18.孤独の少女
翌日の朝。マリア、ソラ、フォウの三人は、魔法研究所を訪れていた。シノブは、フォウの腕に抱かれている。
応接室に通された三人は、大型のソファーに腰を下ろした。向かい側には、サクヤとライラが座っていた。
サクヤは、話を切り出した。
「早速だが、ソラとシノブの封印について説明しよう。封印には、珍しい術式が使われていた。古代魔法の一種で⋯⋯」
「サクヤ、端的に!」
ライラの一言で、サクヤは一瞬固まった。
「⋯⋯簡単に言うと、限られた者にしか使えない術式だな」
「俺達に掛けられた封印⋯⋯博士は、その珍しい封印を解いたって事ですね」
「凄いであろう。太古の昔より、我々エルフが継承してきた全ての魔法を、私は熟知している。その中で、最も強力な封印術が使われていた。そして、封印を解いた結果が、シノブの暴走⋯⋯」
「私が暴走したのって、封印が強力だったから?」
「違うな⋯⋯封じられていた力が強大で、シノブの精神では支えられなかったのだろう」
「って言われてもなぁ。実感、無いんだよねぇ⋯⋯」
「そうか⋯⋯」
少し考えて、サクヤが問い掛ける。
「ソラ。領都の門で配布された、小さな魔道具を持っているか?」
魔装袋から小さなプレートを取り出して、テーブルの上に置いた。
「これですか」
「シノブ。この魔道具にソールを注いでくれ⋯⋯」
日本刀の柄からマテリアルを伸ばして、小さなプレートに触れた。プレートの中央に文字が浮かび上がる。
「やはりな⋯⋯計測不能。レベル6!」
マリアとライラが、驚きの表情を見せた。
二人の反応を見て、ソラは首を傾げる。
「マリア様。レベル6って?」
「⋯⋯レベル2が下級魔道士のクラス。順に、中級、上級、特級、特異⋯⋯レベル6の特異は、ソル様だけが該当する特別なクラスなのよ」
「レベル6の暴走をソラが止めたという事実⋯⋯」
サクヤは、ソラに視線を向ける。
「二人は、特別な力を持っている。今後、その力を理解する事が重要となるだろう」
目を閉じたソラは、右手を顎の下に添えた。
(特別な力、ね⋯⋯シノブには、まだ暴走する可能性があるのか。強大なソールを制御する事が、必要なんだな⋯⋯)
「⋯⋯博士。相談したい事があります」
サクヤは、キラキラと目を輝かせた。
「何かな?」
その場で、今後についての話し合いが行われた。
数時間後。話し合いが終わり、三人は研究所の建物を出た。
「ねぇ、ソラ。あれで、良かったの?」
「正直、他の方法を思い付かなかった⋯⋯それでも、虚構の間を五日間も使わせて貰える。この修行で、何とかしたいな⋯⋯」
「そうですね。私も、お手伝いします」
「助かるよ。フォウ」
「サクヤを頼ってもいいのよ。きっと、喜んで助けてくれるから⋯⋯」
マリアは、楽しそうに微笑んだ。
「確かに⋯⋯」
二人の修行に関わりたいというサクヤの猛アピールを、ソラは思い出していた。
ソラ達は、研究所の正門に向かって歩いて行く。
正門の方から黒いドレスの少女とメイド服の女性が近付いて来た。少女は、どこか虚ろな目をしている。ソラ達とすれ違い、建物の中に消えた。
「⋯⋯あの女の子」
マリアは、小さな声で呟いた。
・・・
翌日。ソラとシノブの修行が始まった。本人の強い希望により、サクヤが修行をサポートする事になる。
二人は、力の理解に必要な知識を学び、技術の習得に努めた。
シノブに封印されていたレベル6の力は、暴走する事もなく安定している。ただ一点、封印が解かれた後も、日本刀を鞘から抜く事はできなかった。
ソラの能力は、その一部が明らかとなる。他者と自分のソールをリンクさせる能力。リンクした相手の力を、自分の力として使えるようだ。実際、シノブの眼を体験していた事でもある。
最終日。全ての修行が終わり。
「ソラ殿とフォウ殿に、これを渡しておこう」
ライラは、小さなプレートを二人に手渡した。
