19.バロックの森

 翌日の朝。魔法研究所には、ソラとフォウの姿があった。応接室のソファーに座り、静かに待っている。

 応接室に現れたサクヤとライラが、向かい側のソファーに座った。

「ソラ。急ぎの用と聞いたが?」

「はい。今日は、マリア様の使いで来ました。まずは、これを⋯⋯」

 差し出された手紙をサクヤは受け取り、その場で読み始めた。徐々に、サクヤの表情が険しくなる。

「ライラ。517番とあれだ」

「はい」

 ライラは、立ち上がり部屋を出て行った。

「ソラ達も、王都へ行くのだな?」

「はい。マリア様に護衛を頼まれて、これから出発します」

「そうか⋯⋯ならば、私からも頼みたい事がある」

「えっ、何でしょう?」

 ソラは、意外そうな顔をする。


 ライラが、応接室に戻ってきた。その手には、布に包まれた細長いモノと封書が握られている。

 封書は、ソラに手渡された。

「それを、マリアに届けてくれ」

「わかりました」

 受け取った封書を魔装袋に入れる。

 サクヤが、細長いモノを手に取った。

「これは⋯⋯バロックの森に住む、ユウリカという少女に付けてやってくれ」

「えっ、付ける⋯⋯って、どう言うこと?」

 シノブが、素直に問い掛ける。

「包みの中には、これが入っている⋯⋯」

 ライラは、右手で自分の左腕を掴み、肩から外して見せた。

「ええっ!」

 ソラ達から驚きの声が上がる。

「義手だ⋯⋯」

 左腕を肩に戻したライラは、指を動かして見せた。義手とは思えないほど、自然で滑らかな動きをしている。


 一呼吸して、サクヤが語り始める。

「二十日程前。ユウリカは、左腕を魔物に食い千切られてな⋯⋯一命を取り留めた後、私の所に運ばれて来た。その時、義手を付けるための手術を行い⋯⋯昨日、義手が完成した」

 サクヤは、フォウに視線を向ける。

「残念だが。私は、バロックへ行けなくなった⋯⋯フォウ。私の代わりに、義手を付けてやってほしい」

「あの、私に出来るのでしょうか?」

「アルラ・ノルンの愛弟子。フォウであれば、問題ない⋯⋯」

 サクヤの説明によると。ユウリカの左腕に埋め込まれた魔道石と、魔道具である義手を接合させるらしい。義手の隅々まで、ユウリカのソールを通わせる事で施術が完了するようだ。

