第7話


「――そりゃあ運が無かったね」

 


 事の顛末を聞いた白装束の青年は、軽い口調でそう言って、焼いた鹿肉を頬張った。


 対面で同じ地面座り、視線の高さを彼と等しくした黒い巫女服を纏った黒髪の少女は不満げな顔をした。


「……おい健一郎、今私は自分の最悪の黒歴史を話したんだぞ? 神の恥を語ってやったのに、その反応は何だ」

「いや、率直な感想。思った事を思ったままに言った」

「お前……私がお前の話を聞いていて相槌を打たないと不安そうに面白くないのかとか訊いてくるくせに、他人の話を聞くときはそんな態度か」

「不安そうにというか。君がつまんなかったら嫌なだけだよ。いくら相手が元・神様でも愚痴を聞かせるだけじゃなくて、ちゃんと楽しませなきゃね」

「……馬鹿だろ、お前」

「ああ。故郷くにでもよく言われた」

「そういえば、前も言っていたな。生まれ故郷があったのか、お前」

「いや、あるでしょ普通。君と違ってちゃんと母親から生まれた人間なんだからさ」

「何だつまらん。その自由奔放さから、てっきり捨て子の類かと」

「捨て子だったら自由って何さ!?」

「拾った家とて、後を継がせるわけにもいくまいから家を出させたのかと」

「普通の村育ちですいませんねえ!!」

「お前、まだ若いのにその経験量とか。どれだけ幼い時に村を出た」

「旅人に憧れたのさ」


 格好つけめ、と少女が笑う。

 男なんてそんなもんさ、と青年が返す。


「…………」

「――――」


 会話が止まった。

 青年が妖刀にぶっ刺した鹿肉に噛みつくの傍目に、彼女は空を見上げた。

 


 風が吹く。

 


 鳥居の上で浴びた風よりも穏やかだな、と思いつつ黒巫女の少女は静かに口を開いた。


「――長く、長く考えた」

「ああ、何せ五日間だからね。そりゃあ、熟考だろう」

「どうしてだろうな。……どうしてか、私の復讐が、酷く意味のないものに思えてきた。少なくとも、何か、違うと。そう思った」

「そっか」

「人間どもに対する恨みは、憎しみは消えない。だが、――なんでかな。無為に人の世を焼こうとは、思えない」

「そりゃあ良かった」

「残念だが、お前の言う通りだ。人の世を焼く為だけに生きたなら、小心な私はきっとそれを成した後、後悔と寂寞、虚しさを抱えて死ぬことになるだろう」

「かもね」

「私は身の程を知った。人は人。神は神として在るべきだったのだ。……そんな当たり前の事を私は分かってなかった」

「知れて良かったな」


 短い返事をするだけの彼に、少女は半目を向ける。


「……おい健一郎、聞いているのか。というかもしや、お前は私を改心させるために来たんじゃないだろうな」

「ははは、それはないよ」

「じゃあ、何故良かった、などと言った」

「ああ……、いやまあ」


 そもそもだね、と健一郎はやや目を逸らしつつ言った。


「――あれだけ色々御託を並べて何だけど、要するに、君に死んでほしくないだけだったんだな、これが」

「…………」

「いや、言った事は心からの言葉だけどね」


 折角できた友達を死なせるのは忍びないから、と素面で言う健一郎。

 聞いた少女は、な、と顔を若干赤くした。


「…………き」


 照れ隠し気味に貴様、とつい言おうとして、言いなおす。


「……お前、馬鹿だろう」

「ああ」

「ついでに、愚かだ」

「如何にもその通り」

「……私が馬鹿みたいになってきた」

「鹿肉食べる?」

「……、食べる」

 


              ◆

 

 

「これから、どうするつもりだ?」


 食事が終わった頃、黒巫女の少女は唐突に‪十時‬守健一郎に問うた。


「僕かい? 僕は、そうだな。しばらく君とお話したらまた旅に出ようかと。どこかに根を下ろして生きるのが、どうにも性に合わない」


 そうか、と黒巫女の少女は頷く。

 


「ならば、私も連れて行け」

 


「……は?」

「食べ物も要らんし、いざとなれば透明にもなれる。金がかからないから安上がりの用心棒としては最良だぞ? ついでに言えば元・神なだけあってかなり見目も良い」

「い、いやしかし僕にはこの刀が」

「怪異やあやかし相手にはな」

「…………」

「それとも友と言ったのは、あれは嘘か」

「いや……」


 ふん、と彼女は鼻を鳴らす。


「お前のせいで私は目的を失ったんだ。生きろと、存在しろと言うならその責任くらいは取ってみせろ」


 彼女は腕組みをして、しかし口元に笑みを浮かべ、目の前の白装束の青年を睨む。

 健一郎は唖然として彼女を見つめた後、これは押し切れないな、と苦笑混じりのため息を吐いた。


 まあ、いいだろう。

 旅は道連れという。

 少し物騒だが、一緒に行動して話す相手がいてもいいだろう。


 白装束の青年は仕方なさそうに片目を瞑って笑みを浮かべる。


「――いいよ。でも条件がある。君、結局名前は失くしちゃったんだよね。なら、君が自分の名前を決められたら、一緒に旅をしよう。何なら僕が――」


 ――考えてやっても、と言いかけた所で少女が得意顔で遮った。


「ふん、残念だったな。それはもう決まっている」


 それを聞いた彼は少し驚いたように目を見開いた。


「それは凄い。じゃあ、聞かせてくれよ」

「ああ。心して聞けよ? 堕ちれども神の御名だ」


 

 黒巫女の少女は上機嫌に笑って、唄うように告げる。

 


 

「私の名前は――」

 

 

 

              ◆

 


 

 

 遠く、遠く、どこかの彼方で。

 

 神様の声が、静かに吹いた。



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黒巫女の神は風に唄う 午前 @antemeridiem

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