「それは、エデン魔法協会が発行した魔道士の認定証。身分証としても使われている」
ソラとフォウは、レベル4上級魔道士の証を手に入れた。
「またぁ⋯⋯私だけ無いのかぁ⋯⋯」
「シノブ殿のレベルは規格外⋯⋯秘密にした方が良いでしょう」
「はぁーい⋯⋯」
しぶしぶ、納得したようだ。
落ち着いた様子で、サクヤが声を掛ける。
「ソラ、フォウ、シノブ⋯⋯いつでも研究所に来なさい。明日でも良いのだぞ⋯⋯」
「はい。お世話になりました」
一礼したソラとフォウは、魔法研究所を後にした。
サクヤとライラが、二人の背中を見送っている。
「サクヤにしては、珍しい⋯⋯」
「何がだ?」
「人間嫌いなあなたが、あの子達に興味を持った事がです」
「⋯⋯さあな。自分でも、よくわからん」
「そうですか⋯⋯」
ライラの口元には、笑みが浮かんでいた。
・・・
同日の朝。中央区の北側にある領主邸。正門を前にして、マリアは静かに立っていた。
<カリュー領主邸>
高い壁に囲まれた広い敷地に、大きな二階建ての建物。全体的に古風な造りで、落ち着いた外観をしている。たとえ官吏であっても、許可無く立ち入りができない場所である。
敷地内には、人影も無く。中庭の噴水も止まっていた。カリュー領主、オルス・ジ・カリューが他界してから訪れる者もいないようだ。
正門を開けたマリアは、建物に向かって歩いて行く。
建物に入った所で、マリアが声を上げる。
「誰か⋯⋯」
静かな建物の中に、マリアの声だけが響いた。
二階に上がり、一番近くの扉をノックする。
「⋯⋯お待ちを」
部屋の中から声が聞こえた。ゆっくりと扉が開いて、メイド服の女性が一礼する。
「お出迎えもせず、申し訳ありません」
「構いません。それよりも、他の使用人はどうしたのですか?」
「はい。領主様が亡くなられた後⋯⋯私以外の使用人は、どこかに消えてしまいました」
「そうだったの⋯⋯」
マリアは、部屋の中に入り、視線を窓の方に向けた。
「アリスちゃん⋯⋯」
窓際に置かれた椅子には、黒いドレスを着た少女が座っていた。魔法研究所で、すれ違った少女である。
アリスの視線が、窓の外からマリアへと向けられる。
駆け寄ったマリアは、優しくアリスを抱きしめた。
「もう、大丈夫よ」
アリスの頬に、涙が流れ落ちた。
<アリス>
金髪のストレートロング。大きな目には青い瞳。まるで、お人形のような容姿をしている。身長110センチ。
生まれて直ぐに母を亡くし、領主の一人娘として育てられた。父を亡くした後、孤独な生活を送っていたのだろう。
マリアの手が、アリスの額に触れた。アリスの体から力が抜けて、意識を失ってしまう。
「少しだけ、待っていて⋯⋯」
立ち上がったマリアは、メイドに問い掛ける。
「あなたの名は?」
「トリスと申します」
<トリス>
青い長髪を編み込んだアップスタイル。大きな目には青い瞳。清楚で優しそうな女性に見える。身長162センチ。
「そう⋯⋯使用人が消えた後、アリスとあなただけになったのね?」
「左様でございます」
「護衛をしていた者は、何処へ行ったのかしら?」
「存じ上げません」
「では⋯⋯あなたから血の臭いがするのは、なぜ?」
マリアの鋭い視線が、トリスに向けられた。
「⋯⋯チッ。気付いたか」
舌打ちをして、トリスの態度が一変する。
マリアの右手が、トリスに向けられる。右手の先では風が渦を巻き、急速に力を増していく。
「ウィンド!」
風の渦から放たれる風の刃が、トリスを襲う。トリスの体には、無数の傷が刻まれた。
「アリスをどうするつもりだったの?」
「質問ばかりだな。まぁ、答える理由もないが⋯⋯」
「そう?」
マリアの左手が、青い光を放っている。
「チッ。仕方がない」
背を向けたトリスは、あっさりと逃げ出してしまった。
「ふぅ⋯⋯ここはダメね⋯⋯」
部屋の窓を開けたマリアは、周囲を確認する。アリスの小さな体を抱き抱えて、ふわりと窓から飛び降りた。
