れ長の目には青い瞳。大柄で筋肉質な外見からは、力強さを感じさせる。王国軍の最高司令官であり、国民から絶大な支持を得ていた。身長186センチ。
馬車から降りてきたアリスに、ギエンが片膝をついた。優しい口調で、語り掛ける。
「アリス⋯⋯無事で良かった。私の名は、ギエン・カリュー。君を家族として迎えたい。良いかな?」
ギエンの顔を見たアリスは、驚いていた。父であるオルス・ジ・カリューに、似ていたのである。そして、ギエンの問いに無言で頷いた。
立ち上がったギエンは、マリアに視線を向ける。
「マリアも疲れているだろう。詳しい話は、今度で良いか?」
「ええ、構わないわ」
ギエンは、優しくアリスの手を握り、建物へと向かった。
離れて行く二人を見送りながら、ソラが呟く。
「任務完了だな」
「はい。無事、送り届ける事ができました」
両手の指を組んで、フォウは祈りを捧げている。
「さて⋯⋯ソラ君、シノブちゃん、フォウちゃん。ここでお別れね」
「はい。お世話になりました」
ソラとフォウが、深々と頭を下げる。
マリアは、爽やかな笑顔で。
「また、会いましょう」
ふわりと背を向けて、歩き出した。
・・・
マリアと別れたソラとフォウは、西区の市街地にいた。マリアから渡された地図を頼りに、ゆっくりと歩いている。
「おっかしいなぁ。この辺りだと思うんだけど⋯⋯」
周りの建物は、似たような石造建築ばかりで、見分けが付きにくい。
「あれ、じゃないですか?」
フォウが指差した先には、小さな看板が掛けられていた。
看板に近付いたソラは、ゆっくりと読み上げる。
「まほうきょうかい⋯⋯って、本当にここなんだろうか。普通に店だよね?」
「副業で、魔法協会もやってます、的な感じかも」
ソラの疑問に、シノブも軽く乗っかった。
ソラは、ゆっくりと店の扉を開ける。
「いらっしゃい!」
バーカウンターの中から、青い制服の女性が声を掛けた。
小さな店の中には、丸いテーブルと椅子のセットが4つ置かれている。まるで、飲食店のような店構えである。
「ここって⋯⋯エデン魔法協会ですよね?」
「そうよ。こちらへどうぞ」
ソラとフォウは、バーカウンターの椅子に座る。
「私は、ケイト。ご用件は?」
「俺達、新米の魔道士なんですけど⋯⋯」
「あらっ、そうなの。それじゃ、簡単に協会の説明をしましょうか?」
ケイトは、明るく問い掛ける。
「はい。お願いします」
「人類が繁栄を続けるためには、魔法が不可欠。と言うわけで、魔法社会の発展と維持を目的とした団体よ。活動理念に合っていれば、個人から国家まで、資金援助や人材協力なんかをしているの。魔法に関する情報の収集、記録の管理、みたいに地味な事もやっているわね。君達のような魔道士には、いろいろなサポートもするのよ」
ソラの口から素直な感想が溢れてしまう。
「それにしても⋯⋯小さな店で活動しているんですね」
「ガーン! 痛いところ突くわね⋯⋯」
「あっ、すいません」
「まっ、いいわ。本当の事だから⋯⋯この国は、魔道士に対する偏見が無いし、定職にも就きやすい。だから、フリーの魔道士が少ないの⋯⋯私の仕事もね⋯⋯」
軽く肩を落とした後、視線をソラに向ける。
「それで、ここに来た目的は?」
「実は、エデンという名の魔道士を探しています。古代魔法を使う、女性の魔道士だと⋯⋯」
「ちょっと待ってね」
ケイトは、カウンターの上に大きな魔石板を取り出した。左手を魔石板に置いて、ソールを注ぐ。ガラスのような表面に文字が浮かび上がった。
「エデンという名の魔道士は、魔法協会に登録されていないわね」
「そうですか⋯⋯」
ソラが、椅子から立ち上がろうとした時。
「待って!」
ケイトが、大きな声で呼び止める。両腕を組んで、視線を上に向けた。
「エデン⋯⋯最近、聞いたような⋯⋯確か、白の魔女って⋯⋯」
ソラとフォウが、顔を見合わせた。
「ちょっと前、噂になった人物ね。なんでも、悪魔を退治しているとか⋯⋯詳しく知りたいなら、調べてみましょうか?」
「是非、お願いします」
必要な手続きを済ませた後。ソラは、一枚の紙を渡された。
「結果が届くのに、暫く掛かると思うの。時間があれば、それをやってみたら」
「依頼書⋯⋯仕事の紹介もしているんですか?」
「まあね。魔道士に活躍の場を提供するのも、私達の仕事よ」
ケイトの笑顔に見送られて、ソラ達は魔法協会を後にした。
「ねぇねぇ、ソラ。依頼って、どんな感じなの?」
興味津々で、シノブが問い掛ける。
「えっと⋯⋯王都城壁の修復作業、だって⋯⋯」
「えーっ。なんか、地味じゃない?」
「地味だな」
「地味ですね」
三人が想像していた依頼とは、大きく違ったようだ。
「と言っても。旅をするにも、お金は必要だよ。一度経験するのもありじゃない?」
「だよな。明日、行ってみるか」
「そうですね」
シノブの提案に、二人も賛同した。
・・・