「どうだ。引き受けてくれるか?」

「⋯⋯はい。お引き受けします」

 サクヤは、微笑んで見せた。

「サクヤが人を頼るなんて、珍しい。いつもなら、絶対に自分が行くと言い出している」

「なっ、ライラ。何を言って⋯⋯」

 サクヤの言葉は、無視されて。

「フォウ殿。それだけ、サクヤはあなたを信頼しているのです。自信を持って下さい」

「はい!」

 サクヤは、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。


・・・


 中央区の中庭には、黒い軍服の一団が整列していた。

 マリアとアリスが、一団に近付いて行く。

 腕章を付けた隊長が、二人に敬礼した。

「王都まで護衛を致します。領軍第203中隊18名。着任を許可願います」

「許可します。ただし、護衛対象は小さな女の子です。配慮して下さい」

「了解しました。マリア様」

「では、行きましょう」

 用意されていた大型の乗用馬車に、マリアとアリスが乗り込んだ。

 護衛として編成されたのは、二個小隊。各小隊は、騎兵2、歩兵6、軍用馬車1で構成されている。

 乗用馬車の前後に小隊が連なり、移動を始めた。


・・・


 ソラとフォウは、南の大門近くに立っていた。フォウの腕には、シノブが抱かれている。

「あれって、もしかして⋯⋯」

 シノブが、ぼそりと呟いた。

 大通りにいた人達が、ざわめき始める。大門に向かって、領軍の一団が行進していた。

 ソラ達の前で一団が止まり、馬車の扉が開く。

「待たせてしまったかしら。さぁ、乗って!」

 マリアの言葉に、ソラとフォウは急いで馬車に乗り込んだ。マリアの隣にはアリス、向かい側にソラとフォウが座る。


 ソラは、マリアに視線を向けた。

「軍の護衛が同行するんですね⋯⋯これ、目立ちませんか?」

「そうなのよ。私は断ったのだけれど⋯⋯官吏達はね⋯⋯」

 マリアは、困った顔をしている。

「きっと、この子が大切だからでしょう」

「そうね⋯⋯アリスちゃん。ご挨拶を」

「⋯⋯アリス・ジ・カリューと申します」

 名乗った後、確認するようにマリアに視線を向けた。

「えっと⋯⋯俺は、ソラ」

「私は、フォウと申します」

「大丈夫よ。三人は、私の友人なの」

「三人?」

 不思議そうな顔で、ソラとフォウに視線を向ける。

「はじめまして。シノブだよ」

 アリスは、キョロキョロと声の主を探し始めた。

「ここだよ。この剣が私⋯⋯」

 フォウに抱かれている日本刀を、アリスは無言で見詰めている。

「あれっ、驚かないんだ。ちょっと、嬉しいんだけど」

 アリスの意外な反応に、シノブは喜んでいるようだ。


・・・


 領都を出発した一団は、カリュー街道を南下して行く。街道の先には、大きな森が見えてきた。

 前方を確認して、ソラが問い掛ける。

「マリア様。あれが、バロックの森ですか?」

「いいえ。バロックは、あの広い森林地帯の中心にあるのよ」

「サクヤ博士は、エルフの里と言っていましたね」

「そう。エルフには、とても大切な場所⋯⋯」

 森林地帯を進んで行くと、開けた場所に辿り着いた。その中央には、こんもりとしたバロックの森が見える。


<バロックの森>

 森全体が、一つの町として構成されている。エルフの里として最も歴史が有り、四千年以上も前から存在する。リュー王国にあって、エルフによる自治が認められた特区。人々からは、エルフの森とも呼ばれていた。