・・・
魔法研究所を出たソラ達は、マリア邸に戻っていた。建物に入った所で、執事から声を掛けられる。
「お帰りなさいませ。マリア様が、お待ちです⋯⋯」
執事に導かれて応接室に入ると、マリアがソファーに座っていた。
「お帰りなさい。まずは座って」
向かい側に、ソラとフォウが腰を下ろした。
「修行は、無事に終わりましたか?」
「はい。力の制御には、まだ時間が掛かりそうですが⋯⋯暴走の心配は、無くなりました」
「そう、良かった」
マリアは、優しく微笑んだ。
唐突に、シノブが話を振る。
「マリア様、聞いて下さい。ソラったら、小さい事で悩んでるんですよ」
「小さい事じゃないだろう。エデンって名前だけで、人を探すのには無理があるって⋯⋯」
「たぶん。女性だと思うんだよねぇ」
「古代魔法を使う魔道士ですね」
シノブとフォウが、情報を補足する。
(いやさ⋯⋯どうやって探すつもりなんだか⋯⋯)
ソラは、言いたい言葉を飲み込んだ。
「エデン魔法協会⋯⋯」
マリアが、ぽつりと呟いた。
「魔法協会には、全ての魔道士が登録されているはずよ」
<エデン魔法協会>
魔法社会の発展と維持を目的として設立された団体。国家や人種に捉われない、幅広い活動を行っている。
「あっ、あれか。俺とフォウがライラさんから受け取った魔道士の認定証⋯⋯そうか、魔法協会に問い合わせれば、何かわかるかもしれない」
「各国の首都には、魔法協会の支部があるのよ。行くとしたら、王都でしょうね」
「ソラ!」
「だなっ!」
「ですね!」
三人の意見は、一致したようだ。
「ほーらねっ。ソラの小さい悩みなんて、簡単に解決したじゃない」
「まっ⋯⋯そういう事にしておくよ⋯⋯」
ソラは、苦笑いをして見せた。
応接室の扉がノックされ、執事が入ってきた。
「失礼致します。ソル様がお見えになりました」
「こちらに、お連れして」
「承知しました」
「⋯⋯じゃあ、俺達は部屋に戻りますね」
立ち上がったソラに、マリアが声を掛ける。
「ちょっと待って。あなた達にも、話を聞いて欲しいの」
「⋯⋯はい」
首を傾げたソラは、ソファーに座り直した。
応接室に入ったソルは、つかつかとソファーに近付いていく。無言のまま、マリアの隣に座った。
「ソル様。どうされましたか?」
「すまないな、マリア。自分に腹を立てている⋯⋯」
「そうですか⋯⋯アリスの存在を忘れていた事。領主邸を襲われ、アリスが軟禁された事。アリスを助けるのが遅れた事。どれに対してかしら⋯⋯」
意地悪な口調で、まくし立てた。
ソルは、右手を額に当てる。
「はぁ、勘弁してくれ⋯⋯それで、アリスは?」
「私が保護した後、この屋敷に連れ帰りました。今は、部屋で休んでいます」
「そうか⋯⋯」
ソルは、ソファーの背もたれに寄り掛かった。
「問題は、これからです。アリスの安全を第一に考えなければ⋯⋯ソル様も、ギエンを怒らせたくはないのでしょう?」
「そうだな⋯⋯で、何を考えている?」
「明日。アリスを連れて、王都に戻ります。そこで、有能な魔道士に護衛を頼みたいのだけれど⋯⋯」
マリアは、ソラに視線を向ける。
「えっ⋯⋯」
「なるほど⋯⋯マリアが指名した魔道士をソル・ド・リューの名で雇うとしよう」
ソラとフォウが顔を見合わせた。
「ええっ!」
「突然の話で、ごめんなさい。ソラ君、シノブちゃん、フォウちゃん。お願い、私に力を貸して⋯⋯」
マリアは、ゆっくりと頭を下げた。
再び、ソラとフォウが顔を見合わせる。
「マリア様の頼みであれば⋯⋯なぁ、シノブ」
「当たり前だよね⋯⋯フォウ」
「そうですね。お手伝いさせて頂きます」
「決まりだな」
ソルは、小さく呟いた。
「みんな⋯⋯ありがとう」
マリアの微笑みが、三人に向けられていた。
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