翌朝。王都の西門を出たソラとフォウは、城壁に沿って北へ向かった。暫く歩いて、依頼の現場に到着する。
「これは⋯⋯酷いな⋯⋯」
「はい⋯⋯」
王都の城壁は、100メートルにわたり崩れていた。大小様々な壁の破片が、地面に転がっている。
壁から離れた場所に、20人程の作業員が集まっていた。これから修復作業を始めるようだ。
「何だね。君達は?」
現場監督らしき男性が、二人に声を掛ける。
「俺達、魔法協会の依頼書を見てきたのですが。これは一体⋯⋯」
「君達も知っているだろう。魔物に襲われた事件の事を⋯⋯ここでは、6体のヴォルフが退治されたそうだ」
「そうですか⋯⋯」
ソラは、カリスでの出来事を思い出していた。
「依頼の内容からして、この崩れた壁を直せばいいんですね」
「まぁ、そうなのだが⋯⋯見ての通り、簡単な事では無い。必要な道具や人手も足りていない状況だ」
「了解しました」
フォウから日本刀を受け取ったソラは、ゆっくりと壁に近付いて行く。
「シノブ。手伝ってくれ」
「あいよ」
左手に日本刀を握り、右手で壁に触れる。
「クレイ!」
ソラの全身が、青い光に包まれた。
辺りに地鳴りのような音が響き渡り、作業員達から声が上がる。
「何だ⋯⋯この音⋯⋯」
「おい。あれを見ろ⋯⋯」
壁の周囲では、異変が始まっていた。地面に落ちた壁の破片が、サラサラと砂に変わり。砂は、壁に吸い寄せられて、あるべき場所に戻って行く。見る見るうちに、崩れた城壁が修復される。
辺りは静かになり、ソラが振り返った。
「これで、いいですか?」
作業員達の鋭い視線が、ソラに向けられた。
「⋯⋯あれっ」
「ごめん。やり過ぎちゃった」
シノブが、しれっと呟いた。
ソラの唱えたクレイは、物質変形の魔法。シノブのソールとリンクした事で、魔法の効果と範囲が常識と大きく異なっていた。
その後。ソラとフォウは、魔法協会を訪れた。
「あらっ、いらっしゃい」
ケイトが、明るく声を掛ける。
二人は、無言でバーカウンターに座った。
「元気が無いけど、どうしたの?」
「ケイトさんが紹介してくれた仕事⋯⋯」
「あっ、あれね」
「もう、来なくていいと言われました⋯⋯」
「えっ⋯⋯何か問題でもあったのかな。書類を見せて⋯⋯」
魔装袋から依頼書を取り出して、ケイトに手渡した。
「なっ!」
ケイトの表情が固まる。
依頼書の最後に、作業完了のサインと報酬金額が記入されていた。
「もしかして⋯⋯依頼を終わらせてきたの?」
「はい。作業員の人達には、仕事を奪うなと怒られました⋯⋯」
「なるほどね。ちょっと待って⋯⋯」
奥の部屋に入ったケイトは、布袋を持って戻ってきた。カウンターの上に布袋をどさりと置く。
「はい。報酬の120万ドラ!」
<ドラ>
エデンの通貨単位。小銅貨1枚が1ドラ。順に、大銅貨、小銀貨、大銀貨、金貨と桁が上がっていく。りんご一個の相場は、10ドラである。
布袋の中には、金貨が120枚。袋を開けたソラは、ドン引きしていた。
「うわっ⋯⋯こんなに⋯⋯」
「これは、仕事に対する正当な対価です。胸を張って受け取って下さい」
青ざめた顔で、ソラは頭を抱えた。他人の仕事を横取りした上、高額な報酬を受け取る事に罪悪感を感じたのだろう。
・・・
中央区の司令官室。部屋の中央に置かれたソファーには、マリアとカティ、向かい側にギエンと男性が座っていた。
「⋯⋯カリューで得られた情報は、以上よ」
マリアの報告が終わり、重たい空気が部屋の中に流れた。
「魔物事件と精霊樹の復活。首謀者が、ギルギスとは考え難いな⋯⋯ショウコウは、どうだ?」
ギエンの視線が、男性に向けられる。
「ギルギスの動機が見えませんね。彼は、領主一族に仕える生粋の武人。何者かに利用された、と考える方が自然でしょう」
<ショウコウ>
緑色のロングヘアー。切れ長の目には緑の瞳。落ち着いた物腰からは、聡明な印象を受ける。王国の官吏長であり、ギエンと並び称される人物。身長172センチ。
「ならば。ソル様の言われた通り⋯⋯この件には続きがありそうだ。心しておくとしよう」
ギエンの言葉に、三人は小さく頷いた。
「ところで、マリア⋯⋯アリスを護衛した魔道士とは、どれ程の人物なのだ?」
「あらっ、ギエンも気になるのね。一人は、アルラの愛弟子。もう一人は⋯⋯不思議な力を持っているの」
一瞬、カティの表情が険しくなる。
「なんとも、あやふやな答えだな」
「そうね⋯⋯アルラの信頼を得て、愛弟子を任された。ソル様には、平然と異議を唱える。それに、サクヤのお気に入り。そんな人物⋯⋯」
「なん⋯⋯だと⋯⋯」
ギエンが、明らかに動揺している。
「それは面白い。私も会ってみたいですね」
ショウコウは、強い興味を持ったようだ。
「そして⋯⋯私の大切な友人よ」
楽しそうに微笑む、マリアであった。
エデンの大空 ひじりじろう @hijiri-jirou
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