 一団は、バロックの手前で停止する。

 マリアを先頭に、四人が馬車から降り立った。

 護衛隊長が、マリアに駆け寄り。

「お呼びでしょうか?」

「明日の朝、出発します。周囲の警戒を怠らないように」

「了解しました」

 四人は、バロックの森へと向かった。

 森の入口には、二人の女性が立っている。

 マリアは、首から下げていたペンダントを女性達に見せた。

「エルニカ殿に、お取次を⋯⋯」

「どうぞ、こちらへ」

「行きましょうか」

 ソラ達に付いて来るよう促した。


 森の中に太陽の光が差し込んで、想像以上に明るい。木造の建物が、40軒ほど確認できる。町の大きさに比べて、出歩く人は少ないようだ。

 四人は、町の中心にある大きな建物に案内された。

 広間に通された後、年若いエルフの女性が現れる。

「マリア殿」

「ご無沙汰しております。エルニカ殿」

 姿勢を正して、四人は一礼した。


<エルニカ>

 光沢のある白いストレートロングヘアー。大きな目には青い瞳。ふわりとした青いロングドレスを着こなしている。一見して、長の威厳と風格が見て取れた。身長167センチ。


「本日は、サクヤ・バロックの件で伺いました」

「そうですか⋯⋯あの子の考えは、変わらないのでしょうね。魔法の研究を続けたい⋯⋯」

「はい。お許し頂けるのであれば、と⋯⋯」

「わかりました」

 マリアは、小さく頭を下げた。

「感謝致します。それと、もう一つ⋯⋯」

 フォウは、布に包まれた細長いモノを取り出した。

「私は、フォウと申します。サクヤ博士より、こちらを預かって参りました」

「それは、ユウリカの義手ですね?」

「左様です」

 エルニカは、困った表情をしている。

「今は、まだ⋯⋯難しいかもしれません」

 言葉の意味が理解できず、ソラとフォウが顔を見合わせた。

「ソラと申します。失礼ながら、ユウリカ殿に面会できませんか?」

「⋯⋯そうですね。では、案内させましょう」


 侍女に導かれて、ソラとフォウが移動を始めた。三人は、大きな扉の前で足を止める。

 一礼した侍女が、扉に向かって声を掛ける。

「ユウリカ様。サクヤ様の御使者がお見えになりました」

「⋯⋯誰にも会いたくありません。帰って!」

 扉の向こうで、何か大きな音がした。

「ユウリカ様は、腕を失った事で心にも大きな傷が⋯⋯バロックに戻られた後、一歩も部屋から出られておりません」

 侍女の言葉を聞いて、フォウがソラに視線を向ける。

「ソラ。どうしましょう⋯⋯」

「そうだな⋯⋯シノブ、中の様子は?」

「ベットの上で、うずくまっているよ。見た感じ、かなり落ち込んでいるみたい。それと⋯⋯この部屋には、結界が張ってある⋯⋯」

 突然、シノブが大声を上げる。

「ユウリカ! あんた、今の姿を人に見られたくないってだけじゃない!」

「私の気持ちなんて、誰にもわからないのよ!」

 一段と大きな声が返ってきた。

「ほほぉ。これは図星だったかな⋯⋯あんだけ元気があるんなら。ソラ、手伝って!」

「マジかよ⋯⋯仕方ないな⋯⋯」

 ソラは、左手に日本刀を持ち、右手で扉に触れる。一瞬にして、部屋の結界がガラスの様に砕け散った。

 扉を開けて、ソラが部屋に入って行く。

「失礼しまーす」

「ぶっ、無礼な!」

「はぁ? なに言っちゃってるの。問答無用で、客を追い返しといて。礼儀を知らない奴に、礼を尽くす必要なんて無いのよ!」

 シノブの切り返しに、ユウリカが驚いた顔をしている。


<ユウリカ>

 藍色のセミロングヘアー。大きな目には青い瞳。薄手の青いロングドレスを身に付けている。その言動からして、気が強く、プライドも高いのだろう。身長148センチ。


「いつまでも、自分を受け入れないなんて。まるで子供だね」

 シノブの声を聞いたユウリカは、何かに気付いたようだ。視界にいる人物は、誰も口を動かしていない。

「好き勝手な事を言って。隠れてないで出て来なさい!」

「ふうん、話をする気になったんだ。私は、最初から目の前にいるよ」

 ソラが、左腕を前に出した。

「そう。この剣が私!」

 ユウリカの表情が一変する。怒りが消えて、驚いた表情に変わっていた。

 シノブは、穏やかな口調で話を続ける。

「私はね⋯⋯人の体を失ったのよ。自分で歩く事も出来ない。眠る事も許されない。でも⋯⋯仲間が私を受け入れてくれる。見た目なんて関係ないの⋯⋯」

 ソラとフォウが、ゆっくりと頷いて見せた。

「それで⋯⋯あなたは、どうしたいの?」

 シノブは、優しく問い掛ける。

「⋯⋯わ、私は⋯⋯外に出たい。みんなと一緒にいたい⋯⋯」

 ユウリカの表情がゆるみ、大声で泣き出した。

「フォウ。後は、お願い⋯⋯」

「はい。任されました」

 直ぐに義手を付ける施術が行われ、ユウリカは失った左腕を取り戻した。まだ、自由に動かす事は難しいようだ。ゆっくりと動く左手を、不思議そうに見詰めている。

 何より、ユウリカの心が救われたのかもしれない。部屋に閉じこもる理由が無くなり、自分から部屋を出ると言い出した。

 はじめの一歩。部屋から出る事ができたユウリカは、笑顔を取り戻していた。


・・・


 その日の夜。四人は、エルニカ邸で泊まる事になる。マリアとアリス、ソラとフォウには、それぞれ部屋が用意された。各部屋には、二つのベットとテーブルセットが置かれていた。

 部屋に入ったソラは、日本刀をテーブルの上に置いた。続けて、椅子に腰掛ける。

「はぁ、疲れた⋯⋯」

 隣の席に、フォウが座った。

「今日は、お疲れ様でした。サクヤ博士との約束も果たせて⋯⋯本当に良かった。二人のお陰ですね」

「俺は、なにも⋯⋯」

 ソラは、日本刀に視線を向けた。

「なっ、なによ!」

「いやぁ、シノブらしいと思って。あの子を説得できたのが大きい」

「だっ、だって。放っておけないじゃない⋯⋯ユウリカも、周りの人達も⋯⋯」

 フォウも、日本刀に視線を向ける。

「シノブは、とても優しいですね」

「だよな」

 ソラとフォウが目を合わせ、優しく笑ってしまう。

「あーーっ、もう。明日、朝早いんだから、もう寝たらっ!」

 褒められた恥ずかしさを、誤魔化そうとするシノブであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る